stage2-F 『彼女の昔話』
非常にありがたいお言葉だった。
そもそもこの戦争が激化してから僕は安心して寝る事すらほとんどできなかった。
その上シャルフトさんの魔法のおかげで機体との一体感が大幅に上がっていたのが、かえって過去類を見ない疲労の原因となっていた。
僕は『スペランカー』から降りた。
足元は安定している。
「こっちだ」
ウェイルさんは『休憩室』と書かれたプレートの嵌った気密扉に入っていった。
僕は『フライヤー』から降りるヒンジに手を貸してやり、それから一緒にその部屋に入った。
そこは飛行機の中にあるとは到底思えない、木張りのフローリングと壁面を持つ部屋だった。
床に固定された家具はみなかなりの高級品で、それも豪邸の居間にあるような奴は一式揃っていた。
僕はソファにどっかと座り込んだ。
ヒンジも僕の隣にちょこんと座る。
「運のいいことに高級仕様の奴を奪ったみたいだ。 シャワーを見つけた。 敵が来ないうちに一つ浴びてきた方がいい」
「ではお言葉に甘えて」
そんなこんなで魔法でどうにかできるらしいシャルフトさん以外の四人が全員ひと風呂浴びた。
最後に僕が出てくると、ウェインさんとダリルさんがが奥の階段から何かを運び出していた。
「お前、シチューは好きか?」
「まあ、食えますけど」
「そいつはよかった。 下の倉庫に食料がかなりあった。 冷凍肉とシチューのルーの缶詰、それに干した馬鈴薯。 圧力鍋もあった」
空を飛んでることを鑑みればかなり上等と言える食事にありつけそうだと思うと、少し嬉しくなった。
戦場では貴重な感覚だった。
「調理や給油は俺たちがしてるから、お前たちはここで休んでいてくれ」
そう言いながら二人は気密扉から出て行った。
心地よく響くエンジン音以外に聞こえる音はなかった。
「ところで、あんた、なんでそんな作戦に就いちゃったのよ。 大体ガンシップ六機で異世界の敵性力を殲滅するとか無茶でしょ、明らかに」
ヒンジは配慮といったものが全く感じられない発言をした。
「不躾だぞ」
「でも気になるでしょ?」
僕は身を乗り出してヒンジをひっぱたきながら横目でシャルフトさんの顔を盗み見た。
彼女の表情は平穏だった。 何かを観察しているその一方でほかの何かについて考え込んでいるような。 そんな顔だった。
「確かに、気になるのも最もですね。 お話しします」
彼女は姿勢を正した。
「私は元の世界では、親なき子と言うやつでした。 生まれてからずっとある街の真ん中の教会で育ち、両親の顔も名前は言うに及ばず、両親がいるという感覚さえ何一つ覚えていません。 私をまるで実の子供のように可愛がってくれた牧師夫妻も、そのことはまるで知りませんでした。 二年ほど前には両親探しの旅に出たりもしましたが、結局何の手掛かりも、……生きているかさえわかりませんでした。 私は12歳から空軍の学校に入り、訓練を積み重ねてきました。 私は15歳の時の試験でかなり良い成績をたたき出し、幹部候補生コースへと配属されました。 それからも、自慢じゃないですが優秀な生徒であり続け、専用機さえ手に入れました」
「……君は、まさか自分が不要な存在だと思ってるんじゃないだろうね?」
僕はいつしかうつむき加減になっていた彼女に問うた。
ヒンジのことを笑えないくらいにはデリカシーに欠けた質問だった。
「いえ?」
彼女は顔を上げた。
その顔は笑っていた。
抱えきれないほどの喜ばしいものが舞い込んできたかのような笑顔だった。
「私はこれでも幸せなんですよ。 牧師夫妻は素晴らしいお方ですし、おんなじ教会にで暮らしていたみんなも私の家族です。 学校では友達も多かったし、飛行員としての人生は順風満帆と言えました。 私はあの世界が大好きだったんです。 だから、私が世界の存続に必要とされているなら、覚悟はできています」
軍人としては一級品の思想だ。
僕がそれに感嘆の声を漏らすと、彼女は今度は本当に笑いながら言った。
「それに私にはあこがれの先輩がいました。 彼女は代々飛行員をしているの一家の出で、とても優秀な人でした。 しかもそれに驕ることなく、誰に対しても経緯に満ちた態度を崩さない、そんなひとでした。 もちろん私に限らず多くの人から好かれていて、私の同級生の多くがファンでした。 そんな人から直々に依頼があったんですよ」
それはもう。
そこまで言って彼女は言葉を切った。
「死ぬのは怖くないのか?」
「大丈夫ですよ。 言い忘れてましたけど、この作戦が成功した暁には、私たち六人の願いを全てありったけ叶えてくれるそうです。 一人でも生き残ってれば、これで復活させてくれるように協定を結んでいますから。 ……まあ死ぬのは普通に怖いですよ?」
とてつもない女傑だ。
彼女はぱっと見ではいいところの苦労を知らないお嬢様にさえ見えるが、その真の姿が、これ。
「……感動した。 言葉も出ない」
「ん? どーした? ビスト―」
「お前には分からんのかこの豪傑さが」
「いやー、分かるけど……。 嘘のことを言ってるようには聞こえないし……」
はっきり言って現実味がないというのは事実だ。
しかしながら嘘をついているようには全く見えなかった。
その二律背反が僕たちを困惑させた。
彼女は僕たちの心中を察してか、シャルフトさんは笑い声をあげると、こういった。
「じゃあ君たちのお話も聞かせてもらいたいな。 いやならいいけど」




