3-22.樹海の奥へ
デュンケルとギルマスの熱いトークがあった日の翌日、サリトスたちがラヴュリントスへとやってきた。
ボス部屋の前のクリスタルから再開をしたサリトスたちは、敢えてボス部屋への扉を無視して、その脇の扉をくぐっていく。
『このわき道、縦長の回廊というだけか……?』
扉の先の縦長の回廊をぐるりと一周し、ケーンが訝しむ。
『反対側の先の道は倒木があるだけだったわいな……』
『腕輪の地図で見ても、ディアリナ嬢ちゃんの地図で見ても、あの倒木の先は、熊の巣の重なる廊下から行ける場所のようだわね』
『無理してここでどうにかする必要はなさそうだが……』
サリトスも首を撫でて思案する。
まぁその回廊自体、このフロア5の大仕掛けに気づけないなら、何の意味もない場所だしな。
その大仕掛けの為に、フロア5には蝶のいないビーケン樹もいくつか設置してあるくらいだ。
『気になったのは、回廊の北側にあった大きなクロバーの木だな』
『確かにクロバーの特徴を考えると、随分と大きな木ではありましたね』『しかも二本。妙に目立ったし、無意味に生えているようにも見えなかった』
六人はしばらく相談をしていたが、答えがでなかったのか、一度熊の巣の重なる廊下から、探索していないところへ向かうという方向で話が纏まったようだ。
「ところでアユム様。あの大きなクロバーの木って何なのですか?
仕掛けている時には何も教えてもらってなかったのですが」
「ん? 強いて言えば増援スポット?」
「増援スポット?」
首を傾げるミツに、俺は意味深な笑みを返す。
「基本的に、そのスポットの出口はサリトスたちのいる回廊とは反対側――ようするに壁の向こう側に向いてるんだけどな」
「壁の向こう側……ボス部屋ですよね?」
「おう」
ま、ここでミツに詳細を語る気はないので、勿体ぶるだけ勿体ぶっておくことにする。
「倒木と同じ方法で倒せるんだが――まぁ倒すとどうなるかは、ボスに到達した奴が出たら説明するよ」
まぁ簡単に言うなら、あの木は難易度の調整用なんだけどな。
まったく木を倒さなければ難易度は最上級。
全ての木を倒しておくと難易度は最下級。
もっとも、木を倒そうと倒すまいと、ボスのスペックは据え置きなので、そもそもボスに勝てないなら、難易度の上下にあまり意味がないかもしれないけどな。
「絶対ですよ?」
「ああ。暇なら、あの木を倒すとどうなるかも考えておいたらどうだ?」
「そうします」
俺とミツが話をしている間も、サリトスたちは動いている。
回廊から引き返し、熊の巣の重なりあう廊下まで戻った彼らは、その廊下を前回の探索ではいかなかった北東側へと抜けていく。
だが――
『なんじゃ……倒木だらけだわい……』
そこを見て、ゼーロスががっかりしたようにうなだれた。
『正面の倒木は新しい廊下、右手はさっきの回廊へと繋がってるようだね』
『正面左側にも倒木があるわよ。こっちの倒木からだけは甘い香りがするんだけども』
フレッドが調べてくれた情報を元に、首を撫でていたサリトスが小さくうなずいた。
『その甘い香りのする倒木は、恐らくフロア4の階段を塞いでいたものと同じだろう』
『なるほど。つまり熊を使うってコトだな』
サリトスの言葉に、納得したようにバドがうなずく。
『なら、おっさんが囮になるさ』
香りのしない倒木のことは後回しにして、どうやらサリトスたちは、香りの付いた倒木をどうにかすることにしたようだ。
フレッドだけが先行し、近くの熊の巣に近づく。フレッドに気づいた熊が倒木を吹き飛ばしながら巣から出てきた。
『よしよし、こっちだ』
熊とつかず離れずの距離を保ち、香りのする倒木まで誘導した。
サリトスたちの想定通り、フレッドの連れてきた赤熊は香りのする倒木を破壊し、その場で座り込むとガジガジとかじりはじめる。
あとは、フロア4の時と同様にディアリナとアサヒとが背後から近寄ると、先のように危ない場面もなく、確実にしとめた。
だけど、今回はそう甘いものでもない。
『ディア! 黄熊がッ!』
赤熊をしとめた直後、黄熊が近くまで迫っていた。
迎撃する為に前にでるには距離がなく、この場で戦うには狭く、後ろに下がるには、仲間が詰まっている。
ディアリナとアサヒが逡巡しているところへと、バドの声が響いた。
『二人ともその場でしゃがむッ!』
その声に従い、二人がしゃがんだ瞬間――
『斬烈の疾風よッ!』
二人の頭上の上を、風の刃が駆けていく。
それは黄熊の胸を胸を裂くものの、致命傷には至らない。
だが、黄熊が足を止めた。
それだけ充分だったのだろう。
『二人ともそのままで頼むぜッ!』
ディアリナとアサヒの頭上を、ケーンとゼーロスが飛び越えていく。
『ぬおおおお――……ッ!!』
片手斧を振り抜き、ゼーロスが袈裟懸けに黄熊を斬り付ける。
肩から反対側の腰に掛けてザックリと切り裂くものの、それでも熊をしとめるには至らない。
だが、ゼーロス的にはそんなに気にすることではなかったようだ。
『見せ場はケーンに譲るわいな』
『ありがとよッ!』
ケーンは大きく地面を蹴って飛び上がる。
その足に赤い光を纏わせ、それを棚引かせながら、繰り出したのは、胴回し浴びせ蹴りに似た技だ。
『譲られたからには――』
地球のそれと大きく違うのは、その場で前転するように繰り出すのではなく、格闘ゲームのように大きく飛び上がりながら出してるところ――だろうか。
『カッコよくキメないとなッ!』
ケーンのカカトが黄熊の脳天を捉え、前のめりによろけさせる。
着地したケーンは、続けて――相手が人間であれば、こめかみ辺りを射抜くだろう――大外からの後ろ回し蹴りを放つ。
『さぁ、コイツで倒れてくれよ……ッ!』
回し蹴り後の残心から、流れるようにチカラを高めるケーン。その右足はよりいっそう赤く輝く。
そして――
『くらいなッ! 斬光――ッ!』
左足を軸に、右足による一文字蹴りが振り抜かれる。
足に纏う赤い閃光は刃となり、その技はまるで大剣のような一撃と化す。
続けて、振り抜いた右足を軸と変え、左足による前に突き出すような蹴りが放たれた。
『龍刃閃ッ!』
突き出された左足とともに、赤い閃光は螺旋となり、螺旋は龍が相手に喰らいつくが如く、黄熊を飲み込み吹き飛ばす。
吹き飛ばされた黄熊は空中で上下に分かれ、地面に落ちると二手に別れてハデに転がっていった。
すげーすげー!
相手をメッタメタに殴ったり斬ったりする乱舞技や、一撃必殺のドカンとしたやつもカッコいいけど、一発一発が重たい技を数発ガスガスと打ち込んでくタイプの技もカッコいいよなッ!
『どうだい? 文字通り切れ味抜群の俺の蹴り技は?』
『すげーな。体術も行くとこまで行けばこの威力を出せるのか』
『褒めてくれるのは嬉しいけどな、フレッド。簡単に行くとこまで行くとか言わないでくれ。体術としちゃ、こんなの道半ばだって』
驚くフレッドに、ケーンが大げさに肩を竦める。
喜んではいるけど、体術に関することにはかなりストイックのようだな。
ケーンとフレッドが喋っている間に、赤と黄色、両方の熊は黒いモヤとなって消えゆき、ドロップ品がそこに残る。
『さて、回収も済ませたし進むとしようか』
赤熊の毛皮、黄熊の毛皮、黄熊の腕を回収したサリトスたちは、倒木が排除され進めるようになった廊下を歩き出す。
『フロア5を見て回ってるうちに、大きなクロバーの木の意味……何か分かれば良いのだがな』
そんなことを話ながら、サリトスたちはボス部屋を避けて、樹海の奥へと進んでいく。
そうしてサリトスたちが熊コンビを倒してから、幾ばくもしないうちに、デュンケルがボス前のアドレス・クリスタルに到達する。
クリスタルを腕輪に登録し、すぐ近くの扉を開き、目の前に現れた大きな扉。
それを見て、デュンケルは何か思案するような顔をして足を止める。
『ボス……か。
ソロで狩りやすい相手か否か……』
小さく呟く声をマイクが拾う。
なるほど――確かに、デュンケルのようなソロタイプだと、ボスの強さとは別に、ボスの戦闘スタイルで難易度が変わるんだろう。
『カゲオニや、中州のカメのようなタイプであれば、立ち回りでどうにかなるとは思うが、さて……』
デュンケル的には戦うつもりではいるのだろう。
とはいえ、いくら死なずのダンジョンと言っても、デスペナルティがある以上は、迂闊に負けるのもどうか――という考えなんじゃないかな。
『少しだけ、扉を開いて中を覗けないだろうか……?』
妙に小心的なことを呟き、デュンケルはゆっくりと大扉を動かしていく。
まぁ、思い切り開け放ったり、中に入ったりしなければ、わりといけるハズだ。
それを禁止する気もないけど……隙間から攻撃とかするやつがいたら、制限しておこう。
そうして、デュンケルの目に映るのは――扉の真正面。ボス部屋の奥にいる緑色の大きな狼。
その名も緑狼王。
グリーンヴォルフたちの長であり、彼らと同じく葉っぱのような体毛を持つ大狼だ。
その大きさは、ゼーロスのような大男が背中に乗っても余裕のあるサイズとなっている。
『狼タイプのボス……か。これは面倒だな。
部屋の中の見える範囲に数匹のグリーンヴォルフ……いや、その上位種と思われる狼もいる、か』
緑狼王とのタイマンならいざしらず、無数の眷属も相手取るとなると、ソロのデュンケルには厳しい戦いになることは明白だ。
思案しながら部屋を覗き続けるデュンケル。
その頭の中では、様々な戦術を思い描いているんだろうか……。
だけど、そんなデュンケルの思考を邪魔する存在が、気配を消しながら近づいていく。
モニター越しには見えてるけど、デュンケルが反応してないってことは、それなりに気配の消し方が上手いのだろう。
そして、デュンケルの背後に迫った男は、彼の背中を強く押し、強引に扉の中へと放り込む。
『なッ……!?』
驚くデュンケルを気にした様子もなく、その男――ギルドマスターのベアノフも続いて中に入ってく。
互いにソロ探索者ながら、短い時間に連続して扉を潜ったので、同一パーティ扱いとなって、同じボス部屋へとご招待されたようだ。
『ベアノフ=イング……ッ!』
『根暗鴉。敵を間違えるなよ?
緑の狼どもに食われちまうぜ?』
怒気を滲ませるデュンケルに、ベアノフは気にした様子もなく武器を抜く。
そんなベアノフに対して、デュンケルが何か言おうとした時、自分のテリトリーへの侵入者に気づいた緑狼王が遠吠えをあげる。
『ちッ! 覚えているがいい、クソギルマスが……ッ!』
呪詛を吐くようにデュンケルはうめき、その両手に青い炎を灯した。
遠吠えと共に、部屋の中にいるグリーンヴォルフの上位種――一回り体が大きくなり全身が葉っぱに覆われてる種――リーフヴォルフが集まり出す。
『テメェは眷属の相手をしときなッ! デカブツは俺が頂くッ!』
囲まれきると面倒だと判断したギルマスは、すぐに走り出す。
その背を見ながら、デュンケルはひどく忌々しげな表情を浮かべて、リーフヴォルフたちに囲まれないように動き始める。
こうして第一層のラスボス・緑狼王との戦いが、デュンケルにとってかなり不本意な形で勃発することとなるのだった。
……さて、この二人、どう戦い抜くかな……?
ミツ「デュンケルさんとしては、かなり不運ですよね、これ……」
アユム「まったくだ」
次回、デュンケルのボス部屋サバイバルの予定です