3-20.今回だけは見逃してやる
サリトスたちが脱出した翌日。
どうにも、サリトスたちの来る気配はない。
ギルマスは、朝も早くからフロア4の正規入り口のアドレス・クリスタルからスタートし、今日も今日とてモンスター相手に無双しながら突き進んでいる。
正直、ギルマスは仕掛けとかお宝とかガン無視してひたすら突き進んでいるので、見ていて面白くないんだよなぁ……。
そんなワケで、他の探索者たちの様子をぼんやり見ていると、フロア5へと続く階段近くのアドレス・クリスタルからデュンケルが姿を見せた。
デュンケルは昨日は池の魚に食われたあと、結局姿を見せなかったけど、今日は探索の続きをするようだ。
「……ところでさ、デュンケルってどうやって他のダンジョンで生きてきたんだろうな」
「言われてみると……調子に乗ってやられてしまうイメージが強いですね」
そんな俺とミツの感想はさておいて、デュンケルは一直線に、倒木の跡へと向かう。
恐らく偶然なんだろうけど、デュンケルが倒木のところに差し掛かった時、その廊下の反対側にはギルマスがいた。
ギルマスの両目が、デュンケルを捉えてギラリと光る。
当のデュンケルはギルマスの姿をちらりと一瞥だけして、何事もなかったかのように、倒木の跡を踏み越えていく。
『待てッ!』
ギルマスが声を張り上げるものの、デュンケルは聞く耳ないらしい。
そのままスルーして、デュンケルは足を進める。
『車輪・斬ッ!』
本来は踏み込みによる超加速からの斬撃を放つと思われる技を使って、ギルマスは一気に廊下を駆け抜けると、もう少しで倒木を乗り越える直前だったデュンケルのマントの端を掴む。
『待てと言ったはずだが?』
『聞く理由がないな』
マントの端を掴まれたまま、振り向くことなくデュンケルは答えた。
「やばい、ちょっとワクワクする展開だ、これ」
「サリトスさんたちとはタイプが違う二人ですものね」
何でもかんでもチカラと権力でねじ伏せて生きてきたと思われるギルマスと、常に孤高の一匹狼を好んでそうなデュンケル。
この二人のソリがあうはずがないものな。
『どうやって倒木をどかした?』
『貴様が俺の立場だったとして、素直に口を開くか?』
まぁそうだよな。
俺もそう思う。
『ギルドマスターとして命令してもか』
『知らんな』
そう告げて、デュンケルは青い炎を手に灯すとそれを伸ばし、ムチのようにしならせギルマスの手首に向かって放った。
『ちッ』
さすがに当たるとまずいとでも思ったのか、ギルマスはマントから手を離し、それを躱す。
『ギルマスと呼ばれている男のわりには、理解が足りていないようなので、敢えて言おう』
ギルマスへと向き直り、目を眇めたデュンケルが謡うように告げる。
『チームの中でなら肩書きにあった役割分担もあるだろう……だがな、そうでないのであれば、肩書きなんぞダンジョンで何の役に立つ?
ダンジョンを徘徊するモンスターも、突然襲いくるトラップも、行く手を塞ぐギミックも……その全ては公平だ。
王族も貴族も平民も、ダンジョンの前では平等なのだ。
探索者だからダンジョンで生き延びれるのではない。探索者はダンジョンでの生き延び方を知っているだけだ。故にダンジョンの中で生きていけるにすぎない。だが、それもまたダンジョンの一面に過ぎん。
ベテラン探索者とて容易に迷神の沼へと引きずり込まれることだって多々ある。逆に駆け出しだからこそ助かるコトもある。
時に誰からも敬意を払われる英雄が排除され、誰からも忌避される咎人が生き延びるコトもある。それがダンジョンだ。違うか?』
追い風と呼ばれるダンジョンマスターの贔屓とかもあるみたいだけどな。
まぁ概ねデュンケルの言う通りだ。
……言う通りなんだけど……。
「なぜだろう。デュンケルが言うと微妙に説得力がない」
「気持ちは分かります……」
これが、人柄の成せる技なのだろうか。
デュンケルが言うと、じゃあなんでお前は生き延びてんの?? って疑問がわき出る不思議。
『俺はチカラを示し、ここまで駆け上がった』
『そうか。それはそれは素晴らしいコトだ。おめでとう。
それで? 貴様が己がチカラでギルマスになったコト、俺に何か関係あるのか?』
関係ないよなぁ……。
実力で駆け上がったことは評価されるべきだろうし、評価されたからこそギルマスなんて立場になれたのかもしれないけど、それを理由にデュンケルが道を教える理由はない。
『俺から言うべき言葉があるとすれば、その《チカラ》とやらで、倒木という困難を切り拓けばいい――というコトだけだ』
『俺はチカラを示し続けねばならんッ、だからこのダンジョンも俺が攻略しなければならないんだッ!』
『そうか、大変だな。俺は今、お前の相手をするのが大変なのだが。手を貸してくれないだろうか?』
『戯れに付き合う気はないッ! 俺はサリトスたちや貴様のようなはぐれモノどもを認めるわけにはいかないのだッ!』
『知らんな。認められなくても好きにやるからこそのはぐれモノだろう?
それに――そもそも勝手にはぐれモノだの臆病者だのと括ったのは我々以外の探索者だろうが。はぐれモノたちは自らそう名乗ったコトもない。
だというのに、はぐれモノだからという理由で何かされるのは、言いがかり以外のなにものでもないのだと、いい加減貴様たち口だけ探索者どもは自覚しろ』
『俺を……口だけと罵るかッ!』
『ああ、罵るさ――存分に罵らせてもらうさッ!
自分が口だけの無能だと自らが証明しているではないかッ! 今現在ッ、この場ッ、この瞬間のッ、現在進行形でッ!!
口だけの無能ではないと言い張りたいならッ、無理やりに答えを俺より聞き出そうとする前にッ、考えろッ! 貴様自身のその口先ではないと言う頭でなぁッ!!』
今までのデュンケルのイメージが崩れるほど、真面目な怒気の混じった言葉。
ふざけたアホだとは思うが、その実力が本物である以上は、相応の修羅場を潜っていても不思議ではない。
どうやってこれまでのダンジョンを生き延びてきたのかとさっきは疑問に思ったけど、なんてことはない。
きっと、知恵とチカラによる実力によって、突き進んできたんだろう。
勇気と運と臆病が、時に追い風となった時もあっただろう。
だからこそ、デュンケルは怒っているのかもしれない。
サリトスたちと同じだ。
慎重であることを臆病と言われ、死なない為に自らが積上げてきた工夫の数々を理解してくれない者たちに、はぐれモノと村八分にされる。
それでも実力で実績を積み上げ、たとえ汚名に近いものでも二つ名まで得ているデュンケルからすれば、ギルマスの言動は許せるものではないのだろうさ。
アホな行動が素であれポーズであれ、少なくともデュンケルという探索者は、ソロ活動している探索者として、人々の口の端に乗る程度有名になるだけの、実力がある。そこまでの実績を己の手で証明してきた。
『掠奪鴉風情が……ッ!』
『その二つ名……嫌いではないがな。
俺の手柄を掠奪していこうとした奴らを半殺し、正しく俺の手柄にし続けてたら付けられた名だ。
せっかくなのでそれに肖ってな、それ以降は手を出される前に反撃をするようにしたんだ。どうせこちらの手柄を奪おうと何かしてくるんだから、貴様らのようなものに攻撃される前に、反撃の方を先に仕掛けても問題ないだろう?』
……うん。言いたいことはわかるが、それは反撃じゃなくてただの先制攻撃だよね。
あと、思い違いからの誤爆も結構してんじゃないかな……。
その結果、どんどん二つ名が定着していったんじゃないかと、愚考するんだけれども……。
『では精々考えるがいい、ギルドマスターよ。
そう長くは持たないと思うがな。その肩書き、その地位。近いうちに消えるだろうと予告しておく』
『肩書きを俺から奪うつもりか、掠奪鴉ッ!』
『興味がないな。何よりギルマスなど面倒そうだ』
『何を知っているッ!?』
『何も知らんさ。興味もない。
俺が興味があるのは、ダンジョンで味わうスリルと、そこで手に入るアイテムの数――そして、誰も正体を知らぬという最高峰のダンジョンアイテム【神宝SAI】ッ! その三つだ』
『神宝……サイ?』
『知らぬなら知る必要はない。ライバルなど不要。SAIは俺が得る』
SAI……? サイ……?
角の生えた動物とか、お絵かきソフトとかとは無関係だよな?
あとでミツに聞いてみようか。
『ラヴュリントスにそれがあるのか?』
『知らん。それを確かめる為に、俺は潜っている』
『サイとやらを得る目的はなんだ? 手に入れたいだけか?』
『……復讐だ』
呟くようにポツリと告げると、デュンケルはマントを翻してフロア5へと続く階段を降りていく。
その後ろ姿を見ながら――
『クッソがぁぁぁッ!!』
ギルマスは大声とともに、力任せに倒木を殴りつけた。
とてつもない音と衝撃が走るものの、当然だけど倒木はビクともしない。
『はぁ……はぁ……』
ただ、それで冷静になったのか、ギルマスは大きく深呼吸を数度すると、気を改めたように顔をあげる。
恐らく、これから冷静に頭を働かしはじめるんだろう。
「腐ってもギルマスか。
数度の深呼吸で気持ちを切り替られるとかすごいな」
「殴りつけた瞬間に目に浮かんでいた怒りに満ちた光も落ち着いてますね」
「よく見えるな、そういうの」
「それはまぁ、一応こう見えて創造主様の御使いですし」
「そういやそうだったな。最近そういう活躍なくて忘れてた」
えへん――と胸を張るミツを見て、思わずそう返してしまった。
「地味に酷くないですか、アユム様……」
「いや、実際に忘れてたわけじゃないんだけど、最近のミツってやたら食べてるイメージ強いからさぁ……」
食べるのがお仕事ですって感じで、よく食べてるからなぁ……。
「アユム様筆頭に、セブンスさんやミーカさんのお料理が美味しいのが悪いんですッ!」
「そう言われると悪い気はしないけど」
まぁともあれ。
さっきの疑問に答えてもらうとしましょうか。
「ところでミツ、SAIって何だ?」
「うーん……説明がちょっと難しいのですが……」
眉を顰めて、逡巡していたミツがポンと手を叩いた。
「この世界に住む人々の視点で言えば、一種の願望投影機……ですかね」
「色々含むところがありそうだが、今はそう認識しとけばいいってコトか?」
「はい。もっとも、我々御使いの間で使われるSAIという正式名称――というか正式略称ですね――が、人間が知っているというのに驚きましたが」
首を傾げているミツには悪いが、それは別に難しい問題じゃないよな。
「ミツ、俺以外のダンマスがSAIって呼称と、願望投影機としての機能を知る機会はあるか?」
「それはまぁ……あっても不思議ではないですけど……」
「御使いは、個体ごとに思考も知識も異なるのか?」
「最低限の知識は全員共通で持ってます。でも固有の名前を持たないだけで、別に群体というワケでもありませんし、見た目も考え方もそれぞれです」
「なら、答えは簡単じゃないか」
「え?」
「過去にデュンケルが攻略したダンジョンにおいて何らかの形で知る機会があったんじゃないか?
マスターが口にしたのか、御使いが口にしたのか、あるいはそういう情報をお宝という形で配置したのか知らないけどな」
実際にこの推論が正しいかどうかというと微妙だけど、そういう可能性があるってだけで、ミツの疑問は氷解するだろう。
「なるほどー……」
――とまぁ、ミツが納得してくれたところで、俺はギルマスが映っている画面に視線を戻す。
ギルマスは池の側のアドレス・クリスタルを登録しているところだった。
それから、しばらく思案し、池の中へと何かの肉を投げ込む。
ピラニアやアリゲーターガーなんかがそれに喰らいつくのを見て、嘆息する。
それから廊下へと戻ると、その中程で、階段へ通じる廊下の方へと体を向けた。
「あー……いや、待て。
誰もがそれを考えつつも実行はしてなかったんだがなぁ……」
「できるんですか?」
「理論上はな。ただ、あそこまで鬱蒼としている上に、モンスターなんかが隠れてるリスクを考えて、みんな諦めてるのは見てるだろ?」
「ええ、まぁ。
でもそういうモンスターだって表面上の浅いところだけですよね、隠れてるの」
「そうなんだが……」
俺とミツの驚きを余所に、ギルマスはナイフを構えると、サリトスたちが壁と呼称した茂みの中へと突入する。
どうやって判断してるのか、茂みに潜むモンスターをその手に持ったナイフを振るって一撃で屠る。
道らしい道はなく、木々の幹や根、刃のように堅い葉を持つ草の葉などが生えるその茂みを突き進む。
鬱蒼とし、五メートルほどしかなくとも、反対側の様子が見えないほど木々や草花の密度が濃いその中を、ギルマスは強引に突き進んでいく。
「うあ……やりやがった……」
「これですよこれ……。よく見る光景です。ラヴュリントスで初めて見た気がしますけど」
なるほど――上級探索者がこれをやることで、中級以下の探索者たちもこれを真似するワケか。
サリトスたちは真っ当に攻略してくれるし、多くの探索者がこの方法を試そうとして、短距離でも密度が濃すぎる木々と草花に諦めてきたんだけど……。
それでも、この世界の気質を考えれば、誰か一人がやり遂げると、何も考えずマネするやつが増えるんだろうな……。
何せ成功しちゃえば、面倒がないんだから。いちいち迷路や倒木ギミックを攻略する理由がない。
その結果が人海戦術による力任せなギミック攻略。
先人たちが持てる知識でがんばって工夫を重ねたダンジョンを無に帰して行った無慈悲な攻略手段。
「――だがな……ミツ。
この俺が、ラヴュリントスがこの攻略方法を許すと思うか?」
だけど、それは対策が間に合わなかっただけかもしれない。
対策に使えるDPが足りなかっただけかもしれない。
「え?」
「全フロア、こういう茂みの中央に不可視の壁を設定しておく。
今回のはデバック不足みたいなモンだ。だから見逃す。
でも不具合を見つけた以上は即座にアップテートしてやるよ」
だけど、これまでのダンマスと違って、DP制約がほとんどないのが俺の強みだ。
現代日本の知識を使って、対策手段も立てやすい。
「……次はやらせねぇ」
今まで通りの力任せな攻略法なんて使わせねぇ……ッ!
使えたとしても、今回のように、最初の一度を見逃すだけだッ!
俺がそんな決意をした翌日、サリトスたちがボス前のアドレス・クリスタルから姿を見せた。
ミツ「それはそれとして、今日のご飯はまだですかッ」
アユム「セブンスを呼ぶからもうちょっと待ってろ」
本当は前半をギルマスとデュンケルの仲良しトーク
後半に前回予告通りのサリトスたちによる攻略
……という構成予定だったのですが、二人の仲良しトークが弾みすぎてこんな感じに分けました
SAIも本当はここで名前を出す予定なかったんですけどねぇ……
そんなワケで、次回はサリトスたちによるダンジョン攻略再開です