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座敷わらしとおじいちゃんの家 


イグサの匂いがふんわりと私を包む。少し古びていて、いっそうのこと趣を感じる。

それもそのはず。この家は昔からここにあったのだもの。

私が生まれる前、お父さんお母さんが結婚する前……いや、もっともっと前から。

たくさん遊んだっけ。従兄弟のお兄さん、叔父さんに、もうこの世にはいないおじいちゃん。

この部屋はよく囲碁を教えてもらった部屋だ。

目を開けて一本の太い柱を見る。赤や黒で沢山の線が引かれた柱を。

今日はこれを見るために、お父さんに頼んでおじいちゃんの家につれてきてもらったのだ。もうすぐこの家は取り壊される。買い手が現れたから更地にするらしい。

その話を聞いて、この柱のことを急に思い出したのだ。おじいちゃんが亡くなってから思い出すこともなかったのに。

何故か最後にここに来たいと強く願った。

この柱は私の身長を刻んだ柱。そして従兄弟のお兄さんの身長も刻んである歴史ある柱だ。私のはこの家に来る度におじいちゃんがつけてくれた。

無数の線の中、一本の赤い線を指でそっとなぞった。

力強く引かれた線で薄れてしまうことはない。

だけど一番上は小学生5年で止まってしまっている。今は高校生。私にはそれだけの時が経ち、この家は時が止まっていた。

線は鼻先くらいの高さ。

もう一度なぞり、畳に寝転ぶ。

長く伸びた髪が広がる。

やはりイグサはいい匂いだ。

日の陽が差し込み眩しくて目を閉じる。

緋色の光。


ノリカ:「黄昏時って言うんだよね」


古典の授業で習ったっけ。

ここに来れるのも残りわずか。

寂しいな……。

しみじみと色々な思い出を追憶していたときだった。

鈴の音がしたような気がした。


ノリカ:「鈴の音?」


座敷わらし:「おぬしも大きくなったのう。初めて会ったときには赤子だったというのに……」


お父さんとお母さん以外に誰もいるはずはない。

なのにどちらでもない声がした。

目を開けると、着物を着た黒髪の幼子がいて私の顔を上から覗き込んでいた。


ノリカ:「だ、誰!?不審者、ではなさそうだし迷子?」


お父さんたちを呼ぼうとしたところで手を引かれて止められた。


座敷わらし:「待つのじゃ、迷子ではない。ただの座敷わらしじゃ」


ノリカ:「座敷わらしってあれのことだよね。古い家に住み着くって言うやつ」


座敷わらし:「そうそう。それじゃ!」


ただのって……。座敷わらしにただのって。

でも、なんだか納得した。


ノリカ:「こんなところに普通の子が迷子になるわけないもんね。そもそもここ家のなかだし」


座敷わらし:「妙に落ち着いておるの。座敷わらしじゃぞ?」


ノリカ:「うん。でも、人間ってどうやら驚いたときは冷静になれるらしいのよ」


座敷わらし:「なるほどな」


とりあえず自己紹介されたので私も自己紹介を返した。


ノリカの「えっと、私はノリカよ」


座敷わらし:「久しぶりじゃの。よく子供の頃遊んだのじゃが、覚えておるか?」


ノリカ:「あっ……。そういえばあったわね、幼いとき従兄弟ではない子と遊んだことが。それも結構な頻度で」


近所の子だと思ってたけど、今になって考えたらこの時代に着物はおかしい。だけど、子供は無知でなんでも受け入れてしまうから……。ちょっと変わってる服装だなーって。

うん思い出した。懐かしい。

でも、本当にそのまま当時の姿だ。


ノリカ:「覚えてるよ。遊んでくれてありがとう。楽しかった……。でもなんで忘れていたのかな。あの頃の一番の友達だったのに」


座敷わらし:「まあ、そういう存在じゃからのう」


ノリカ:「そうなんだ。また思い出せてよかった」


大切な思い出がなくなることは寂しい。たとえその思い出自体が記憶になくても。


座敷わらし:「にしても見えるようになったんじゃの。近頃は構ってくれんくなったし、見えんくなったのはしっておるよ。じゃが、また見えるようになるとはの」


ノリカ:「見えなくなってたの?」


確かにある時を境に急に姿をみることがなくなったとは思っていた。だけど、単にいないだけだって思ってたのに。


座敷わらし:「子供は一度こちらの世界を見えなくなるが、稀に再び見えるようになる人がおる」


ノリカ:「そんなんだ」


座敷わらし:「にしてもおぬしも見えるようになるとは」


ノリカ:「も?」


他にも誰か彼女を見た人がいるのだろうか。

すると見透かしたように言う。


座敷わらし:「おぬしの父じゃよ。まぁ『も』と言うには語弊があるかの。あやつは感じて、せいぜい音が聞こえるだけだったからの」


ノリカ:「あ、もしかしたら聞いたことあるかも。なんか夜に足音が天井裏からしてたって怖がってたけど」


座敷わらし:「それは……妾じゃな」


座敷わらしさんは気まずそうに目線をそらした。

どこからか手鞠を取り出し遊びだす。

遊びたかった、というよりは気をそらしたいという理由だろうか。


座敷わらし:「そのじゃな、うっかり物が浮いて見えて怖がらせてはいけないと、夜に遊んでいたのじゃ。じゃが、本末転倒だったか……っ」


どうやら彼女なりの気遣いだったらしい。

いたずらで怖がらせようとか、悪気はないのだしそんなに気まずそうにしなくても良いのに。


座敷わらし:「家の守り神が住人を驚かしてしまうとは不覚じゃ。なんたる失態。妾は守り神失敗じゃな……」


ノリカ:「そんなことないよ!」


ノリカ:「今どきは守り神だって驚かしたりするんじゃないかな?TVでもイタズラ好きな座敷わらしのいる宿屋っていう番組やってたし。うん、気にしちゃだめだよ」

なんて慰めてる謎の構図が出来上がってしまった。

きっとこの光景を見た人がいたなら、私はなにもないところに向かってなにかを力説している変人なのだろう。

いや、きっとも何も絶対そう思うはずだ。


座敷わらし:「そうかの?」


ノリカ:「うん!そうだよ!!」


座敷わらし:「おぬしにそう言ってもらえると少し気が楽になった。うっ……」


話していて突如彼女は倒れそうになった。

もちろん支えた。


ノリカ:「どうしたの、大丈夫?」


座敷わらし:「大丈夫じゃ。眠いだけじゃからの」


ノリカ:「寝不足?座敷童子にもあるの?」


座敷わらし:「いや、寝不足ではない。もう年じゃから……」


ノリカ:「年って……」


まだこんなに幼いのに?

まるでそれでは年老いた人のような言い方ではないか。


座敷わらし:「見た目はの。そもそも我らに見た目の概念はない。……進んでおるのじゃろ。この家を倒す話が。座敷わらしは家に宿り守る。謂わば運命共同体。じゃからもうすぐ妾も眠りにつく。妾のような怪異が消滅するときは眠って消えるのじゃ」


ノリカ:「そんな……。だってせっかくまた会えたのに」


座敷わらし:「悲しそうな顔をするでない。それが運命じゃ。なに、苦しいものではない。深い眠りにつくだけじゃ」



それはもう覚悟を決めた表情で、私よりずっと大人な顔をしていた。

たとえ見た目が小さくとも、彼女は私よりずっと大人でもう運命を受け入れている。それを私がとやかく言えることじゃない。

だから私ができる精一杯のことをしたい。

そう思って笑顔を向けた。

私たち一族を見守ってくれた彼女に、その末の私から笑顔を贈ろう。

もう大丈夫だよ。今まで忘れないと。そして───。


座敷わらし:「最後におぬしに会えて良かった。見えて良かったと言うべきか。ずっと見ておったよ」


なるほど、と。

この家で時々視線を感じたことがあった。でも振り向いても何もいない。

そんなとき、さっきのような鈴の音がなっていた。

気づけなかっただけでずっと見守ってくれていたんだ。


座敷わらし:「立派になったの。坂道で転んで泣いていたのに、こんなに大きくなった」


ノリカ:「いつの話よ。もう高校生、大人よ」


そうか、それも彼女だったのか。

下り坂で走って勢いよく転けて泣いたとき慰めてくれた子がいたっけ。


座敷わらし:「そうじゃ。おぬしならこの先何があっても乗り越えられるじゃろうよ。ほれっ」


頭に手をかざされ、光が降り注がれた。

暖かく、安心する。


座敷わらし:「そなたが終わる日まで幸多からんことを」


頬を熱いものが伝っていく。

悲しくはないはず。

今日再会したばかりでこれまで忘れていたのに。

それでもっ……。


座敷わらし:「泣くでない。……もう黄昏が終わる。妾は弱っているから終わればきっと姿を見せられぬじゃろう。最後にもう一度だけ笑顔を見せてくれ。妾はおぬしの、ノリカの笑顔が大好きじゃった」


ふと窓を見たら夕日がちょうど沈むところ。

への字になった口を上げて無理に笑った。

座敷わらしの彼女も同じように笑う。


座敷わらし:「もうそろそろじゃの。おやすみ、ノリカ」


ノリカ:「ねえ、座敷わらしさんの名前は?」


座敷わらし:「名はない。だがノリカはこう呼んどったの。───」


そして、今までありがとう、と。



● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ●


今日は思い出のおじいちゃんの家を取り壊す日。

残しておきたかった。残しておいて欲しかった。

だけれど、子供の私ではどうにもならないことだしどうしようもなかったのだ。


本音は……見に来たくなかった。

あたりまえだ。大切なものを壊すのだから。

大切なものが壊れるのは苦痛だと知っている。それを好き好んで見たい人がいるはずがない。

だけど、だからこそその瞬間に側にいたかった。

無機質な布が家を取り囲み、さらにその周りには大きな機械。

重機が振り下ろされるとき、手のひらを強く握っりしめた。目は離さない。

見届けないと。

永遠にも思う一瞬。

崩されていく中には見覚えのある部屋ばかり。

それに目を凝らして思い出を見ようとする度、無情に機械が破壊する。


ノリカ:「おやすみなさい。今までありがとう」


家に対してか、それともあの座敷わらしにかは分からない。

気がついたら言葉にしていた。


● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯ ● ◯


車から降りた。

そしてあれから何年経ったか。

本当の意味で大人になった私は、休日を利用しておじいちゃんの家があった場所に来ていた。

理由があるわけではない。なんとなく来てみたくなった。


どんな人が住んでいるのか?

どんな家が建ったのか?

どんな雰囲気か?

全部違う。当てはまらない。

だから、来てみたかっただけなのだろうと解釈することにした。

窓から見えたのは小学生くらいの2人の子供が遊んでいる光景。

元の古い家とは違う、次世代の新築。

核家族が進むなか、縁者のことを考えた結果の二世帯ハウス。

もう面影なんてどこにもない。

でも、幸せそうで素敵だとおもった。


そんな中から二人の子供が飛び出してきた。

小さな男の子と女の子。

男の子の方は私が座敷わらしさんと遊んでいたくらいの年齢。小学生低学年くらいだろう。女の子の方も同じくらい。

思わず目を見開いたのは私が知っているあの座敷わらしに、女の子がとてもよく似ているような気がしたから。

はっとして目を凝らして見るが顔は似ていなかった。

全然違う子、服も洋服だし。

静かにそっとため息をつき微笑んだ。

雰囲気はどことなく似ているかもしれないけど、全然違う子を見間違うなんてね。

そう、あの女の子と座敷わらしさんは別人。


男の子:「ねぇ、───。公園ついたらかくれんぼしようね」


たとえ付けられたあだ名が、当時私がつけたあだ名と同じでも。


座敷わらしに似た女の子:「承知したのじゃ!!」


たとえ女の子の声が座敷わらしさんの声と同じでも。


手を繋いでいた二人のうち男の子が石につまずく。そしたら連鎖して二人ともこけてしまった。目の前で転けたものを放っておけるだろうか。私は声をかけた。


ノリカ:「二人とも大丈夫!?」


男の子:「うん………痛いけど痛くない」


座敷わらしに似た女の子:「………」


近くで見てもやっぱり違う子。

そして二人の土ぼこりを払ってあげて、立たせた。


座敷わらしに似た女の子:「……」


女の子がじっと見つめてきた。


ノリカ:「どうしたの。私の顔になにかついてる?」


女の子はふるふると横に頭をふり、だけど首をかしげ何故か笑った。


ノリカ:「さぁ、行った行った!!子供は元気に遊んでこそよ。ただし、転ばないようにね」


男の子:「うん!」


そうして急いで、だけど走らずに二人は去っていった。


きっと知らなくて良いこともあるのだ。

私はもう大人になった。

だから子供の世界に踏み込んではいけない。

大人には大人しか見えない世界があり、子供には子供しか見えない世界があるのだから。


踵を返し、再び車に乗り込む。

あまり長居するつもりもなかった。

ほんとにただ一目見てみたかっただけ。




扉を閉じる直前、懐かしい音がした気がした。

黄昏時の小さな鈴の音が。


見つけてくださり、最後までお読みくださり本当にありがとうございます(*^▽^*)

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