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とくに何にでもないこと  作者: 桂木イオ
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学校に行くのは1回でいい

セリヌンティウスは個人的に右だとおもうんです。

 これは持論だが、走れメロスは憤怒しなければ死ぬためにもう一度シラクスの街に戻りはしなかったと思う。私はメロスにはなれない。第一そんな体力も気力もない。

 だが、一度家に帰ってきたにも関わらず、もう一度学校に行く必要があった。眉根に皺を寄せる私とは裏腹に、空は腹が立つほど青空だった。

 ふらふらと家を出て、のろのろと学校へ向かう。何度も聞いたアーティストの曲を聞き流しながら死んだように歩く昼下がりは、普段あまり気にならない出来事さえ気にしてしまうものだ。

 授業の時間まで学校内を徘徊していると、分かれ道に1本の木が生えていることに気づいた。間違いなく私が入学する前から生えている木なのだが、春の桜の木の優美さの影に隠れて気づかなかったのだろう。

 そっと幹に触れてみる。凹凸のある幹だ。桜の木に比べれば細い幹だから、まだ若いのだろう。

 目を閉じても、その木が生きていることを風が教えてくれた。葉が風に揺られ、雨音のような音色を奏でている。私はその日初めてこの木を下から見上げてみた。

 黄緑色の若葉が、どこまでも青空に伸びている。私がぼんやりとしている間にも、この木は脈々と枝を伸ばしていたらしい。そのまぶしさに目を伏せると、土を被った白い木のプレートに「楠木」と書かれていた。幹を撫でながら楠木はこんなにも生き生きとしたものなのかと感嘆した。

 その日、授業を終え、帰路につく私に、ある「もしも」の想像が襲った。

 もしも、帰りのバスが事故に遭ってしまったなら、私はどのような死に方をするのだろう。

 読んでいる本に集中する。だが、この忌まわしい妄想はなかなか離れてくれない。

 逆走する車に、急ブレーキの音、暴走した車はフロントを突き抜け、一番前に座っている私の身体を肉塊にする。私は痛みを感じる間もなく飛ばされ、内蔵を破壊され苦しみながらその呼吸をやめる。

 そこまで考えて、私はそっとイヤホンを外し、読んでいた本を閉じた。そうでもしなければ、こみ上がる吐き気を抑えられそうになかったからだ。

 無機質な停車のアナウンスと、山に沈んでいく夕日が、いつの間にか妄想を引きはがしていた。私は安堵して、そのまま窓によりかかった。

 そういえば、シラクスの街でセリヌンティウスとあつく抱擁しあったメロスは、ちゃんと家に帰れたのだろうか。途中の苦難を思い出し、今の私のように「もしも」の自分を考えなかったのだろうか。

 女の子の前で真っ裸で友人と抱き合った、肉体派の彼だ。考えないだろうなと思いながら、私はもよりのバス停を降りた。


青空の日に木を下から見上げるとなかなか気持いいですよ。自分の小ささと木の大きさを感じることができます。

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