3-23.それぞれの進退
ギルドマスターは大剣を振り回しながら緑狼王を目指して駆ける。
『雑魚に用はないッ! 退けぇッ!!』
素人の俺の目から見ると、かなり雑に剣を振り回してるだけに見えるけど、それで確実に飛びかかってくるリーフヴォルフを蹴散らしているのだから、相応の技術によって振るわれてるんだろうな。
一方で巻き込まれたデュンケルも両手に炎を灯して、少しづつ前へと出て行っている。
飛びかかってくるリーフヴォルフを上手く捌き、そのチカラを利用しているのか宙へと放った。
すると、投げ飛ばされたリーフヴォルフは突然空中で炎に包まれ、それは地面に落ちてからも燃え続ける。
『ちッ、部屋中のヴォルフたちが集まってくるのか……。
多少倒したところで、焼け石に水だな』
ギルマスもデュンケルも、緑狼王を倒さないと終わらないことには気づいているだろう。
それでも、緑狼王に専念などさせないとでもいうように、大量に集まってくるリーフヴォルフの数に圧されている。
『ギルマスよッ! 人を巻き込んだのだッ! 勝算はあるのだろうなッ!』
『知るかッ! 貴様が邪魔だっただけだッ! あのデカい群れのボスを倒せば終わるんだから、倒せばいいだろうッ!!』
『考えなしかッ!』
デュンケルは毒づきながら腕を振るい、目の前を炎で薙ぎ払った。
それに巻き込まれたリーフヴォルフは黒いモヤへと消え、当たらなかった他のヴォルフたちは、その炎に驚いて数歩引いた。
『……クソ』
巻き込まれたデュンケルは、たまったもんじゃないだろうなぁ……。
『あの野郎……ッ、悠然と……ッ!』
群がる狼を輪から少し離れたところから様子を伺っている緑狼王に、ギルマスが呻く。
勢いよく駆けていたのも最初だけ。
どんどんと集まってくるリーフヴォルフに、ギルマスも足を止めざるをえなくなっていた。
そんな状況でも、緑狼王ばかり意識を向けているギルマスを一瞥し、デュンケルは嘆息を漏らす。
周囲を見渡し、何を思ったのかデュンケルは在らぬ方へと駆けだした。
『どこへ行くッ!?』
『付き合いきれるかッ!』
デュンケルの奇妙な動きに気づいたギルマスが問いかけると、デュンケルは唾でも吐くように返す。
「なるほど、デュンケルさんは狼たちの層が薄い場所を見つけたようですね」
「そういうコトか」
炎を灯した両手を背に向けると、そこから一気に炎を噴射する。
それにより、デュンケルはまるでロケットのように加速を始めた。
そのまま一気に狼の輪を抜けるつもりだったんだろうけど、そう簡単に行くわけもなく。
デュンケルのやつは狼にぶつかりながら突き進んでいった。
『ぐおおお……ッ! 痛いッ! 衝突とか辛いッ! だから退けッ! 狼どもッ!!』
何やら叫んでいるけど、どうしてそれをやる前に気づかなかったのか。
とはいえ、ぶつかる狼を勢いのまま吹き飛ばして、デュンケルは輪の中から抜け出した。
ちょっとした轢き逃げだよな、あれ。
デュンケルの様子を見ていた緑狼王は警戒した様子を見せるものの、別に自分の方へと向かってくるわけではないと気づくと、不思議そうな顔をしながらギルマスへと向き直った。
輪を抜けて余裕が出てきたところで、デュンケルは加速を止めて、ふつうに走りだす。
その視線の先には、巨大なクロバーの木だ。
『あれは……』
高い位置にある葉の中から、リーフヴォルフが顔を出し、木から飛び降りてくる。
飛び降りてきた狼はデュンケルを見ると、一直線に走り出した。
『クロバーの木……ッ! やはり飛び降りてくるか……ッ!!』
向かってくる狼に向けて、右手の炎を剣のように伸ばすとそれを振るって両断する。
一撃で倒しながら、デュンケルは今の狼が飛び出してきたクロバーの木へ向かって走り出す。
「アユム様。もしかして、クロバーの木からグリーンヴォルフが生まれてるんですか?」
「ああ。あの大きなクロバーの木に、ボス部屋内のグリーンヴォルフが高頻度でポップするように設定してあるな」
「だから、あの木を倒すと難易度が下がるっていう形になるんですね」
「戦闘中の増援は防げるからな」
もちろん、最初から緑狼王とともに部屋の中にいる眷属たちは消えたりはしないんだけど。
増援の無限湧きがなくなるのは、精神的にもラクになると思う。
「ただなぁ……」
「どうしたんですか?」
「ちょっと、ヒントが無さすぎたかなぁ……と。
香りの無い倒木もそうなんだけど、倒木やクロバーの木に樹液を塗って熊を誘導してくる――って、この世界の連中には難しすぎた気がしないでもないんだよ」
サリトスたちも気づきそうで気づいてないもんな。
「そうかもしれませんけど……でも、そこまで失敗でもないかもしれませんよ?」
「え?」
俺が首を傾げると、ミツが一つのモニタを指さした。
「蝶と戦いながら樹液を手に入れた三人組の探索者さんたち、いたじゃないですか?」
覚えてます? とミツに問われて、俺はうなずく。
チームワークの良い三人組だったし、何より樹液ゲットの最初のチームだったしな。
ミツが示すモニタには、その三人組がフロア4を歩いている光景を移している。
『この樹液、苦労して取った割には使い道わかんないね』
『それなりの値段で買い取ってくれるみたいだったが、ちょっと売る踏ん切りが付かないよな』
『もっとラクに採取できれば、多少売ってもいいんだがなぁ』
どうやら樹液の使い道とかの相談をしているようだ。
話を聞く限り、街だと結構な値になるらしいけれど。
「そういえば、あいつらの名前なんだっけ?」
「言われてみると、知りませんね……」
名前を知っておきたいなぁ――と思ってみているが、会話になかなか名前が出てきてくれない。
「あ、ミーカのマネをしてみるか」
ふと思いついて、モニタ越しに鑑定を使ってみることにする。
もっとも、俺はまだ何のルーマも持っていないので、魔本を呼び出して、自分の欲しいスキルにDPを割り振った。
……つまり、DPで鑑定LvMAXゲットだぜ!
ダンジョンマスターはDPによって色んなルーマが取得できるようなのだ。
この仕様に、通常のダンマスが運営と自己強化に頭を悩ませる姿が目に浮か――んだのだけど、同時にこの世界の連中はそこまで迷うのかな? という疑問も沸いた。
まぁ、それはおいておこう。
そんなワケで、ゲットしたばかりの鑑定発動ッ!
リーダーの剣士型アーティストの名前はシン=ハーネスツ。
ブレシアスの女の子は、パースィー=エルペーレ。
盗賊風の男の名前は、ヴロイ=レーベン。
うむ。鑑定お見事だ。
「ところでミツ、この三人が木をどうこうしてくれそうなのか?」
「結果としてどうこうなるかは分かりませんが、ちゃんと考えてくれてる人たちはいますよって、お伝えしたかったのです」
「そっか」
なるほど。
確かに、自分で思ってた以上に気が急いてたのかもしれないな。
言われてみればサリトスたち以外もゆっくりと、考えようとする動きが見えてきてるんだしな。
うんうん――と、ミツの言葉を噛みしめていると、シンたちのパーティに緊張が走った。
『シンッ、パースィーッ! 熊がくるぞッ!』
『ゲェッ!』
『ヴロイッ、道案内お願いッ! シンは殿をしっかりねッ!』
パースィーがしっかりと指示を飛ばして、三人は走り出す。
だけど、ややしてヴロイが叫んだ。
『二人とも止まれッ!』
『そんな、この細道で正面にッ!?』
そう。
三人の前に、お化けニンジンが五匹立ちふさがっている。
ボス部屋もそうだけど、こっちはこっちで緊迫してきた。
『動きと思考を止めるな二人ともッ!
パースィーは火炎系のブレスの準備。俺とヴロイは牽制だッ!
あいつらの葉っぱに当たるなよッ! 動きの遅い赤熊に追いつかれる前に片づけるッ!』
逃げ道になりそうな小道は倒木で塞がれている以上、三人が熊と戦わず切り抜ける方法は、お化けニンジンの群れを倒すしかない。
「アユム様ッ! デュンケルさんがッ!」
「おおッ!? そっちにも動きがあったかッ!」
言われてデュンケルの方を見れば、クロバーの木に対して色々アプローチしてたらしい彼が、両手の炎を大きくしている。
「入り口の扉は、今の段階では首を狙えないと判断したと思われるベアノフさんが開けようとして失敗してました。
それをデュンケルさんは見ていましたから、逃げる方法としてクロバーの木に目を向けました」
ほうほう。
ミツの解説を聞きながら、デュンケルの動きに注目する。
「しかし、ギルマス。
勝手にデュンケルを巻き込んでおいて、自分はとっとと逃げだそうとするとはなぁ……」
ボス部屋の入り口は内側からは開かないようにしてある。
まぁ、この世界のほかのダンジョンはどうだか知らないけれど、少なくともラヴュリントスではそうだ。
無計画に突っ込んできたのであれば、残念だったね――としか思わない。
そんなギルマスよりも、デュンケルの動向の方が当然気になるわけだ。
「アユム様、この部屋って脱出できるのですか?」
「アリアドネ使えばできるぞ」
それを使う余裕があれば――だけどな。
「それ以外は?」
「ギルマスの一件で、俺もツメが甘いコトを自覚したからな。
強引に壁を抜けるコトは出来ないようにしてある」
「じゃあ、デュンケルさんは何とかアリアドネロープを使うしかないんですね」
「実は手段がないわけでもない」
「え?」
これは、クロバーの木を倒していない場合に限る手段ではあるし、そもそも裏技に近い方法だけど。
正しくは倒していないクロバーの木を利用した方法だ。
なので、一本でも残ってるならこの方法はとれる。
「デュンケルならできるかもなぁ……。
短時間とはいえ、空飛べるし、あいつ」
「でも、壁となってる鬱蒼地帯の上空にも結構な高さの透明な壁を作ってましたよね?」
「そうだな」
まぁ鬱蒼地帯に透明な壁を設置してる時に気づいた設計上の問題みたいなやつなんだけどね。
直す手段はいくらでも思いついたんだけど、面白いからそのままにしてるやつ。
『根本付近は無理そうだが……上部の枝葉が多いところなら、どうだ……ッ!』
デュンケルは願いを込めるように独りごちて、地面を力強く蹴りながら、両手に溜めた炎を下へ向けて噴射して、大きく跳び上がった。
ミツ「あっちもこっちもとモニタを色々見てると疲れますね」
アユム「それなー……CMの間にザッピングしてまわる見方出来る人すごいよなー」
次回は、それぞれの進退の結果の予定です
正式に発表になりましたので告知させてください。
レジェンドノベルスさんの公式ホームページのカレンダーに拙作が乗りました。
発売日は2019年の4月となります。
タイトルの方も書籍版用に改題されておりますので、よろしくお願いします。
『俺はダンジョンマスター、真の迷宮探索というものを教えてやろう 1』