Ⅲ 幼馴染の苦悩
結局、陽葵の部屋で陽葵の無言の圧に耐えきれず、不眠症のなりかけになっていたことを告白せざるを得なくなり、正直に全て話すことになってしまった。陽葵は私がゲームのやりすぎで夜ふかしをしていたと思っていたらしい。そのため、最近寝れていないことを話すと心底と言った様子で心配してくれた。それどころか、
「今日は僕の家に泊まる?そしたら僕が寝かしつけてあげられるよ?それに、明日から休日だし」
と、優しい誘いを受けてしまった。お母さんにそのことを連絡するとすぐに了承の返信が帰ってきたため、お言葉に甘えることにした。
「ん、そうだ。お風呂どうする?先入る?」
私は先に入ってもいいのであれば、と先に入らさせてもらうことにした。
***
「ったく。警戒心なさすぎだよ。」
僕は自室であぐらをかきながら、かすかに聞こえてくるシャワーの音を聞かないように_聞こえないようにガシガシと頭をかいた。きっとここに小菜がいれば、陽葵だって女の子なんだから、そんなことしちゃダメでしょ!なんて、怒られていただろう。でも、今はそんなことなんか気にしちゃいられない。それどころじゃないのだ。だから少しくらい許してほしいものだ。
こっちだって健全な女子高生なのだ。もっとも、僕はそこらへんの男子高校生と思考は大して変わらないのだろうけど…。
ふと、胸がチクチクと痛んだ。それと同時に僅かに苦しくなる。最近…というか中学生の頃からずっとそうだ。原因は明確だが、取り除くことはほぼ不可能だ。
「…………っはぁ…!」
胸の中の苦しみを吐き出すように、僕は勢いよく息を吐いたが、痛みどころか、苦しみも増えていく一方だった。なんだか涙が出てきそうだ。
気付けばすでにシャワーの音は止んでいて、足音が近づいてきていた。
***
「陽葵。お風呂ありがと…って大丈夫?」
先に入らさせてもらったお礼を言いながら、陽葵の部屋のドアを開けた。そしたら、陽葵が目を見開いて口を開いて、こちらを見て静止していた。
陽葵に近づくと視線のみが追いかけてくるがそんなことは気にせず、彼女の前で軽く手をふると、はっとしたように我に返ってくれたようだ。
「大丈夫?」
「う、うん。ごめんね。っていうか、なんで髪乾かしてないの!?風邪引いちゃうよ!」
ドライヤーの場所が分からなかった。と言おうとする前に陽葵に腕を捕まれ、ズルズルと髪を乾かすために引きずられていった。ていうか、髪を私が乾かしていないことに驚いていたのか。
ドライヤーのうるさく乾いた音にどこか眠くなり、うとうとし始めた頃にちょうど髪を乾かし終わったらしい。
「はい、おしまい。まったく、風邪引いたらどうするのさ。」
陽葵はまるで母親のようだ。なんて思っていると、一瞬だけ。苦しそうに顔を歪めていた。ほんとに一瞬で、声を掛ける前に手を引かれて気づけばベッドに寝かされていた。……!?
「なんで!?なんで私は陽葵に寝かされなきゃいけないの!?私もうそんな年齢なんかじゃないんだけ…ど」
慌てて講義するために起き上がったが、流れるように仰向けに戻され、お腹のあたりをとんとん、と優しく叩き始めた。
「だって、最近寝れてないんでしょ?だったら、僕が子守唄とか歌ってでも寝かしてあげるから!ほら、おやすみなさい」
―――♪
――――♪
―――♪
…陽葵のきれいな歌声に耳を傾けているうちにまぶたが重くなり始め、歌詞が途切れた。
「小菜、おやすみ」
***
ぼやけて輪郭を持たない意識の中、額に柔らかいものが当たった感触がして、すぐに離れていった。そして、
「ごめん」
一言の遠慮がちな謝罪の後、唇に柔らかいものが触れた。
***
「…んっ。あ、れ…?」
眩しい。いつの間に朝だったんだろう。それに久しぶりによく眠れた気がする。でも、あれは何だったのだろう。やけにリアルな夢だったな。
「あ、小菜。おはよう。よく眠れたみたいで、その、よかった」
何故か歯切れの悪い様子の陽葵に挨拶を返した。
「うん、おはよう。久しぶりによく眠れたみたいでさ。陽葵の歌のおかげかな、ありがと」
素直にそう感じたため、きちんとお礼を伝えた。
「毎晩僕が電話越しでもいいなら歌おうか?」
すると冗談には聞こえないほど真剣な顔で、陽葵が提案してきた。それも名案のような気がして、私も少し乗り気で話していた。
しばらく話していると、陽葵が少し困ったように眉を下げ、その後顔を歪め顔を僅かにうつむかせた。
「どうしたの」
だがそれも一瞬のことだった。陽葵はいつもと同じ顔で、でも少し無理をしたような顔になった。
「なんでもないよ」
そう、なんでもなくない声音で、他者からの心配を拒絶するように言った。
その後何事もなかったかのように振る舞う陽葵の姿が、私の目には苦しそうに、無理をしているようにも見えた。
変わらず投稿は不定期になってしまいますが、少しでも続きを楽しみにしていただけると嬉しいです。気軽にいいねやコメントしていただけたら幸いです。