表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺のAIするこの世界  作者: 螺旋
第二章 王都アカデミー編
6/23

第6話 再起動

 若葉の梢を透かして、木漏れ日が地面にまだら模様を描いていた。

 ウィンは旅立って初めて迎える夜に備え、野営の準備を進めていた。


 食料を得るため、小型の獣を追って草むらを進む。獲物は数メートル先、茂みに潜んでいる。

 息を殺し、あと一歩と足を踏み出した――その時。


『……起動確認。ARC充填完了。』


 突如、脳内に響く無機質な少女の声。

 思わず身を起こした拍子に、草むらが揺れ、獲物は弾かれたように逃げていった。


「……うわぁ!……ま、また……?」


 シャドウグリームと戦っていた時、聞こえていたあの声だ。

 周囲を見回すが、誰の姿もない。

 けれど確かに、声は自分の頭の中に直接響いたのだ。


 『補助ユニットA.I.M.S.(エイムス) type(タイプ) Stella(ステラ)、起動します。』


「……は? え、えっと、君は誰なんだ? どうして声だけ聞こえるんだ?」


『視覚認識に干渉し、投影します。』


 目の前で、空気がゆらりと揺らめく。

 青白い光の粒子が、夜の闇に舞い落ちる雪のように静かに集まり、輪郭を帯びていく。


 …やがて現れたのは、無機質な表情を浮かべた少女。

 その身体は光で編まれたかの様に透き通っている。

 白銀の髪が滑らかに肩まで流れ、透き通る蒼の瞳がまっすぐこちらを射抜く。

 纏う装束は白と黒を基調に、胸元や袖に淡い青の装飾線が走り、胸部中央には菱形の紋章が淡く脈動している。


『……お答えします。私はAetheric(エーテリック) Insight(インサイト) Modules(モジュール) Systems(システム)ー通称A.I.M.S. (エイムス)と呼称される、汎用エーテル変換装置です。ウィン様の行動支援を担当させて頂きます。以後、ステラとおよび下さい。』


「ステラ……昨日、俺が魔法を使えたのは、君の力なのか?」


『セルト。その通りです。正確には、ウィン様が生成したエーテルを私のARCに蓄積し、スクリプトとして変換・実行しました』


「……俺から供給されたエーテル? ちょっと待ってくれ。俺にはエーテルなんてないんだ。」


『…ネガト。それは正確ではありません。ウィン様にはエーテルが“存在しない”のではなく、ARC――エーテルを蓄える器官の機能不全により、保持できていない状態と推測されます。』


「じゃあ……あの時、魔法を使えたのは?」


『私は独立したARC機構を備えています。

 ウィン様が生成したエーテルを私のARCに充填し、そのエネルギーをスクリプトの実行に転用しました。尚、時間はかかりますが、空気中に溶け込んだエーテルを私のARCに充填する事も可能です。』


「……じゃあ、君がいれば、俺は魔法を使えるって事なのか?」


『セルト。現状、登録されているモジュールは二種。光のスクリプトを実行する《ラディアント》、炎のスクリプトを実行する《イグニス》です。』


「……なるほど……じゃあ、試してみてもいい?」


『セルト。何を実行しますか?』


「じゃあ……まずは《ラディアント》からだ。」


 光の防壁。アルバートおじさんが使っていた魔法だ。


『セルト。発動座標を意識し、《ラディアント・ウォール》と念じてください。詠唱は必要ありません。』


 ウィンは深く息を吸い込み、目を閉じて意識を集中させた。

 その瞬間、胸の奥で何かが熱を帯びる感覚が広がる。


「――光輝(ラディアント)(・ウォール)!」

 詠唱はいらないと言われたが、興奮のあまり、つい叫んでしまった。


 …ヴォン!


 瞬間、眩い光の壁が眼前に展開され、風を切るような音とともに光の壁が顕現する。

 目の前にいた小型の魔物が、その光に驚いて跳び退った。


「……あぁ……これが、魔法…」

 感動のあまり、視界が滲んだ。


『正常に起動、防壁の展開を確認。耐久値に異常は見られません。』


「……じゃ、じゃあ次は《イグニス》だ!」


 そう呟いたウィンは、次に《イグニス》の試射を始めた。

 赤橙色の炎が指先から迸り、近くの枯れ草を一瞬で焼き尽くす。

 彼の胸の奥で、確かな手応えが芽生え始めていた。


 訓練がてら、食料となる小型の魔物を《ラディアント・ウォール》で捉えたあと、

 ウィンは野営の準備に戻った。

 枯れ枝を集め、小さな焚き火台の中央に細い枝を組み上げる。

 ウィンは腰を下ろし、組んだ枝に手をかざす。

 先ほどステラから聞いた言葉を思い出し、深く息を吸い込む。


 (炎弾(イグニス・フラム)


 ウィンが静かにその名を念じた瞬間、火球が生成され、

 夜気を割るように枝の中心に直撃し、ボッと柔らかく燃え広がった。

 枝に炎が移り、やがて暖かな光と匂いが辺りを包む。


 炎の揺らめきがウィンの瞳を照らし、ぱちぱちと枝が爆ぜる音が夜の静けさに溶け込む。

 暖かさが指先から腕へ、そして胸の奥へと広がっていく感覚に、ウィンはしばし身を委ねた。


「……これが、魔法か。」


 呟くと、視界の端で淡い青の光がまた揺らめく。ステラだ。


『エーテル残量は安定しています。今夜、餓死や凍死の可能性は低いと推測されます』

「……言い方! もっとマイルドにできないの?」


『では――“安全に一晩過ごせそうです”』


「……それがいい」

 ウィンは苦笑した。


 …その時だった。

 夜の森を切り裂くように、甲高い悲鳴が響いた。


「……今の、馬の鳴き声か?」


 焚き火から立ち上がり、耳を澄ます。

 ほどなくして、車輪の軋む音と、人の怒鳴り声が交じる。

 やがて、木立の向こうからランタンの灯りが揺れ、慌ただしく駆ける馬車の影が現れた。


 その背後には、蠢く複数の影――異様な形をした魔物たちが、鋭い牙を剥いて迫っている。


「……あれは……」

『敵性存在を確認。およそ30秒後、会敵します。直ちにこの場を退避して下さい。』


「退避……って、あの馬車には人が乗ってるだろ!?」

『セルト。馬車内には3名のエーテル反応があります。ですが、敵性存在はこちらに気づいていません。直ちに退避してください。』


 ステラの声は冷たく、わずかなためらいもない。


「……だめだ、助けないと!ステラ、やれるよね?」


 短く息を吐き、剣の柄を握り直す。

 その言葉に、ほんの一瞬だけステラの声が間を置いた。


『…セルト。行動方針を変更。救助行動に移行。サポートいたします。』


 脳内に響いた声は依然として冷静だった。

 焚き火の光が背後で揺れ、長く伸びた影が地面に走る。

 胸の奥で、緊張と高揚が同時に熱を帯びる。


「……よし、行くぞ、ステラ!」

『セルト。全機能、戦闘モードへ移行します』


 ウィンは剣を抜き放ち、闇に踏み込んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ