Ⅱ, 寝不足
眩しい…。カーテンの隙間からこぼれてくる光の明るさにわずかに苛立ちを覚えながら、体を起こした。
「…もう、朝か。」
どうも眠った気がしない。昨日陽葵のことを考えていたからだろうか。いや、違うな。ここ数ヶ月まともに眠っていないからだ。不眠症…なのかもしれない。かもしれない、なのは、お母さんにはまだこのことを黙っていて病院に行っていないからだ。まあ、いいか。昨日は寝られた気がしたんだし。
重く眠い頭を軽く振るい、最初からなんともなかったかのように髪型を整え、制服に着替えた。
「小菜、おはよう」
お母さんの優しい声に私も挨拶を返し、そのまま家を出た。
どことなく重い足取りで、学校へと歩いていると後ろから声がかけられた。
「小菜。」
いきなりで驚き肩が跳ねたが、声の主は陽葵だったことに気がついた。
「あ、あぁ。陽葵か。おはよう」
「うん、おはよ。昨日はごめんね。先に帰って。」
気にしてないと、首を振った。そこから会話は途切れ、その場に沈黙が落ちた。
陽葵に聞きたいことがたくさんあったはずなのに、何を聞こうとしていたのか全く思い出せなかった。けれど、そのほうがいいのだろうとも思った。
「おはよう。陽葵。あ、あと藁品さんも。」
陽葵と教室へ向かうと、陽葵と仲のいいクラスメート__佐神奏汰が声をかけてきた。私は軽く挨拶を返し、自身の机に向かいカバンを横に引っ掛けすぐさま突っ伏した。
はぁ、眠い。やっぱり昨日は寝れていたのだろうか。昨日は今ほど眠くはなかった気もするし。あれ、一昨日は…。まあいいか。朝のホームルームまで、寝ていよう。
……。だめだな。寝れない。もういいや。陽葵と話そう。
「ん、はるき。」
席を立とうとしたら、目の前に陽葵がいた。少し驚いたけれど、立たずに済んで楽だと思った。
「小菜?大丈夫?眠いの?」
何度か私の名前を呼び、心配するように顔を覗き込んでくる。
「んん〜。ちょっと寝れてなくて。眠い。」
そんなふうに陽葵の質問に心配させないように受け答えしていると、佐神くんが視界に入ってきた。彼の方に少しだけ顔を向けると、目があってしまった。…なぜこちらを見ていた?少し疑問に思ったが、佐神くんの眉が八の字になっていたので彼なりに心配してくれているのかな?と思った。
「陽葵。藁品さん。そろそろホームルーム始まるよ。」
佐神くんの一声で陽葵は慌てて自席に戻っていき、佐神くんは戻る際に少し振り向き、一瞬だけ柔らかく微笑んでいった。
「えぁ?」
らしくない微笑みに間抜けな声がこぼれた。そしてその後佐神くんは陽葵の蹴りを食らっていたのはなぜだろうか?
チャイムの音が聞こえ、目を開けると白い天井が目に入った。あれ?なんで私、仰向けに?覚醒しきっていない意識の中、ただぼんやりと天井を見つめていた。教室でホームルーム終わって授業聞いてて、聞いてて…。きいて、て。なんだっけ?その後がもう思い出せないや。うーん。
「あら、藁品さんやっと起きたのね。」
一人唸っていると、若い女性の声が私の名前を呼んだ。誰だろうと思って起き上がると、養護教諭の三里先生が口元に笑みを湛え、こちらを覗き込んでいた。三里先生は明るい茶髪の丸メガネをかけた美人で、しかも柔らかい笑みをいつも口元に浮かべている。そのため多くの生徒からの人気を博している。そんな三里先生がいるということはここは保健室なのだろう。
あれ、私教室にいたよな。
「あ、はい。…えっと、今何時ですか?」
「もうそろそろ放課後になりそうな時間よ。」
三里先生の返答は驚くべきものだった。
「え!?わ、私何時間ほど寝てましたか?!」
今日は六限まであったはずで、一限目から授業を受けていた記憶がない。授業を受けれていなかったことにわずかに焦りを覚えた。
「ん〜と、そうね。確か、貴女が寝始めたのが一限目で、流石に起きなくてまずいと思ったから二限目の前に運んできたって言ってたわ。」
え、まじで?嘘ぉ…。って、ん?
「言ってた、運んできたって…誰がですか?」
思い当たる人物は一人しかいなかったが、社交辞令のようなものだと思い、聞いてみた。すると、やはりというか、予想通りの人物の名前が返ってきた。
「東間さんよ。いや〜、お姫様抱っこして藁品さん連れてきて、『小菜が寝てから一度も起きないので、ベッド借りてもいいですか』なんて言われた時は東間さんがどこぞの王子様に見えちゃったわ!しかもあの子ね…」
やっぱり。語尾にハートマークが付きそうなほど甘い声で話す先生に、そんなことないだろ!言い過ぎだ。と、心のなかでツッコミを入れた。続く先生の話を無視し…ん?というか陽葵にお、お姫様抱っこされた…!?え、うそ。やばい、めっちゃ恥ずかしい!昨日もそうだけど、なんでこう恥ずかしいことが多いんだろう。思わず溜息がこぼれた。
__ガラッ
いきなりドアが開けられ、そちらを見ると陽葵がカバンを2つ持ってこちらに歩いてきていた。陽葵のカバンと…誰のカバンだろう。誰が見てもわかるようなことを考えていたが、状況的に自分のものだと気がついた。
「あっ、陽葵。ごめん、運んでくれたりとかかばんとか、あ、ありが、とう…?」
途中言葉が途切れたり、語尾に疑問符がついていたのは、陽葵が口元だけは笑っていたからだ。つまり、目は笑っていないのだ。
「小菜、今日も一緒に帰ろうか。それでそのまま僕の家に遊びにおいで、ね?いいでしょ?」
そんな陽葵の笑顔…元い、刺されるような視線でお願いされたら、恐怖により了承する他なかった。三里先生…微笑ましいものを見るような目で見てないで助けてはくれないだろうか…。
変わらず投稿は不定期になってしまいますが、少しでも続きを楽しみにしていただけると嬉しいです。気軽にいいねやコメントしていただけたら幸いです。