stage2-V 『離陸阻止』
「うぐっ! くっ! 私だって、私だって、これが正じいなんで信じてないわよ! でも、みんな、みんな、私に意地悪ずる! があっ! この手で作り出じた娘たちまで、私に寄り添ってぐれないなんて! 愛ずる人たちを、ぐっ、失っで、冷酷な殺人兵器を作り出しだ人類の敵とまで言われで! それでも、それでも、信じてぎたはずなのに! もう、何も信じられない! ぐっ!」
「あ……」
かつて義肢開発においては史上最高の天才とさえ言われたローゼン・メイデン博士は、まるで親と逸れた幼女のように泣きじゃくり始めた。
まるで失ったものが、叫び声をあげ、涙を流すことで帰ってくるとでも思っているように。
「ぞうよ! 私のじていることは、余りにも多くの命を奪う愚行なのよ! でも、でも、もう私は他人に意に沿わないごとを強要されるのは嫌なのよ! ぐっ、くっ! ただ、私自身のわがままを、受け入れてほじいだげなのよぉっ!」
彼女がそう叫んだ途端通信が切れた。
「……ママ」
「モータ、大丈夫だ。 お前のせいじゃない」
『私のわがまま』というのが、彼女の抱えた薔薇型生物兵器の種子だろう。
「博士を止めるんだ。 被害が出る前なら、まだ間に合う」
僕は黙りこくってしまったモータに語り掛けるように言った。
「うん。 分かった。 モンブラン! 聞いてた?」
「……うん。 支援する。 ……ママ、ごめん」
最後に彼女がそう呟いたのを聞いて、僕らは再び攻撃に復帰した。
先ほどまで博士の悲痛な思いに気圧され、敵機上空で旋回することしか出来ていなかった皆は、敵機の後部エンジンが八本全部起動したのを見て一転攻撃に移った。
「敵機が移動を開始。 離陸します」
胴体中央のハッチが開き、艦砲クラスの巨砲がせりあがってくる。
僕らは敵戦闘機の上を通り過ぎ、そこで機雷をばらまく。
「敵艦載機発進!」
「……左翼を攻撃する……、露払いをしてくれたら……、うれしいな……」
さっき喧嘩していた二人がそれぞれ言った。
「援護します!」
明らかに効いていない機雷に愛想をつかしたモータが応え、実際に敵機首へと飛んだ。
視界に紅い小型のジェット機が映る。
おそらく小型機だろう。
操縦桿を操作して照準を合わせ、引き金を引く。
指示された通りの動きで、確かに空対空用の旋回砲が敵機を撃墜した。
そういう風にして敵機を撃ち落としていく。
それと同時にモータがロケットを投下し、キャノピー両側の発射台の片方を破壊した。
「……ありがとう……。 ……あわわ、動き出した……」
その言葉の通り敵機はついに動き出した。
巨大タイヤの列が駆動しはじめ、ゆっくりと滑走路を進み始める。
途端、各部のロケットランチャーが一気にこちらに向かって発砲した。
「逃げろ! さすがに迎撃してもきりがない!」
「分かった!」
僕らは一時離脱を選択した。
迎撃が強まり、攻撃と防御がトレードオフになっている以上こちらの攻撃が弱まる。
その間に敵機はどんどんと速度を上げていく。
「私が行く!」
先ほどのエンテ型が急加速して敵機の前方に回る。
「……死にたいのかな……?」
それは敵機に今にも翼で横から衝突しそうなくらいに距離を詰めた。
「ツバサ! 何をしている! 今すぐそこから離れろ! これは上官命令である!」
通信が檄を飛ばした。
軍人には上下関係が厳しくしつけられているというのは異世界でも変わらないようで、彼女は素直に敵機から離れた。
「攻撃する! 敵機の後ろについてるやつは今すぐ離れろ!」
同じ声がそういうと、敵エンジンに攻撃を加え、その装甲に阻まれていた数名が離れた。
すると、滑走路の向こう側で碧色の光が瞬き、一瞬で空間上に現れた同色の光柱が敵機のキャノピーを貫いた。
「ママっ!」
敵機が軽く持ち上がり、そのまま揚力を失って滑走路に叩きつけられる。
その衝撃で機体の進路が歪み、金属音と火花とを上げながら減速していく。
追い越したキャノピーは大きくひしゃげていた。 仮に誰かが乗っていたとして、無事では済まないだろう。
「ママっ! ママ! 嘘!」
あの人は完全な悪人ではなかった、その人が、今罪を償うこともなく死んでしまった。
そうなら最悪だ。
「モンブラン! 私達、ママを!」
「……それは、仕方が……、違う! 何かが敵機より離脱! あなたたちの所へ向かってきてる! 全機散開せよ!」
その言葉に反射的に従って真ん中から分かれた部隊の空いた中央を何かが通り過ぎた。
細い機首、それにつながる末広がりの胴体、そしてその胴体の最後部から伸びる胴体の幅と同じくらいの長さの前進翼。
それらはすべて紅で染め抜かれている。
そしてそれは、ほんの少し明るみを帯び始めた空に消えて行った。
「速い!」
そう、恐ろしく速い。
通常の戦斗機ではありえない高速度で通り過ぎたそれに、博士が搭乗しているという確信が突然降ってきた。
「私達姉妹だけに追わせてください! 速力は足りています!」
僕がアクションを起こす前に、モータが懇願した。
「ママは、ちょっと間違えてしまっただけなんです! 私達なら、まだ止められます!」
「分かった。 エンジア、こう言ってるけど、大丈夫?」
「分かった、バルル。 ……健闘を祈るぞ」
「分かりました」
「ごめん、マカロン。 さっき算出した相手の速度は私の速力を超えてる。 あなただけで行ってくれるかしら?」
「分かった」
「……がんばって」
そうして僕らは、敵機を消えた方向に、全速力を上げて追っていった。