3-37.『ヴァルト:サリトス と ベアノフ』
本章のエピローグ前編 みたいな話です。
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私の名前はヴァルト=イシュターナ。
ペルエール王国の王都サンクトガーレンにある探索者ギルドで、サブギルドマスターをやっている。
今は探索者ギルドのギルドマスターの部屋のソファに、私とサリトスは座っていた。
無論、正面にはギルドマスターであるベアノフがいる。
「サリトス=サボテニア。お前がここに来たというコトは……」
「昨日挑み、倒してきた」
「そうか」
ベアノフはそれだけ口にしながらうなずく。
先日、緑狼王に負けて帰ってきてからというもの、ベアノフの様子がおかしい。
大人しい――と言えばいいのだろうか。
表面上の言葉や態度は変わってないのだが、不思議と無茶苦茶やっているという印象が薄れている。
「昨日の昼頃。フロア5の狼どもが一斉に遠吠えをあげたという報告が数件入っているが、理由はわかるか?」
「おそらくは緑狼王を倒した時だろう。眷属たちも遠吠えをあげながら消えていった」
サリトスの報告に、合点がいったという様子でベアノフは静かにうなずいた。
本当に大人しい……。
以前であれば、何かしら理由を付けて噛みついていただろうに。
「他に報告などはあるか?」
「フロア6への階段もあった。だが、まだ降りてはいない」
「ならば先はわかっていない状態か。仕方はないが」
ベアノフはサリトスと言い合いをすることなく言葉を交わし合っている。
以前のように、なぜすぐに次のフロアに行かなかった――などという理不尽な物言いが、なりを潜めているようだ。
「さて――サリトスからの報告は一通り受けた。
今度は、こちらの用件を済ませよう」
告げて、ベアノフはテーブルの上の茶を一口啜り喉を湿してから、サリトス、私と順番に見遣ってから口を開く。
「お前たちが何かを画策していたようだが、それは無駄に終わる」
「どういうことだ?」
眉を顰めてサリトスが訊ねると、ベアノフは自虐にも自嘲にも見える笑みを浮かべる。
「ギルマスの座を退こうと思ってな」
「なッ!?」
思わず、私とサリトスは目を見開いた。
一体どういう心変わりなのか。こちらがあれこれと計画していたのだが……。
いや、結果だけみれば何も問題はない。この発言が本心であるのならば、スムーズに事が運ぶことだろう。
「どうしてギルマスになろうと思ったのか、その原点を思い出す出来事があった」
その出来事とは、緑狼王に負けたこと……だろうか。
「そして、唐突に気づいたんだ。俺はその原点を忘れた振る舞いを――青二才だった頃の自分の嫌いな振る舞いをしていたとな」
「だが、気づいたのであれば手遅れではなかろう?」
サリトスはそう言うが、私はギルドマスターが言いたいことを理解した。
「手遅れかどうか――と言われると難しいな。だがな、今から俺が変わっても無意味ではある」
そうなのだ。
本人そのものが変わることは悪いことでは無い。
だが、ギルドを変えるのであれば話は変わる。
傍若無人で自分勝手な振る舞いを散々してきたギルドマスターだ。
それを由とする空気が蔓延しているというのに、今になって急にギルドマスターがやり方や振る舞い、ギルドの方針などを変えても、反発しか起こらないだろう。
ましてや、探索者たちの性質を思えば、自分たちが勝手にマネしていただけのクセに裏切り者だと、ギルドマスターを罵る。
それは、この探索者ギルド――ひいては、ペルエール王国の探索者たちの質の低下に繋がりかねない。
ならば、取る手は――
「だから……俺は、サリトスかヴァルト。お前たちのどちらかにギルドマスターの座を譲りたいと思っている」
「元よりサブマスのヴァルトはともかく――誰も彼も……どうして俺なんだ?」
――別の誰かがギルマスとなってギルドを変える、だろう。
それであれば反発はあれど、ギルマスが変わったからだという理由が生まれる。
「俺は昔から、『はぐれモノ』を『アタリマエ』にしたいと思っていた。
その為には手段を選ばないつもりだった。実績と地位を高め、偉くなれば、『はぐれモノ』の在り方を浸透させられると思っていた。
だが、気づけば結果は今の通りだ。まったく、俺はなにをやっていたのだか……」
潜在的には、ギルドマスターも我々の味方であった……か。
「俺はお前たちのどちらかがギルマスになるのであれば――表立っては無理だが、支援はしていくつもりだ」
ちらりと、横を一瞥すると、サリトスは左手で首を撫でている。あいつの考え事をする時の癖だ。
ギルドマスターの話に、思うことはあるのだろう。
「ベアノフさん。いつギルドマスターを辞めるおつもりで?」
私が訊ねると、彼は少し考えてから、答える。
「何ならそっちの都合に合わせてやってもいい。
どっちにしろ、引継ぎに必要なモンとかも考える時間が欲しいからな」
「ならばしばらくはギルマスを任せられるか」
ギルドマスターが答えると、サリトスがそんなことを言った。
「出来れば早いとこ辞めたいがな。イチ探索者に戻りたいとは思っている。とはいえ、何らかの根回しが必要で時間が欲しいってんなら、別にその時間分くらいはいてやるよ」
彼の言葉に、サリトスは再び首を撫で始める。
「まぁすぐに答えを寄越せとはいわんさ。早めには欲しいがな」
そう告げて肩を竦めたギルドマスターは、私へと視線を向けた。
「ヴァルト、お前にはまだしばらく迷惑は掛ける。まぁこれまでよりは減らすつもりだ」
「そうしてもらえると助かります」
やはり、今のベアノフは私の知っているベアノフではなくなっているようだ。
あるいは、こちらが本来のベアノフだったのかもしれないが。
「話は変わるんだがな、サリトス」
「ん?」
「お前、ラヴュリントスのダンジョンマスターと会ったコトがあるんだろう?」
「会った……というか、ダンジョン越しに会話しただけだ」
「どうやってコンタクトを取った?」
「先行挑戦の時、向こうから話しかけてきた」
「……そうか」
どこか残念そうに嘆息するギルドマスター。
ダンジョンマスターに何か用があったのだろうか?
「だが、一度だけこちらの呼びかけに答えてくれたコトがある。
ダンジョン全域の音を拾っているようだから、ラヴュリントス内部で声を掛けてみたらどうだ?
……特にエクストラフロア――丸太小屋フロアなどであれば可能性は高いのではないだろうか?」
「ふむ。試してみるか。
だが、エクストラフロアとはどう行けばいい? 最初に入った時は遭遇したが、それ以外では遭遇したコトはないが」
「あれは基本的に運だ。
階段エリアでネクストと口にした時に、時々迷い込む感じだからな。
初挑戦の探索者向けの説明エリアは、初回だけ必ず遭遇できるようになっているようだが……」
ギルドマスターとサリトスのやりとりに、不思議な興奮が沸いてくる。
権力や立場を使って無茶苦茶をしていたベアノフに辟易していたというのに、現在目の前にいるギルドマスターには、むしろ心が躍っている自分がいる。
「運であるならば仕方がないな。
一応、次に潜るときにダンジョンマスターへ声を掛けてみるか」
「ベアノフさんは、どうしてダンマスに声を掛けようとしているので?」
「いや――そうだな。ダンジョンとは何なのか。俺たち探索者はダンジョンを探索し続けているだけで本当に良いのか……そんなコトが急に気になってきた。
サリトスたちからもたらされる報告を見る限り、話が出来ないダンジョンマスターではないのだろう?
少し、そういうところで話をしてみたくなっただけだ」
なるほど――と私はうなずく。
確かに、サリトスたちから聞く限り、アユムという名のダンジョンマスターは話がしやすそうな相手ではある。
「アユムのコトだ。興味を持てば向こうから話し掛けてくると思うがな。
だが、ベアノフ。気をつけておけ。あいつは確かに気さくな奴だが、その正体は、遊戯と試練の神だ。火竜の尾を踏むようなコトは慎めよ」
「助かる忠告だ。そして、なおさら話をしてみたくなった」
遊戯と試練の神――ッ!? 神だと――ッ!?
その正体に、私は思わず驚愕する。
だが、ギルドマスターが平然としているのはどういうことだろうか。
「どうしたヴァルト? ラヴュリントスのマスターの正体が神だと言われて、俺が驚いていないのが不思議か?」
「ええ、まぁ……」
「なんてコトはない。予想していたってだけだ。何の神か――とまでは分からなかったがな。
むしろダンジョンは伝承通り、神の試練であり慈悲だったんだな、と納得したくらいだ」
神の試練であり慈悲――その伝承は、探索者であれば……いや、この世界アルク=オールに生きている者であれば、一度くらいは聞いたことのある話だ。
だが、それが真実である――と言われても、私の理解が追いつかない。
……だというのに、サリトスはさらなる話を投下してきた。
「もっと言えば、慈悲だけに縋り試練を無視する人間に対する、最後の慈悲と最大の試練として、本来はこの世界の存在ではないアユムを、創主ゲルダ・ヌアが呼び寄せたそうだ」
これには、さすがのギルドマスターも驚いている。
「……さらっととんでもないコトを言いやがった……。それを、いつ、どこで、お前は知ったッ?」
「先行挑戦の時に、アユム本人から」
「なぜ、それを今更になって言った、サリトス?」
ギルドマスターに続いて質問する私に、サリトスは軽く肩を竦めた。
「今なら問題ないからな」
「どういう意味だ?」
サリトスの短い言葉に、ギルドマスターが目を眇める。
常人には理解しにくいくらい短くまとめるからな、サリトスは。
「また悪い癖がでたな、サリトス」
「何の話だ?」
「無自覚なのがタチ悪い」
私は小さく嘆息し、翻訳するようにギルドマスターへと説明する。
「恐らくは、先行挑戦の時はベアノフさんを警戒していたのでしょう。なぜか――は自覚されてるでしょうから、言いません。
そして、今のあなたであれば口にしても問題ないと判断した……そういう意味で間違いないな、サリトス?」
「ああ」
うなずくサリトスを見て、ギルドマスターは納得したような顔をする。
「まだしばらくは、アユムの正体やラヴュリントスの正体は口外しないように頼む」
「無論だ」
迂闊にこの情報が広がると、世界中の探索者たちがペルエール王国に集まりかねない。
そうなると、各国各地の経済が破綻する可能性があるのだ。
もちろん、ペルエール王国内でそれだけの探索者を賄うのも不可能である。
だからこそ、探索者たちにその正体が広まるのはよろしくない。
「神の最後の慈悲であり最大の試練か……。
考えようによっちゃ、ラヴュリントスの攻略の進み方次第で、世界からダンジョンという名の慈悲が消える可能性があるんじゃねぇのか……?」
ギルドマスターの言葉に、私とサリトスは思わず顔を見合わせた。
「そう考えると、口外しない方がいいってのは賛成だ。
下手に世界中から探索者が集まってきたら、取り返しのつかないコトになりかねない」
神妙な顔をするギルドマスターに、サリトスは難しい顔をする。
「そういえば……アユムは俺たちに情報を渡しながら、どう使うかはおまえたちに任せると――そう言っていたな」
私とギルドマスターの顔がひきつった。
かなりギリギリの綱を渡っている状態ではないのか、人間は。
「ヴァルト。この話の扱いは慎重にな」
「ええ。ベアノフさんも」
「分かっている……」
使い方次第では、我々はダンジョンという慈悲を失いかねない情報、か。
「情報の扱いそのものが試練なのかは分からないが、色々と試されているのは間違いないだろう」
サリトスも、気を改めるようにうなずく。
ラヴュリントスは本当に、規格外のダンジョンのようだ。
それから、ギルドマスターはしばらく考えた様子で、口を開く。
「やはり、サリトス。お前にギルマスの後釜を頼みたい」
真っ直ぐに――真剣な眼差しで、彼はサリトスを見つめる。
「必要なのは、進む意志だ。はぐれモノたちが多く持ち、それをバカにするモノたちの多くが持っていない、『進意』と呼べるモノが必要になる。
特にラヴュリントスではな。
今までのように、後追いや漁夫の利で安全に得をしようなんて阿呆な意志なんかじゃない。
探索者が本来持っているべき、未知を切り拓き、既知を味方に付けて、勇気を持って前に進もうとする意志。それが必要だと、俺は思う。
だからこそ、それを広める為に、それを持つお前のようなはぐれモノがギルマスになるべきだと俺は思う。
ヴァルトも悪いとはいわないが……それ以上に、俺はお前に、強い進意があると……話していてそう感じた」
その力強い言葉に、サリトスはどう思ったのか。
少しの間、逡巡したあとで、ゆっくりと立ち上がった。
ソファから立ち上がったサリトスはギルドマスターへと手を差し伸べる。
サリトスの行動の意味に気づいたギルドマスターもソファから立ち上がった。
「すぐに――というのは無理だ。こちらにも思うコトはあるからな。
だが、ベアノフ。お前の意志は理解した。そしてお前自身もまた『進意』を持ってギルマスの座から退くのだと。
それであれば、俺はお前のその手を取るとしよう。
俺自身が、その時だと思う瞬間がきたならば、ギルマスの座――正式に引き継ぐ」
「今はその返事で充分だ。残った時間、俺は今までの俺を少しずつ払拭していくとしよう。どこまで出来るかは分からんがな」
そうして、サリトスとベアノフが手を握りあう。
「書類の用意をヴァルト」
「引継予定日はしばらく空欄で頼む」
もしかしたら、これは歴史的な瞬間なのかもしれない。
そんなことを考えながら、私も立ち上がる。
「了解しました。すぐに持ってきます」
ここから何かが変わっていくのかもしれない。そんな予感を感じさせるに充分な状況だ。
ラヴュリントス――その存在は、どこまで影響があるのだろうか?
そんなことを思いながら、私は必要書類を持ってくるべく、一度ギルドマスターの部屋を出るのだった。
ヴァルト「しかし……そろそろ、俺も探索に出たいんだがな……。事務処理の量、減らないものか……。おっと……この書類だったかな」
次回は、エピローグ後編の予定です。
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http://legendnovels.jp/special/20190305.html
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【ISBN 978-4-06-514597-5】
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秋葉原スープカレーカムイさんとのコラボも始まりますッ!
コラボカレーの名前は「とんこつモンスター謹製 ダンジョン豚カレー」
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是非、ご賞味くださいませ。