01 プロローグ
「神託が下りました。……地図を」
「どうぞ」
「こちらに、勇者を向かわせてください。次の満月、なにも知らない少女が、悪魔の贄に捧げられます。それにより、闇の儀式が成立し、悪魔は更なる力を得ることでしょう。それは、なんとしても避けなければなりません」
「ここは……地図によると、森が広がるばかりでなにもありませんが?」
「かつて盛んに行われていたという、開拓団の派遣先ではありませんか? わたくしは、詳しい事情は存じ上げませんが、神のお言葉に間違いはありません」
「かしこまりました。では、彼らを向かわせます」
「時間がありません。今回も多大な負担をかけることになると存じます。けれども、すぐに向かってもらわないと間に合いません。どうか、よろしく頼みます」
「御意」
シュッ、ゴパッ。
「……よし、ホーンディアーゲットだぜ」
スキルを使って、気配も足音も可能な限り抑えて死角からの投石で、槍のような角の生えた鹿の頭を撃ち砕く。
急いで、しかし、警戒は怠らずに慎重に近寄り、スキル《鑑定》で確実に倒していることを確認してから手が届く距離まで近寄る。
「《入庫》」
スキル《アイテムボックス》に紐付けられた能力のうち、触れた物品をアイテムボックス内に収納する能力で、倒したばかりの大きな鹿を収納する。
血のにおいに他の魔物が寄ってくれば大変だから。
そう、魔物。
魔石と呼ばれる結晶を体内に持つ、魔性の存在。
それらは、自然界のあちこちに生息していて、人間を、人類を、他の魔物を、常に脅かしている。
オレの両親は、魔物を狩り素材を売却して生計を立てていた冒険者だった。
結婚を機に冒険者家業を引退して、子育てができる終の棲み家を探して、広く深い森の中にある隠れ里みたいな村に移り住んでからオレが産まれた。
そんな両親が、流行り病でコロッといってしまってからは、オレが一人で狩りをしている。
隠れ里みたいな小さな村では、畑も十分な広さはないし、作物も種類が少ない。
なので、オレが狩った獲物の肉や森で収穫してきた木の実や果物や山菜などは、重宝されている。
村での一切のことを免除されているくらいには。
むしろ、オレが村の食を支えているまである。
……といって鼻を高くするくらいには、村に貢献している自覚はある。
今倒した鹿も、村に持っていって解体を頼めば、村全体に行き渡る量になる大きさまで切り分けられ、村人全員の腹に収まるというわけだ。
川原で拾った石ころを、アイテムボックスから《出庫》して、投げつける。
視界の先には、投石を頭に受け、のけぞり、倒れるオーク。
二足歩行する豚のような魔物は、力は強いが大量の肉と用途が広い皮を得られる便利な魔物。
もっとも、捕まれば大変なことになるが、捕まらなければどうということもない。
先に見つけて倒すことができれば、多くの収穫が見込めるというわけだ。オークなだけに。
……ただ、村の連中の話では、このあたりにオークはいないということになっているので、これまで倒したオークはアイテムボックスに入れたままにしていて、村には提供していない。
倒したことを確認するために、ある程度まで近づき、スキル《鑑定》で確認する。
そして、しっかり倒したことを確認してから手で触れてアイテムボックスに《入庫》する。
その瞬間を狙っていたのか、緑色の肌の小鬼ゴブリンが飛びかかってくるが、アイテムボックスから人の頭くらいの大きめの石を《出庫》して、殴り付ける。
飛びかかってきた勢いを跳ね返すくらいの威力で殴り付けたので、当然一撃だった。
「…………ふぅ」
汚い血の付いた石はさっさと《入庫》して、オークを回収したあとゴブリンも回収する。
村からは、「ゴブリンを見つけたら必ず倒して村に持ち帰れ」と言われている。
食べられないし利用できる部位もないゴブリンを何に使うのかは知らないし、教えてもくれない。
ただ、倒したゴブリンを引き渡すと、少しの硬貨をもらえるので、たまに来る行商に持たせてやっていると思っている。
村には店なんてないし、物々交換が基本で貨幣を使用することなんてないから。
森に流れる川まで来ると、倒したばかりのオークを川につけて冷やしつつ、血抜きと解体をする。
内臓類は毒素が蓄積しているため食べられないが、肉、皮、骨と有用な部位が多いオークは、無駄にできない。
腰に下げたナイフを引き抜き、オークの頭と手首足首を切り落として皮を剥ぎ、内臓を取り出して肉を部位ごとに切り分けていく。
まだ大人になっていない未成熟な体では、重労働だ。
ただ、転生したこの体は、手足は細くても生まれつき力が強いので、手順を理解して慣れてしまえば難しいものでもないと感じていた。
そうこうしているうちに、解体して川に沈めていた内臓類に、血のにおいに誘われてきた肉食の大きな魚やカニなどが群がっていく。
これらもまた、自然の恵み。
迅速確実に捕まえて仕留め、アイテムボックスに《入庫》すれば、貴重な食料になるということだ。
川辺の石に腰かけて、水筒の水と干し果物で小腹を満たしつつ休憩して、今日の戦果を確認する。
槍のような立派な角の生えた鹿、ホーンディアー。
二足歩行の豚、オーク。
緑色の肌の小鬼、ゴブリン。
それと、川魚にサワガニが複数。
上々だ。
休憩したら、森の奥に高く盛り上がっている一角があり、そこに作ってある畑の様子を見てこようと思ったところで、大きな牙の生えた猪ファングボアに追い立てられているゴブリンが三体ほどいたので、全部投石で仕留めて今日の戦果に追加されることになった。
ホーンディアーもそうだが、ファングボアも毛皮が重宝される。
行商に売って現金に変えるか、村での冬仕度のために取っておくか。
どちらにせよ、報酬が追加でもらえるのは間違いないので、にやけてしまうのを止められなかった。