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悲しいできごと、だったね……

 ひたすら食っちゃ寝の怠惰を極めに極めた寝正月を過ごした。

 わたしは元気です。体重は四キロ増えました。我がことながら馬鹿だと思う。



 正月が終われば、子どもたちは元気に幼稚園行ったり、学校に行ったり。

 最近事故物件だーっていうマンションの一室で暮らしてるけど、前が通学路だから朝から元気な声が聞こえる聞こえてくる。

 健やかに育ちなさいよ。



「いい天気だなぁ」



 ベランダのカーテンを全開にして、窓越しに見える真っ青な空を見上げながら呟く。

 時刻は八時ちょうど。窓から差し込んだ太陽光が部屋を照ら……あんまり照らさない。



「おはよー」



 電気をつけても、太陽光を取り入れてもどうにも暗い部屋の奥へと向かって声をかければ、とととっと軽い足音が二つ分。

 そしてゴトンと重たい音がして、リビングダイニングに置かれたテーブルの上に二つのフランス人形が転がっていた。



「今日も朝から元気だねぇ」



 ゴロンと転がる人形たちを持ち上げて、ちょっと足の部分を動かしテーブルの上に座らせてやる。

 オーソドックスと言えばいいのか、よく見る金髪に青い目の可愛らしい顔付きのフランス人形二体は、同時に一回だけ瞬きをした。



 このフランス人形こそが、ここが事故物件扱いされている原因……ではなく。

 このフランス人形の中にいる者たちにひどく執着している、背後の黒いモヤモヤが全ての元凶。

 今までこのマンションに入居してきた人たちを全員呪い殺して、元気に大きく育ってしまってしまったこの子たちの母親だったもの。うーん、全方位に殺意が強い。



 朝食用にトーストを焼きながら、『許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない』と、永遠と壊れたレコードの様に同じ言葉を繰り返すモヤモヤを無視して紅茶を三人分用意する。

 自分の以外のカップには角砂糖をた四個とミルクを入れて混ぜてから、人形たちの前に置いてやる。



「いただきます」



 トーストだけじゃ物足りないから、冷凍のピラフもチンして皿に盛り食べる。

 モヤモヤはずっとわたしの耳元で今度は『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』と繰り返し同じ言葉を囁く。



 子どもを殺された恨みが相当深いことはわかる。

 変な男に騙されて、我が子たちに凄惨極まる酷い死に方をさせてしまったことを後悔して、二人にめちゃくちゃ執着するのもわかる。



 でもそれで全くの赤の他人を呪い殺すのどうかと思うの。犯人共を殺しに行け〜?

 しかもこのマンションに立ち入るもの全て怨敵認定からの、外に出ても呪い飛ばしてまで殺すんだぜコイツ。

 それなりに長いこと現世に留まっているせいで変質しまくっているのは仕方がないとしても、マジで全方向に殺意が強い。見境が無さ過ぎて草も生えない。



 フランス人形に入っちゃった子どもたちはそんな母親の強過ぎる怨念のせいで成仏したくても、引き留められまくって成仏できないし。お迎えの方はギャグ漫画みたいな感じで返り討ちにされてるし。

 げに恐ろしきは母親のあり余る超ビッグラブ。はっきりわかんだね。自重しなさい。



「ってわけでさ、これぞ事故物件って感じだと思うんだけど」

「ガチ過ぎて泣きそうなんだけど帰っていい??」



 ダウンコートをバッチリ着込んだ栗原が、玄関に入りたてだというのに死んだ顔で帰りたい宣言をした。

 わかる。帰りたくなっちゃうよね。わたしも超帰りたい。

 正月をこれぞ怠惰の極みって感じの過ごし方しちゃったせいで、やる気とか元気とか仕事に対する意欲とかが全然湧き上がらない。



 やる気スイッチは一体どこに行っちゃったのか。

 家出してないではよ帰っといで。母ちゃんは(母ちゃんじゃないけど)泣いてるぞい。



 ちなみに栗原呼んだのは、いつぞや事故物件に泊まろうとしたけどわりかしガチでやべえ所に当たり、結局さっさか出て行くことになったからリベンジさせてしあげよっかなって。

 あとなにより、やる気が出なさ過ぎてちょっと刺激が欲しかった。

 やっぱり体重四キロも増えたのがやる気減衰の原因なのか。



「マジで四キロも太ったの? やばくない?」

「やばいかなぁ、やっぱり」

「運動し無さ過ぎると糖尿病になるよ。まあ、普段よく動いてる方だからすぐに元に戻るとは思うけどさぁ…‥」

「ちなみに栗原は何キロ増えた?」

「不動と違って寝正月してたわけじゃないし、暴食もしてないからね。そんなに変わってないよ。ジョギングもしてるし」

「ですよねー」



 玄関は寒いからとリビングダイニングにまで戻り、大きなテレビの前にどどんと置かれたこれまた大きいソファに座り、二人ホットコーヒーを啜りつつそんな話をする。

 どっちもそこそこ仕事関係で忙しくて、お互い新年にお参りに一緒に行って以来会ってなかったから、簡単な近況報告。



「そういえば不動の書いてるやつがコミカライズするんだっけ?」

「そうそう。流行りに乗って書いた悪役令嬢もののやつ」

「ざまあ系ってやつ?」

「ざまあ系書こうかなって思ったけど、普通にヒロインとも仲良くする系にしてみた。王道寄りの乙女ゲーって感じの方が書きやすかったし」

「まあラノベでよく出てくるらしいヒドインって、どう考えても乙女ゲーに出てきていいキャラじゃないしねぇ。栗原も嫌いでしょ」

「生理的に無理」



 あんまし乙女ゲーってか、ゲーム自体したことないけど、一回だけ手を出した奴はヒロインがちょい度が過ぎるお人好しなだけのめちゃくちゃ普通の女の子だった。

 んで、悪役ってかライバル役の子は確かに最初ちょっと嫌な感じしてたけど、さっぱりしてて普通にいい人。



 おかげで何回各攻略対象との恋愛ルートに行けず、友情のノーマルエンドに行ったかわからない。

 そもそも恋愛感情わからねえのに乙女ゲーに手を出すべきではなかったんだろう。

 バッドエンドはすべて踏んだからね。人死が普通に出るタイプの作品だったから、ヒロインは死ぬし攻略対象も死ぬし全滅エンドはあるし。



 てか、意外と栗原って恋愛物書くよねぇ。

 確かなんかの賞取った作品も学園もののラブコメだったはずだし。



「でね、不動」

「なぁに?」

「さっきからずっと頭の中にさ、女の人っぽい声でひたすら恨み言が聞こえてくるんだけど……。ついでに小さい子の泣き声も遠くから聞こえてくるんだけど……」

「大丈夫大丈夫。一人だったら精神汚染からの首吊りか飛び降りコースだけど、二人一緒ならそんなことにならんから」

「ねえ帰っていい?」

「今帰ったら、帰り際にアイキャンフライすると思うよ」

「はっ倒すぞ」

「うみゃー」



 はっ倒すんじゃなくて、ほっぺたむにーって摘んでるじゃん。やめていたい。

 継続ダメージやめて。



 そんな風に、しばらくわちゃわちゃと戯れあってたらなんとなーく心の真ん中あたりがぽかぽかしてきた。

 ちょっとやる気出てきたかも。



 やっぱりあれだな、人に会わずに部屋の中でずっと食っちゃ寝生活は活力が湧かないな。

 偶にはお外に出て、スーパーの店員とかコンビニ店員とかと話そう。

 話すって言っても商品の場所聞いたり、弁当温めるか温めないかの会話しかしないけども。



『許さない許さない許さない許さない許さない返せ返せ返せよ返してよわたしのこども返して返してねえ返さないなら死ね死ねよ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』

「君がそんなんだから、あの双子も成仏しようにもできないんだよ。元凶のクソ野郎呪い殺したんなら潔く逝きなよ」



 永遠同じ言葉を耳元で繰り返されたのと、やっと少し泣き声がマシになった子どもたちがギャンギャン泣き始めたので、いい加減イラッときた。



 横っちょのモヤモヤに平手打ちをすれば、パーン! とめちゃくちゃいい音が響いて、「うわっ!?」と栗原が驚いてソファから転げ落ちた。

 幸い飲んでいたコーヒーをテーブルの上に置いたとこだったので、白い服の上にバシャってならなかった。



「一声かけてくれない!?」

「ごめん、ついうっかり手が出ちゃった」

「あんなに煩かったからその気持ちは分かるけどさぁ」



 起き上がってソファにかけ直す栗原の足元。ころりと転がるフランス人形。

 その存在に気がついた栗原が、そっと長い足を折りたたんでソファの上に収めた。



「不動ねえ不動」

「もう中身無いから平気平気」

「そういうことじゃないんだよなぁ!」



 なんかちょっと涙目になってる栗原にそんな怖かったのかとちょい申し訳なくなったので、貰い物の美味しいクッキーを出してあげようとキッチンの戸棚を開けたら入れていた食べ物が全て大変悲しいことになっていた。



「栗原ー」

「なにー?」

「お菓子全部腐ったー」

「よしこの部屋からすぐに出ようか」



 軽く荷物を纏めてからマンションの管理人に電話して、近くの喫茶店でクリームマシマシのふわふわホットケーキを食べた。

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