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3-28.『ベアノフ:餌と走馬燈(前編)』

R-15タグ『少しばかり俺の面目躍如な回かもしれない。注意してくれたまえ』


 壁や囮にはなるだろうと思っていたデュンケルが、現状からとっとと離脱しやがった。

 それどころか、正攻法では飛び越えられないだろう巨大なクロバーの木を飛び越えて、この部屋を離脱していっちまう。


 そうなりゃ、俺はこの部屋に一人きりだ。

 まぁ、たくさんの狼さんたちが一緒にいるから寂しくはねぇけどな。


 その狼さんたち――グリーンヴォルフとリーフヴォルフの群れに、絶賛囲まれ中ってやつではあるんだが。


 群れの奥には緑狼王というここのボスがいやがるんだが、あいつはこちらを眺めているだけだ。


「クソッたれがぁッ!」


 飛びかかってくる狼どもを蹴散らしながら、少しづつ進んではいるものの、とにかく数が多い。

 その上、モタモタしていると、部屋の壁際にある大きなクロバーの木から、何匹も何匹も飛び降りてきやがる。


 ――じり貧。


 そんな言葉が脳裏によぎる。


「冗談じゃ……ねぇッ!」


 ここがいくら死なずのダンジョンといえども、死に戻りなんていうみっともねぇマネが出来るかッ!

 俺は、サンクトガーレンという大都市のギルドの、マスターなんだぞッ!!


 ……だが、そんな俺の意志などは、この狼どもには関係ない。


 やがて、俺の体力の方が尽きてきて、飛びかかってくる狼の一匹を倒しそこねちまった。

 その狼が左足に噛みついてくる。


 激痛を堪えながらそいつを切り捨てたものの、足の片方を負傷するというのは、この状況では最悪だ。


 結果、俺は狼どもを捌ききれなくなり、地面に伏した。

 そこへきて、ようやく重い腰を上げた緑狼王は、うつ伏せに倒れた俺の後ろ頭に前足を乗せてきやがる。


「テ……メェ……ッ!」


 全身にルーマを巡らせて立ち上がろうとしたんだが――


「AOooooooooNッ!」


 緑狼王が奇妙な遠吠えをあげると、纏っていたルーマが霧散していく。


 こいつ……ッ! 強化系のルーマを打ち消すルーマをもってやがる……ッ!?


 やばい――そう思った矢先、


「……ぐぅッ!?」


 右足のふくらはぎに、硬いモノが複数個まとめて食い込んでくる感触に、俺はうめく。

 一匹のリーフヴォルフが、俺のふくらはぎに食らいついている。

 その鋭い歯は俺のふくらはぎの筋肉を噛み切りながら骨に達する。


 激痛に呻いているうちに、両腕にも噛みついてくる狼ども。


 四肢が完全にやられる絶望感。

 死んでもダンジョンの外に放り出されるだけとはいえ、その死に至るまでの行程は省略されないのだと、このときになって俺は気づいた。


 ――なぜだ――なぜだ――なぜだ――なぜだ――ッ!

 ――なぜ俺は()(つくば)って、こんな無様を晒している――ッ!?


 激痛と大量の出血。

 血とは別の何かが自分の身体からどんどん抜けていくという不安感。


 ――俺を誰だと思っている――俺は、王都の、ギルマス、だぞ……ッ!


 そんな肩書きも俺のプライドも、俺の意志も野望も、熱も、怨みも、感情も、精神も、肉体も……俺を構成するあらゆるものが、狼たちには無関係だ。

 狼たちは俺に喰らいつく。

 こいつらにとって今の俺はただ新鮮な肉の塊でしかないんだろう。


「あ……ぐ……」


 わき腹に噛みつかれる。

 朦朧とする意識の中、すでに痛みはなく、噛み千切られる感触だけがある。


 ――痛い――痛い――痛い――痛い――ッ!

 痛みを感じなくなったはずの肉体が、張り裂けんばかりに喚き散らす。


 これが――ダンジョン内での死。

 モンスターの餌になるということ。


 本来なら死んでいるだろう肉体状況ながら、なまじ鍛え抜き、自然治癒促進というルーマを保有してしまっているが故に、欠損部分が徐々に再生し、体力も少しずつ回復していくことで、生きながらえてしまっている。


 ――嫌だ――嫌だ――嫌だ――嫌だ――ッ!

 ――いらない――いらない――いらない――いらない――ッ!

 ――今はッ、自然治癒促進なんて、必要ない――ッ!!


 死なない肉体が欲しくて取得したルーマを投げ捨てたいと、心が嘆いて怨みをこぼす。


 ――治るな――治るな――治るな――治るな――ッ!

 ――これ以上は治らないでくれ――いっそッ、ひと思いに殺してくれ――ッ!


 プライドなどすでになく。

 今すぐに死に戻って安堵したいという感情だけがわき上がる。


 情けない――そう思う反面で、これに耐えられる人間などそうそういてたまるかという思いもある。


 ――痛い――痛い――痛い――痛い――ッ!

 餌として生きたまま喰われるというのはこれほどおぞましいものだったのかと、精神が軋みをあげる。


 例え死に戻れるとも、これから自分は一度死ぬという運命が目の前にある。それを前にして、人は平静でなどいられないのだと実感する。


 これまで探索者(シーカー)は――もちろん俺も含む――ダンジョン内で死ぬことは栄誉だ。ダンジョン内で迷神の沼に落ちてこそ一人前の探索者(シーカー)だ。そんな風に口にしてきた。


 だが、実際に餌にされてみたらどうだ。

 栄誉だと言われながら死んでいった連中はみんな……こんな感情のまま、モンスターやトラップの餌食になったのではないだろうか……?


 だとしたら、蹴落とす側だった俺たちに対する恨み辛みというのは生半(なまなか)なモノではないのだろう。


 今更だ。今更だからこそ、今更ながらなことが脳裏に過ぎる。


 ――俺は――俺は――俺は――俺は――ッ!


 やがて首筋の両側に歯が食い込んでくる感触がしだした。

 時間にしては一瞬だろうに、妙にのんびりとその感触が続く。

 メリメリと体内から直接耳朶に響くように、ゆっくりと食い込んでくる。

 首が絞められるような、捻られるような感触と、これ以上は入ってきては行けないという本能的な警告が、首の内側に硬い感触とともに食い込んでくる感覚。


 ――やめてくれ――やめてくれ――死にたくない――ッ!


 死なないはずのダンジョンで、俺の心は死にあらがうように泣き叫ぶ。


 メリメリという音が、

 ガリッ、ゴキッというようなものに変化していくと、

 同時に意識がどんどん遠くなり、

 目の前が暗くなっていき――


 ――がぎん。ぶつん。ぶちり。


 何かが砕けた後に、何かが無理矢理千切れる音。

 それが、何も見えなくなった俺の耳に届いた、最後の音だった。



  ……

  …………

  ………………




アユム「……さすがに、人が無惨に喰われるのを見るのはキツいな」

ミーカ「なら、ミーカの食事を見る? 食べてる姿をみせてあげるよ☆」

アユム「それはそれでキツそうだな(俺の理性が」


想定よりも長くなったので分割しました。次回は後編です

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