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俺のAIするこの世界  作者: 螺旋
序章 運命の幕開け
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第2話 ステラ

 炎に焼かれた村の惨状を背に、ウィンは必死で山道を駆けていた。背には意識を失ったダニエルの体。息は浅く、顔は蒼白だ。


(もうすぐだ……癒しの泉まで……!)


 幾度も足をもつれさせながらも、ようやく見慣れた岩陰が見えてきた。泉のほとりにたどり着くと、ウィンは慎重にダニエルを横たえ、水をすくって傷口を清める。


「……もう大丈夫だ。ここなら、きっと……」


 水に濡れた傷はまだ深いが、呼吸は次第に落ち着きを取り戻し、顔色もわずかに戻ってきた。安堵の息をつく、その時だった。


 ――ゴォン。


 大地を割るような地響きが近づいてきた。木立を吹き飛ばし、黒い巨影が姿を現す。

 全身を覆う黒鱗、深紅の瞳、口元から立ちのぼる熱気と炎。村を襲っていた魔物とは格が違う。


(な、なんだこいつ……!)


 恐怖で足がすくむ。横たわるダニエルは動かせない。このままでは二人とも……。


「おい、こっちだ!」


 ウィンは自ら囮になるように駆け出した。巨影――シャドウグリームが咆哮し、獣のごとく地を踏み砕いて追ってくる。

 息を切らせながら山頂へ。禁足地の祠へ続く石段を駆け上がる。


 背後から炎の奔流が放たれた。焼けつく熱気が背を焦がす。振り返れば、巨大な口が牙を剥いて迫る。


「うわあああっ!」


 とっさに木剣を振り下ろす。だが――


 ガキィン!

 乾いた音を立てて剣は粉々に砕けた。


(……もう終わりだ!)


 口腔に炎が集まる。絶望が胸を覆った、その瞬間。


 ヒィィィンッ!

 眩い光が走り、炎の奔流を正面から弾き返した。


「間一髪だったな」


 低い声に振り向けば、長剣を構えたアルバートの姿。腕の魔晶器が眩く輝き、光の壁が展開している。


「おじさん……!」


「……シャドウグリームか」

 唸るような独り言のあと、アルバートは地を蹴った。剣閃が走り、黒鱗を斜めに切り裂く。巨躯がのけぞり、唸り声を上げる。


「ハッ、昔なら一撃で両断できたもんだが……」

 軽口とともに剣は鋭く、光壁と連携しながら巨獣を追い詰めていく。


 だが――


 ピシッ。


 光壁にひびが走り、次の瞬間には砕け散った。

 爪が肩を裂き、赤が飛沫を描く。


 アルバートの表情が強張る。

 自身の光壁を破られるなど、想定すらしていなかった。

 わずかに息を呑む間に、森の奥から低い声が響いた。


「……その力。間違いない様だね」


 木立の奥、フードを被った影が立っていた。

 その腕に蒼白い光が灯り、放たれた雷の矢が周囲を閃光で照らす。

 強烈な光に照らされてもなお、フードの影は顔を隠し、その正体を窺わせなかった。


「なっ……!? だれだ、てめぇ!」


 アルバートは咄嗟に光壁を張り直し、轟音と閃光がぶつかり合う。

 火花が弾ける中、フードの男が腕を振ると同時に、巨獣も牙を剥いた。

 その動きは、まるで合図を受けたかのように寸分違わず呼応している。


「……偶然じゃねぇ……てめぇが操ってんのか!」


  雷鳴のごとき轟音が木々を揺らし、閃光が夜を引き裂いた。

 アルバートは光壁を展開して応戦するが、正面から押し寄せるシャドウグリームの爪と、側面から撃ち込まれる雷の矢の連撃に追い詰められていく。


「クソッ……このままじゃ押し切られる……!」


 防ぎ切れなかった一撃が脇腹を抉り、血が滴る。

 その痛みに顔を歪めながらも、アルバートは視線を横へ走らせた。


 その先に――山肌に埋もれるように建つ、古びた祠の影。

 禁足地として近づくことすら許されないはずの場所が、今はすぐそこに口を開けていた。


 アルバートは一瞬、迷うように目を細めたが、すぐに決断した。


「ウィンッ! 祠へ行け! 今すぐだ!」


「で、でも……!」


「いいから行けッ! ここは俺が食い止める!」


 ウィンの胸を突き飛ばすように叫ぶと同時に、アルバートは大剣を振り上げ、シャドウグリームの巨体へ斬り込む。

 雷光が背後から襲いかかる。光壁を無理やり展開して受け止めるが、その反動でさらに鮮血が溢れた。


「ぐっ……!」


 その姿は満身創痍。だがなおも立ち上がり、巨獣の前に立ちはだかる。


 ――バキィィン!


 衝撃音とともに、祠の入り口の石壁が崩れ、瓦礫が通路を塞いだ。

 アルバートが最後の力で放った光の一撃だった。


「ウィン……ここなら、魔物も入れねぇ……! 行け……!」


「おじさん……!」


 涙をこらえながら振り返る。瓦礫の隙間から見えるアルバートの姿は、なおも剣を構え、巨獣と謎の男に向かい合っていた。


 次の瞬間、轟音と閃光にかき消され、その姿は見えなくなった。


 **


 おじさんは信じられないほど強い。毎日叩き込まれてきた稽古で、俺が一番よく知っている。

 あの巨体の魔物でさえ、おじさんなら必ず倒せるはずだ。


 ――だが。

 あの得体の知れない少年の存在が、不気味に胸に引っかかっている。

 おじさんひとりに任せていいのか。足手まといだと分かっていても、俺も加わるべきなんじゃないか。

 いや、それとも村の仲間を呼ぶべきか……まだ戦える人は何人か残っているはずだ。


 焦りに頭がぐるぐると回り、祠の中を見回す。

 剣戟の音と獣の咆哮が、厚い壁越しにまで響いてくる。


(……とにかく、ここから出ないと……!)


 入り口は完全に崩れ、石の瓦礫が行く手を塞いでいた。

 他に出口があるのか――必死に周囲を見渡す。


 祠の内部は思ったより狭い。中央に古びた石の祭壇がひとつ置かれているだけだった。

 壁も床も苔むして湿り気を帯び、長らく人の出入りはなかったように見える。

 周囲に掛けられた松明だけが、不自然に明るく揺らめいていた。


 (火が生きてる……どこかに空気の通り道があるはずだ)


 中央の祭壇へ歩み寄る。

 そこには、一枚の鏡が静かに祀られていた。


 曇った表面に、自分の顔がぼんやりと映り込む。

 その瞬間――


 ……ビコンッ!


 鏡面が光を放ち、見たこともない文字列が次々と浮かび上がった。


 《適合者を検知しました。ゲートを開きます》


 祠の内部全体に、不思議な声が響き渡る。


「な……なんだ!? うわぁぁぁっ!」


 次の瞬間、足元の床が音もなく崩れ落ちた。

 支えを失った体は重力に引きずられ、奈落の闇へと吸い込まれていった――。


 **


 重力に引きずられる感覚が途切れたかと思うと、身体は柔らかな光に包まれ、ふわりと着地した。

 衝撃は驚くほど軽い。だが足元の感触は、土でも石畳でもない。


「……っ、ごほっ、ごほっ……!」


 咳き込みながら顔を上げる。そこに広がっていた光景に、思わず息を呑んだ。


 床は灰色の石と、奇妙な金属が入り混じったような素材でできている。

 淡く発光する線が網目のように走り、まるで血管のように脈動していた。

 天井は自然の岩ではなく、なめらかな面が一様に光を放ち、昼間のような明るさを生んでいる。

 壁一面には幾何学模様が刻まれ、そこから淡い青白い光が流れ出していた。


(……ここは……? 地下……なのか……?)


 空気はひんやりとして乾いている。自然の洞窟とはまるで違う。

 人工なのか、それとも……。とにかく、この世のものではない異質さが肌を刺してきた。


 そのとき――


 キィィィン……。


 金属を擦るような高い音と共に、床の文様が眩しく輝き始めた。

 同時に、無機質な声が室内に響き渡る。


 《適合者を確認しました。――A.I.M.S(エイムス)起動プロセスを開始します》


「……っ、まただ!?」


 ウィンの鼓動が跳ね上がる。祭壇の鏡と同じように、理解できない声が響く。

 目の前の床がせり上がり、ゆっくりと台座が姿を現した。

 その中央には、光を帯びた腕輪のような物体が浮かび上がっていた。


 《緊急事態を感知。外部より攻撃的エネルギー波動を検出。――ただちにA.I.M.S(エイムス)を装着してください》


「……これは……魔晶器、なのか……?」


 その形は確かに魔晶器に似ていた。

 けれど、細部の装飾も質感もまるで別物。もっと洗練され、冷たい輝きを放っている。

 ただならぬ気配に迷いが胸をよぎった。だが外では――おじさんがまだ戦っている。


 躊躇を振り払うように、ウィンはその腕輪を掴み、腕にはめ込んだ。


 瞬間、光が弾け――


 《適合者を確認。ユーザー登録を開始します》


 先ほどの無機質な声とは違う、澄んだ少女の声が、直接脳裏に響いてきた。


「……っ!? な、なんだ今の……!」


 《適合者を確認。ユーザー登録を開始します》


 少女のように澄んだ声が、脳裏に直接響いた。あまりの自然さに、声なのか思念なのか、判別すらつかない。


「……っ!? だ、誰だ……? 今の声……!」


 《音声入力を検出。問題ありません――初期化を続行します。名前を登録してください》


「な、名前……?」

 ウィンは目を瞬かせた。腕に装着された腕輪が淡く光り、脈動するように震えている。

 まるで生き物が呼吸しているみたいだ。


「……俺は、ウィン。ウィン・ライトフット……だ」


 その言葉を告げた瞬間、光が一際強く輝き、体を包み込んだ。


 《登録を確認。――ユーザー:ウィン・ライトフット。認証を完了しました》


 次いで、声の調子が柔らかくなる。

 今度は冷たい機械音ではなく、どこか優しく、秘書のような落ち着きを帯びていた。


 《初めまして、ウィン様。私はA.I.M.S(エイムス) type(タイプ) Stella(ステラ)。――エーテリック・インサイト・モジュール・システム、ステラと申します》


「……ステラ……?」

セルト(はい)。以後、ウィン様のあらゆる活動をサポートいたします》


 その声は静かに、けれど確固たる自信を宿して響いた。

 何が起きているのか理解は追いつかない。だが、背筋を冷たいものが駆け抜けると同時に、胸の奥では小さな炎が灯るような感覚も芽生えていた。


 ーその時。

 …ゴォォン! 

 床下から突き上げるような衝撃が走り、空間全体が低く唸った。


 《警告します。危険反応を感知しました。現在、登録されているモジュールはありません。戦闘スクリプト起動不可。》

 《周囲半径100メートル以内にスクリプトの使用を検知。ラーニング処理を開始します》 

 《…解析完了。モジュール“ラディアント”および“イグニス”をインストールしました。つづいてスクリプトのインストールを開始します…》


 《…インストール完了。脅威の排除、または逃走経路の解析および実行の選択が可能です。命令してください。》


「脅威の排除って、出来るのか?出来るなら急いでくれ!!おじさんが危ないんだ!」


 《セルト。承知しました。オーバーライド実行不可の為、サポートモードにてタスクの実行を開始します》


 《緊急脱出装置、起動。転送処理を開始します》


 空間全体が光に包まれる。


 **

 

 次に視界が開けたとき、そこは再び祠の外だった。

 空気は焼け焦げ、赤黒い炎が木々を呑み込んでいる。


「……っ!」

 熱風に息を詰まらせながらも、ウィンは前方を見据える。


「…おじさん!!」


 激しい地面の震え、焦げ臭い風。衝撃の中心地に迷わず走り出す。


 そして、目の前に倒れていたのは——


 アルバートだった。

 その身体は血にまみれ、左腕は……肘から先が、なかった。

 ウィンの心臓が跳ね上がった。


「……おじさん……!?」


 彼の名を叫ぶウィンの瞳に、再びシャドウグリームの影が映った。

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