3-21.『サリトス:ヴァルト=イシュターナ』
休養日明けの朝。
街がにわかに活動を開始するような時間帯に、俺は探索者ギルドへと向かっていた。
すでにベアノフが街を出ていることは確認している。
俺がギルドの建物に入ると、中にいた探索者たちの多くがこちらを一瞥してくる。
だが、こちらとしてもすでに慣れたもので、
この時間でも人が多いのは、攻略ついでにこなせそうな依頼を探しに来ているものたちだ。
依頼というのは、だいたいが、『XXXをダンジョンから取ってきて欲しい』というような内容が大半だが、それなりの報酬も支払われる。
特に今は、ウッド以外の素材の武具や鉱石が依頼としてかなり多く掲示されている。
もっとも、ラヴュリントスばかりが攻略の対象になっている状況では、報酬がよくてもあまりウケが良くないようだ。
みんな、ラヴュリントスの片手間にこなせる依頼が欲しいのだろう。
……そのクセ、お金や儲けを欲しがるモノが多いのだから、俺には理解ができないが。
名声よりも儲けを重視するのであれば、この手の依頼こそがチャンスだと思うのだがな。
実際、コロナやコロナの知り合いの探索者たちはそうして稼いでいるという話を聞く。
時々、迷惑な野生モンスターの討伐依頼などもあるが、こちらは報酬がよくても普段からあまり人気はない。
あまりにも人気が無さ過ぎて、探索者としてのランクアップ条件に、数度の討伐依頼成功が加えられているほどだ。
小遣い稼ぎなら、ダンジョンに潜るよりも討伐の方がよっぽど効率的なのだがな。
さておき――今日、用があるのは依頼書でもなければ、ダンジョン関連の情報でもない。
「失礼。サブギルドマスターのヴァルトと会う約束をしていたんだが、呼んで貰えるか?」
「はい、聞いていますよ。二階へどうぞ。
サブマスは執務室で待ってます」
「わかった。ありがとう」
顔なじみの受付は嫌な顔をせずに、案内をしてくれる。
正直、今日の担当が彼女で助かった。
受付係は俺の知る限り十人ほどいるが、そのうちの三人以外は、俺に対してはあまり態度が良くないからな。
案内通り、階段を上がり二階でヴァルトが待っているというサブマスの部屋へと向かった。
「サリトスだ」
ノックをし、名前を告げれば、
「入ってくれ」
――という素っ気ない言葉が返ってくる。
それに従い、中へと入れば、眼鏡を掛けた痩せぎすの男が机に向かって書類を作成していた。
「そこにある椅子にでも座って少し待ってくれ、すぐ終わる」
手元の木札になにやら手早く書き殴ってそれを机の上に放り投げて、ヴァルトは大きく息を吐く。
チラリと木札を見ると、殴り書きをしていたとは思えない綺麗な字が並んでいる。
神経質なヴァルトらしい文字――というべきかもしれないな。
「待たせた」
「構わん。あの男が好き勝手している時ほど、お前が忙しいのは承知の上だ」
「そう言われると救われるな」
「このギルドが傾くコトなく存在していられるのは、お前が支えているからだろう。ヴァルト」
もっとも、ヴァルトも多くの探索者や職員からは、『低ランクなのにサブマスに収まっている使えないはぐれ者』という扱いなのだがな。
この探索者ギルドのサブギルドマスターをしているこの男の名前はヴァルト=イシュターナ。
単純な探索者としてのランクだけみれば、Dという幹部にしては低いランクだ。
ヴァルトが低ランクなのは、ダンジョンの探索をあまりしていないからなのだが、反面で誰もやらない野生モンスター討伐の仕事の多くを、緊急性の高いもの優先に片づけている男でもある。
低ランクの野生モンスターであれば、一人で群をどうにかできる程度にはヴァルトは強い。
この男がサブマスとなった経緯は単純に、前サブマスからの推薦だ。
コネだなんだと言われているが、下手な商人よりも事務仕事や経理仕事ができるのだから、サブマスとしては優秀だ。
むしろ、出来るクセにあまり事務や経理をしようとしないベアノフが放置している仕事や、雑にやった仕事の尻拭いは全てヴァルトがやっているのだ。
実態を知っている俺としては、よくもまぁバカにできる――とは思う。
ヴァルトがそうしてギルドを支えていると知っているから、討伐系の依頼に関しては、余っている量が多いときや明らかに強敵の場合など、俺やジオール姉妹は、ヴァルトに協力することも多い。
「それで改まっての相談とはなんだ?」
机においてあったカップをあおって、ヴァルトが一息付いたのを確認してから、俺は切り出す。
それに対し、ヴァルトは真っ直ぐ俺を見ながら告げた。
「単刀直入に言おう。全てが成功した暁に、お前にギルマスになってもらいたい」
「……正気か?」
思わず呻くように聞き返す。
「無論。正気も正気だよ。本気も本気でもある。
私はお前以上にギルマス向きの探索者はいないと思っているよ。
どうせ本来の職場に戻る気もないなら、いっそ探索者から抜け出せぬところに座ればいい」
「その立場は、俺が逃げ出した職場と変わらない気がするがな。
職場の連中とよく顔を合わせるコトも増えるだろう」
「お前が元々の職場があまり好きではないのは知っているがな」
軽く息を吐いてから、ヴァルトは人差し指を丸め、第二間接で眼鏡のブリッジを押し上げ、位置を直す。
「だが、ギルマスの影響というのは強いんだ」
「……というと?」
両の肘を机の上に置き、指を組んだ両手で口元を隠すようにしながら、ヴァルトは言葉を選ぶように口にした。
「元より、探索者たちはダンジョン至上主義者が多い。
ダンジョンがあるから生活が成り立っているからこそ、ダンジョンから様々なモノを持ち帰れる探索者が偉そうにするというのも理解はできる」
分かり切ったことを敢えて口にするのは、これから説明することに対する前置きとして必要だからだろう。
俺は軽くうなずいて、続きを促す。
「だがそれでも、ペルエール王国の――とりわけ、この街の探索者たちの態度は目に余る」
「そうなのか?」
「ああ。サリトスはこの街に最初から拠点を作っていたのだから、あまり実感はないかもしれないがね」
そう言われてしまうと、反論はできない。
この街の探索者たちの態度が、探索者としての当たり前だと思っていたのだが。
「確かにはぐれモノに対する態度というのは、どこであっても酷いモノではあるのだが――それでも、ゼーロスのようなタイプも決して、少なくはない。だが、この街には少なすぎる」
ヴァルトがそう言うのであれば、俺の知らないところではそうなのだろう。
思い返してみれば、ペルエール王国の外であろう場所で、フレッドとバドは出会っていたようだったな。
その時に、バドはフレッドのやり方に感銘を受けたと言っていた。
……つまり、それがヴァルトの言う国外における決して少なくない理解者というやつか。
「探索者の多くは考えナシの突撃バカあるいは力任せバカだ――と私は思っている。だが、彼らは決して愚かではない」
「ふむ?」
「出世欲、自己顕示欲……まぁ色々あるだろう。元々のダンジョン至上主義思考も合わされば、態度の大きい者もでてくる。
だが、多くの探索者は相応の実力を持って、その態度を取る。デカイ口を叩くにはデカイ成果が必要だ。
とりわけ、目に見えて分かりやすい成果がいい」
「そうだな」
ベアノフの横暴が大目に見られたり、甘く見られたりしているのは、ギルドマスターという立場以上に、その実力とこれまでの成果という面があるは確かだ。
「愚かではないというのはそういうところだ。
はぐれモノのやり方や態度を蔑んでも、成果は蔑まない。ダンジョン至上主義というのは、それが誰のどんなやり方であっても、ダンジョン攻略成功者へは一定の敬意を払うモノだからな。
だが、この街の探索者の多くは成果すら蔑もうとする。それが頭の痛いところだ」
「その原因があの男の態度にあるとでも?」
訊ねれば、ヴァルトは真面目な顔でうなずいた。
「そうだ。
この街のギルドマスターが、自分の立場を好き勝手利用する者であったコト、はぐれモノに対する激しい差別主義者であったコト、複数のダンジョンの攻略達成者である実績を傘に好き勝手やっていたコト――様々な要因が、表に出過ぎていた。
ゆえに探索者に憧れていた駆け出したちや、理想だけ高い探索者が、『ギルドマスターがやっているから』『ギルドマスターに憧れて』『ギルドマスターからの覚えを良くする為』等の理由で動きはじめた。
その結果、探索者であるというだけで、実力もなく好き勝手やっているモノが増えた……いや当たり前になった。
ダンジョン至上主義者でも、単純実力主義者でもない……だがはぐれモノはどうあろうと蔑む、そんな愚かな半端モノが大量に増えているのだ。
そのせいで、ペルエール王国では貧民から貴族にいたるまでの多くの者たちからの探索者に対する印象が非常に悪くなってきている。これは由々しき問題であると、私は認識している」
ヴァルトの話を聞きながら、俺は左手で自分の首を撫でる。
「それで――その話が俺をギルマスに誘うのと、どう繋がるんだ?」
「はぐれモノがギルマスになる――それだけでも充分意味があるのだが、同時に、お前に第二のベアノフになってもらいたい」
「言葉が悪いな。言いたいコトは分かるが」
つまり、はぐれモノの臆病な探索方法を当たり前にして欲しいという話なのだろう。
「私はダンジョン至上主義を否定はしない。
力任せの突撃探索を否定しない。
はぐれモノの臆病探索も否定はしない――というよりも、私の探索方法も臆病探索だしな。
ただ、もっと探索者は心を自由にもって欲しいとは思う。
この街に限らず、今の探索者の在り様は、前々から歪みを感じていたからな。これを機に、少しテコ入れが出きればと思っている」
そこで、ヴァルトは言葉を区切ると姿勢を正し、真っ直ぐに真摯な眼差しを向けてくる。
「これが私のわがままであるというコトは分かっている。
お前に負担を掛けるだろうコトも理解している。それでも、探索者と世間の関わりをもっと健全なモノにしたいという俺の夢を掴むチャンスなんだ。
お前がギルマスになった後も、可能な限り自由な探索ができるようにするコトも約束しよう。
だから――頼むッ!」
頭を下げてくるヴァルト。
俺は首を撫でながら、思案する。
正直、すぐに答えを出せそうにない。
「ヴァルト。まずは頭を上げてくれ」
そう声を掛け、俺はどう答えるかを考える。
真っ直ぐに向けられる視線に応えられるかは分からない。それでも、ここで何も応えないわけにもいくまい。
「申し訳ないが、すぐに返事はできそうにない」
「そうか」
「返答を保留にしてしまうのは申し訳ないが」
「いや、こちらも急だったのだ。無理は言わんよ」
「すまない。だが、お前が自分のコトを『俺』と口にするくらい熱がこもっているのは理解した」
「……口にしていたのか?」
「していたな」
俺は小さく笑い、それからヴァルトの視線に応えるように、真っ直ぐ視線を返した。
「すぐには答えは出せない」
「ああ」
「だが、あの男を追い落とし、ラヴュリントスのフロア5の攻略を終わらせるという目的は必ず達成する」
「ああ」
「だから、そこまで待ってくれ」
「サリトス?」
「考える時間をくれというコトだ。
フロア5の攻略達成の報告をしに来る時に、どうするかの返事をしよう。
手間を掛けるが、それまではどう転んでも良いように準備をしておいてくれ」
「わかった」
ヴァルトは大きくうなずと、机から立ち上がって俺の元へとやってきて手を取った。
「感謝する」
「まだ答えは出していない。
感謝は、その時までとっておけ」
「ああ、そうだな」
まだギルマスになると答えたワケでもないのに、ヴァルトは随分と安堵したような顔をしている。
……おそらくは、その思いをずっと抱えたまま、ベアノフの尻拭いに奔走し続けていたのだろう。
俺の出す答えがどうあれ、そういう肩の荷が降りる瞬間が間近ということで、安心したのかも知れないな。
「それに感謝をするならラヴュリントスにもしてくれ。
あのダンジョンが生まれたコトで、状況が変わってきたんだからな」
「確かにな。不思議なダンジョンだ。私も少し気にはなっているんだ」
サブマスの顔から探索者の顔となったヴァルトが笑う。
この男もなんのかんので、ダンジョン探索は好きなのだ。
今は立場的に自由に動き回れないから、探索者の報告から、ダンジョンへの想像を羽ばたかせるのが楽しいらしい。
「そういえば、ラヴュリントスの報告は様々な探索者から受けているが、お前から直接聞いたコトがなかったな」
「そうだったか?
……そうだな、ならば少し話をしようか? 今日の出発まではまだ時間があるし、準備はだいたい終えているからな」
「本当か? それは楽しそうだ。作業しながらで悪いが、聞かせてくれ」
「そうだな――ならば、お前が好きそうなところから話そうか……」
ヴァルト「久々にダンジョンに行きたいものだが……仕事がな……」
サリトス「たまには仕事を放置して遊んだらどうだ。使えないサブマスが一人いなくなった程度では困るまい」
ヴァルト「ふっ、それもそうか」
そんなワケで、また予告詐欺してしまいました……すまない。
どこかで軽くヴァルトの顔見せをしておきたいと思っていたので、前回仲良しトークが長くなったがタメに後ろ倒しになってしまった本来の探索シーン前にこうして挿入したんですが……またも想定以上に長くなってしまいました……。
次回こそは、本格探索の続きに……なるといいな(弱気