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俺のAIするこの世界  作者: 螺旋
序章 運命の幕開け
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第1話 力なき少年

 山の端から朝の陽が差し始める頃、ウィン・ライトフットは目を覚ました。


 石造りの小屋の中、簡素な木の寝台の上で身を起こし、冷たい水で顔を洗う。

 まだ肌寒い春の朝。窓の外には霧が立ちこめ、家々の屋根が霞んでいた。


 ここは、エーテリア北西の片隅にある、穏やかな村——ベイス。


 十年前、戦争孤児だった俺は、養父であるアルバートおじさんに拾われてから、この村で暮らしている。


 村の一日は早い。鶏の鳴き声とともに始まり、畑の手入れや家畜の世話、薪割りなど、誰もが黙々と働いている。

 誰が何をしているのか、誰と誰が仲がいいのか——そんなことは、誰でも知っている。


「今日も早いな、ウィン」


 鍛冶場から鉄を打つ音が響く中、アルバートが手を止めて言った。

 わずかに白髪が混じりはじめた黒髪。

 彼は三十代後半とは思えぬほど若々しく、鍛えられた肉体を持っていた。


「おはよう、おじさん。」


 ウィンの声はいつも明るい。笑顔も穏やかだ。

 畑仕事も家の手伝いも、誰より真面目にこなす。礼儀正しく、感謝を忘れない。

 だが、その瞳の奥には小さな影が潜んでいることに、アルバートは気づいていた。


「…おう、悪いが水汲み頼めるか?」

「わかった、ついでに洗濯してくるから、作業着もってくね。」


 **


 薬草の手入れを終えた足で泉へ行き、汚れたシャツを手桶で洗った。

 冷たい水を泡立てながら布をこすり合わせる。

 水は冷たかったが、手のひらに伝わる感触はどこか心地よかった。


「……これくらい、魔法が使えたら楽なんだろうな」


 シャツを軽くすすぎ、木の枝に干していく。

 風が通り抜け、布をはためかせた。

 誰に言うでもなく、ぽつりと呟く。


 川辺で一通り洗濯をすませ、水汲みをしていると、背後から聞き慣れた声が響いた。

 「またひとりで水汲みかよ、ウィン。」

 リューク。赤みがかった髪を後ろに流した、村長の息子だ。

 皮肉な笑みを浮かべながら歩いてくる。


「水くらい魔晶器を使えばいいじゃないか」


 隣で口を挟んだのは、ダニエル。

 がっしりとした体格で、いつもリュークの後をついてまわっている。


 魔晶器ー自身では発動できない魔法も、魔晶器にエーテルを通すことで発動することができる道具だ。

 俺の家にも昔アルバートおじさんが使っていた、火や水の魔晶器はあるが、俺がこの家に来てから使っているのを見たことがない。


「ああ、お前は魔力ゼロだから、使いたくても使えないんだっけか?わりぃわぃ!」

「・・・だはははっ!」


 この世界――エーテリアでは、魔法は空気のように当たり前に存在する。

 人も獣も草木までもが、体に宿す「エーテル」を用いて術を行使する。

 さらには、鉱石や大地の奥深くにまで魔の力は宿り、この世界そのものを形づくっている。

 けれど――俺にはそれがない。

 魔法を紡ぐことも、魔晶器を動かすことすらできないのだ。


「……水、汲んで帰らなきゃ。朝の仕事が遅れるから」


 そう呟いて、桶を持って立ち去るウィンに、ふたりは肩をすくめた。


「つまんねーやつ」


 ——それでもウィンは、腹を立てたり、泣いたりしない。いつものことだ。


 ただ黙って、水を運び、薪を割り、村の人々に挨拶をして回る。日々の労働を通して、彼は世界との繋がりを確かめるように生きていた。


 アルバートの鍛冶場に戻ると、彼は剣を手にしていた。

 剣といっても、木剣だ。

 アルバートが手ずから作ったものである。


「おお、帰ったか、ウィン。少し、体を動かすぞ。」


 俺は幼いころから様々な武術を幼いころからおじさんに叩き込まれている。

 エーテルの無い俺の護身術ということらしい。

 毎日の稽古は、彼らにとっての日課である。


「構えが甘い。もっと重心を下げろ」

「はい!」


 バシン、と木剣がぶつかり合う音が、夕暮れの鍛冶場に響く。

 汗が額を流れ、腕が震える。

 アルバートの木剣が風を裂き、ウィンの脇腹をかすめた。

 あと一歩遅れていれば、肋骨にヒビが入っていたかもしれない。


「……そういえば昨日、アリエスから手紙が来てたな。なんだったんだ?」


 ウィンは構え直しながら、息を整える。


「ああ……なんか色々書いてあったよ。」


 木剣を打ち込みながら、ウィンはぽつりと続けた。


「『ちゃんと食べてる? 変なケガしてない?』って。で、最後に――『来月には帰るから、一緒にお祭りまわろうね』ってさ」


「へえ、少しは積極的に言うようになったな、あいつも。…隅におけねぇなぁ、ウィン」

 アルバートは口の端を上げて笑う。


「何言ってんだよ。昔から祭りは3人揃って行ってたじゃないか。なにを今さら…」

 アルバートの木剣が容赦なくウィンの脛を叩いた。


「バカヤロー、おめーと2人でまわりたいって事だろうが。」

「いてっ!」

「おまえときたら、まったく。ーいいか、アリエスは昔からおまえのこと……」

「え?」

「……いや、なんでもない。構え直せ。次、もう一発いくぞ」


 アルバートの足が土を蹴り、木剣がしなる音が稽古場に響いた。

 その後、数十合を交えた後、アルバートが木剣を下ろした。

 ウィンも息を吐き、額の汗を拭う。


「随分と動きが良くなったな。そろそろ村の守り手でも任されるんじゃないか?」

「魔法が使えない俺には、そういう役目は回ってこないよ」


 ウィンの返答に、アルバートは口をつぐんだ。

 その目に浮かぶのは、まるで何かを言いたそうな、けれど言ってはいけないという葛藤。


「……力ってのはな、ウィン。手から火が出たり、物を浮かせたりすることだけじゃない」

「それ、いつも言ってるよね」

「だからこそ、何度でも言うさ。おまえはもう十分強い。剣の腕だって、俺が認めるほどだ」


 アルバートの声は、珍しく真剣だった。ウィンはその顔をまっすぐに見返すことができず、視線を落として答えた。


「ありがとう。でも、俺は――」

「魔法が使えないから、足りないってか?」


 アルバートは言葉を被せてきた。


「だったら聞くが……魔法が使えたら、それで全部うまくいくのか?」


 ウィンは口をつぐむ。

 アルバートは、片手で薪を積み直しながら、静かに言葉を継いだ。


「力があっても、使い方を誤りゃ、それは刃物を振り回すだけのガキと同じだ。――お前も、あの坊ちゃんみたいになりたいのか?」


 ウィンの手が、ほんのわずかに震えた。


「いいか、ウィン。何の矜持もなく力を手に入れたら、今度は才能が足りない、環境が悪い、運が無かったって言い出すもんだ。そうして何も成せずに終わっていくんだ。自分に無いものばかり数えて、足りないまま、立ち止まったままな。結局、自分じゃない“何か”のせいにしてるうちは、何も変えられやしないんだ」

 淡々とした口調だったが、その言葉には芯があった。


「確かに、魔法は便利だし、強い力をくれる。だが――魔法が使えることが、お前の価値を決めるわけじゃない。何を考え、どう動くかで、人は決まる。俺はそう思ってる」

 ウィンは返せなかった。剣を握る手に、自然と力がこもる。


「……今朝の食い残し、冷めてるがまだあるぞ。腹、空いてんだろ?」

 話題を変えるように、アルバートが木剣を肩に担ぎながら笑う。ウィンはうなずいて、並んで歩き出した。


 **


 その日の夕刻、ウィンはいつものように、村の裏山に足を運んだ。

 小高い丘の上、枯れかけた大木の陰に腰を下ろし、眼下に広がる村を見下ろす。


 牧歌的な風景。羊を追う少年たち。

 井戸端で談笑する女性たち。

 空には穏やかな雲が流れていた。

(アリエス……か)


 彼女のことを、最近あまり考えていなかった。

 でも、祭りの日に帰ってくるという手紙を見て、心のどこかが少しだけあたたかくなった気がした。


 ぼんやりと空を仰ぎ、目を細める。

 まるで時間が止まったような午後だった。


 ――それは、次の瞬間までの話だ。


(……煙?)


 視界の端、村の南の方角。遠くに、細く昇る灰色の煙が見えた。

 最初は気のせいかと思った。

 だが、わずか数秒のうちに、その煙は明らかに勢いを増し、まるで空を喰らうように立ち上っていく。


「火事……?」


 そう思った瞬間、耳に飛び込んできたのは――絶叫。


(違う、これは……ただの火事じゃない!)


 地面を蹴る。斜面を駆け下り、草むらを踏みしめ、木立をすり抜ける。

 村の広場に飛び込んだ瞬間、ウィンは立ち止まった。


 地獄だった。


 倒壊した家屋、燃え上がる物置、泣き叫ぶ子どもたち。

 地面には黒く焦げた何かが転がり、数人の村人がうずくまっている。


「逃げろーッ!」

「こっちに魔物が来るぞッ!」


 ざわめく群衆の中、威厳ある怒声が響いた。


「落ち着け! 東の森へ避難を! 俺が時間を稼ぐ!」


 アルバートだった。黒衣の裾をなびかせ、長剣を振るって魔物と対峙している。

 三体。牙と爪をむき出しにした魔物たちが、村を蹂躙していた。


「くそ……!」


 ウィンは腰の木剣を抜く。訓練用の剣など通じるはずもない。

 でも、ただ見ているわけにはいかなかった。


「おい、ウィン!」


 アルバートがこちらに目を向け、怒鳴る。


「避難だ! ここは俺に任せて皆を頼む!」

「……っ、わかった!」


 悔しさに奥歯を噛み締め、ウィンは頷いた。

 いざという時、アルバートの指示はいつも的確なのだ。

 村の東にある避難路。

 とにかく皆をそちらへ誘導しなければ。


 ウィンは駆けながら、逃げ遅れている老婆を見つけ、誘導する。


「大丈夫ですか!? 東の森へ!」

「う、うん……ありがとよ……」


 ふと、物陰からひとりの少年が飛び出してきた。


「リューク……!」

「へっ、なんだよウィン。こんな時こそ力の見せどころだろ?」

 その横には、彼の取り巻きであるダニエルが控えていた。


「リューク、だめだ――!」

「…見てろよ、“炎弾(イグニス・フラム)”!」

 リュークが叫び、掌から魔法の火球を放つ。しかし。


 ズン――。


 魔物に当たっても、ほとんどダメージはない。

 逆に怒りを買ったようで、魔物はギャアッと叫ぶと、まっすぐに彼らに向かって突進を開始した。


「げっ……まじかよ!」


 リュークは一瞬ひるみ、次の瞬間には――


「うわあっ、ダニエル、こいつを止めろよっ!」

「えっ……!? うわああああっ!」


 リュークは、ダニエルの肩を押し、魔物に向かって突き飛ばした。

 ダニエルは地面に叩きつけられ、魔物の爪がその体を引き裂く。


「ダニエルッ!!」

 ウィンの叫びが空を裂く。


(まずい――!)


 魔物がダニエルにとどめを刺そうと、顎を開いた瞬間。


「おらああああっ!」


 足元に転がっていた酒瓶と、燃え残った藁の束を掴み、勢いのまま火を移した。

 それを魔物の顔めがけて全力で投げつける。


 ガシャンッ!


 ガラスが砕け、炎が魔物の顔に燃え移る。


「ギャオオオオオッ!!」


 魔物はのたうち回りながら、後ずさる。

 ウィンはすかさずダニエルのもとへ駆け寄った。


「しっかりしろ!」

「う、うう……」


 幸い、致命傷ではない。

 ウィンは彼の体を担ぎ上げ、ふらつきながらも歩き出す。


「かなりの深手だ…」


 村の北側には禁足地の祠へ続く山道があり、道中には癒しの泉がある。

 崩れかけた空の下。


 ウィンはダニエルを抱えたまま歩き出した――

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