魔王遁走曲 第1話 はじまりの二重奏
遠い昔、どこかの世界で、とある二人の英雄がいた。
一人は己が信じる正義のために...一人は己を信じる仲間のために...。
そして彼らは、同じ未来を信じその身命を賭して戦った。
たとえ敵が、英雄であったとしても...。
彼らの運命は変わることはない...。
―第1章― 遁走曲
第1話 はじまりの二重奏
「起立!気をつけ!敬礼!」
青空のもとに厳格な男の号令が鳴り響いた。
彼の号令により、入隊志願者たちが一斉に敬礼をする。
「休め!着席!」
「今日から諸君らは、フラメネス王国の栄光ある軍に所属することとなる!」
男は続けざまに言った。
「士官学校を卒業した者、腕っぷしに自信があるもの、入隊した理由は様々だろう...。しかし!我らの目的は同じ!」
男は声高に、そして、これから兵士となる者たちの精神を掻き立てるように言った。
「この国の揺るぎない平和を!か弱き民衆たちの明日を守ることだ!」
この発言により、ある者は歓声を上げ、ある者は覚悟を決めた。
「これにて、私のスピーチを終わる。フラメネス王国軍 大隊長 グレン・アルコッド」
彼のスピーチが終わり、入隊式も幕を閉じた。
その後、入隊者たちはそれぞれが所属することとなる部隊の屯所へと向かった。
「なあ、お前。名前はなんて言うんだ?」
赤髪の好青年が、黒髪の少年に声をかけた。
「俺は...。俺は、アルマ。あんたは?」
「よくぞ聞いてくれた!俺の名前は、グレン・アルタブラ!アルタって呼んでくれ。」
そういったアルタは、アルマに握手を求めた。
「てか、アルタとアルマって、めっちゃ似てるな!よし!今日から俺らはマブダチだ!」
「あはは...。」
半ば強引に握手され、グイグイ来るアルタにアルマは少しめんどくさそうな顔をしながら握手し返した。
「そういえば、アルタブラって...。苗字がグレンだけど、大隊長とは家族なのか?」
少し疑問に思ったアルマは聞いた。
「ん~...。まあ...な、アルコッドさんは俺のおじさんで...。てか、アルタって呼べって言ったろ!」
急に歯切れが悪くなったことが気になったが、アルマは深く考えないことにした。
「てかよ~、なんでアルマはここに入隊しようと思ったんだ?」
「俺は...。働き口を探してて...。家があまり裕福じゃないから、少しでも楽してほしいと思ってて。腕には自信があったから。」
「えっ⁉お前そんなに体でかくねえのにか⁉」
アルタに失礼なことを言われ、アルマは少しむくれた。
その時だった。
「あ~!また、知らない子に変な絡み方してる!」
急に甲高い声が響いた。
「そうやっていっっつも人に迷惑かけるんだから!士官学校の時もそうやって...。」
「なんだ...ローズかよ...。」
「なんだ...ってなによ!この子が困ってるじゃない!」
「困ってねーよ!なあ、アルマ!」
このまま二人の痴話喧嘩が続くと思っていたアルマは、急に自分に話を振られて戸惑った。
「へ...⁉おっ...俺⁉まあ、別に迷惑じゃないし...。なんなら、入隊早々友達ができてちょっとうれしい...かも...。」
少し照れながらアルマは答えた。
それを聞いたアルタも照れくさそうに言った。
「な!な!やっぱ俺の言ったとおりだろ!もう俺らはマブダチだからな!」
「はあ...わかったわよ...。アルマ...君...だっけ?アルタ、誰であろうと馴れ馴れしく接してくるから...。嫌だったらキッパリいうべきよ!」
アルタも大概だが、ローズもなかなかだなとアルマは思ったが、決して口にすることはなかった。
「てかお前こそ、アルマに馴れ馴れしすぎんだろ!自己紹介くらいしろよ!」
「確かに...。あんたに指摘されるのは癪だけど...。」
そう言い、ローズは自己紹介を始めた。
「私の名前は、ラピスライト・プリムローズ。アルタとは幼馴染で、ともに士官学校を卒業してここに入隊したの!私もこれからよろしくね!アルマ君!」
「てか、俺らずっと同じ道だけど、同じ隊なのか?なあ、アルマ。お前何番隊の所属になったんだ?」
「ちょっと!まだ、アルマ君と私が話してるんですけど⁉」
「あはは...。」
なんとなく、この空間が心地よいと思うアルマだった。
「...って、やべえぞ!このままダラダラ歩いてたら9番隊の集合時間に遅刻しちまう!」
意外にも時間が経っていたことに気づいた3人は、9番隊屯所に向かって走り出した。
「お前もこっちの道ってことは、俺らと同じ9番隊なんだな?」
アルタはアルマに問いかけた。
「...うん!俺も...これからよろしく!」
「へへ...!!そんじゃあ急ぐぞ!このままじゃ間に合わねえ!」
3人は9番隊屯所へと大急ぎで向かった。
「はぁ...はぁ...あと少しだぜ!この倉庫の通りを抜けたらすぐだ!」
「このペースなら確実に間に合うね。」
「ちょっと~!!二人とも早すぎるんですけど~!!」
あと少しで屯所にたどり着く、その時、ローブをまとった不審な人物がアルマの目に付いた。
「おい...どうしたんだよ?アルマ?」
「いや...なんかあの人...様子がおかしいんだ。」
不思議に思ったアルタとローズを差し置き、アルマはローブの男に近づいた。
「あの...大丈夫ですか?」
そう言い、アルマが男に近づくと、男は急に喋りだした。
「...が来る。やつらが...来るぅ...。あぁぁ...あああぁぁあ...!」
そう言うと、男は地面に倒れてしまった。
「おいおい...。おっさん!大丈夫かよ⁉」
「嘘...でしょ...。」
「っ...⁉」
突然の出来事に3人はその場で固まってしまった。
「...とっ...とにかくっ!病院とかに運ぶ...べき...よね⁉」
「そうだろうけどよ⁉近くに病院なんてあったか⁉」
慌てている二人を落ち着かせるために、アルマは冷静になって言った。
「二人とも、落ち着いて...。はぁ...。この近くに俺も知ってる医者がやってる病院がある。まずはそこに運ぼう。」
「そ...そうだよな。よし...落ち着けぇ...俺ぇ...。」
それを聞いたローズは慌てて答えた。
「でっ...でもっ!このままじゃみんな遅刻しちゃうよ...?」
「っ...それもそうじゃねえかっっ!!!」
またアワアワと落ち着きのない二人に、アルマは少しあきれながら言った。
「...それなら、二手に分かれよう。病院の場所を知ってる俺と、この人を背負えるアルタで病院に向かう。」
「おう...。」
「ローズさんには屯所に向かってもらう...。」
「私が...⁉」
「そう。ローズさんには俺らが遅れる理由を屯所の人たちに報告してほしいんだ。ローズさんの足でも、この時間ならまだ間に合うはずだ。」
「うぅ...私の足でもって...。でもってなによう...。」
「それじゃあ、頼んだよ!」
「俺らが怒られるのはお前にかかってるからな!まじで頼んだぞ~!!」
アルマの言葉に落ち込むローズを尻目に、二人は病院に急いだ。
「そういえばよ、お前の知り合いの医者ってのは友達かなんかなのか?」
病院に向かう途中、アルタがアルマに聞いた。
「いや...単純に昔からお世話になってたってだけだよ。親父との稽古でケガばっかしてたから。」
「ふーん...。てか、親と稽古してたって...。お前のお父さん強いのか?」
「わかんないけど...。でも、もともと軍に居たって言ってたから...。教えてもらったのも、戦いの基礎とか、基本的な魔法くらいだったし。」
「ふーん...。そうなのか...。」
さっきまでとは打って変わり、テンションが低いアルタに違和感を感じたアルマは、その原因を聞こうとした。
「...なんか、気分悪そうだけど...。どうかしたか...?意外と体力...ないのか...?」
「うるせえよ!!...でも、なんていうかよ...自分に失望したっていうか...未熟さに気づいたっていうか...。モヤモヤすんだよな...。」
「...?」
「お前がこのおっさんを助けようって言ったとき、俺は『このままおっさんにかまってたら、俺らが遅れちまう』って真っ先に考えちまったんだ...。でも、お前は...そのことを分かったうえでおっさんを助けようとした。」
「...。」
「まっ、言っちまえば、お前が俺よりもヒーローみたいで、なんか嫉妬しちまったって話なんだけどな!」
そう言い、「へへっ...。」と笑うアルタを見たアルマは立ち止まって言った。
「アルタの選択が間違いかどうかなんて今はまだわからないんだ。俺は俺の思った最善の行動をとっただけ...。」
「っ...。」
「『その時の選択が正しいかなんて、戦場じゃ誰もわかりゃしない。だから、一人一人がその時、最善だと思ったことをやるだけだ』って親父がしょっちゅう言ってた...。だから...その...慰めになるかわかんないけど...落ち込むなよ。」
そんなアルマの言葉に、アルタは満面の笑みで返した。
「...へへっ!やっぱ、お前とダチになれて...本っっっ当によかったぜ!!!」
「元気になったなら...よかった。」
「うっし!それじゃ、病院まで急ごうぜ!」
「うん...!」
そうして二人は病院へとたどり着いた。
「パパーヴェルㇺ...診療所...?」
「そう、ここが俺がお世話になってる病院。診療所は小さいけど、医者の腕は良い...。多分...。」
「多分かよ!まあ、なんでもいい!さっさと中に入ろうぜ!」
それを聞いたアルマは診療所の扉を開けた。
「ベルさん。急患なんだけど、今大丈夫...?」
「んぁ...?あぁ...なんだアル坊じゃねえか...?なんだ...?また怪我でもしたか...?」
診療所の椅子の上で大きなあくびをしている医者らしき男がいた。
「そうじゃなくて、このおっさんを見てやってくんねえか⁉」
痺れを切らしたアルタが医者の男に向かって言った。
「ん...?なんだ?珍しいな...?急患とはな...何年ぶりだ...?」
「なあ、アルマ...。この医者っぽいおっさん大丈夫なのか...?」
アルタはアルマにしか聞こえない声で聞いた。
「聞こえてんぞ...。」
「うわぁ⁉聞こえてんのかよ?!」
「...ってか、アル坊。お前今日は入隊式なんじゃねえのか?こんなところにいていいのか?遅刻だろ。」
「屯所に行く途中で、その人を見つけたからここまで運んだってだけ。正当な理由さえあれば、軍だって理不尽に怒ったりはしないさ。」
「...へっ!どうだかな...。」
怒られはしないだろうと思いつつも、急ぐべきだと思ったアルマは医者に向かって言った。
「とにかく、ベルさんのところでこの人診ていてくれないか?俺らそろそろ戻らないと...。」
それを聞いた医者は口を開いて言った。
「だめだ。」
「えっ...?」
医者が言った言葉を不思議に思った二人は、もう一度確かめるように言った。
「おい!おっさん!なんで病人を診てやれねえんだよ!医者なんだろ⁉」
「そうだ、俺は医者だ。けどな...金もろくに払えなさそうな放浪者を匿ってやれるほど、優しくもなけりゃ繁盛もしていないんでね。」
「なんだよそれ...。もういい!アルマ!お前には悪いが、このおっさんほかの病院に連れてこう!」
怒り心頭のアルタを諭すように医者はいった。
「まあ、待て...。ほかの病院には俺が連れて行ってやる。同業者には顔が広いからな...。診てくれそうなところをあたってみるよ...。お前ら屯所に向かうんだろ?」
「うん...。でも、いいのか...?」
少し心配そうな顔をしながらアルマは聞いた。
「心配はいらねえよ。ほかでもねえ、アル坊とそのお友達の大事な日だしな。」
「すまない。恩に着る!」
「あと、これをもってけ。俺から軍への手紙だ。これをわたしゃあ、軍もお前らの遅刻に納得するだろうよ。」
自分が最初に思った印象より、意外といいやつだと思ったアルタは医者に謝罪した。
「あのよ...なんか大声出して悪かったな...。」
「いいってことよ...。ホレっ!さっさと行った行った!」
そう言われ二人は医者に追い出された。
「それじゃ、屯所に戻ろう。」
「おう!」
二人は急いで屯所へと向かった。
二人が居なくなり、静寂が訪れた診療所内で一人。医者はつぶやいた。
「さて...こいつ...どうしたもんだか...。厄介ごとにならなきゃいいが...。」
次回!魔王遁走曲
第2話 2人だけの共鳴音
アルタ 「なあ、次の話で俺ら戦うってよ!」
アルマ 「ふーん。そうなんだ。まぁ、大けがしない程度にしてあげるよ。」
アルタ 「んだよそれ!俺が絶対勝つからな!みんな応援よろしくぅ!!」
ローズ 「二人のために頑張って走って報告した私は?みんな無視しないでぇ~!」
魔王遁走曲 第1話 おわり
ちなみに、ローズはピンク髪のツインテール。見るからにお転婆な女の子だよ。
医者のベルさんは、死んだ魚のような眼をした、メガネと白衣の似合う40代のおっさんだよ。