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救えないものは救えない

 見られている。ずっとずっと、四六時中見えない誰かに見られている。



 最初は気のせいだと思った。

 最近仕事が忙し過ぎてストレスが溜まり、気が立っているせいだろうと。

 けれどピークが過ぎて、ようやく落ち着いてきた頃になっても見られているという感覚が消えない。

 しかもなんだか少しずつこちらを見ているものの数が増えている気がするのだ。



 気味が悪い。そう思いながらもどうすることもできなくて、毎日見られているというストレスにとうとう心が参ってしまい、仕事を休職することにした。

 休職してから少しして、ある日箪笥の裏に百円玉が入ってしまった。それを追いかけてなんとなく箪笥の隙間に目を向けて。



 ――目が合った。



 慌てて目を逸らして、ネズミでもいたのだろうかと思って。

 そうであってほしいと思って。もう一度箪笥の隙間を見た。



 ――目が、あった。

 人間の目だった。十数個もある目が、箪笥の隙間からじっとこちらを見ていた。

 恨めしげに、何かを訴えかけるように、見ていた。



 悲鳴を上げて部屋から逃げる。

 しかし見られている感覚からは逃げられない。

 見られている。見られている。あの目たちに、どこまで逃げてもずっとずっと見られている。



 物陰に、隙間に、暗がりに。

 目がある。目がある。目がある。目がある。たくさんの、目がある。

 見られている。見られ続けている。無機質なそれに。正気の感じられない、光の無いそれに。



 ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと、








 見られている。



 *



「いつだったかそっちの筋の知り合いがいるって言ってたでしょ? その人に頼んでどうにかできないかな?」

「……えっと、言うだけで言ってみますけど引き受けてくれるかどうかは分かりませんよ?」



 締切をどうにか乗り越え、書き上げた原稿を担当である安野庄司(やすのしょうじ)へと渡した二日後。

 その安野から電話があり、何かしら不備があったのかと慌てながら電話に出たら近所のカフェにいるから来てくれと言われ、行ってみたところ彼の友人が心霊現象にあっているのだと聞かされた。



 それで前に一度だけ酒の席で話題に出した栗原の中学からの友達であり、そういうことに関して色々とできる不動涼子(ふどうりょうこ)に、友人の身に起こっている現象をどうにかしてもらえないかと相談を受けたのだ。

 話を聞く限りかなり深刻な様子で、安野の友人は今現在ビジネスホテルへと避難し、その部屋の隙間という隙間をガムテープで塞ぎ、昼夜問わずずっと電気をつけたまま部屋の中に引きこもっているそうだ。



 栗原もそれなりの数の心霊現象に遭遇してきた身。故にその恐怖がどれ程のものであるか、よくよく理解している。

 なので不動に連絡することは別に構わない。ただ不動はかなり気分屋なところがあるので、あと数日程度で被害者が死ぬという状況でもない限り「やだ、めんどい」の一言でバッサリ断りかねない。

 面倒以外の理由でもバッサリ断られたりするけれど。



 とりあえず話だけはしておこうかと思い、スマホを取り出し電話をかける。

 数コール後電話が繋がり、『ぅええ……』と小さな呻き声が聞こえた。



『なに、くりはら』



 眠たげな少し掠れた声が電話越しに栗原に問いかけた。おそらく昼寝をしていたところだったのだろう。

 少々申し訳なく思いつつ、一言詫びてからかいつまんで事情を説明した。



「って感じなんだけど……」

『うぅん? んー? 見られてるの?』

「そうらしい」

『あー、うーん、えっと。ちょっと待って。折り返す』



 返事をする前にぷつりと電話が切れた。

「どうだった?」安野に聞かれて、折り返すと言われたのでちょっと待ってほしいと伝え、テーブルの上のコーヒーを一口飲む。

 数分程経って栗原のスマホが鳴った。画面に表示された名前は不動。



 何か分かったのかと思いながら出ると開口一番『ダメですね』と、無情な一言を告げられる。



「何がダメなの?」

『いっぱい怒らせたから』

「……怒らせた?」

『死んだ人も生き残ってる人も。で、反省してないんだわ。ちゃんと反省しなきゃダメだって、その人のお母さんに言ったのにね? だから私でも救いようがない。つーか、そんなののために動きたくない』



 電話越しの冷たい声にああこれはマジでダメなヤツだなと、小さく息を吐く。

 彼女が救いようがないと言うならば、それはもう本当にどうしようもないのだ。

 どうしようもないくらい、人としてダメなことをしてしまったのだ。



(ていうか、被害者の母親から既に依頼来てたのか)



 ダメだから断っていたようだが。



「そっか、了解」

『あとね栗原』

「うん?」

『代えられるなら早めに担当の人代えた方がいいよ。その人ももう少ししたら見られはじめちゃうからね。仕事どころじゃなくなるよ』

「それはまたどうして?」

『一緒に怒らせたからね。しょうがないね。怒らせちゃったんだもの』



『救いはないのよ』冷え切った声に少し背筋が寒くなった。

 それが自分に向けられているものではないと分かっていても、きりきりと少しだけ胃が痛む。



「……できそうなら。眠いとこごめん」

『栗原ならいいよー。友達だからね。そういう相談受けたなら気にせず電話してー。すぐに出られるかはわかんないけど』

「うん、ありがとう。頼りにしてる」



 今度お礼にケーキでも持って行こうと決めて通話を切る。

 そして大人しく待ってくれていた安野に「無理ですね」と伝えた。

 少し残念そうにしながらもそっかと一言呟いて、安野は自分の分の伝票を持って立ち去って行った。



 そんなことがあった三日後のことだ。

 安野が「見られてる!! 見られてるんだよぉ!!」と半狂乱になりながら自宅で大暴れしたらしく、精神病院に入れられたという話を聞いた。

 そして安野の友人は耐えられずに自ら命を絶ったらしい。安野が病院に放り込まれてから一週間後に不動から電話があり教えられた。



「結局二人が怒らせたものって何だったの?」



 そういえば聞いてなかったなと思い出して、今更ではあるが尋ねてみる。

 返ってきた答えは、思っていた以上に気分の悪くなるものだった。



『事故って死にかけた、もしくは死んじゃった人たちだよ。助けもせず、動画に撮られてしかも笑われてたら誰でも怒るよね。担当だった人はその動画貰って定期的に見て楽しんでたっぽいよ。類は友を呼ぶって言うけど最低最悪な類友だよねー。揃って趣味が悪い』



 そりゃ幽霊もキレるわなぁと、納得しかない理由に溜息を吐いた。



 それから元担当がダメになったので新しい人が担当に付いた。

 まるでヤクザのような人相の人だったけれど、「猫がいっぱいるねえ。愛されてんねえ。栗原品定めされてんねえ」と、別の日に会った不動がニコニコしてたのでめちゃくちゃ良い人なんだなと思った。

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