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俺のAIするこの世界  作者: 螺旋
序章 運命の幕開け
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第4話 約束

 転送の光が弾け、ウィンは膝をついた。

 祠の外。焦げた草の匂いが鼻を突き、風が熱を運んで肌を刺す。ちらちらと火の粉が舞い、夜の闇に消えていった。


「……おじさん!」


 顔を上げると、数メートル先、地に伏しているアルバートの姿が見えた。血に濡れた地面と、焼け焦げた衣の隙間から、確かに息はある――だが、その身体は明らかに限界に近い。


 駆け寄ろうとした瞬間――


 ドォン、と大地が鳴った。

 黒く巨大な影が立ち塞がる。


 シャドウグリーム。

 灼熱の瘴気を纏い、蒼黒の外殻が赤い光を漏らす。双眸は血のように深紅で、まさに「殺意」そのものだった。


「……やめろぉっ!!」

 ウィンは咄嗟に腕を上げる。

 キィィィン!

 左手に装着した腕輪が眩く光る。


 ガキィィン!

 光の壁が目の前に展開し、振り下ろされた爪を粉砕した。破片が飛び散り、土に深々と突き刺さる。


 ギャォォォッ! シャドウグリームが悲痛の雄叫びを上げる。


 『脅威レベル:中。《ラディアント・ウォール》を展開しました。』


 ステラの声と同時に、シャドウグリームがこちらに首を振る。

 口腔に灼熱が集まり、紅い閃光が奥から漏れる。


 グォォォンッ!


 咆哮と同時に、黒炎が吐き出された。轟音と共に空気が灼け、地面が焼き爛れる。ウィンは反射的に横へ飛び込み、背中を熱が舐める。髪が焼け焦げる匂いが鼻を刺した。


「くっ…!」


 脳内にステラの声が響く。

『脅威レベル:解析完了。《ラディアント・ケージ》にて封殺可能です。展開しますか?』

「…なんでもいい!やってくれっ!」

『対象を固定。座標指定――《ラディアント・ケージ》発動。』


 光の壁が次々と走り、空間を組み替えるようにして巨体を取り囲んだ。

 ギィィンッ……!

 金属が軋むような音が空気を満たす。


 光の檻に囲まれたその巨躯が、内側から壁を打ち据える。

 ドガァンッ!


 しかし、打撃は吸収され、光の壁が僅かに煌めくだけ。

 蒼黒の装甲が軋みを上げ、赤熱する瘴気が四方に迸る。


 ──バヂィィィンッ!


 シャドウグリームの口内から、再び灼熱の炎が噴き出した。

 暴走するように四方へ放たれたそれは、檻の内壁に乱れ撃ちされる。

 四方から襲いかかる黒炎は逃げ場を失い、檻に弾かれ、渦を巻いて逆流する。


 ゴウッ! ボゥッ!


 轟音と共に、シャドウグリームの装甲が赤熱し、ひび割れる。

 蒼黒の外殻が崩れ、覗いた肉体が熱で爛れ、炎に喰われていく。

 焼け焦げた翼が崩落し、赤黒い液体が飛び散った。


 ギャ゛アアアアア――!!


 苦悶と狂乱が交ざり合ったような悲鳴が、檻の中に響き渡る。

 それは獣の咆哮というよりも、追い詰められた意志ある"何か"の断末魔に近かった。


『炎によるダメージを確認。《イグニス・ロア》にて生命活動の停止が可能です。

 発動する場合、コードを詠唱してください。』

『《ラディアント・ケージ》の発動限界まで、残り10秒。…9,8、7…』


 少女のカウントダウンと共に、壁の輝きが薄く消失していく。

 『…2,1,0』


 グォォォ!

 光の壁が完全に消失すると同時に、シャドウグリームが最後の力を振り絞り、飛びかかってきた。


「――炎咆哮(イグニス・ロア)ァッ!」

 少女の声に従い、咄嗟に左手を掲げ、叫ぶと、

 地を割るような轟音とともに、獣の咆哮に似た炎の奔流がシャドウグリームを襲う。 


 ズゴォォォォッ!


 蒼黒の巨体は激しく燃え上がり、断末魔の咆哮を上げながら崩れ落ちる。


 爆音と光。

 シャドウグリームの悲鳴が響く。大きくのけぞった巨体が地を揺らして倒れた。

 息を切らし、地面に膝をつくウィン。


 『内部エーテルが枯渇しました。スクリプトの起動ができません。再充填までおよそ13時間必要です。』


 冷静な声が耳奥に響く。しかし、ウィンはそれに返事をしなかった。

 ただ膝をつき、這うようにして前へ進む。


「おじさん……!」


 地に伏したアルバートが、かすかに目を開けた。

 血で濡れた顔に浮かんだのは、苦痛よりも温かな笑みだった。


「……すげぇじゃねぇか……ウィン。魔晶器…あんなに使いこなしてよ…」

「おじさん、もう……動かないで。すぐ、泉まで連れてくから……!」


 震える声で叫びながら手を伸ばす。しかし、アルバートは弱々しく首を振った。


「……いい。……俺はもうだめだ。お前が、生きてりゃ、それで十分だ…」

 霞んだ瞳が揺れ、何かを必死に伝えようとしていた。


「……それより、あの男……王国の……騎士団……胸の紋章……見覚えがある……」

「え……?」


 血の滲む肩口に、ゆっくりと視線を落とす。

「……あいつは、俺の魔晶器が狙いだった。お前の”それ”も同じだろうが、あれは特別製でな……アリエスにも持たせてる……」

 ウィンは息をのむ。アリエスも危険なのだと言っているのだ。


「……!」

「……頼む、守ってやってくれねぇか。」


 その声は、風の音に紛れるように、弱くなっていく。


「おじさん……!」

 血濡れた、だがとても暖かい右腕がウィンの左頬を包む。

「……お前は……自慢の息子だ。魔晶器(そんなもん)無くたってな…」


 その目が、虚空を彷徨う。

 ウィンはその手を握ったまま、叫ぶ。


「おじさん……!だめだ! おじさん!」

「…ソフィ……約束……俺は………救えなかった…アイツを…………救ってやってくれ…」


 ふいに、アルバートの腕から力が抜け、瞳から光が消えた。

「だめだ! ……だめだだめだだめだっ!…………」

「――とおさぁぁん!!」


 燃え尽きた大地に、風だけが吹いていた。

 炎の名残がちらつき、黒い土を照らしては消えていく。


 震える手で、その冷たくなりゆく手を握りしめたまま、ただ嗚咽をこぼした。

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