閑話――彼女はカッコいい探索者に憧れる 2
本作の書籍版『俺はダンジョンマスター、真の迷宮探索というものを教えてやろう1』
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本日は前回の閑話の続きとなっております。
想定以上に長くなってしまったので、さらに分割しました。
「お父さん……お母さんは?」
長女のアクアの言葉に、横にいた次女のクーリアも不安そうな表情を浮かべる。
リッチは二人を安心させるように笑顔を浮かべ、ひとつうなずいた。
「落ち着いたよ」
安堵する娘たちの顔を見てから、リッチは言いづらそうに切り出す。
「ただ……やっぱり、今の薬だと発作を抑えるのが精々だ。
少し無理してでも上級の薬を調合するべきかもしれないな。
このままだとライムの……母さんの身体への負担が大きすぎる」
「お父さんなら、その上級の薬……調合できるの……?」
すがるようなクーリアの言葉に、リッチはどう答えるべきか逡巡する。
調合はできる。だが、問題点が多いのだ。
そんな彼の悩みに気づいていないかのように、アクアが力強くうなずいた。
「できるよッ! だって、お父さんは調合ギルドの中でも上位に入るくらいなんだからッ! 探索者でいうならAとかBとかのランクなんだよッ!」
「そうなんだッ!」
アクアからの説明に、クーリアが目を輝かせた。
こんな純粋な眼差しを曇らせたくはないが、ここで誤魔化しても後々娘たちを傷つけるだけだろう。
そう判断したリッチは、その通りだと首肯してから、娘二人の目を見た。
「でもね。調合マスタリーのレベルが高くてもね、出来ないコトもある」
「え?」
「材料が無ければ、当然薬は作れない」
あっ――と、アクアは小さく声をあげた。
長女のアクアは、リッチを師事して調合を勉強している。だからこそ、気づくこともあったのだろう。
「だったらッ、わたしが集めてくるッ!」
「クーリア」
「教えてッ、材料をッ!」
クーリアはリッチに飛びつき、彼の前掛けを握りしめながら見上げてくる。
本気の目だ。
どんな無理難題であろうとも、それを乗り越えて手に入れようとする意志を感じる。
だけど、まだ八歳のクーリアには、それらを乗り越える手段はないだろう。
どうするべきか――少しだけ考えて、リッチは素直に材料を口にすることにした。
「まず、高品質のルオナ草。これは必須だ。そのルオナ草で高品質の治癒調整剤を作る必要がある。
次に、カルーア高原に出没するモウカウの変異種ミルカウから取れるミルクだ。あそこはダンジョンではないから、直接搾乳するしかない。
それからジェルラビ系モンスターの一種、フワラビの尻尾。時折野生で見かけるくらいで、あまり目撃されない希少種だ。
ミルカウのミルクと、フワラビの尻尾、さらに高品質調整剤を合わせてできるネクタールという薬ができる」
「それがあればいいんだね?」
「いや、まだだ。この高品質ネクタールに、ハイコカトリスの毒袋かネオマンドラゴラの根のどちらかと、高品質調整剤を合わせると、ローキシルという薬が出来る。母さんの治療に必要なのは、このローキシルだ」
「…………」
「まぁこれらは――」
しばらく考えていたクーリアはややして、リッチの言葉を遮りながら叫ぶように声を上げた。
「覚えたッ! ちょっと出かけてくるッ!」
「え? クーリア!?」
リッチが止める間もなく、ドタバタと家を飛び出していくクーリアを見て、アクアが不安げにこちらを見る。
「お父さん……」
難しいのは材料だけの問題じゃない――という話をしようと思ったら、すぐに出て行ってしまった。
リッチは少しバツが悪そうにしながら、アクアに答える。
「少なくともクーリアに集められるモノじゃない。難易度も、金額もね。
何を言っても聞きそうにない目をしていたし、そのうち諦めて帰ってくるだろうさ」
「あの子の場合、諦めるまでの間にすごい無茶しそうな気が……」
「そうか?」
「そうだよ。特に探索者だったお母さんが大好きだから」
アクアは小さく息を吐くと、玄関へと向かっていく。
「ちょっと様子見てくるね」
「どこ行ったのか分かるのか?」
「んー……まぁ探索者ギルドと、材料を売ってそうな色んなお店じゃないかな。とりあえず見てくる」
「そうだな。悪いけど、頼む」
リッチはそう言って出て行く娘を見送り、その姿が見えなくなってから軽く頭を掻いた。
「こういう時に頼れる探索者はそう多くない。それを知ってなお探索者への憧れがなくならないなら、クーリアにも見込みはあるんだろうけど」
嘆息混じりに独りごちる。
ギルドへ行って問題が起きても、サブギルドマスターやはぐれモノたちが近くにいれば大丈夫だろう。
どちらかというと、はぐれモノたちが気を利かせて集めてきてしまう方が問題かもしれない。
「まぁ、材料が増える分にはいいか」
楽観とも諦観とも見える表情でそう呟いてから、リッチは自分の部屋にある棚へと向かう。
「とはいえ……職人は、そういう頼れる探索者とのコネは大事なんだよな」
棚の引き出しから、乾燥させたネオマンドラゴラの根の横に置いてある木札を確認する。
「クーリアがそういう探索者になってくれると、調合職人としてありがたいんだけど……。
ま、ともかく、娘たちが帰ったら、お使いを頼むとしようか」
木札を確認し終えたあと、それを引き出しへと戻す。
「お使いの前に、準備は必要……かな」
今度は別の棚から、薄い虹色めいた不思議な色合いのダンジョン紙と同じ色合いのインクを取り出すと、それを机の上におき、手紙を書き始めた。
☆
クーリアが真っ先にやってきたのは、やはり探索者ギルドだ。
中に入って誰かに頼むのが一番はやいと思っている。
ドキドキする心臓を落ち着けるように、何度か息を吸って吐いてを繰り返す。
ややして落ち着いてきたら、気合いを入れて扉を開いた。
すると、中にいた探索者さんたちが一斉にこちらを見る。
それだけで、とてつもなく怖くて、クーリアは一瞬身を竦ませた。
それでも、ここで立ち止まっていてはお母さんは苦しいままだと自分を奮い立たせると、カウンターまで歩いていった。
カウンターにいるのは、綺麗だけどすごく鋭い雰囲気のメガネを掛けたおじさんだ。
「あ、あの……」
「はい」
声を掛けると、メガネのおじさんはこちらをバカにする素振りもなく、ちゃんと話を聞いてくれそうだった。
怖い雰囲気の人ではあるけど、悪い人ではなさそうだ。
「お母さんの薬の材料が欲しくて……」
「ふむ。依頼かな? しかし、依頼には報酬が必要だ。君に必要額を用意できるとは思えないが」
メガネのおじさんによると、探索者さんの誰かに仕事を頼む時は、お金を用意しないといけないらしい。それにお金が用意できたとしても、そもそも探索者さんが、その依頼を引き受けてくれるかどうかは運次第だという。
その事実に、思わず涙が出そうになる。
「差し支えなければ、その材料が何か教えてもらえるかな?」
「ええっとね……」
素直にその材料を口にすると、元々難しい顔をしていたおじさんの顔がさらに難しい顔になった。
「ふむ……少々難易度が高いな。フワラビに至っては遭遇できるかは、ほぼ運だ。報酬を用意できてもすぐに手に入るコトはないだろう」
「そんな……」
メガネのブリッジを押し上げながら告げるおじさんに、クーリアはガッカリしたようにうめく。
「探索者さんなら、手に入れてくれるって……そう思ったのに……」
俯くクーリアを見ながら、おじさんはメガネのブリッジに左手の中指を当てたまま、しばらく黙り込む。小さい子に泣かれるのはバツが悪いようだ。
だが、誰も彼も子供に優しいわけではない。
「がはははッ! 残念だったなガキッ! そこの腰抜けヴァルトじゃどうせなにもできねーよッ! 出来たとしてもそんな依頼受けるバカな探索者はいねーしなッ! 分かったら帰ってママのおっぱいでも吸ってな? あ、そのママのおっぱいが吸えなくなっちまうんだっけか? 病気なんてバカな目にあっちまったママが悪いんでちゅよー」
完全にクーリアをバカにした言い方だが、同調して笑うものも少なくない。
その光景は、クーリアにとって信じられないものだった。
例え粗野で乱暴な人たちが多くとも、クーリアにとって探索者さんというのは、恐ろしいダンジョンに勇敢に立ち向かい、困ってる人の為にダンジョンから必要なもの取ってきてくれる人というイメージがあったからだ。
だが、この場にいる探索者さんたちの多くは、困ってるクーリアをバカにして笑っている。
クーリアとしてはそれも仕方ないと思う部分はある。
自分は子供だ。バカにされたり乱暴されたりも仕方ない。大人の邪魔をしているのだから。
だけど――その中でも、クーリアにとって許せない言動があった。
子供が相手だからと言って、ナメてるのかもしれないけれど、クーリアにはどうしても許せなかった。
お母さんは――本人からしか話を聞いたことないけれど――カッコいい探索者さんだった。それをバカにするのは許せない。
「……まって」
「あん?」
「黙ってって言ってるの」
「テメェ……ガキだからって調子乗っても良いコトねぇぞ?」
自分よりずっと大きい男を見上げて、クーリアは睨みつける。
「調子に乗ってるのはそっち! 薬がないからって理由で迷神の沼に沈んでも安全なラヴュリントスしか潜れない探索者さんが……お母さんのコトをバカにしないでッ!」
「薬がねぇのは、調合職人どものが作り渋ってるからだろうがッ!」
「違うもんッ! 探索者さんたちがみんなラヴュリントスに行ってるせいで、町から薬の材料がなくなっちゃってるだけだもんッ! 材料がなかったら調合できないんだもんッ!」
「ザマァねぇなッ! やっぱ俺たちがいなければ何もできないんじゃねーかッ! 職人とか偉そうにしてんじゃねーって話だ」
「違うもんッ! あなたみたいな臆病者のおじさんが居ても居なくても、変わらないもんッ!」
「おい……」
大きな男の目が据わる。
それでもクーリアは男を見上げ、睨みつけ、感情のままに叫んだ。
「町から薬の材料とか野菜とかが無くならないのはッ、薬がなくてもラヴュリントス以外のダンジョンに行ってくれてるカッコいい探索者さんがいるからでしょッ! 迷神の沼に沈むのが怖いって理由でラヴュリントスしか潜れない人を臆病者って言って何が悪いのッ!!」
周囲の探索者たちの様子が変わる。
バツが悪そうなもの。クーリアの心配をするもの。クーリアに殺気を向けるもの。
一触即発。
そんな空気の中で、カウンターから場違いな笑い声が聞こえてきた。
「ヴァルト……何だおい?」
「くくくくく……いや失礼。あまりにもそちらのお嬢さんの言葉が痛快でね。思わず笑ってしまった」
「このガキの前にテメェが痛ぇ目に遭ってみるかッ!?」
「お前が? 私を? 無理に決まっているだろう」
メガネのおじさんは自身の右腕をカウンターの上に出し――
「なにせ、痛い目に遭うのはお前だからな」
軽く振るった、その瞬間……
「あ……が……」
男は白目を剥いて、膝から崩れ落ちた。
何が起きたのかとザワつく周囲。
それに対して、メガネのおじさんはやや声に力を込めるように告げた。
「良い機会だから言っておこう。
私を――俺を臆病者だの腰抜けだのと口にするのは構わんがね。俺はダンジョンに行かないんじゃない。行けないんだ。ギルドでやらねばならない仕事が多くてね。ましてこの子が言ったように、不足している薬や食材の調達や、ダンジョン外に現れた害獣駆除などを割り振ったり、必要であれば俺自身がやっている。
ランクだけでしか物を語れないお前たちからすれば、低ランクのサブマスなんてお飾りだと思っているようだがな……。
戦闘力だけなら、条件次第ではギルマス――ベアノフさんに勝てるだけのモノを持っているという自負はある。
俺はな、事務などの地味な雑務を、ギルマスから大部分を任されてもいるんだ。それをサボるワケにはいかなくてな。
その手の雑務を俺やベアノフさんがやらねば、貴族や商人たちがお前たちを潰しにかかってくるぞ。ラヴュリントスが現れてから、探索者を無条件にありがたがる者も減ってきているからな」
メガネが光を反射して、サブマスのおじさんの目を隠している。それがかえって、彼の迫力と威圧感を高めていた。
誰もが息をのんでる中、何も知らない探索者さんがギルドの中へと入ってくる。
お姉さんと兄さんのコンビは周囲を見渡しながら、困ったような顔をした。
「えーっと……何、この空気……?」
「もしかして、オレら入って来ない方が良かった……?」
戸惑う二人を見、メガネのおじさんは首を横に振る。
「いいや、むしろ良いタイミングで帰ってきてくれた。
コナ、カルフ。悪いがそこにいる少女を連れて俺……コホン、私の部屋に来てくれ。
ほかの連中は誰でも構わん。そこの木偶の坊をどうにかしておけ。業務の邪魔だ」
コナとカルフと呼ばれた探索者さんには優しく、周囲の探索者さんに対しては冷たく告げると、メガネのおじさんはギルドの奥へと消えていった。
「よくわかんねぇけど……この子を上に連れてけばいいんだろ? 行こうぜ、コナ」
「あー……うん。いいんだけど、これ――絶対に、何か厄介ごとに巻き込まれたわよね?」
戸惑いながらもクーリエの元へやってくる二人に――
「ええっと……その、よくわからないけど、よろしくお願いします?」
クーリエも戸惑ったように挨拶をするのだった。
「な、なぁ……サブマスが何したか見えたか……?」
ざわざわ
「分かんねぇ……軽く腕を振っただけにしか……」
「あの人……強かったんだな……」
ざわざわ
「普段が普段だけに、キレた時恐ぇな……」
「誰か手伝えッ! こいつクソ重てぇッ!」
ざわざわ
(キレた、ねぇ……ヴァルト君的にはキレたフリだろうけどねぇ……。
さてさて、気配を消してヴァルト君の目から逃げられたし、
あの若者二人に巻き込まれる前に、おっさんは退散退散)
次回こそ後編(の予定)です。
本作の書籍版
『俺はダンジョンマスター、真の迷宮探索というものを教えてやろう 1』
講談社レジェンドノベルスさんより絶賛発売中ですッ!
先日、黒井先生が発売応援イラストを描いてくれました。
可愛いミツちゃん(と楽しそうなアユム)を下のアドレスよりご覧あれ
https://twitter.com/Lv01KOKUEN/status/1114543556599762947





