Ⅷ 拒絶
同性愛を否定する描写がありますので、苦手な方は読むのをお控えください。
陽葵の顔を見て、私は彼女のために一番やってはいけないことをしてしまったことを、自覚した。彼女の顔は見たことがないほどに歪んでいた。彼女の大きな瞳が若干潤んだように見えたが、陽葵は唇を弧に歪めた。
「ははっ…あははっ!はっあははは!そう、だよね。気持ち悪いよね。いきなりこんな事言われたら。そうだよね。うん。小菜はあくまでもぼく…私を慰めてくれようとしただけなんでしょ?そうなんでしょ!?…じゃあもういいよ!!」
何が面白いのかひとしきり笑った後、陽葵は自暴自棄になったように一気にまくし立てた。その様子に、違うと否定したかったがなぜだか怖くて声が出なかった。
「ほら、何も言えないなら、そういうことでしょ…?小菜も!奏汰も!母さんも!みんな、みんな…私をおかしいって思ってるんだ!私のどこが何がおかしいのさ!普通ってなんなのさ!?」
陽葵はボロボロと涙をこぼし、髪をかきむしりながら怒鳴り散らした。なにか言わないといけないのに、それにも関わらず私は喉が切り裂かれたように痛み、声を出すことができなかった。こんな状態でも陽葵はおかしいと思われたくない気持ちの表れなのか、泣き叫びながら『私』と言い続けている。そんな姿になにか行動を起こすべきなのは分かっている。分かっているけど、身体が、動かない。声が、出ない。
「小菜、ねぇ…。なにか言ってよ…。ねえ!」
陽葵は大声を荒げるとともに私の肩を掴んできたから、その様子が怖くて思わずびくっと肩を揺らしてしまった。
「…!…………っごめん。そんなつもりじゃ…なくて。ごめん…」
私の様子を見てか、陽葵はおびえたように謝り始めた。それでも尚彼女の目から涙が止まることはなかった。
「陽葵…。私のほうこそごめ…ん」
自分自身も何に対する謝罪かはわからなかったが、とにかく謝っておきたかった。涙をこぼす陽葵の顔を軽く拭った。嗚咽としゃっくりをこぼす陽葵の背中を軽くゆっくりと擦った。陽葵の声が段々といつもの柔らかいものになっていった。
「なんで?…謝るの。じゃあ、小菜は私がおかしいと思うの?」
「思うわけ…」
「女の子が好きでも?」
陽葵のストレートな質問に言葉を詰まらせてしまった。
「そん、なわけないじゃん」
鏡なんて見なくてもわかる。私の頬は明らかに引きつっている。ジェンダーレスの時代だとか同性愛がどうとか言うけれど、今まで根付いた価値観はそれを否定してしまう。
陽葵は今までで初めて見るほどの穏やかな笑顔を浮かべていた。私の引きつった顔に気が付かなかったのだろうか。いや、そんなわけ無いだろう。彼女の大きな目は私の顔をしっかりと見つめていた。
「そっか、小菜ならそう言ってくれると思ってたよ。変なこと聞いてごめんね。そう言ってくれてありがとう」
陽葵の言いたいことが全くわからなかった。彼女の笑みは私に有無を言わせないような圧があった。別に怖い顔をしているわけではない。でも、穏やかな笑顔にどこか恐怖を感じた。
「呼び出したのは僕なんだけど、一人にさせてもらってもいい?ちょっと分かったことがあってそれを確かめたいの」
陽葵の一人称がいつもと同じものに戻っていた。彼女は自分のスマホを取り出し、いじり始めた。それに少し安堵しつつ、彼女の分かったことが気になった。けれど、私はこの短時間で陽葵をたくさん傷つけてしまった。だから聞く資格はないと思う。謝罪してもしきれない。そんな思いから私は陽葵の希望通りに屋上を後にすることにした。
「わかった。何かあったら連絡して。あと…いろいろと、ごめん」
私は少しでもと思い謝罪を口にし、屋上の扉をくぐった。
「僕はこの世界で幸せになれないみたい。みんなおかしいって言ってくるみたい。」
階段をゆっくり下っているとき、そんな声とともにカシャンカシャンとフェンスが軋む音が聞こえる。けれど、一人にさせると約束した手前後ろを見るのも気が引ける。少しでも様子を聞きたくてゆっくり段差を降りていった。それに陽葵はフェンスに背を預けているだけだろうと思っていた。
「だから、もうサヨナラをしようと思う。小菜、奏汰、今までありがとう」
後ろから聞こえる言葉の内容の意味がわからず、慌てて階段を駆け戻った。屋上に戻るとそこには
_誰もいなかった。
変わらず投稿は不定期になってしまいますが、少しでも続きを楽しみにしていただけると嬉しいです。気軽にいいねやブクマ、感想などを送っていただけたら幸いです。