3-27.『サリトス:デュンケルからの提案』
あけましておめでとうございます。
プライベートの諸々が落ち着いてきたので、ようやくの本年初投稿です。
今年もよろしくお願いします。
そして、4月に発売される、本作の書籍版「俺はダンジョンマスター、真の迷宮探索というものを教えてやろう」もよろしくお願いします。
また、去年までは23:00時更新していましたが、今回から00:00時に変更しました。よろしくお願いします
「どうやら、お前たちに助けられたようだな」
「もう大丈夫なのかい?」
降りてきたデュンケルにディアリナが訊ねると、彼は小さく首肯した。
「ああ。怪我よりも疲労だ。原因は色々と重なっているがな」
「色々?」
フレッドが興味ありげに問うと、デュンケルは肩を竦める。
「色々だ。消耗の大きいルーマを連発したコトもそうだし、心の準備もなく狼の群れに放り込まれたコト。そこから脱出するために、木から落ちるまで全力で突っ走ったコト諸々だ」
なるほど。
原因だけ見れば、疲れない理由がないくらいだ。
「デュンケルさん。良かったら掛けていってください。
大したものはありませんけど、食事が出来そうでしたら、お持ちしますよ」
俺もそうだが、コロナもデュンケルから聞きたいことがあるのだろう。彼女は自然な様子で、そういう提案をして、空いている椅子を引いた。
「そうだな。馳走になろう」
コロナの提案にうなずき、デュンケルは椅子のところへ移動する。
それから、一度テーブルの上を見渡すようにしながら、デュンケルは椅子に座った。
座りながら、コロナに訊ねる。
「食事に麦酒を付けてもらうコトは出来るか?」
「はい。一緒にお持ちしますので少しお待ちくださいねー」
快活にうなずいて、コロナはキッチンの方へと向かっていく。
デュンケルはコロナの背を視線で追いかけながら、彼女がキッチンへと消えるのを見、小さく息を吐いた。
「改めて礼を言う。《死なずのダンジョン》とはいえ、一度も《死に戻り》とやらを経験せずに攻略したいと思っているのでな」
その礼の言葉に、俺の中にあったデュンケルのイメージがかなり変わった。
「そのスタンスは俺たちも同じだ。死にながら攻略するコトに馴れると、ラヴュリントス以外のダンジョンでも同じコトをしてしまいそうだしな」
俺がそう返すと、デュンケルはフッと笑みを浮かべる。
その意味深な笑みの真意は不明だが。
「おっさん、一つツッコミ入れていいかな?」
「どうしたフレッド?」
俺が首を傾げると、フレッドが苦笑した。
「デュンケル君さー……カッコいいコト言ってるけど、少なくともおっさんたちの前では一度死に戻りしてるっしょ?」
「ああッ! そうだよッ、あの中州のカメ!」
フレッドとディアリナのやりとりで俺も思い出した。
確かに、デュンケルはあの中州に出てくるゼニタラスというカメにやられていたな。
二人からの指摘に、デュンケルは再びニヒルで意味深な笑みを浮かべる。
「ふっ……」
この笑みの意味はさすがに分かる。
完全な誤魔化しだろう?
そんなやりとりのあとで、俺たちはそのまましばし雑談をし、コロナを待つ。
デュンケルの分の料理と酒が準備され、コロナが席に付いた。
皿に乗っているのは、俺たちに用意されたものと同様の料理だ。
まずは、一口サイズにカットされたダンジョン牛の肩ロースを焼いて、コロナ特製のタレを絡めたもの。
その横には焼いたときに鍋に残った肉汁と、そのタレを混ぜたもので炒めた野菜に、半熟の目玉焼きを添えたもの。
岩イモと呼ばれるイモの皮を剥いて細切りにし、油で揚げたものに、ダンジョン豚のソーセージを添えて。
さらには、蒸した野菜に、蒸し野菜に合うように仕上げたというコロナ特製のタレが掛かっている。
あとはオマケ程度のものだが、テーブルの中央にはチーズの盛り合わせも置いてある。それぞれに手を伸ばして食べるものだ。これはコロナの料理ではないが。
さすがにセブンスに叶うものではないが、コロナの作る料理はどれも美味い。
一見すると見慣れない料理なども出てくるのだが、どういう工夫をしたのか、その理由とやり方を聞くと思わず唸りたくなるものも多い。
一度、料理ギルドにレシピを提供したことがあるらしいが、それを見た料理人たちは面倒な行程を飛ばし雑にやりながらも、レシピ通りにやったのに美味くいかなかったと文句を言ってきたそうだ。
それ以来、コロナは料理ギルドにレシピを公開するのを止めてしまっている。
そういう意味では、コロナの作る料理を俺たちは独占しているとも言えるな。
そんなコロナの料理を前に、デュンケルの表情も緩んだ。
ただ焼いたり、タレをまぶしただけの料理ではないと、見て分かったのだろう。
「これは美味そうだ。頂こう」
コロナが席に付いたのを見てから、デュンケルはそう言って食神へと祈りを捧げた。祈りながらすでに麦酒を飲み始めていたが。
「デュンケル。食べながらで構わないから聞いてくれ。
お前とディアリナがぶつかり、意識を失ったあとの出来事だ」
「もぐごぉ」
麦酒を半分ほど飲み、そのあとに口いっぱい料理を詰め込んでいるデュンケルがうなずく。
正直、俺の話よりも料理の方への興味は強そうだ。
だが俺も、そんなデュンケルの様子など気にせずに話をする。
合間合間に、ディアリナやコロナ、フレッドから、ツッコミが飛んできたのが不思議だ。『分かりづらい』『端折りすぎ』『サリトス語初心者には厳しい言い回し』などなど。
なにがいけなかったのか……。
解せぬ。
「……アドクリまで登録してくれたのか。感謝する」
そう言って頭を下げるデュンケル。
彼の態度や仕草を見る限り、礼儀正しさや誠実さのようなものがある。それに、コロナの作った料理を見ただけでただの料理では無いと見抜いたところを見るに、平民料理以外のものを見たり口にしたこともありそうだ。
それなりに身分の高いところの生まれか、あるいはそういう者たちと日常的にやりとりする環境で暮らしていたのかもしれない。
「しかし、お前たちに何かメリットはあったのか?
その場に俺を置いていくコトも出来ただろう? そもそも、それを選ぶ探索者たちの方が多いはずだ」
「確かにそうではあるのだがな」
麦酒で喉を湿しながら、確かに……と、俺はうなずく。
だが、戦力としては問題なく助けられるだけはあったのだ。
一般的なダンジョンであろうと、ラヴュリントスであろうと、まだ生きている意識を失った探索者を放置したいとは思わない。
デュンケルを助けることに、確かにメリットはなかった。だが、デメリットがあったとも感じない。
であれば――これを何と言葉にするべきか。
俺が答えあぐねていると、麦酒を一気に呷ったディナリアが、空になった木杯をダンっと音を立てながらテーブルに置いた。
「難しい理由なんてないさね。放っておいたら寝覚めが悪い。それだけだよ」
「おっさんもそんな感じだし、気持ち的には完璧な解答だと思うけれども、嬢ちゃんは今回意識を失ってたわよね?」
ディアリナが胸を張って口にした答えに、フレッドはうなずきつつも、嘯くと、それを見ていたコロナが笑った。
「寝覚めが悪い……か」
ふっ――と、小さくデュンケルも笑う。
どうやら、ディアリナの解答に、納得してくれたようだ。
そんなやりとりをしている中で、俺はディアリナが言った言葉を反芻していた。
寝覚めが悪い……寝覚めが悪い、か。
「なるほど。良い言葉だ」
しみじみと呟き、俺はチーズをひとかけら口に入れた。
「リト兄……どうしたの、急に?」
思わず口から出た言葉に、コロナが首を傾げる。
口の中のチーズを麦酒と共に流し込みながら、答えた。
「寝覚めが悪い――が、だ。
思わず納得したし、今後自分でも使っていきたい。
具体的には、返答に窮した時など……だな」
「リト兄は、この言葉の使用を禁じます。絶対、使い所を間違えそうだし」
「なぜだ」
俺の答えに、コロナが速攻で制してくる。解せぬ。
よく見ればディアリナとフレッドも深々とうなずいているではないか。ますます解せぬ。
「く……くくく……はははははっ!」
皆からの俺の扱いに眉を顰めていると、デュンケルが突然笑い始めた。
「はーっはっはっはっはッ! 『寝覚めが悪い』……『寝覚めが悪い』かッ! なるほどなるほど……ッ! とんだお人好しの集まりかッ、お前たちはッ!」
ひとしきり大笑った後で、デュンケルはニヤリと笑った。
「だが、そのお人好しっぷりは悪くないッ、信用に値するッ!」
告げて、デュンケルは持っていた木杯をテーブルに置いて、背筋を伸ばす。
「俺は俺の目的故に、ソロで探索をしている。
俺が目的としているものは、世界に一つしか存在しないと言われているモノだからだ」
「山分けできるようなモノじゃないから、手に入れた時の揉め事回避の為のソロってコトかい?」
「そうだ」
ディアリナの問いに、デュンケルはうなずく。
ソロでその宝にたどり着けるかどうかは別にして、その懸念は正しい。そう考えると、納得できる理由だ。
「無論、有象無象と連むより、ソロの方が気楽だという理由もあるがな」
「おっさん、それめっちゃ理解るわー」
フレッドは弓使いだ。
そのせいで、パーティを組むというだけで、色々と面倒ごとが多かったのだろう。妙に実感が籠もっている。
「だが、お前たちであれば、手を組むのも吝かではない。一時的に……ではあるがな」
「どんな心変わりだ?」
俺が訊ねると、デュンケルは肩を竦めて姿勢を崩す。
背中をさすっているので、背筋を伸ばしているのに疲れたのだろう。
「フロア5のボス……グリーンヴォルフたちの王は、俺の探索スタイルととにかく相性が悪い。故に、お前たちと手を組みたい。
フロア6があるのであれば、そこで解散だ」
「フロア5のボスを倒した先に、デュンケルさんのお目当てがあった場合は?」
コロナの問いに、俺たち三人の目が眇まる。
重要な話だ。こちらがデュンケルを信用するには、ここの返答次第ともいえる。
「こんな浅いところで手にはいるとは思っていないが――そうだな。仮定としてならば……俺はお前たちを殺してでも手に入れるだろう」
キッパリとデュンケルはそう告げた。
誰にも譲らない。譲れない。そんな確固たる意志を示すように。
「だが、お前たちと手を組んだという事実は消しようがないし、共にボスを倒した仲となる。ましてやこちらから提案した話だ」
そこまで口にしてから、デュンケルは木杯の底に少しだけ残った麦酒を飲み干すように呷る。
空になった木杯を静かにテーブルに置き、同じくらい静かな声で、続きを告げた。
「故に、告げよう。動く前に。
目の前に求めていた宝が――SAIがあった、と。
これから俺は手を伸ばす、と。
邪魔をするなら全員殺す、と。
そう告げてから、俺は動こう。
それが、俺がお前たちにするべき礼儀であり、果たすべき義理であり、通すべき筋だ」
そう口にするデュンケルの顔に、皮肉やふざけた様子などなく。
いつぞやの中州の時のような、欲深いお調子者のような空気はなく。
略奪鴉という二つ名から連想されるような、危うい気配もない。
純粋に思ったことを口にしているからか、妙に澄んだ表情だ。だが同時に、その双眸からは隠しきれない熱のようなものは見え隠れしている。
意地でも手に入れる。誰にも渡さない。
そんなような、確固たる熱。
それをどう判断するべきか――という思案を俺はしない。
そもそも、目的の為なら裏切り行為も辞さないとわざわざ口にしているのだ。
本当に手段を選ぶことなく手に入れようとするなら、もっとそれらしいことを口にすればよかったはずなのに。
「『通すべき筋』、か。なるほどな」
先のデュンケルを真似するように、俺は口の端を吊り上げるように笑う。
「お前も根っこはだいぶお人好しなのではないか、デュンケル?」
「好きに捉えるがいいさ」
二人で皮肉げな笑みを浮かべあったあと、俺は立ち上がってテーブル越しに手を差し出した。
その意味をすぐに理解してくれたのだろう。デュンケルも立ち上がり握り返してくれた。
「フロア5のボス、グリーンヴォルフたちの王を倒すまでの共闘でいいんだろう?」
「倒すまで――というより、『倒すとき』でいい。
倒したあとはどこで解散する?」
「フロア6の最初のアドレス・クリスタルとしよう。
今までのパターンであれば、階段を下りてすぐのところにあるはずだ」
「了解した。そこでロープを使用して共に地上へ戻り、解散の挨拶を交わすとするか。挨拶のあとは、お互いに好きにすればいい」
お互いに約束事を口にしあい、納得しあったところで、手を離した。
そうして、俺とデュンケルは椅子に座り直す。
それからデュンケルはディアリナ、フレッド、コロナを順番に見てから告げる。
「そういうコトになった。よろしく頼む」
デュンケルの言葉に、三人は否定することなくうなずくのだった。
デュンケル「しかし美味いな……。このような調理法、どこで知った?」
コロナ「それは秘密です。強いて言えば、平民が買える範囲の食材や調味料でも、このくらいはできるってコトです」
次回はボス部屋に一人残ったギルマス:ベアノフのお話の予定です。