追憶
「これは……小説サイト?」
もっとホラー的な、恐ろしいものを想像していただけに、肩透かしを食らった気分になる。
「他のサイトの履歴は……ないですね、消されていなければここしか見ていないはずです。消すなら全部消すはずですし……ということは、このサイトに何かヒントが」
「過度な期待はしないでおこう、蒼葉」
念のために沙紀にも連絡をしておく。
小説サイトのこと、そして黒いスマホのこと。
本当はもっと早く連絡するつもりだったけど、なんとなくタイミングを逃していた。
「ううーん……ただの小説みたいですけど……」
何か含みのある言い方をする蒼葉。
「何か気になるのか?」
「ええ、ちょっと、こう、鬱々してるというか、暗いっていうか詩的というか……見てみます?」
「ああ、見てみよう」
蒼葉から黒いスマホを返してもらう。
……ん?なぜ私は今、誰のものかわからないこのスマホを、無意識に返してもらった、と。感じたのだろう?
小説を見る。と、すぐに、私の思考が止まる。
「……せ、先輩?どうしたんですか?」
「……これ、見覚えないんだよね、蒼葉は」
「ん?ええ、先輩が書いたものじゃないのもわかりますよ。先輩のSNSやサイトとかブログとかは全部把握済みですから!」
一瞬、蒼葉がこのスマホの渡し主じゃないかとすら思ってしまう。
この黒いスマホにGPS的なものがついてて、いつでも私の位置がわかるように、とか……。
いやいや。そんなことを考えている場合じゃない。
「……蒼葉。私の私生活までも把握しているのか?」
疑いたくはないけど、一応。
「さすがにそこまでは。プライバシーは守りますよ」
「人に無断で録音してたやつが言うセリフか、それは」
「これは個人用ですし……もありますけど。先輩が本気で嫌がることはしないです」
なるほど?ある程度分かった上でわざとやっているんだな、蒼葉……と。
今はそういうことを考えている場合ではない。いくつか小説を見ていく。
シリーズものだ。学生が何気ない日々を送っているだけの。
ありふれた日常物……のように見えるだろう、普通の人には。
……ふむ。これなら。
「蒼葉」
「わわっ、ごめんなさい、他に何か手掛かりがないかなって思ってつい……なんですか先輩?」
私のスマホの本体をじっと眺めていた蒼葉が慌ててこちらを向く。中身までは見ていないようだ。
「これ。何か思うところがないか?」
「えーと……ちょっと失礼しますね。えっと、日常物の書き物ですか。なになに?『今日はパフェを知人と3人で食べる。パフェを食べさせろとせがんでくるのを無視しながら食べる。最終的に悔しそうに同じパフェをその子も注文した』……?これ、小説っていうより、ただの日記ですよね?」
「ああ、そうだ。他に何か思うところは?」
「と言われても……え……いや、待ってください。これ……沙紀先輩と3人でお店に行った時と同じ……」
そう。蒼葉も気付いたようで、顔が青ざめている。
「ああ、これは……」
「わ、私以外に先輩を狙う人がっ!?許せません!」
立ち上がって怒りをあらわにする蒼葉。
……ああ、ブレないな、コイツは。一周回って落ち着いてきた。
「落ち着け。そんな奴はお前くらいしかいない。それに」
いくつかさかのぼって、過去の小説を見せる。
「これは私が転校してくる前の出来事だ。転校前と後、両方知っている奴なんて居るはずがない」
「た、確かに……相当なストーカーでもない限り……」
うん、その相当なストーカーが目の前にいる気がするが黙っておこう。
「他にもいくつか確認したけど全て事実だった。怖いくらいに、ね」
いったい誰がこんなものを、何の目的で……?
しばらく考え込む蒼葉。しかしさすがにわからないのだろう。
「……やっぱり転校してもついてくるレベルの相当なストーカーなのでは」
「うん、それはそれで怖いな」
蒼葉に相談してよかったかもしれない。沙紀なら深刻に悩んで、とても重い空気になっていただろう。
だが、蒼葉ははっとして、少し青ざめた表情になり。
「……あ、あの、先輩」
何かに気づいたのか、蒼葉がおずおずと口を開く。
「どうした」
「……完結してるんですよ、この小説」
「小説ならいつかは完成するだろう」
「でもこれ、先輩の実体験、なん、ですよね……?」
……そうだ。これは私の行動が書かれている。そして、完結、と小説のトップには書かれている。
「じゃあ……この小説の最後、どうなってるんでしょう、か」
……それはつまり。私の最期、ということになる……?
「興味はあるな」
「せ、先輩!?」
「どうせ人間はいつかは死ぬんだ。それにそんな未来予知みたいなものがあったら私は見てみたい。そうしてから、あえて全く違う行動を取ってやる」
「あ、あはは……ホントにそういうの、先輩らしいです、凄いですね、怖くないんですね……」
「怖くないというか……まあ、そうだな」
言うべきではない。少なくとも、この言葉だけは。
「……先輩がいいなら、見ましょうか……一緒に、見てもいいです?」
「ああ、大丈夫だ、その方が嬉しい」
「ありがとうございます、では、どうぞ」
スマホを渡され。私は最新のページをタップする。
『踏切の音。懐かしい。
ふ、っと。記憶に残っていないはずの感情が沸き上がる。
私が存在していた理由が、踏切に関係しているから。
鳴り響く踏切の警報音を無視して遮断機をくぐる。そして