閑話――彼女はカッコいい探索者に憧れる 1
本作の書籍版『俺はダンジョンマスター、真の迷宮探索というものを教えてやろう1』
講談社レジェンドノベルスより絶賛発売中ですッ!
本日も閑話となっております。
今話は三人称です。想定より長くなってしまったので分割しました。
クーリア=サヒーアは、探索者に憧れていた。
だけど、探索者ギルドに登録出来るのは十二才からだ。まだ八歳の彼女には、四年も先のことである。
だからこそ、今はこうしてギルドの建物を見上げることしかできない。
「嬢ちゃん? そこ、どいてくれない?」
「ご、ごめんなさいッ!」
とはいえ、入り口の正面で見上げているのだから、利用する探索者の邪魔になってしまったようだ。
慌てて横に避け、声を掛けて来た人を見上げる。
無精ひげの生えたおじさんで、背中には弓を背負っていた。
「弓なんて使ってるんですか?」
「ダメかい? おっさんには、剣や槍より向いてると思ってるんだけどね」
そう言って笑うと、おじさんは膝を曲げてクーリアに視線を合わせた。
「ギルドを見上げてたけど、探索者になりたいのかい?」
「うん」
クーリアが力強くうなずくと、そうか――とおじさんは笑う。
「剣や槍、斧が人気なのも分かる。単純に使いやすいし強いアーツも揃っているからね。だけど、人気だからという理由で武器を選んじゃダメだよ。自分が一番良いと思う武器を選ぶのが大事なんだ。自分にとって使いやすいものって意味だね。
人気があるから、カッコいいからって理由で苦手な武器を無理して鍛えるより、周囲から何を言われようと得意な武器をガツンとのばした方が、迷神の沼に沈むコトを減らせるはずだ」
「おじさんは、だから弓を使ってるの?」
「それもある」
「じゃあ、他の理由もあるの?」
「おう」
こちらの疑問に、おじさんは優しくうなずいて答えた。
「剣、槍、斧――どれも武器の届く範囲を攻撃するものばかりだ。衝撃波などを飛ばすアーツもあるが、威力が低いから鍛えてる奴は少ない。そうなるとどうしても遠距離戦に弱くなる。
ダンジョンの中で、崖や川の向こうから火を吹いてくる相手や、空から攻撃してくる相手にはどうしても相性が悪いんだ。
でも、そんな時に弓使いがいれば、迎撃できるかもしれない。そこで迎撃できれば探索の安全性は増すだろう?」
「うーん……?」
正直言って、クーリアにはおじさんの言ってる言葉の意味が理解できなかった。
すごい必殺技が使えれば、弓なんてなくても大丈夫だろうと思うからだ。
「お嬢ちゃんにはまだ難しいか。
実際に、探索でそういう状況に遭遇してるのに、理解してくれない奴も多いしなぁ」
何となく残念そうに息を吐いて、おじさんは立ち上がる。
「さて、おっさんは行くよ。
君が探索者になれた時、一緒に楽しく探索できる機会があるコトを祈っておく。
それと、おっさんみたいにちびっ子に対して優しい探索者ばかりじゃない。乱暴な人に蹴飛ばされる前に、ここを離れなさいな」
手をひらひらとさせながら、無精ひげのおじさんはギルドの建物の中へと入っていった。
確かに、怖い探索者が多いというのをクーリアは知っている。
だけどそんな怖い探索者に怖がってたら、探索者になれないと思っているので、無精ひげのおじさんのことを心配性な人だな程度にしか思わなかった。
「あ……しまった」
さっきのおじさんが、ラヴュリントスを攻略しているようだったら、どんなところか聞けば良かった。
まだ、あそこがどんなところなのか、クーリアは聞いたことがなかったのだ。
せっかく優しそうな人と出会えたのに勿体ない。
「でも、おじさんの邪魔しちゃダメだもんね」
おじさんに限らず、大人ががんばっているのを邪魔するとだいたい怒られる。
彼女のお父さんだってそうだ。
薬を作っているのを邪魔するようなことをすると怒られる。
作った薬をお店や探索者の人が買ってくれるから、うちの家は成り立っているんだと、何度も聞かされているくらいだ。
探索者の人が買ってくれるから、クーリアの家にはお金が入り、そのお金で生活ができている。
クーリアはその理屈を何となくはわかっているが――
(それだったら、探索者をした方がお金を稼げると思うんだけど。
薬だってダンジョンの中でいっぱい手に入るみたいだし)
思考の結論はいつもそれだった。
ともあれ、彼女は探索者ギルドの前から離れて、商店街の方へと戻っていく。
ここへ来て建物を見上げるのは、買い物を頼まれた時のささやかな楽しみだ。
「さて買い物しないと」
向かう先は、草薬屋さんだ。
主に、薬の材料になる草花や、クーリアのお父さんたち調合職人が作った薬なんかを取り扱っているお店である。
「ごめんくださいーい」
馴染みの草薬屋『緑葉堂』さんのドアを開けながら、クーリアは挨拶をする。
すると、中から愛想の良いおばあさんが顔を出した。彼女がこの店の店主さんだ。
「あらあら、いらっしゃい。クーリアちゃん」
「ルオナ草を三束くださいな」
そう言っていつも通りの金額をカウンターの上に置くと、おばあさんは困った顔をする。
「ごめんね、クーリアちゃん。今はこの金額だと、ルオナ草は一束も買えないんだよ」
「え?」
「ルオナ草の生えている、南方のヤミーゾ森林や、その森の中にあるダンジョン――ヤミーゾ森緑帯を探索してくれている人が随分と減っちゃってね……」
「減っちゃってると、高くなるの……?」
「ああ、そうさ。入荷数が減っちまった以上、在庫の値段を上げざるをえないんだ」
クーリアは全然納得できなかった。
だけど、目の前のおばあさんも、本当に申し訳なさそうだったから、どうにもならないのだと理解する。
ただ、理解できてもクーリアには、簡単に帰れない理由があった。
「……お仕事でも使うけど、お母さんの病気の為の薬でもあるから……」
正直言ってしまえば、お父さんは薬の調合職人よりも探索者をやって欲しい。反面で、お父さんが調合職人だったからこそ、難しい病気のお母さんの為の薬を通常よりもだいぶ安い値段で手に入っているのも事実だ。
ただそれも、ルオナ草あってのことだ。
ルオナ草はそれ単体でも治癒薬として利用できる薬効を持った草である。
調合職人はそんな特性を持ったルオナ草を材料に、治癒調整剤を作る。
この治癒調整剤というのは、あらゆる治癒薬の基礎となる液体で、高等調合になってもこれ無しで調合できるものはないほどだ。
つまり、お母さんの病気の為の薬としても大事な草なのである。
それが買えないということは、お母さんが危ないかもしれない。そう思うと、少し涙が出そうになってしまう。
「……そうさね。今回だけは特別に一束だけ売ってあげる。でも、今後は難しいよ」
「……うん。ありがとう」
顔に出てしまったのだろうか。
おばあさんは、一束だけ売ってくれた。
そのことにお礼をいいつつも、なんか納得できないものを抱えたまま、クーリアは緑葉堂を後にするのだった。
「ただいまー……」
「おう。クーリア、帰ったか……どうした?」
家に帰ってきたあと、頼まれたルオナ草をお父さんに渡す為に、家の隣に併設されている工房へと顔を出す。
その時の自分の様子に気づいたのだろう。
お父さんは少し、心配そうな表情を浮かべた。
そんなお父さんに、クーリエはおずおずとルオナ草を一束差し出した。
「もしかして、少し萎びたのしか無かったのを気にしてるのか?」
「…………」
どうやらもらった一束は、萎びてもいたらしい。
でも、そんなことより大きな問題がある。
「……これしか買えなかった。これもオマケしてもらって、やっと買えたの……」
「三束の値段でか?」
「うん」
お父さんは怒ることなく、そうか――とうなずいた。
「時々、市場を見て回ってても、値段の上がってる品物が多かったからな。もしかしたら……とも思ってたんだ」
嘆息混じりにそう言って、お父さんはクーリアの頭を撫でた。
「お使い、ありがとな」
「…………」
お礼を言われているのに、全然嬉しくなかった。
いつもなら、お礼を言われて頭を撫でられると、お使いしてきて良かったって思うくらい嬉しいのに、今日は全然嬉しくない。
「お店のおばあさんは、誰もヤミーゾの森に行かなくなったからって言ってた。何で探索者さんたちは、ヤミーゾ森林に行かなくなっちゃったの?」
お父さんにそう訊ねると、少し困ったような顔をしながら自分の頬を掻いた。
「そこが、お父さんがあまり探索者が好きじゃない理由の一つだな」
「……え?」
クーリアは驚きのあまり目を見開いた。
お父さんが、探索者を嫌いだったというのを初めて知ったからだ。
そもそも、お母さんも元探索者だったはずだ。それを嫌いだなんて、なぜ言うのだろうか。
「ラヴュリントスってのが現れただろ? だからみんなそこばかりを攻略してるんだ」
新しいダンジョンが現れたなら、がんばるのが探索者のはずだ。
なんでそれが、ダメなのだろうか。
「お父さんは……わたしが探索者になるの……いや?」
「いいか、クーリア。別にお父さんはお前が探索者を目指すコトを止める気はないぞ。だが、なるならなるで、当たり前のように目先の物事しか見えない探索者になるなって話だ。
『正しい臆病者』以外は、みんな目先の利益ばかりに囚われて、自己利益にすら無頓着がすぎる」
お父さんの言ってる言葉の意味が分からない。
それに、普段であれば探索者をバカにするようなことを言われると、腹が立っていたはずなのに、クーリエは不思議と怒りが湧いてこなかった。
「ラヴュリントスを攻略できれば名誉だろう。高価なお宝や酒も手に入るらしいし、何に使うかわからない素材なんかも手に入るって話だ。
なるほど。なかなか金になりそうなダンジョンだ。だけどな、今の段階だと『金になりそうなダンジョン』であって『金になるダンジョン』じゃあないんだ」
「……どう違うの?」
クーリアが訊ねると、お父さんは少しだけ天井を見上げた。
もしかしたら、クーリアに分かりやすいように説明する為に、言葉を選んでいるのかもしれない。
「『金になりそう』だから、みんながみんなラヴュリントスを調べてるんだ。それは分かるな?」
「うん」
「だけど現状は、まともな金にはならない。一部の探索上手だけが稼げている状態だな。でも彼らは稼ぐつもりはなく、結果として稼げているだけだ」
彼女は思わず首を傾げてしまうが、お父さんは構わずに続けた。
「『金になる』ダンジョンっていうのは、それこそヤミーゾ森緑帯とかだな。ルオナ草は常に売れる。どれだけ売っても、お店に溢れるコトがないくらい売れるんだ。
他にもブリュード鋼窟の金属や、金属製武具。サウザントタワーの野菜なんかも、同じ理由でよく売れる。何でか分かるか?」
お父さんに問われて、彼女は少し考える。
だけど、答えは分からなかった。
「野菜や薬は、常に必要とされるだろ?
武器や防具も探索者は常に欲する。
みんなが欲しがるものが手に入るダンジョンっていうのは、一攫千金を狙えるダンジョンよりも、長い目でみると金になるんだ」
「でも、それだとラヴュリントスは他の人に取られちゃうよ?」
それは、探索者として勿体ないのではないだろうか。
話題のダンジョンを攻略してみせれば、一気に探索者としてのランクをあげられるのだから。
「そうだ。みんなそう考えてラヴュリントスに潜ってる」
「だよね」
「だから、ルオナ草の値段が跳ね上がってるんだけどな」
「え?」
「みんながラヴュリントスに潜ってるから、ヤミーゾに行く探索者がいないんだ。誰もヤミーゾに行かないから、ルオナ草を持って帰ってくる人がいない。ルオナ草を持って帰ってくる人がいないから、お店に並ばなくなるし、お店に並ばないから値段が上がる。ルオナ草の値段が上がると、調合職人は薬を作れなくなるから、お店に薬が並ばなくなって、薬の値段も上がる。薬の値段が上がると、探索者たちはダンジョン内での傷の治療するのが大変になる」
「…………」
「結果として探索者たちまで困るコトになってる」
「で、でも――それなら探索者さんたちだって、ヤミーゾの森に行ってくれる人がいるんじゃ……」
「ラヴュリントスは死なずのダンジョンだ。あの中に限り、迷神の沼に沈んでも、ダンジョンの外で沼から浮上できるそうだ。
だから、怪我や毒も気にせず、突き進んで死ぬ探索者もいるらしい。効果が低いのに無駄に値段が跳ね上がった薬なんてわざわざ買うくらいなら……ってな」
結果として、誰もヤミーゾ森緑帯に行かなくなっていると、お父さんは言う。
なんだそれは――と、クーリアは幼いながらに戸惑った。
探索者は、自分たちの生活に必要なものを危険なダンジョンから集めてきてくれるカッコいい仕事ではなかったのか。
「お父さん……探索者ってカッコ悪いの……?」
「さぁね。お父さんには、クーリアが何をもってカッコいいと言ってるのか分からないからな」
「でも……みんな困るのに、全然助けてくれないんでしょ……?」
「それでも、一部の探索者はブリュードやヤミーゾにも行ってくれてるみたいだけどね」
そんな探索者がいるからこそ、少量で高価とはいえ、ルオナ草もまだまだ出回っているのだそうだ。
探索者になりたいという自分の中に、言葉にできないモヤモヤが浮かんでくる。だけど、クーリアにはそれが何だか分からなかった。
「クーリアにはまだ難しい話だったね」
「うん。難しかった……。でも……」
「でも……?」
「分からない。分からないけど、でも……でも……」
「なら、クーリアが分かった時に、でもの続きを教えてくれな」
「……うん……」
俯き、スカートを握り締めながら、クーリアはうなずく。
もやもやがどんどん大きくなる。
カッコいい探索者になりたいのは変わらずだけど、カッコいい探索者ってなんなのだろうという疑問が湧いてくるのだ。
言葉にできずモヤモヤとしていると、お姉ちゃんが血相を変えて工房へと駆け込んできた。
「お父さんいるッ? お母さんがッ!」
「アクア? どうしたッ?」
「お母さんの発作、いつもより激しくて……ッ!」
「分かったッ、今行くッ!」
お姉ちゃんとお父さんはドタバタと工房を出て行く。
クーリアも慌てて二人の後を追いかけた。
コロナ「フレッドさんて、意外と子供好き……いやロリコンですか?」
フレッド「そこを、言い直さなくてもいいじゃないの……。なんというか、探索者に憧れる幼女を正しく導いてやりたかったんだけどねぇ……」
次回は後編です。
本作の書籍版
『俺はダンジョンマスター、真の迷宮探索というものを教えてやろう 1』
講談社レジェンドノベルスさんより絶賛発売中ですッ!
黒井ススム先生の描くアユム、ミツ、セブンス、スケスケ、サリトス、ディアリナ、フレッド……そしてフロア1のモンスターたちが一同に介したカッコいい表紙は、是非とも皆さん見て欲しいデス。