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俺のAIするこの世界  作者: 螺旋
第二章 王都アカデミー編
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第7話 襲撃の森

 夜の森に、車輪の軋む音と馬のいななきが響く。

 ランタンの光が揺れ、その奥から土煙を上げながら馬車が突進してくる。

 その背後には、闇を切り裂くような咆哮と、土を蹴る複数の影。


『敵性存在、確認。個体数――八。うち二体が大型です。』


 ステラの声が脳内に響く。

 次の瞬間、先頭を走っていた大型の魔物が急加速し、馬車の進路を塞ぐように飛び出した。

 鋭い爪が車輪の軸を叩き割り、乾いた破砕音が森に響く。


 馬車が大きく傾き、左の車輪が外れて地面に転がった。

 悲鳴とともに馬が暴れ、御者が必死に手綱を引くが、もう制御は利かない。

 そのまま馬車は土煙を上げて停止した。


『車両の停止を確認。生存者が危険です。』

「…見ればわかるよっ!」


 止まった馬車の側面に、狼に似た魔物の群れが迫る。

 四肢は異様に長く、関節は不自然に曲がり、顎には骨の棘が突き出している。

 牙を剥き、獲物を噛み砕く寸前――。


 その瞬間、焚き火の光を背に、ウィンが茂みから飛び出した。


「――炎弾(イグニス・フラム)!」


 指先から赤橙の火球が放たれ、闇を裂いて魔物の顔面に直撃。

 爆ぜる炎と衝撃に魔物が悲鳴を上げ、馬車の手前で転げ回った。


『右側より二体接近。三秒以内に到達します。』


 ステラの警告と同時に、ウィンは身を低く構え、馬車と魔物の間に割って入る。

 一体目が跳躍、刃のような爪が迫る。

 ウィンは剣を振り上げて受け止め、火花が散った瞬間に蹴り返す。

 二体目が回り込み、御者へ飛びかかろうとする――。


「――光輝(ラディアント)(・ウォール)!」


 眩い光が瞬時に展開し、突進してきた魔物を弾き返す。

 怯んだその首元へ駆け込み、水平の一閃で喉を断ち切った。

 魔物は呻き声を上げて地面を転がり、砂と血の匂いが漂った。


 息を整える間もなく、大型個体が低く唸りながら前進してくる。

 その巨体は二メートルを超え、前肢の筋肉が盛り上がり、動くたびに地面が震える。

 馬車の影から怯えた声が漏れた。


『大型種の攻撃が来ます。直撃すれば致命傷。回避を優先してください。』


 巨体が振り下ろす爪を剣で受け流すが、重さに腕が痺れる。

「くっ……!」 肩口を掠め、赤い線が走る。


 だが下がらない。剣を逆手に握り直し、相手の懐へ踏み込む。


炎弾(イグニス・フラム)!」


 至近距離で火球を叩き込み、炎が獣の顔を覆う。

 咆哮とともに巨体がのけ反った隙を逃さず、ウィンは全身の力を込めて斬り上げた。

 刃が肉を裂き、熱い血が飛び散る。大型個体は崩れ落ち、地面を揺らした。


 残る魔物たちは仲間の死に怯え、森の闇へと散っていった。


『……生存者、全員確認。救援行動は成功です。』


 ステラの声は冷静だが、ほんの一瞬だけ、安堵の色が混じっているように聞こえた。

 静寂が戻ると同時に、荒い息を吐きながらウィンは剣を下ろす。

 月明かりの下、焦げた草の匂いと、馬の荒い鼻息だけが残っていた。


「……ふぅ……なんとか、なったね。」


 背後から足音。馬車の御者が恐る恐る近づき、深々と頭を下げた。


「た、助かった……! お若いの、本当に命の恩人だ!」


 御者の背後から、分厚い外套を羽織った男が降りてきた。

 ふっくらとした体形、整えられた口髭、上質な外套――王都の上流商人の風格を漂わせている。

 その男はウィンの手を両手で握り、深々と頭を下げた。


「私はフェルナー商会の当主、リュカ・フェルナーと申します。

 この命と娘を救っていただき、感謝の言葉もありません。」


 そう言って男の視線が馬車の中へ向けられる。

 そこから、淡い緑の瞳をした少女が、恐る恐る姿を現した。


 栗色のセミロングの髪がランタンの光を受け、柔らかく揺れる。

 質の良いドレスを丁寧に着こなしている。

 彼女は一歩ウィンの方へ進み、控えめにスカートの裾を摘まんで礼をした。


「……あ、ありがとう……ございます」


 小さな声だったが、震えの奥に確かな感謝がこもっていた。

 ウィンは慌てて頭をかき、ぎこちなく笑った。


「……お怪我も無いようで、無事でよかったです。」


 ふと横を見ると、馬車の車輪が外れかけている。

 どうやら先ほどの衝撃で木の楔が外れたらしい。

 ウィンはしゃがみ込み、手際よく確認した。


「損傷は軽いですね。少し直せば、すぐ走れます」


 リュカが驚いたように目を見開く。

「お若いの、直せるのですか?」


「一応、鍛冶屋で育ったもので」


 そう言ってウィンは手早く車輪を外し、楔を石で打ち直す。

 あっという間に車輪は元の位置に収まり、御者が感嘆の声を上げた。


「おお……見事な仕事ぶりですな!」


 立ち上がったウィンの肩を、リュカが強く叩いた。

「君は命の恩人だ!

 ぜひ王都の我が屋敷に来てくれないか? 礼をさせてほしい。

 さあ、馬車に乗ってくれ!」


 ウィンが一瞬迷っていると、馬車の横で少女――ミレイユが、少し震えながら小さくつぶやいた。


「…早く、行きましょう…ここ、魔物の匂いがまだ残ってます…」


 その一言に、ウィンは左腕に目を落とした。

『…セルト。同意します。これ以上、危険は好ましくありません。』


 ステラに背中を押され、ウィンはうなずいた。


「…わかりました、じゃあお言葉に甘えさせて頂きます。」


 **


 馬車は月明かりを縫うように森道を進んでいた。

 先ほどまでの緊迫感が嘘のように、車内には柔らかなランタンの灯りが揺れている。


 御者台ではバルドが手綱を握り、周囲に目を配っているのがわかる。

 中では、リュカが膝の上で手を組み、落ち着いた声で話しかけてきた。


「君は随分と剣の腕が立つようだ。…それに、あの炎の魔法も見事だった。

 王都の警備隊に入っても十分やっていけるだろうな」


「いえ…まだまだ未熟です。今回は、運が良かっただけです」

 ウィンは照れ隠しのように笑い、視線を窓の外にそらした。


 その横で、ミレイユが膝の上にそっと両手を置き、何か言いたそうにしている。

 唇がわずかに動き、躊躇いがちに言葉がこぼれた。


「あの…その…」


 ウィンが振り返ると、ミレイユは驚いたように瞬きをし、視線を落とした。

 だが次の瞬間、意を決したように顔を上げる。


「…本当に…ありがとうございました。

 父も…私も…あなたがいなければ、もう――」


 声が震えて途切れた。

 ウィンは慌てて首を振る。


「いえ…とにかく無事でよかったです。」


 その言葉に、ミレイユはわずかに微笑んだ。

 控えめながらも、その笑みはウィンの胸の奥に、じんわりと温かなものを灯した。


 リュカは二人のやり取りを横目に見て、口元をわずかに緩める。

 暗がりの中、その視線には計算とも親心ともつかぬ光が宿っていた。


 やがて森を抜け、遠くに王都の城壁が姿を現す。

 灯火が点々と並び、その内側には活気と喧騒が待っているのだろう。


『…セルト。城壁と思われる建造物を確認。おそらく王都のものだと思われます。およそ20分後に到達します。』


 ステラの冷静な声が響き、ウィンは小さく息を吐いた。

 ミレイユは窓の外を見つめていたが、ガラスに映るウィンの姿に気づくたび、心臓の鼓動が速まっていた。

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