二週目でも、お人形でもない
なんか秋が行方不明だなぁとか思ってたら、急に冬が来た。
もう十二月だから当然と言えば当然なんだけど、それにしたって急激に気温が下がり過ぎだ。
その影響なのか、先月なんて月一のアレでものすごーく久しぶりにめちゃんこ体調が悪くなった。
腹は痛いし、貧血になるし、吐き気と眩暈に襲われるし。とにかく最悪だったわ。
最悪と言えばもう一つ。
感動的な再会のあれそれのすぐ後に、地雷臭がすんごいクソヤバ女に取り憑かれてる人を見つけたんだよね。そのクソヤバ女、取り憑かれてる人のお母さんだったんだけど。
ぺちんとすればオールオッケーなタイプじゃないのがまた厄介だった。
まあ色々と頑張ってどうにかこうにか取り憑いてたクソヤバ女は解決できた。
ついでに、クソヤバ女に取り憑かれてた人はちゃんと実家と絶縁できてた。
洗脳状態解けてよかったね。
「っていうことがありました。ネタに使う?」
「……使えそうなら使おうかな」
仕事がちょっと落ち着いたと連絡があったので栗原の所へと行き、寝転び炬燵でぬくぬくしながらふと思い出したのでネタに使えるだろうかと話したら、すんとした顔でこっちを見る栗原。
……そういやこの手の話は栗原の地雷に突撃する系の話か。
栗原の母親もあの取り憑かれてた人の母親とは別ベクトルでクソヤバ女だった。
理想を押し付けようとしたり、都合良く自分の記憶を改竄しまくってたり、なんかちょっとでも気に入らんことあると一人悲劇のヒロイン劇場繰り広げたりね。
これが世に語られる毒親。
わたしのことを殺そうとしてきたアレも毒親の部類に入るんだろうけど、勝手に自滅して死んだから受けたダメージは極々微量だ。
ほんとね、流石にね、人目があるような場所で五歳児を足のつかねえ流れの早い川に投げ入れるのは頭おかしい通り越して、ただの馬鹿だと思うの。
……未だに何故殺そうとしてたくせに、わたしを実家が管理してたあの山の川に投げ入れたのかわからん。
あそこの主とはそれこそ生まれた時からの知り合いで、あの主は子どもが大大大好きだから十歳までの子どもの水難事故なんて自分の縄張り内では絶対起こさせないのに。
我が親ながらほんと理解不能。
確実に殺すなら産まずに下ろすか、赤子のうちに首絞めるなり頭かち割るなりすればよかったのに。
自分の手を汚したくなかったのか? 被害者側でいたかったのか? マジでわからんあのイキモノ。
「栗原的にはどう思う?」
「死んだ人間のことなんて何も分からないし、そもそもの話そんな奴の考えなんて一生理解できなくていいと思う」
それはそう。
返ってきたど正論に頷くしかなかった。
「毒親で思い出したけど、不動ってどうしてそうなの?」
「そうなのとは?」
「どうしてそう、周りの言葉に影響されないのかなって」
「ちょっと、改めて聞いてみたくなったんだ」相変わらず綺麗な青い目がわたしの姿を映す。
そこにあるのは、憧憬と疑問とそれからたぶん少しの嫉妬と、不安?
「今まで散々親からも周りからも色々と言われてきたんだろう? たぶん、私以上に理想やらなんやらを押し付けられてもきたんだと思う。それなのにどうしてそう、全くブレずにいられるのかなって。私は、まだちょっとダメなのに。どうしたら、不動みたいになれるのかなって」
「……ネットのか、出版してるやつにアンチコメントでもいっぱい付いた?」
「アンチはいつだってどこからでも出てくるものだし、一々気にしてたら物書きなんてやってらんない」
「じゃあ、なんで今そんなこと聞くの?」
「……」
なんか、難しい顔でむっつりと黙り込んでしまった。
せっかく綺麗な顔してるのに、眉間に皺を作って難しい顔をしていると台無しだ。
体を起こして栗原の眉間へと手を伸ばす。
軽く揉んで皺を伸ばして、ぽんぽんと宥めるように頭を撫でる。
うーん、とってもサラサラキューティクル。
「もしかして、あのクソヤバ母親から連絡なり接触なりあった?」
せっかく伸ばした皺が元に戻った。正解かー。
嫌な正解だ。というか、よくもまあもう一度栗原に連絡なり接触なりしようとしたな?
あんなにはっきり拒絶されたのに。
汚物を見るような、心底冷え切った目と声で手切れ金を渡され、絶縁叩きつけられたのに。
やっぱり栗原幸運Eでしょ。もしくは女難の相がある。
……流石にわたしもちょっとお話しするか。
前回は栗原が自分でどうにかしたいって言ったから顔を立てて引いたけど、今回ばかりはダメだ。
それかいっそもうナイナイしよっかな。誰にとっても親って色々となんか結構特別なものらしいから、とりあえず何もせずに放置していたけど。悪影響しかないならもういらないや。
心の中で栗原のクソヤバ母親をナイナイすることを決定。
あとは栗原のケアだ。
「今日はわたしの奢り。美味しいご飯食べに行こう。焼肉でも、ステーキでも、回らない寿司でもどんと来い」
「……ねえ、不動。私、わたしは……、」
「君はもうお人形じゃない。好きなものをちゃんと好きって言えて、嫌いなものは嫌いだって拒絶できる。そうしていい。だって君は、君の母親の二週目じゃあなくて、君自身なんだから」
しっかりと目を見て言葉を伝える。
不安そうに青が揺れるけれど、何度も何度も繰り返し同じ言葉を伝える。
君はお人形じゃない。二週目じゃない。
栗原奏という、ただ一人の人間でわたしの友達。
それでいいよ。それだけでいいよ。君は君らしく生きて、笑っていたらいいんだよ。
そうしているうちにボロボロと、綺麗な目から大粒の涙が溢れる。
嗚咽を噛み殺そうとする彼女を抱きしめて、落ち着くまで小さく震える背中を撫で続けた。
……こういうのなんて言うんだっけ。PTSD?
女性不信と女嫌いの原因になった奴だから、思い出すだけでもこんなんなるんかな。
やっぱ人の心って面倒だなって思う。
いらないものはポイっとしてしまえばいいのに。自分の中から消してしまえばいいのに。
でもたぶん、それができないから世の中の毒親被害者たちは大変なんだろうなって。
少しばかり同情した。
*
もういい歳した大人が人前で子どものように泣くことの、なんて情けないことか。
真っ赤になった顔を両手で覆って、「しにたい」と呟く。
そんなこちらの様子に首を傾げて、「大丈夫? おっぱい揉む?」と言ってくる不動は相変わらずのほほんとした顔だ。
その肩辺りはしっとりと濡れていて、ものすごく申し訳なくなった。
「揉まない。もう大丈夫だから。それと、その、色々ごめん」
「いいよー。あと、今日ここに泊まっていい?」
「もちろん」
ちょっと気まずい思いはあったが、それよりも今一人になるのはどうにも心細くて、泊まっていってくれるというのは有り難かった。
落ち着くと、なんだか喉が渇いた。
炬燵から出てキッチンに行き、冷蔵庫から麦茶のペットボトルを取り出して二人分コップに淹れる。
ついでに戸棚にしまっていた大福も出してお盆に乗せて運んだ。
「はい、お茶と大福」
「ありがとうー」
さっそく大福を手に取って齧り付く不動の姿に苦笑しつつ、麦茶を一口飲んでから自分も大福を食べ始める。
甘い物はアレの影響でそこまで好きではないが、和菓子は別だ。
たぶん、洋菓子ばかりを食べさせられて和菓子を食べることがほとんどなかったから、和菓子だけは美味しく食べられるのだろう。
食べ終えて麦茶を飲んで、ふと思い出す。
「そういえば、不動に言われて初めて自分で選んだのもこれだったな」
「なにが?」
「大福と麦茶。会ったばかりの頃、コンビニで好きなの選んでって不動が言って、それでこの二つを選んだなって」
「……そうだっけ?」
「そうだよ」
忘れもしない。十年前のちょうどこの日のことを。
十二月十四日。その日初めて、自分の意思で何かを選んで手に取った。
その選び取ったものが大福と麦茶なのは、なんとも字面が間抜けだけれど。
誰から見てもくだらなくて、とても小さい一歩だろうけれど。栗原にとってそれは本当に大きな大きな一歩だった。
「覚えてないなぁ……」
「そりゃあ不動は覚えてないよ。だって、まだちゃんと友達認定されてなかった時のことだし」
「そうなの?」
「全く覚えてない時点でそうでしょ」
不思議そうに首を傾げ、ずずっと麦茶を飲む不動は本当に何も覚えていないのだろうと分かる。
それだけあの日のことは不動にとって些細なことで、だからこそ今こうして彼女と友達として一緒に過ごしていることが奇跡のように思えた。
「私がこうしてやりたいことやって、一応お金も稼げてるのは全部不動のおかげなんだよ」
そうだ、本当にその通り。
あの日不動涼子に助けられたから、見つけてもらえたから。
栗原奏という人間の人生は、きっとその時に始まったのだ。




