今日、婚約者をやめます
「ジミティナ、俺はお前との婚約を破棄する!!」
婚約者が私に向かって宣言した時、聖女お披露目パーティの会場となった王宮は静まり返り目の前が真っ暗になった――
私、ジミティナ・アークヤックには前世の記憶があります。正確には先ほど思いだしたばかりなのですが、思い出してみて幸か不幸か今はわかりません。
ここは技術と魔術が発展した異世界"ジエラ"
前世で人気のあった少女マンガ『砂漠の月』に私は転生していました。内容はジエラで最も栄えているアラビアンを舞台としたオシテクス王国の王子と異世界から召喚された聖女が繰り広げる王道ストーリー。元は乙女ゲームでしたがストーリーの評判が良くコミカライズされました。ありきたりな設定とベタな展開なのに、それを上手く活かした魅力的なキャラが聖女を巡る恋模様を、前世は砂糖を吐きながら読んでおりました。
そんな私の前世は平凡に生きる女でした。週末に更新されるWebマンガを楽しみにしており、色々なマンガを読むうちにアニメにハマり、気づけば二次創作やなろう小説を嗜むようになったゲーム初心者な遅咲きのオタクです。
とくに推していたのはハーディス・マーリック・オシテクスという第一王子。
輝く金髪と碧色の瞳、細身なのに引き締まった筋肉と褐色の肌。甘い顔立ちなのに中身は派手好きなカリスマ溢れる王様気質の男前。
「お前が自分を見失っても傍にいる。これから先、多くの苦難が待ち受けているだろうが、それ以上に幸せだと思えるように、この俺が頑張ってやろう」
この一言とギャップにハマって沼にドボンしました。
夢小説も公式以外のカップリングも、NL、BLなんでも美味しく頂く雑食の私が、よく読んでいたのが悪役令嬢に成り代わりって行う"ざまぁ"です。スカッとするのでストレス発散に読み漁りましたとも。
しかし前の世界よりも発展した技術と魔術に加え、持っている原作知識も婚約破棄編で終わっている私には、この世界で婚約破棄をされてから"ざまぁ"を成し遂げるのは到底無理だと思います……
(婚約破棄後のジミティナはどうなったかしら……地味で目立たないから知らぬまに本編からいなくなってたのよね。前世でのスペックを合わせても凡人のままですし、私の友人は隣国のあの方だけ。いっそこの国を出て隣国で人生をやり直すのも良いかもしれませんね)
『砂漠の月』の悪役令嬢は普通とは少し違います。悪役令嬢と言えば超絶美人であったり、高飛車だけど優秀な頭脳や機転がきく性格を持っているとか、成り上がれるほどの強い能力や燃えるような執念があるなど、とにかく特徴があります。
我が家は医療に携わった一族ですがジミティナは才がなかったので平均的な魔術の腕に多少の医学知識があるだけ。さらに容姿は前世の私と同じく黒髪黒目で十人並みで、個性もない大人しい性格の普通の少女なのです。
ヒロインの美月は同じ色合いでも、夜を流したような髪と宝石のように輝く瞳、息をのむほどに整った顔、美しく冴えわたる月の女神と見紛うほどの美少女です。さらに溢れるばかりの魔術の才能があるにも関わらず、お人よしの器量良しで非の打ち所がありません。
唯一、問題なのは生い立ちゆえの癖でしょうか。幼い頃から美しいヒロインを巡る周囲に影響され、観察眼に長けるばかりか求められる偶像を演じるほどの役者なのです。
そんなヒロインが聖女として祀り上げられ、人々の為に身を粉にするのを次期国王のハーディスが無理するなと諫め、ある時には支え、本当の自分を見失うヒロインの為に奔走する姿は涙なしに視ていられませんでした。
ヒロインと悪役令嬢の違いは褐色か真珠色の肌とスペックでしょうか。
例えるなら薄く存在のない真昼の月と輝きを放つ夜の月と比喩され色々と言われておりました。
さて、物語は魔物の暴走や天災に苦しむオシテクスで唯一神ラアヴに縋った結果、聖女が召喚されたことから始まります。ヒロインの美月は紆余曲折を経て男社会の王宮で功を成し遂げ、女性の地位を上げていきます。その中で、保守的に育てられたジミティナはヒロインのやり方に戸惑いながらも古い考えの男たちの機嫌をとって流されるまま妨害や意地悪をしてしまいます。
「聖女様、ハーディス様……少しよろしいですか?」
「……なんでしょうジミティナ様」
「なにようだ。俺たちは仕事中だぞ」
「どうか老臣たちのお話も聞いてくださいませ。皆様は今まで我が国を支えてきてくれました」
「そう言うように彼らから頼まれたんのか。くだらんな……そんなこと、わかりきってるだろう?」
「……老臣たちは隣国の美酒を好みますわ。敵対するばかりでなく、少しは女らしく歩み寄っては如何でしょうか」
「私にお酌をしろと言うのですか」
「なぜ、媚びを売ることはできないのですか?」
「アルハラもセクハラも嫌です」
「異世界の言葉はよくわかりませんが、女でいることをお忘れないで」
「女を武器にしたくは、ありません」
「女であるのに女を武器にすることの何を躊躇うのです。殿方が武を誇るなら、私たちは美で圧倒させて手玉に取る意気込みが必要ですわ。女には女の戦い方があるのですから」
「なっ!? この酒をどこで。おい、衛生兵を呼べ!俺たちは捕縛へ向かうぞ」
「……これは手向けですわ。せいぜい、毒殺に気を付けてくださいませ」
そう言って王家御用達の商人や甘い汁を吸おうとする者達から贈られた賄賂の酒を渡しました。中には犯罪組織が加担している禁酒もあったようですが、渡した後の事は知りません。他にも年配が好むであろう話を一方的に告げて立ち去りました。これで上からの目的を達成したと安堵したのを覚えてます。ただ、自分よりも美人に"美"を語るのを自虐した苦い記憶でした。
またある時は、聖女様に嫌味を言いに行きました。
「聖女様、少しよろしいですか」
「なんでしょうジミティナ様?」
「……なぜ、ここへ来た」
「侍従から聞きましたわ。ハーディス様は少し席を外してくださいませ」
「俺に聞かれては困る話か? そうはさせない。二人きりになどさせるものか」
「では聖女様が多数の殿方と浮名を流していることについてですが」
「誤解です!」
「誤解であっても浮名が流れているのは事実ですわ。聖女様の世界では普通の行いでも我が国では意味が異なりますもの」
「なら、どうしろっていうんですかエーラ様も、ヴィリア様、シータ様みんな私の事なんて……」
「私ごときが聖女様に意見するなんて恐れ多いですわ。ですが、どうか忘れないでくださいませ。貴女は皆に見られています」
「ジミティナ、お前は俺との婚約を……いや、今はまだいい」
「ハーディス様、私は注目されることには慣れてしまいましたわ。それが、どんなに辛いことかを共有することは不可能ですが、私が過去にあった経験をお話するくらいならできますわ」
「私から他の人の悪口でも聞き出すのかと思いました」
「……これは独り言ですわ」
そのまま王宮で勝手に集まった情報を呟いては派閥や思惑など、人間の醜く聞くに堪えない欲望を吐いて脅しをかけました。なにも出来ないお飾りの婚約者を無害だと思ってジミティナがいるにも関わらず話を続ける輩は多いのです。ヒロインとハーディスは顔を青くし震えていたが知った事ではないと一方的に話します。
後日、ヒロインにかけられていた呪術が移ってしまい数日寝込むことになりました。
またある時は、聖女様を貶め無理を強きました。
「聖女様、少しよろしいですか」
「なんでしょうジミティナ様!」
「ジミティナ、この部屋への立ち入りは禁じたはずだ」
「ハーディス様、なぜ聖女様の服を……いえ、なんでもございません」
「……下がれジミティナ」
「ジミティナ様、これには深い理由が!」
「聖女様は今宵は部屋へお戻りになるのかしら」
「いえ、これから神殿に籠ることになってますが」
「そうですの。では私、聖女様を誘拐しますわね」
「ジミティナ様!?」
「待てジミティナ!!」
「どうか私の言うとおりになさいませ」
「はいっ!」
ハーディス様に立ち会われたのは計算外でしたが、その手を無理やり引っ張って自室へ閉じ込めたこともあります。不自由な思いをさせましたし、神殿への信用を踏みにじらせました。これは流石に悪いことをしたなと反省したので神殿に祈りへ行き罪滅ぼしに慈善活動を行いました。
そんな悪行を積み重ね、幼い頃に親によって決められたハーディスとジミティナの婚約は物語が進むごとにすれ違っていき他国への聖女お披露目パーティで婚約破棄をされてしまうのです。
今思えば予兆やフラグは沢山ありました。
召喚された聖女とハーディスが仲良く話す姿に嫉妬した側室候補の令嬢を止めきれなかったり、攻略対象と呼ばれる見目麗しい男たちと代わる代わる噂をたて、王子の婚約者ということで取り巻きの令嬢たちに頼み込まれて聖女にオシテクスの歴史と文化を持ち出して諫めたりもしました。
元から釣り合わない婚約だと思っております。
原作でも地味なジミティナと派手なハーディスが婚約を結んだのか謎のままでした。読者としても悪役令嬢にしては中途半端な行為がより普通の女の子という感じで、翻弄される姿には同情しました。しかし、今は他人事ではありません。
ハーディスがジミティナを避けるようになって、周りの友人だと思っていた令嬢たちも離れていき、味方であると思っていた侍女のメイディも普段なら地味な衣装を選ぶと怒っていたのに、シンプルなネイビーのドレスを着ても何も言いませんでした。
しまいにはパーティでの入場を一人でしてくれとハーディスから開場の一刻前に告げられ、強く意見の言えないジミティナは了承以外の返事が出来ず、一人で入場しました。王宮に集まった人たちの全ての視線がジミティナへ向けられます。
訳もわからず立ち尽くしていると、聖女を伴って目の前に現れたハーディス様が私に宣言しました。
「ジミティナ、俺はお前との婚約を破棄する!!」
その言葉を合図にしたかのように王宮すべての明かりが消えました。
(原作では明かりが消えるなんて場面はなかったはず……まさか襲撃ですの!?)
目の前が真っ暗になったというのはジミティナの状態ではなく現状でした。
まるで闇の魔術が使われているかの如く何も見えない暗闇に警戒心を高めます。
再び明かりが灯ったかと思えば、ジミティナを待ち受けていたのは攻略対象たちによる恐るべき口撃でした。
「ジミティナ・アークヤック! 乳兄弟の情けで僕から物申して差し上げます。貴女は聖女である美月へ我が国の歴史と文化を伝えました。それにより美月と老臣たちが打ち解けることができた!!」
「ジミティナ令嬢! 王子の付き人だからこそ見えていたものがあります。貴女は側室候補たちを聖女様にけしかけることなく、親身になって話を聞き希望を叶えようとした! だからこそ、聖女様にオシテクスでの異性との接し方を伝え、争いを回避させました!」
「ジミティナ姉様! 姉様は血の繋がらない僕が立場が危ういにも関わらず不穏な計画に手を貸してしまいました。ですが姉様が聖女様に伝えてくれたおかげで僕は……僕は変わることができました!!」
「…………え?私、褒め殺されますの? …………ひぇっ!?!?!」
攻略対象たちはジミティナへ高らかに告げるとポーズをとって静止してます。
三人が独創的なポーズを取ったまま動かないのを不思議に思っていると、落雷のような打楽器の音に驚いて変な声が出てしまいました。
突如はじまるのは優雅に鳴り響く楽師たちの演奏。そして歌いだすヒロイン。魔術の効果なのか王宮に響く美声に圧倒されます。
「聖女様!? 皆様も、いったいどうされましたの??」
音楽に合わせ踊りだす攻略対象たち。スタイリッシュな動きはまるでアイドルのようです。頭に?を浮かべて困惑していると、周囲の人々が一人また一人とキレのある踊りを披露し、さらには側室候補や取り巻きの令嬢たちも加わって集団舞踊は華やかになっていきます。
さながらインド映画のようでした。魔術が飛び交いCGさながらの幻術は感嘆の一言に尽きます。はしたなくも口をポカンと開けて間抜け顔を晒してしまいましたが、それ以上の衝撃により思わず叫んでしまいます。
「お父様! 国王様っ!?」
厳めしい顔をしていた父と国王がシャムシール片手に見事な剣舞を始めました。
何度も拮抗する刃の所々で「娘はやらん」だの「お前には負けん」だの言い争いも聞こえるがきっと気のせいでしょう。その周りで花籠から花弁を振りまく母と王妃が笑顔でハーディスに赤い薔薇を手渡します。
ハーディスは二本の薔薇を持ったまま踊りの輪に加わりました。今まで踊っていた周囲が引き立て役に思えるくらい、目が奪われてしまいます。ファンサービスも完璧なようで、ジミティナに視線を合わせてくれました。
ハーディスの熱い視線のせいで顔が熱いです。真っ赤な顔を隠すように顔を両手で覆っていると、いつのまにか背後にいたメイディが魔法をかけてきました。
「メイディ!? なにをなさいます……の?」
「お綺麗ですよ、お嬢様」
「ですが、地味な私には派手すぎますわ!」
「いいえ。ハーディス様がお嬢様の為にと作られたドレスです。とても、とてもお似合いです!!」
メイディのかけた魔法によりシンプルなネイビーのドレスが輝いております。
沢山の宝石が散りばめられシンプルなデザインを損なうことなく、清廉な印象を与え星空のように美しい。ドレスに負けてしまうと思っていましたが、ジミティナの身体に合わせて作られ最大限に魅力を引き出すようなデザインだと気づくのは、もう少し先のことでした。
ハーディスがメインとなってソロで踊り、周りの人々が隠し持っていた薔薇を渡していきます。そして十二本の薔薇を抱えた王子が魔術を施して立派な花束へと変え、ジミティナの前に跪いた。
「ジミティナ、今日から婚約者をやめてほしい」
「ぇ」
「俺はお前の婚約者ではなく夫になりたい」
「ハーディス、さま」
「結婚してくれジミティナ。愛している。どうか俺の妻になってくれ」
ジミティナはハーディスから薔薇の花束を受け取り、その中の一本を魔術で加工しハーディスの胸ポケットへと差し込み、立っているのが限界だったジミティナは倒れこむようにハーディスへと抱き着いた。
「……もちろん、よろこんで!」
割れんばかりの拍手が王宮に響き渡る。
ハーディスは腰を抜かして立てなくなったジミティナを抱き上げ改めて愛を誓った。そして私達は大勢の人前で婚約を破棄し結婚という契約を交わしたのです。
"原作通り"には進みませんでした。
きっとヒロインの彼女は転生者でしょう。歌っていたのは元の世界で聞いたことのある有名な洋楽でしたし、前世で流行ったフラッシュモブやダーズンローズも彼女のアイデアでしょう。けれど、ハーディス様を愛していることは変わりませんので――今日、婚約者をやめます。
***
後日談
「それにしても驚きましたわ」
「……嫌だったかジミティナ」
「いえ、とても嬉しかったですわ。本来ならお披露目パーティの主役である聖女様が仕掛け人なのは予想外でしたけど」
「彼女たっての希望だったんだ」
「では、頻繁に逢瀬を交わしていたのは」
「打ち合わせと練習の為に話し合っていたのだが、ジミティナに寂しい思いをさせて悪かったな」
「他の皆さまが私から離れていったのも」
「うっかり口を滑らせない為だったそうだ」
「そうでしたので。嫌われてしまったかと思って、少し悲しかったですわ」
「すまないジミティナ」
「ですが、なぜ突然あのようなことを?」
「ジミティナが、俺と婚約を結んだ時に地味だと落ち込んでいたから」
「え?」
「覚えてないのか?」
「いえ、その……」
「それに、結婚を申し込まれるときは派手な演出に憧れると何度も言っていたではないか」
「なぜハーディス様がご存知なのですか!?」
「なぜも、なにも。あの時の話し相手は俺だろうが」
「……私、幼い頃に王宮のお茶会で隣国の姫君と話したことがありますが」
「俺だな」
「メイディにも内緒で今でも姫君と文通しているのですが」
「互いの夢も語り合ったのに気づいてなかったのかジミィ。慣れない男言葉も似あっていたぞ」
「まさかハーディス様がキラリ姫でしたの!? だって、あの方は隣国の伝統衣装を着ていて」
「隣国に嫁いだ叔母上に無理やり着せられてな。懐かしいな。ジミティナは母上の着せ替え人形の最中で俺の服を着ていたのだったか」
「まさか、そんな……」
「私は言葉遣いを変えて手紙を書いたけど、本当に気づいてなかったのね」
「!?!?!?」
「だから、隣国に住みたいなんて二度と言ってくれるな愛しい妻よ。でないと隣国を滅ぼしてしまうからな」
ハーディスがジミティナの耳元で囁く。本当に有言実行しそうでジミティナの顔は蒼白になった。しかし、推しの声が近距離かつ甘い言葉の囁きで耳まで真っ赤になったりと、大変なことになっている。慌てるジミティナを遅れてやって来た美月が不思議そうに首を傾げた。
改めて、三人での茶会をスタートさせ和気あいあいと過ごす。
婚約破棄の後、すっかり打ち解けた美月とは週三で女子会を開き原作トークを楽しんでおります。たまにハーディスが嫉妬するのだが、それも良い話のネタです。
ジミティナは原作にはない貴重な場面を噛みしめながら今のところ幸せなので"ざまぁ"の予定はなさそうだと微笑んだ。
投稿時間=12月22日→いつ、夫婦という日時ネタを思い付き投稿した作品です。
ダーズンローズとは12本の薔薇をプロポーズの際に贈ります。受け取って花束の中から一本の薔薇を相手の胸ポケットに返すと了承という意味です。
フラッシュモブは相手によって喜び方が違います。相手の性格や普段からの言動をよく考えてサプライズができれば素敵ですよね!
お読みいただきありがとうございます。