3-29.『ベアノフ:餌と走馬燈(後編)』
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………………
……夢。
…………夢を見ているな。
それを自覚しながらも、何かできるわけでもなく、ただ虚ろな眼で、俺はその夢を眺める。
まるで拘束された状態で強制的に三文芝居を見せられてるような気分だ。
――そんな臆病なコトできるかよッ! やりたきゃテメェだけでやってろ……ッ!
しかもその演目は、自分の過去という面白くもなんともないもの。
……青二才だった頃の俺に向かって、偉そうな態度で臆病者と叫んだ探索者たちは、後日、首だけとなってダンジョンで見つかった。
当時、俺や連中が攻略していたダンジョンは、不意打ちから首を切り落とすことだけに特化したモンスターの巣だったんだ。
俺の警告を無視したその探索者は、結局のところ自業自得の目にあった。
俺は俺で、俺なりのやり方を続けた。
今の時代――臆病者と呼ばれるやり方で。
――あの野郎ッ、こそこそ逃げ隠れるのが得意な臆病者のクセにッ!
――アイツ、首狩りにやられる仲間を見捨てたらしいぜ?
首狩りの巣をソロで攻略した俺を待っていたのは、賞賛ではなくそんな言葉ばかり。
そもそも、警告をしてやった連中は、ただ酒場で仲良くなっただけの連中だ。警告をしたのは親切のつもりだった。仲間でもなんでもない。
……俺は俺のやり方を貫き続けた。
だけど、とあるダンジョンの攻略中にふと、思ったんだ。
このダンジョンは、そんなに警戒をしながら探索する必要のないところだと。
だから――思いつきで、ほかの探索者と同じように力任せで攻略した。
ボスを倒し、お宝を持ち帰った俺を待っていたのは……
――ベアノフが臆病者から脱したッ、しかもソロ攻略して来やがったッ!
――元々強かったしな! オレはやるやつだと信じてたぜッ!
掛け無しの賞賛ばかりだった。
その時、俺は気づいた。
いわゆる臆病探索というやつは、人前でやるものではないと。
人目があるときは、力任せの攻略をしていればいいと。
実際、それは功を奏した。
気が付けば、俺はサンクトガーレンのサブギルドマスターとなっていた。
就任直後は、これで探索者たちの意識改革ができると思っていた。
だが、慎重と臆病の区別の付かない奴らは、言ったところで聞く耳をもたねぇ。
だから、俺は率先してダンジョンを攻略してみせる。
俺のマネをしたいという新人たちに、力任せの攻略の中に、慎重に動くべき時の話を混ぜ込んで教育していく。
そうして教育した連中のチームはいくつかのダンジョンの攻略に成功する。
嬉しそうにそのことを報告にくるガキどもを見るのは楽しかったし、俺自身も嬉しかった。
だが……
――師匠。すみません。もう、師匠の教え通りの探索はしません。
――臆病者のやり方だって、邪道だって。バカにされ続けたので。
――なんでこんなバカにされるやり方を俺たちに教えたんですか?
……そういって、弟子どもは俺の元を去り、ほどなく迷神の沼に沈んだという報告がギルドに入ってきた。
もっと……俺にチカラがあれば……
もっと……俺に影響力があれば……
サブマスじゃダメだ。
今のギルマスをダメだと言うつもりはない。恩人だ。引きずり下ろしたりなんてするつもりはない。
だが、次は俺だ。俺をギルマスにしてもらおう。
誰もが俺に付いてくればいい。
俺のマネをすればいい。そうすれば成功を約束してやる。
そうして俺はギルマスになり、みんなを引っ張っていこうとがんばり――だが、臆病なギルマスだとバカにされ続けた。
バカはテメェらだ。
死にたければ勝手に死ね。だが俺は死なさない。死なせたくない。だから俺に従ってみればいい。俺に教えを請えばいい。
だが。ダメだ。誰も言うことをききやしない。
ならどうする? どうすればいい?
影響力が必要だ。もっと影響力がないとダメだ。俺は偉くならないとダメだ。
ギルマスでダメなら商人よりもズル賢くなり、商人を従えさせなければ。
それでダメなら貴族だ。俺は貴族をも手中に収める。貴族でダメなら王族だ。俺はやがてこの国の王にだってなってやろう。
俺がもっと偉くなる。偉くなってバカに付ける薬にならないといけない。
これ以上、バカな探索者はいらない。バカはどうせ死ぬんだ。だったら俺の踏み台になれ。黙って俺に付いてくればいい。俺の踏み台になれ。
臆病者は邪魔だ。俺が偉くなるのに必要なダンジョンを攻略しちまう。ダンジョンを攻略するのは俺じゃなくちゃダメだ。
功績を増やそう。功績が増えれば、俺に従うやつが増える。
俺は偉くならないと、ダメなんだ。バカを救うには偉くないと。
だから、バカはバカらしく俺に尽き従え。俺に従ってりゃいいんだ。そうすればバカが生き延びる手段を教えられる。
その為には俺をバカにするバカを踏み台にする。
俺は偉くなる。俺をバカにしておきながら俺に従うバカがどうなろうが知ったことか。
バカは死ね。臆病者は邪魔だ。俺は偉くならないといけない。
探索者はみんな俺の踏み台だ。
商人も、貴族も、王族も、国王さえもッ!
みんなみんな、俺の踏み台だッ!
俺は偉くならないといけないんだッ!
影響力を高めないといけないんだッ!
その為だったらなんだってする……ッ!
バカを従えて、バカを踏み台にして、臆病者を蔑んで、臆病者を躓かせて……ッ!
偉くなって……俺はもっとすごくなって……影響力を高めて……
……俺は、俺は、俺は、俺は……
――俺はどうして、こんなに偉くなりたかったんだっけ?
………………
…………
……
「ん……?」
「お目覚めですか?」
走馬燈のような夢から覚めると、どこかのテントの中だった。
目の前にはなぜか王国兵がいる。
場所は分からないが、目覚めは決して不快ではない。
むしろ、走馬燈が真っ暗な悪夢を照らし、晴らしてくれたような、爽やかな目覚めだ。
まるで、悪しき女神の抱擁から解放されたかのようでもある。
「ここは……?」
横になっている俺の顔をのぞき込んできているのは王国兵が、俺の呟きに答えてくれる。
「ここは、ラヴュリントスで死に戻りした方を保護しているテントです。
死に戻り用の出口は、その周辺に何もありませんから、意識を失っている方をそのままにしておくのは危険なのです。なので、ここで保護させていただいております」
「……そうか」
やはり、俺は死に戻りをしたらしい。
ついでにおかしな夢まで見せられた。
「お加減はいかがです?」
心配そうに告げてくるのは人の良さそうな王国兵だ。
普段ならば、鬱陶しいと振り払うのだが、今はそんな気分でもなかった。
「……ふむ」
上半身を起こし、身体の具合を確かめる。
全身を噛みつかれ、噛み千切られ、噛み砕かれる生々しい感触はまだ身体に残っている気はするが、肉体の状態そのものは死ぬ前と何も変わってないようだ。
着ていた鎧や服すらも、喰い殺される前の状態に戻っている。
「問題はなさそうだな」
「それでは、所持品の確認を。
基本的に死に戻りされた方は、所持品や所持金を失うコトが多いそうです。時々、記憶の欠損やルーマの封印などがある方もいるそうですが……」
記憶の欠損とルーマの封印はなさそうだ。
なら、金品の確認をするべきか。
「……財布の中身が半分になっているな。あとは愛剣も無くなっているようだ。俺の近くに大型の両手剣を見なかったか?」
「いえ、大型の剣は近くに落ちたりしてませんでした」
「そうか」
嘆息を吐く。
あれは、偉くなろうと誓った直後のダンジョン攻略で手に入れた剣だ。
あの剣と共に影響力を高め、やがて探索者たちを導く存在になると――そんな俺の誓いの元となっている剣ではあったのだが……
「まぁいい。もはや、誓いなんてモノ忘れていたわけだしな」
「はい?」
「何でもない。独り言だ」
悪い剣ではなかった。むしろ、良い剣だった。
だが、無くしたから見えたものもある。
「一度、街に戻るコトにするか」
「それがいいかと。
再度攻略されるのでしたら、心身と道具の準備を万全にしてから、また挑まれるといいでしょう」
「ああ――そうだな」
うなずき、立ち上がる。
俺が倒れていた周辺に落ちていたものはすべて回収したつもりだ――と言って渡された大きな革袋を受け取った。
中身を見る限り、無くなったものはなさそうだ。
「やはり、大剣と金だな。失ったのは」
「そうですか……。
お金はともかく、大剣でしたら、サンクトガーレンの『銀狼商店』などを見てみたらどうでしょうか?
失った剣の質まではわかりません。ですが、今なら良質なミスリル系を取り扱ってますので。先日、大剣も置いてありましたよ」
「なるほど。代用品を探すには悪くなさそうだ」
俺は王国兵に礼を告げ、テントを出る。
「眩しいな……」
「ええ。今日は天気が良く、太陽が輝いておりますからね」
「そういう意味ではないのだがな」
太陽が眩しいことを素直に受け入れられたのはいつ以来だろうか。
「……バカは死んでも治らないというが……」
少なくとも自分は死ぬことで得られるものがあった。
ならば、俺は治らないほどのバカではなかったのだろう。
「いや、違うか。
迷神の沼に沈んだ時点で、そいつの馬鹿が治ったかどうかなど、確認できないだけだ」
自嘲気味に独りごちる。
それが聞こえたのだろう。横にいた王国兵が不思議な顔をして首を傾げた。
「どうなさいました?」
「いやなに、死ぬというのは、案外良いショック療法だったのかもしれない――と思ってな」
世界はこんなにも明るく、広かったのか――と。
そう思ったのはいつ以来か。
「反省だけならモンスターでも出来る、か。
ならば、俺はどうすればいい?」
自問自答のつもりだったが、何かを勘違いしているらしい王国兵がわざわざ答えてくれる。
「自分には分かりかねます。ですが、反省されたのであれば、その反省を生かすべきなのでは?」
「そうか……。まぁそうだな……」
王国兵に世話になったと告げると、俺はゆっくりと歩き出した。
反省を生かす――か。
なら、今までのことを考慮した上でってことになるが……。
とはいえ。
何をするにも今更だ。
俺は馬鹿をやりすぎた。
それでも、俺が今いるのは、迷神の沼底ではなく
創主が作りだした大地の上だ――
――ならば……俺がこれからするべきことってのは……
ベアノフ「…………………………………外を歩いてるってのに、手の届く場所に愛剣がないってのは、どうにも落ちつかんな…………………」
次回はサリトスたちの視点に戻り、探索の予定です。
講談社レジェンドノベルスさんより、四月発売予定、
本作の書籍版 『俺はダンジョンマスター、真の迷宮探索を教えてやろう』
よろしくお願いします。





