stage2-I 『この戦争の裏に』
僕は浅い微睡みの中にぷかぷか浮かんでいた。
この戦争が始まってからこうもまともな睡眠をとったことはほとんどなかった。
だから僕はお腹を満たしてソファに横たわると、二分と経たず眠りに落ち込んでしまった。
どれほど時間が経っただろうか。
僕は何時しか深い眠りから抜け出し、覚醒しているとも眠っているとも言い難い意識の辺縁を漂っていた。
肉体は完全に休眠しているが、脳はいち早く疲労から恢復していて、感覚器に鞭打って覚醒の準備を整えていた。
「おい。 これを見てくれ」
ウェイルさんの声が聞こえる。
相手はもちろんダリルさんだった。
「なんですか? ……書類?」
「どうやらこの船は機密情報をも積んでいたらしい。 下に金庫があって、壊したその中にこれがあった」
紙をめくる音がしばらく続いた。
僕はその間に息をのむような音が幾たびか挟まったことに気づいた。
「……まさかメイデン博士が関わっているというのですか?」
「知り合いか? ……いや、そうか、お前は」
ダリルさんが陰鬱な声で言った。
「私はあの『ローゼン・ガーテン事件』で事件鎮圧を担当した二人のうち一人でした。 それに私たち二人は彼女とは旧知の中でもありました。 事件の後、彼女は行方不明になったのですが、まさかこんなところに」
『事件』を『鎮圧』?
さっぱり意味が分からなかった。
「しかしまずいことになった。 さらなる破壊兵器を投入する予定だとそれには書いてある」
「『世界をもっと美しく』。 身内への指示書でしかこんな文言は使わないでしょうね」
ダリルさんは悲しそうに続けた。
「『もっと』ですよ? これは純朴に世界の美しさを信じている人間の言葉です」
「よっぽど情があるみたいだな。 お気持ちお察しする」
衣擦れの音がした。
「ふむ……成程」
「私にも彼女の考えていることはわかりません。 ただ、これ以上彼女に罪を犯させたくない」
ウェイルさんが唸った。
「ただ、この文書の口ぶりから言うともう兵器自体は完成しているようだな。 事態は一刻を争う」
「首都に着くまでにどれぐらいかかりますかね」
「もう1日くらいだな。 ちゃんと飛べば、だが」
ウェイルさんの言葉にはある言外の意味が込められているように聞こえた。
「私たちのことは捕捉してるんでしょうかね、あちらさん」
「こいつはステルス機だからレーダーに映ることはない。 だが、クレージーリングスを墜としたり工場を潰したりしたんだ。 確実に手配は回っているだろうな」
「反乱軍本隊とは連絡が取れないんですか?」
「根拠地からの脱出はあらかた成功していたはずだ。 事前の取り決めの通り動けていれば機動艦隊は首都の方に向けて航行中。 揚陸艦15隻に空母8隻、戦艦が8隻、巡洋艦が22隻、駆逐艦が30隻、水雷艇は数えきれないほどある」
「彼らが運用している新エネルギーを水上艦に使うのははっきり言って無茶ですからね。 水上戦力はこちらの方が上なのはまだ救いです」
「さて、これからどうするか、だ。 我々のスパイからの報告では、この戦争を続けたがってるのは元老院のお偉方だけだ。 苦悩も苦痛も病も、死すら知らない『愚者』達だけがな」
「そのネーミング最低ですよね」
「確かに傲慢だ。 しかし、連中の軍事力は脅威に値する」
「連邦でも多くの労働者世代の人間が死んで国力が低下しつつあるのに、肝心の兵力に何の影響も及んでいないというのは、極めて何か嫌なものを感じますね」
「そうだな。 この作戦は大衆や一般軍人などには巧妙に隠されているものに見える。 恐らく連邦内で元老院に反感を持っている者たちを粛正するための作戦だろう」
「そうでもしないとダメってことですね」
「全くだ。 これ以上戦争が長引いた場合、世界征服を達成したとしても連邦も無事では済まないだろうな」
「首都に殴り込みをかけることで、そんな未来を阻止しようという事ですね?」
「そうだな。 極論を言えば元老院の『愚者』達が全員くたばれば、この戦争は恐らく終わるだろう。 同時進行で各地の反乱軍も攻勢をかけているはずだ。 あちらさんも本気を出して各個叩いてくるだろうが、その分首都の守りは薄くならざるを得ない。 好都合だ」
「もう一度聞きますけど、こいつが途中で撃墜される可能性は?」
「はっきり言って高い。 言ってもこいつの自動操縦はそんな高性能なもんじゃない。 レーダで捕捉した航空機から離れるような設定にはしてあるが、いざかち合ったら即座に脱出できるようにはしないといけないな」
「間違いないですね」
「ただ、今現在は軍事施設一つない険しい山間部の上空を飛んでいる。 さすがに敵とかち合うことはない。 俺が監視に当たるからお前は寝ろ」
「え、私だけは悪いですよ」
「いつお前だけだといったんだ。 8時間経ったら俺と交代だ」
「あ、そういう事ですか。 ではお言葉に甘えて」
二人が立ち上がる音がした。
足音、ドアが開く音。
部屋内に静寂が戻った。
不安定な覚醒を続けていた僕の意識は、そこで安定を失い、眠りの底へと落ち込んでいった。
なんだか平和だったころの夢を見たような気がする。
モータと遊んだりいちゃついたりした記憶が走馬灯みたいに回想されて縁起が悪かった。