閑話――番外フロアのラン&スロー
本作の書籍版
『俺はダンジョンマスター、真の迷宮探索というものを教えてやろう』
講談社レジェンドノベルスより発売中ですッ!
本日も閑話です。
今回より、通常通り0時更新に戻ります。
俺の名前はラフト=ドワン。
今日は馴染みの探索者仲間ゴルバー=レイドと共に、ラヴュリントスへとやってきている。
槍使いの俺と、斧使いのゴルバーとバランスは悪くないコンビだと、自分たちでは思っている。
……とはいえまぁ、ラヴュリントスってダンジョンは、本当に一筋縄じゃいけないところだ。
正直、フロア1は定期的にダンジョンの形が変わる程度で、そこまで脅威はない。
出てくるモンスターも、やっかいなのは気配を感じさせずに背後に現れるスモールゴブリンくらいだ。
コカトリスの幼体であるコカヒナスもところどころにいるが、あいつらはだいたい寝てるので、無視していれば無駄に浪費することもない。
この間、片っ端からコカヒナスに襲いかかってるアホな同業者がいたが、特に理由がなければほっとく方が無難だろう。
もちろん、目的がなんかあったって言うなら、話は別だけどな。
どちらであれ、起こすだけ起こしてトドメを刺さずに放置してく連中はなんなんだって話をしたいワケなんだが。それが俺とゴルバーを襲ってきたんだから、たまったもんじゃない。
幸い、大して強くないのが救いだけどな。無駄な戦闘をやらされちまった気がするぜ。
フロア2になると、酔いどれドリというフラフラ歩く鳥型のモンスターが現れる。だが、これも脅威ではない。むしろ、倒すと美味い肉が手に入るんで、わりと人気のある討伐対象だ。
まぁフロア2もそこまで怖くはないんだ。
踏むとどこからともなく矢や丸太の飛んでくる罠や、吸い込むと眠くなる煙を吹き出す仕掛け罠なんかが、地面に埋まってたりするのは確かにやっかいではあるんだが……。
これも、許容範囲だ。数度引っかかれば、足下への警戒の必要性を理解する。
……どちらかというと、その手の罠で勘弁してほしいのは、なにかしらの発動する罠を、俺の近くで踏むやつらだ。
うっかり、矢や丸太の射線上にいた時は、生きた心地がしなかった。
しかも隠れてる罠なら仕方がないが、明らかに地面に埋まってるのが目立ってる罠を気にせず踏む奴が多いこと多いこと。
さすがに、同業者としても、あいつら大丈夫なのか……と思わずにいられない。そしてそんな馬鹿な同業者に巻き込まれて迷神の沼に落ちるとか勘弁したいところだ。
そんな俺たちを巻き込んだ同業者を睨み付けていると、ゴルバーが俺を呼んだ。
「階段……あったぞ」
ゴルバーの言葉に、俺はうなずき、一緒にその古木のうろの中へと入っていく。
奇妙な空間の中にある階段を降りながら、俺はゴルバーに話しかけた。
「フロア3のどこかには、アドレス・クリスタルってやつがあるらしいんだが、知ってるか?」
「ああ。見つけて腕輪を近づけると、そのアドレス・クリスタルって場所から探索を再開できるようになるんだろ?」
「そうだ。そして、ギルドに寄ったら情報を仕入れられた」
「ほう。どんなだ?」
「フロア3の使用人小屋に、アドレス・クリスタルがあるらしい。
今日はまずそこへ行くのを目標にしたい」
「了解だ」
ゴルバーも異論はないようで、俺の提案にうなずいた。
二人で階段を下りきると、そこにある魔法陣の上で、俺たちはネクストと口にした。
同時に俺たちは光に包まれ、視界が開けると次のエリアへと移動している。
相変わらず、不思議な移動方法だぜ。
ともあれ、この狭苦しい丸太小屋から外にでれば、目に優しくない色彩の森が広がって――
「……あれ?」
「どういうコトだ?」
――広がっていなかった。
扉の先には、初めてここへ入った時に来たような、丸太小屋型のダンジョンが広がっている。
「これは……?」
俺が首を傾げていると、ゴルバーがなにか合点がいったようにうなずいた。
「そうか。これが、噂のエクストラフロアか」
「なんだそれ?」
ゴルバーに訊ねると、腕を組み、周囲を見渡しながら答えてくれる。
「通常のフロアとは異なる場所……だそうだ。
初めて入った時だけ通る丸太小屋エリアもその一つと言われている。
それ以外にも何か条件を満たした時や、運によって、ネクストと口にした時に、こういう場所に迷い込むんだとか」
「何が待ち受けているかは、分かってるのか?」
「色々だ」
「色々?」
俺が聞き返すと、ゴルバーは難しそうな顔で首肯した。
「宝物庫だったという話も聞いたし、モンスターの巣だったという話も聞いた。大量のお宝が転がるモンスターの巣というのもあったそうだ。他にも大量の罠が地面に設置されているとか、職人向けの施設があったりとか、金の詰まった袋が大量に落ちていたとか……どこまで本当かわからんがな」
「それが本当だったら、美味しい思いを出来る可能性があるわけだな」
「上の階へは戻れんコトを思うと、モンスターの巣などは勘弁してもらいたいがな」
「違いない」
大いなる期待と、しっかりとした警戒を胸に、俺とゴルバーは歩き出す。
二手に別れた道の片方は、薄暗い廊下が続いている。
その先に少し広い空間があるように見えるが、暗くて正直、分からない。
もう一方は途中で左に折れ曲がった明るい廊下だ。
曲がった先がどうなっているか分からないが――
「どっちにする?」
ゴルバーに問われ、俺はとりあえず明るい方を顎で示した。
「まずは明るい方だ」
「了解だ」
多くのやつは、気にせず暗いところを突き進むだろうが、何も分かってない状態でそれは危険だと個人的には思う。
まぁそういうことを口にすると臆病者と言われちまうがね。臆病と言われようと迂闊に迷神の沼に踏み入れるマネはしたくはないんだよな。
「お前も、俺を臆病だと思うか?」
ふと思って、ゴルバーにそんなことを問いかけてしまう。
それに対して、ゴルバーは厳つい顔をいつも以上に厳つくしながら、答えた。
「その臆病に何度も助けられている。今更文句は言わん。お前が臆病なコトを言い出す時は、必ず理由があるからな」
その言葉は想定よりもずっと嬉しい言葉だった。
「……ありがとよ」
少しばかり照れくさくなって、ちょいとぶっきらぼうに礼を告げてしまう。
そのまま俺たちは明るめの廊下を進み続けると、ちょっと広めの部屋があった。
「古木のうろ……階段があるな。降りるか?」
「冗談だろう、ラフト? オレは一通り見てから降りたいんだがな」
「もちろん冗談だ。この部屋からも暗い廊下が伸びてるぜ」
歩いてきた距離や、廊下の形を思うと、さっきの部屋から伸びる暗い廊下の出口だろう。
「慎重に行くぞ。迂闊に俺より前に出るなよ?」
「ああ」
俺とゴルバーはゆっくりと暗い廊下に足を踏み入れる。
この廊下――どうやら歩くやつそのものが、明かりとなるようだ。俺たち二人を中心に、小さな松明程度には明かりがある。
どういう原理かは知らないが……手を伸ばした時に指先が見える程度の明かりに包まれているような状態だ。
「この明かりをありがたいと言うべきか……何かの仕掛けの前触れと考えるべきか」
「どちらであっても警戒する。違うか、ラフト?」
「違わない」
ゴルバーの言うとおりだ。
警戒を怠らず、俺たちは薄暗い廊下を進んでいく。
入り口側から見たときと違い、すぐに部屋のような空間にはたどり着かず途中で右に折れ、さらに左に折れる……そんな廊下だった。
そして、左に折れた時――
「部屋だ」
「……ここからじゃ何も見えないな」
どちらにしろ、踏み込んでみるしかないらしい。
「こういう時に厄介なのは、このダンジョン固有のスモールゴブリンだな」
「同感だ」
緊張感が高まる中、俺たちはゆっくりと部屋の中へと踏み込んでいく。
そうして、二人揃って、廊下と部屋の境界を踏み越えた時――
カッ――と音が聞こえると錯覚するほど、周囲が明るくなった。
部屋どころか廊下にも明かりが灯る。
そして、思ってたよりもだいぶ広いその部屋の中を見渡して――
「まじかよ……」
「これは……」
二人そろって思わず絶句した。
まず目に付いたのは、大きな顔のような盾を構えた首なし騎士のモンスターだ。
黒い鎧だけでなく、色違いや武器違いのやつが数匹ずついる。
次に一つ目の巨人だ。
これも色違いとサイズ違いが数匹いる。
さらにオークも数匹いる。
しかも、ただのオークだけならいざしらず、ハイオークやグランオークという上位種もこちらを見ていた。
オーガもいる。
盾を持ったシールドオーガや、戦鎚を携えたパワーオーガなどもいる。それどころか、亜種であるオニも数種類、部屋の中にいた。
ゴーレムもいた。
岩で出来た見慣れたやつのほか、赤く輝く鉱石のゴーレムや、白銀に光る鉱石のゴーレムに、虹色に輝く鉱石のゴーレムまで。
そして――
「ドラゴンまでいやがる……」
「しかも通常種のグリーン……亜種のレッド、ブルー、ブラック、イエロー……五色そろって一匹づつな……」
冗談じゃない。
グリーンドラゴン一匹だけなら、どうにかできたかもしれないが、さすがにやってられないだけの数がいるぞッ!!
「数が多い……ってレベルの話じゃないぞこれ」
「正直、見たコトない奴や、どう考えても勝てる気がしないやつもゴロゴロいるな……」
今は突如現れた侵入者に、モンスターたちが戸惑っているようにも見える。
だが、向こうが正気に戻ったらアウトだ。
数の上でも、チカラの上でも、俺たちに勝てる要素がないッ!
この部屋の床の上には、宝石や剣、盾、貴重な薬草や本など、色々散らばっているのが見て取れるが、危ない橋は渡れないッ!!
「ゴルバーッ、走れッ! 古木のうろだッ! 退くぞッ!!」
「応ッ!!」
この行為を臆病と笑うなら、好きに笑えッ!
たとえ死んでも生き返れるラヴュリントスだろうと、死ぬのはゴメンだッ!!
モンスターたちが動き出すより先に、俺とゴルバーは踵を返して走り出す。
「臆病だと思うかッ、ゴルバーッ!?」
「思わんッ! あのモンスターの群れに立ち向かうのは、勇気でも蛮勇でも無茶や無謀でもないッ! ただの自殺だッ!!」
「同感だよッ!!!」
廊下に地響きが響きわたり始める。
モンスターたちが動き出したんだろう。
廊下がそこまで広くないから、囲まれるようなことはないだろうが……。
チラリ……と、背後を見やる。
「先頭は……やったッ! グランオークだッ!」
「喜べる相手ではないだろッ!? あいつ一匹でも充分脅威だッ!!」
「だが、ドラゴンじゃないッ! 火を噴いたりするような飛び道具を使う相手じゃないってだけで、逃げやすいだろう?」
「だがかなり足早いぞッ!」
「機敏なデブだねぇ……ったくッ!」
何かアーツでも放って足止めをできるか――と考えるが、俺の手持ちの技では足止めにもならないだろう。それは、ゴルバーも同じはず。
「追いつかれる前にッ、逃げ切れれば……ッ!」
廊下を抜ける。
ここまでくれば、階段は目と鼻の先だッ!
ゴルバーとうなずきあって、走るペースをあげる。
そんな俺たちの背後で、グランオークは突然足を止めて、近くを走る赤オニを見た。
赤オニがうなずくと、グランオークは赤オニを持ち上げて……
「おいおいおいおいおい」
グッ、と赤オニが親指をあげる。それにグランオークも親指を見せ、そして――
「まさか……嘘だろッ!?」
グランオークは赤オニを構えて、俺たちに向けて投げ飛ばしてきたッ!
「下がれッ、ラフト!」
「ゴルバーッ!?」
「豪断破ッ!」
飛んでくる赤オニに向けて、ゴルバーはオノを振り下ろす。その技は切断にまで至らずとも、飛んでくる赤オニを頭から地面に叩きつけるには充分だった。
どうやら倒せずとも、気絶させる程度のことはできたようだ。
ゴルバーは再び俺の元へと走ってくる。
「何とかなった」
「助かっ……うげ」
ゴルバーに礼を告げようとする俺の目に、グランオークが次のモンスターを担いでいる姿が移る。
「ブルードラゴンを持ち上げてるぞあいつ……ッ!」
「さすがにそれはたたき落とせないぞッ!」
「たたき落とせても気絶はしないだろッ!! 全力で階段を目指せッ!」
「言われなくても……ッ!!」
だが、そんな俺たちの周囲に、長く尾を引く半透明の人の顔のような球が漂いだした。
「なんだ……?」
見渡すと、反対側から回ってきたか、明るかった廊下に例の首なし騎士の一匹がいた。そいつは、その手に持つ顔の形の盾を掲げており、その盾の口が、この球のようなものを吐き出していた。
「絶対にロクなモノじゃないなッ!」
「だよなッ!」
俺たちのそんなやりとりを理解できているのか、周囲を漂う半透明の球たちはニヤリと笑うと、急に膨らみ始める。
「おいおいおいおいおいおいッ!」
「ラフトッ、階段は目の前だッ! 跳べッ!!」
直後、膨らんだ球が破裂した。
「うわぁぁぁぁ……ッ!!」
地面を蹴った瞬間に、その爆風に背中を押される。
俺たちはそのまま、うろの中へと突っ込んでいき、階段をごろごろと転げ落ちた。
一番下の転移陣まで転がっていき、痛みに悶絶していると、ドシンという振動が響く。
階段の上を見上げると、ブルードラゴンがこの古木のうろをのぞき込んでいた。
「か、間一髪か……」
「そのようだ」
「モンスターたちがうろの中に入れなくて助かったな……」
「ああ」
やがてブルードラゴンが、うろの前を退くと、別のモンスターがうろをのぞき込んでくる。
「あの部屋……宝石とか武器とかいっぱい転がってたよな」
「ああ」
「回収……できないかね?」
「オススメはできない」
「だよなぁ……」
階段を見上げながら嘆息すると、グランオークと目が合った。
するとグランオークは、こちらの逃走を褒めるように、親指を立ててくる。
「……もう少し休みたいが、気が休まらないな……」
「ああ。行こう」
こうして俺たちは、逃げるようにネクストと口にするのだった。
そんなワケで、そういうえば出番がなかったエクストラフロアのお話でした。
グランオーク『Σd('∞' )』
次回は………………すみません、ストックも切れた上に、何も考えてません……
一応、来週も更新はちゃんとする予定です。
本作の書籍版
『俺はダンジョンマスター、真の迷宮探索というものを教えてやろう』
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