stage2-P 『モータの決意』
暫く飛んでいると近隣に集落が見え始め、その規模がだんだん大きくなっていった。
これは僕らが着実に首都に近づいている証左に他ならなかったが、それらからはみな僅かな明かりしか見えず、戦時下の民衆の悲哀が痛々しいほどに感じられた。
「大丈夫ですか? ……モータ、さん」
「うん」
モータの言葉は沈痛だった。
「本当に大丈夫か?」
「……ビスト―。 私、貴方と一緒にいて楽しかったよ」
「……あ、うん」
「でもね、心のどこかでは、なくした自分の過去を想ってた。 出会った頃はまだ結構その思いが強かったけど、だんだんそれも薄れてきた。 でも、時々夜中に起きて、存在したはずの日に思いをはせたりもしたわ。 彼女の言葉は信じられないけど、なんだかシンパシーみたいなものを感じる。 多分、これがどこかに残された彼女達とのつながりなんだと思う。 あるいは彼女の言葉がもし事実なら、破損した記憶の残滓かもしれない。 だから、私は彼女のお願いを聞き入れようと思う」
モータはしっかりとした語調でそこまで言った。
あまりにも彼女らしくなかった。
「協力してくれる?」
「勿論!」
「元老院を止めるのは元々の私の任務でもあるから、助力は惜しまないわ」
僕とシャルフトさんが相次いで答えた。
そう言いながら一行はついに産業の源となった大河に囲まれた首都の外縁地区上空へとたどり着いた。
本来なら苛烈な迎撃があってしかるべきだろうが、実際にはそんなものはなく、夜闇の中で町は静まり返っていた。
「空港は下の川を辿っていけばつく。 俺たちは元老院の方に行く。 お前たちは空港の方だ」
「健闘を祈りますよ」
「そちらこそ」
そう言って僕は操縦桿を倒し、進行方向を変えた。
「博士は何をしようとしているの?」
そうやって空港に向けて飛び始めてから暫くしたころ、モータがボソッとつぶやいた。
「さあ。 分からん。 ただ、『世界を美しく』ってのは、でかい爆弾の特徴ではなさそうだけどな」
「私たちの世界では爆弾魔が『フハハ! 美しい!』って言いながら爆弾を爆発させる描写が定番なんですけどね」
「それはなかなかキてるな」
軽口をたたいてみる僕らを尻目にモータは真面目な感じの声で言った。
「私も破壊兵器ではないと思う。 気象兵器かな? それだったら、『綺麗』ってのも、まあ分からなくもないよね」
そう言いながら川をたどっていくと、川幅が突然広くなる点があった。
そこからしばらく進むと、川の真ん中に複数の鉄橋や石橋で両岸と接続された中州が見えてきた。
そこに異常なことが起こっているという事は一目でわかった。
なぜなら、それは巨大な火柱に包み込まれていたからだ。
煌々と光を放ちながら、攻撃目標は炎上し、崩壊しようとしていた。
もともとは背が低い建物だったのだろうが、そこを土台とした炎の塔は、あまりにも巨大で、作為を疑わざるを得なかった。
「一体、何が……」
「証拠湮滅をかけられたようだな。 ちっ」
僕は通信機に顔を近づけた。
「こちらビスト―! 敵施設が破壊されている! どうぞ」
「おう……、ビストーか」
困惑をはらんだようなウェイルさんの声が聞こえた。
時間的にはすでに敵本陣に到達していてもおかしくはなかった。
「何があったんですか?」
「ああ。 今、機外から話してる。 あのまま全くの抵抗なしに元老院議会に近づけた。 議場前のアウトバーンに着陸してそのまま中に入った」
通信機は取り外せるようになっている。
「そうしたら議事堂の奥にある像の台座に地下に続く通路の入り口があった。 そうして地下に行ったら……」
「行ったら?」
「死んでいたんだよ。 『愚者』達全員が」
「そんな、彼らは不死身だったんじゃ!?」
僕は心底驚愕した。
「犯人は分かるぜ」
「……誰ですか?」
「不老不死に至るまでには複数のアプローチがある。 そのうち一つが、新たなボディを人工的に作り、人格を移植すること。 議場に座っていた死体は皆お前くらいの年齢の少年と言ってもいい人間の物だったよ。 仮にこれが人造人間の技術を応用したものだったとして、その技術を扱えるような人間を俺たちは一人知ってる。 そうだろう?」
「博士がですか!?」
「おそらく彼女は元老院にも反旗を翻したのだろう。 死体はまだ暖かかった。 まだ作戦行動は始まっていないか、もしくは始まっていてもそう時間は立っていないだろう。 今から動けばまだ間に合う」
「でも、作戦の根幹をなしていたであろう施設はもう破壊されてしまいました。 跡は残っていません」
「もう一つ。 議場は薔薇で満ちていた」
「……どういう意味ですか?」
「どうもこうもない。 地下室に鬱蒼とした薔薇の茂みが繁茂していた。 どうやら一瞬で成長したようだが、もう足の踏み場もなかったよ」
「そんなことがあり得るのですか?」
「そうとしか言えない光景が目の前に広がっているんだ。 ……おそらく何らかの手が加えられているのだろう」
「……それが兵器」
「俺もそう思う。 ダリル曰く、博士は薔薇を愛していたそうだ。 品種改良にも凝っていて、早く成長する品種を好んでいたらしい。 仮に数分で完全に成長し、且つ繁殖力も高いようなものがばら撒かれてみろ、一瞬で人間の生きられる土地は無くなっちまうぞ」
「空港ですか?」
「生物兵器をばらまくときは高空の気流に乗せるもんだと相場が決まっている。 おそらく今から攻撃を開始するなら、そこで離陸準備をしていることだろう。 俺が設計した超大型飛行プラットフォーム『パープル・ヘイズ』。 これが使用されている可能性が高い。 俺たちも後で行くが、まだまだ処理に時間がかかりそうだ。 先に行っておいてくれ。 健闘を祈る」