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そして、人になった 2

 自動ドアが開いて、軽快な音楽が出迎えてくれる。



 よく分からない現象から助けてくれたらしい不動と共に、帰り道にあるコンビニへとやって来た。

 暖房の効いた店内は温かく、変にかいてしまった汗のせいで冷え切った体にはありがたい。



「なにか食べたいのある? ついでに買うよ」



 お菓子コーナーを物色する不動の後ろをカルガモの雛よろしくついて歩いていたら、予想もしていなかった言葉を投げかけられて一瞬固まってしまった。



「あ、えっと、お金無くて……」

「うん? だからついでに買うって」

「いや、でも……申し訳、ないし」

「数万円も奢らされるならともかく、そんなんじゃないなら全然いいよー。だからほら好きなお菓子と、あと飲み物も選びなよ」

「好きなお菓子……」



 そう言われて、反射的にチョコレートのお菓子が並べられている場所に目を向けた。

 どこでも見かけるようなラインナップ。どれも食べ慣れた物だ。

 その中の一番安い物へと伸ばそうとした手を何故か不動が掴む。



「どうかした?」尋ねようとしたけれどちょっと強めの力で手を引かれて、有無を言わさず歩かされる。

 そしてケーキやプリンなどが並べられた、ショーケースが置かれている場所まで移動した。

 ショーケースの上には和菓子も少しだけ置かれていて、割引シールの貼られた大福がぽつんと一つ寂しそうに残っていた。



「あの、なんでこっちに?」

「あそこには好きなの無さそうだったから。こっちはどうかなって」

「別に、好きなのが無かったってことは……」

「無かったよ。君の好きなお菓子はあそこには無い」



 黒々とした目が、じいっとこちらを見つめてくる。

 まるで何もかも見透かされているような、嘘は許さないと言われているような。

 なんだか不安な気持ちに襲われる。自分の行い全てが何もかも間違っているような気がしてくる。



 なんだか酷く喉が渇いた。走ったせいか、それとも別のことが原因か。

 うろうろと視線を彷徨わせて、ふと割引シールの貼られた大福が目に入った。



 実を言うと、和菓子の類は食べたことがない。

 いつも食べていたお菓子は、食べさせられていたお菓子は、ケーキやチョコレートにプリンのような洋菓子だけだった。

 お団子類も大福も両親は買わなくて、だから今まで一度も口にしたことがなかった。



 無性に気になって、割引シールの貼られた大福を手に取る。

「飲み物は何がいい?」そう言って、不動にまた手を引かれて今度は飲み物が置かれたコーナーまで来た。



 不動はすぐにオレンジジュースのペットボトルを手に取って、さあどうぞと促してくる。

 いつもならミルクティーや、不動と同じオレンジジュースを手に取るけれど、棚の一番下にある麦茶に目がいって。



「ありがとうございましたー!」



 店外に出て、買ってもらった大福と麦茶を受け取った。

 まだ六時前だというのに外はもう暗くて、空には三日月が登り星が瞬いている。



「寄り道せずに帰るんだよ」

「うん、ありがとう。……お金はまた明日返すね」

「いいよ、奢りだから。それじゃまたねー」



 ひらひらと手を振って、商品の入ったビニール袋を振り回しながら不動の背中が遠ざかっていく。

 両手に持った大福と麦茶を一度見下ろして、自分も帰ろうと歩き出す。



 初めて食べた大福は甘さがちょうど良くて、思っていた以上に美味しくて、麦茶によく合う。

 最後の一口を口の中に放り込んで、しっかりと味わう。



 どうしてかいつもよりずっと、叔父夫婦の家へと帰る足取りが軽かった。



 *



「バッサリ適当に切ったらいいんじゃないの?」

「ダメよ! ダメダメ! 髪は女の命であり、大事なオシャレ要素の一つ! 適当に扱うだなんて神様もお客様が許してもアタシが許さないわ!!」



 自分の後ろで不動と、不動に連れられてやって来た美容院の店主(かなりのイケメンなのに女性のような口調で話している)がなにやら人の髪のことについて好き勝手に話している。



 どうしてこうなったのか。

 昨日大福と麦茶を奢ってもらったので、お金を返す代わりにお菓子とジュースを渡そうと思い放課後に声をかけたら、何故か「髪切りにいこっか」と連れてこられたのだ。

 髪を切りたいだなんて一言も言っていないのにである。



「ショートカットにも色々種類があるんだねぇ」

「そりゃそうよ。パーマを入れたりするし、ふんわり可愛い系とか爽やかクール系とか、形やスタイリングによって印象も見た目も随分変わるのよ」

「へー。じゃあ、栗原はクール系だね」

「……えっ?」

「確かに、キリッとした顔立ちだし似合いそうね! できたらカラーもちょっといじりたいけど、中学生だしそこは諦めるしかないわね」

「え? え?」

「カラーがダメならパーマもあんましよくないだろうから無しで。じゃ、よろしく」

「はーい、まっかせて!」

「え??」



 一切当事者の意見を聞くことなく話が進み、口を挟む隙も暇も与えられず気がつけばシャワーをされ、マッサージをされ、腰まで伸ばしていた髪に鋏が入っていく。



 驚く程素早く、それでいて丁寧に髪が切られ、整えられていく。

 チョキチョキと軽い音が鳴る度に、一度も染めたことのない真っ黒な長い髪が床へと落ちていく。



 終わった頃には床にはこんもり山ができそうな量の髪が落ちていて、鏡に映っているのはまるで知らない誰かだった。

 いつも前髪で隠していたロシア人の祖父の血を色濃く受け継いだ青い目が、今はしっかりと晒されている。



「うふふ、思った通りの美人さんね!」



 軽く頭を振る。いつもさらさらと背中辺りで揺れる感覚はもう無くて、驚く程に頭が軽い。

 当然だ。だってあんなにも長かった髪は今、首に少しかかるくらいなのだから。



「あ、終わった?」

「終わったわよー。もう、パーペキな美人に仕上げちゃったんだから!」

「ふーん。で、いくら?」

「んもぅ! 一言くらい言葉をちょうだいよ!」

「おつかれー?」

「アタシにじゃなくて、この子によ!!」



 ボケーっと鏡に映る自分の姿を眺めていたら、いきなり肩に手を置かれた。びっくりしてちょっと体を跳ねさせてしまって、「あら、ごめんなさい」とちょっと申し訳なさそうな顔で謝られた。

 大丈夫ですとぎこちなく返して、おずおずと不動の方を見る。



 待合用のソファでのんびりと座っていた不動は携帯に落としていた視線を上げて、こちらを見た。

 暫く無言でじっと見つめられてなんだかいたたまれない気持ちになる。

 俯いてもじもじとスカートの裾をいじっていたら、いつの間に目の前に移動して来たのか。

 不動の白い手が頬に伸びて来て顔を上げさせられる。



「おー、やっぱ綺麗じゃん」

 少しだけ上がった口角。褒めるように、喜ぶように、緩められた目元。



 かあっと全身が燃えるように熱くなった。

 こちらを見つめてくる目にどうしようない気恥ずかしさを感じて、ドキドキと妙に騒がしい心臓の音が届いてしまわないかと不安で、彼女の手から逃れるように顔を背けた。



 自分の突然の行動に不動は「どしたん?」と不思議そうな声を上げる。「別に」返した言葉は思っていた以上に素っ気ない響きで、少し焦る。

 何か言わなくては。そう思って、「褒めてくれてありがとう」と返した。

「青春ね!」隣から聞こえた店主の弾んだ声が何故か鬱陶しく感じる。

 未だ熱を持つ頬を両手でむにむにと揉んで、どうにかこうにか冷まそうとするけれど、中々熱は冷めてくれなくて。



 会計が終わって店から出た後も熱くて熱くて、それに気を取られていたせいで足元のそれにぶつかってしまうまで気がつかなかった。



 かつんと、少し硬い感触が伝わった。

 なんだろうと思って足元を見下ろすと、白い物が右足のすぐ横に転がっている。



 どうしてかそれがものすごく気になって、よく見ようとしゃがもうとした。

 けれど、パシリと腕を掴まれて動きを止められる。腕を掴んだのは不動だった。



「これでもダメなんだねえ、君」

「……えっと?」

「それ、ちゃんと見てみな」



 促されてもう一度足元に転がるそれを見た。



 口から悲鳴が溢れる。

 骨だった。人間の頭の骨。理科室に置いてある骨の人体模型の頭を赤ん坊の頭くらいの大きさにしたような。

 伽藍堂のはずなのに、本来目玉が入っている場所はクレヨンで塗り潰したみたいにのっぺりと黒いのに、どうしてか見られているのだと分かった。



 カタカタカタカタ。唐突に骨が口を動かした。

 まるで笑っているように。カタカタカタカタ。カタカタカタカタ。音を立てている。

 カタカタカタカタ。カタカタカタカタ。見られている。見られているのだ。自分は。コレに。

 笑われている。カタカタカタカタ。カタカタカタカタ。可哀想だねと同情されて、憐れまれて。



 カタカタカタカタ。カタカタカタカタ。カタカタカタカタ。カタカタカタカタ。

 同じになろうと、同じになってあげると、誘ってくれている。

 カタカタカタカタって。助けてあげるって。味方になってあげるって。カタカタカタカタ。ずっと、音を、鳴らして、



「選ばせてみたり、髪を切ってみたのに、どうしてこう上手くいかないかなぁ」



 白い運動靴を履いた足に、骨が無惨にも踏み潰された。

 あっけなく、儚く、バラバラに。



(なに……今の……)



 自分じゃないものが、自分の頭を支配していたような、気持ち悪さと不気味さが一気に襲いかかって来た。

 気持ち悪くて、恐ろしくて、悍ましくて、喉の奥から迫り上がってきたものを押さえ込めず、近くにあった側溝の所で吐いてしまった。



「あー、だいぶやられちゃった感じ? ごめんねー、様子見したくてちょっとほっといたの。加減わかんなくってさー。もう少し早めに助けたらよかったね」

(なにそれどういうこと!?)



 背中を摩ってくれる彼女はどうやら何か知っているようだったけれど。

 尋ねるだけの余裕も気力も、今の自分には全然無くて。



 気持ち悪さが治るまでずっと吐いて、吐いて。

 ほとんど吐くものが無くなってから、ようやく落ち着いた。



「ほい、水。これでちょっと口の中ゆすぎなね」

「……ありがとう」



 渡されたペットボトルの水を口に含んで軽くゆすぎ、ぺっと吐き出す。

 それからごくごくと水を半分程飲んで、大きく息を吐いた。



「それで」横でいつの間にか買ってきた肉まんを呑気に食べている不動を軽く睨む。「さっきの言葉、どういうことなの?」



「わたしがさー、見えるって話したっけ?」

「クラスの子たちにそう言ってるのは知ってる」

「つまりそういうこと」

「は?」

「君が見たのも同じなんだよ。幽霊ってよりは、悪霊の類になるけど」



 ――そんな馬鹿な。幽霊なんてもの、いるわけがない。



 そう言いたかったけれど、さっきのことといい昨日のことといい、否定するにはおかしな現象は幽霊なんてものの仕業でないと説明がつかなくて。

 理解も納得もできないけれど、でもそういうものだと受け入れるしかなくて。



「どうして……今まで幽霊とか、そんなもの見たことなんてなかったのに……」

「そりゃあ、今の君がめちゃくちゃ引っ張られやすいからだよ」



 さも当然の事実の様にそんなことを彼女は言う。

 どこまでも他人事のように、無慈悲なくらい興味無さげに。



「このままじゃ君、さっきみたいなのに食われて死ぬよ」



 恐ろしいことをのたまった。

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