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3-19.『フレッド:王都の職人街』


 一度、王都サンクトガーレンに戻ってきたオレたちは、戻ってきた日の翌日――つまりは今日を休息日とした。


 それぞれに補給や、武具の手入れをしつつ自由に過ごすってことで、オレは補給をサリトスの旦那とディアリナの嬢ちゃんに任せて、ちょいと興味のある場所へとやってきている。


 それがここ――王都サンクトガーレンにある職人街と呼ばれている寂れた場所だ。


 ギリギリ貧民街(スラム)に片足を突っ込まずに済んでる程度って空気が出ていて、同じ王都の繁華街と比べると雲泥の差だな。


 殺伐さ――というものはないものの、気軽に踏み込みづらい空気はある。


 そんな中をオレが歩いていると、小柄ながらも筋肉が爆発している――言ってしまえば、ゼーロスをそのまま身長だけ半分くらいにしたような――豊かな髭を持った男が近づいてきた。


「おう。こんなところに何か用か?

 クソみてぇな冷やかしのつもりなら、どこの工房が目当てだろうとブン殴る」

「最近攻略してるダンジョンで融合を体験できるところがあってな。

 それを触ってみたら、ちと興味が沸いちまったんだ」

「…………」


 男の目が(すが)まる。


 そりゃあ、そうよね。

 向こうからしてみりゃ、散々自分らをバカにする探索者(シーカー)が急に興味を持ったとか言い出してるんだから。


「なんてダンジョンだ?」

「ラヴュリントスだ。聞いたコトくらいはあるだろ?」

「最近出来たってやつか。

 おかげですっかり金属の調達が難しくなった」

「金属に限らず、どこかのダンジョンが流行るとだいたいそうだよな。

 ロクに頭を使わねぇ探索者(シーカー)は、稼げると思うとそこばっかに籠もる。その弊害を考えない」

「テメェはそのクチじゃないと?」

「ラヴュリントスの最前線にいる身で言えたギリじゃないけどな。だが、オレは目的があって潜ってる。考えナシじゃない。

 それにラヴュリントスの攻略中に資金難になれば、ブリュード鉱窟にでも足を伸ばすつもりだ」

「ほう」


 再び、男は目を眇める。

 今度は疑惑ではなく、値踏みに近い。


「何でブリュード鉱窟だ?」

「市場にウッドシリーズが溢れすぎてるのに対して、ブリュード鋼やミスリル製のものが無さ過ぎる。

 武具以外にも、あそこはブリュード鋼やミスリルそのもの、あるいはそれ以外の鉱石が割と手にはいるからな。

 知り合いの商人が目を掛けてる探索者(シーカー)コンビが大儲けしてるのを見れば、現状で一番稼ぎやすい場所だろうさ。

 次点ではミッケラ湿原のサウザントタワーかね」

「サウザントタワーの理由は?」

「似たような理由だ。あそこは塔型ダンジョンなのに、食料――特に野菜の類をドロップしやすいし、各階に何故か畑がある。

 あのダンジョンに関しては立ち回り次第じゃ、常に一定の稼ぎがでるだろうよ」


 男は髭を撫でながらしばらく思案し、こちらを真っ直ぐ見据えて訊ねてくる。


「差し支えなければ知り合いの商人の名を教えてくれ。

 もちろん、取引ある商人の名を出すコトのリスクは承知だ。言えないなら構わない」


 睨みつけるような鋭い表情とは裏腹に、こちらの都合もしっかりと考えてくれているようだ。


「その言い回しの時点でアンタを信じよう」

「ほう」

「コロナだ。コロナ=ジオールお嬢ちゃん。知ってるかい?」


 瞬間、男の顔が破顔(はがん)した。


「知ってるもなにもお得意様よッ!

 なんでぇ……お前も嬢ちゃんのダチかよ。それならそう言ってくれればこんな問答なんぞしなかったのによッ!!」


 ガハハハハと豪快に笑いながら、男はオレの背中をバンバン叩く。


「痛ぇよッ!」

「おう。すまねぇッ!」


 この声のデカさ――ゼーロスの旦那に似てるぜ、ったく。


「融合工房に用があるんだったなッ!

 案内するぜ。ちゃんと興味もってくれるってんなら、どんな職人業でも歓迎だッ!」


 嬉しそうに先導してくれる男の背中を見ていると、口から言葉が勝手に漏れた。


「悪かったな」

「あァン?」

「職人のコトはあんまり考えてなかったんだ。

 ラヴュリントスにある職人用のエリアで融合を体験してみて、面白くも、成し得たい結果を出すコトの難しさを知った。

 ダンジョン産ばかりが重宝されているせいで意識してる奴は少ないだろうが、アンタらはオレたち――探索者(シーカー)だけでなく、生活している全ての連中を支えててくれてるんだろ?」

「…………」


 男は足を止め、オレに向き直る。

 それから、真面目な顔でオレを見つめた。


「生活している全ての連中を支えている――ってのは言い過ぎだ。

 (わし)らは自分をそこまで優秀だとは思ってないし、自惚れてもいねぇよ」


 そして、軽く俯き小さく息を吐く。

 次に顔を上げた時には、それはもう嬉しそうな顔をしていた。


「だが、礼を言うのはこちらもだ。

 旦那――オレたちに感謝をしてくれて、ありがとうよ」

「え?」

「そういうコトをちゃんと口にしてくれる奴が少ねぇのなんのってな。こちらからも礼を言いたくなるのよ。

 儂らのコトを理解してくれてありがとよ――ってな」


 ああ――そうか。

 今、オレの胸の中でストンと落ちたものがある。

 職人たち(こいつら)も、オレたちと同じなんだな……と。


「礼には及ばないさ。

 こちとら、はぐれモノ探索者(シーカー)だ。

 同業者からは臆病者とバカにされ続けている阿呆だよ」


 思わずそう返すと、何かに納得したような顔で、男は髭を撫でた。


「ふむ。コロナ嬢ちゃんの言った通りか」

「何がだ?」

探索者(シーカー)たちは、頭を使い慎重に立ち回るコトを臆病者と貶し、群れに加えず追い出してしまう。

 だから、はぐれモンははぐれモン同士で(つる)む」

「まぁそうだな。他の奴――特に上昇志向や、探索者(シーカー)としての特権意識なんかが強い連中は、露骨にこっちを見下してくるから、むしろやりづらいしな」

「だろうな。そうは言っても、周囲からははぐれモンってコトで馬鹿にされ続けるから、無意識に自分を過小評価しちまう奴が多いと聞いた」

「返す言葉もないね。言われて見ると心当たりはある」

「だが、貴族、商人、職人は、そんなはぐれモンを歓迎する。なんでか分かるか?」

「いいや」


 そういえば、そんなことを考えたことなかったな。

 ペルエール王国にはいないが、オレも別の国には顔の利く貴族がいる。


 サリトスの旦那や、ディアリナ嬢ちゃんもこの国の貴族に顔が利く。


 探索者(シーカー)なんぞやってると、どうしても貴族や商人とぶつかることがあるから、何かあった時の後ろ盾として、話の分かる貴族や商人と仲良くなるのは悪いことじゃないと考えていたが――


「はぐれモンほど、儂らの仕事に関して理解がある――あるいは、説明すれば理解してくれるからよ」

「……ああ、なるほど」

「自信がないのは考えモンだがな。それでも、自分を過大評価して増長してる奴よりずっとマシだ。何よりはぐれモンは、情報を大事にしてる奴が多い」


 確かにそうかもしれない。

 そして、貴族も商人も職人も、探索者(シーカー)たちの能力や情報が欲しいわけだ。


「だからな、旦那。胸を張っていいんだぞ。

 探索者(シーカー)における『臆病者』や『はぐれモノ』って蔑称はな、儂ら職人や商人、貴族の中では、信用できる可能性の高い人間を示してる勲章だ。

 むしろ、勲章を持ってないあるいは勲章候補でもない探索者(シーカー)とは言葉を交わす気もおきん」


 ハッキリと言い切る男の言葉に、サリトスの旦那たちと出会った時と同じような満足感というか充足感というか、嬉しさみたいなものがわき上がる。


「……どうした?」

「いやぁ……認めて貰うってのは嬉しいっていうか、大事なのよなぁ……って思ったのよ」

「おう。わかるぜ。

 だから、儂もお前さんの言葉が嬉しかったんだ」


 ここからは、身内向けの言葉を使うとしましょうかね。

 個人的にはあまり意識してないんだけど、どうにも女っぽいとかナヨナヨしてるとか言われちゃうのよねぇ……。


 そんなに変かね? この喋り方。

 意識せず喋れる言葉ってのは、気疲れしなくてラクなんだけども。


 ま、サリトスの旦那たちは特に気にしてないみたいだけどね。


 オレみたいなはぐれモノの足ならいくらでも揚げてやろうって連中からは、こういう言葉遣いすらバカにする対象みたいなわけよ。

 だから、初対面とか気を許す前の相手にはちと強い言葉を使うのがクセにあってるワケ。


 サリトスの旦那たちとも最初はそうだったしね。


「そう言えば名乗ってなかったわね。

 フレッド=スリーパルっていう弓と斥候を得意としてる探索者(シーカー)よ。よろしく頼むぜい、旦那」

「おう。儂はこの職人街でやりたくもねぇ顔役をやらされている鍛冶職人のタリーチ。タリーチ=スナーヤだ。よろしく頼むぜフレッド」


 そして、タリーチの旦那も、そういうのをあんま気にしない人みたいで、安心だわぁ……。


「はぐれモンは歓迎だっつっても、はぐれモン全員が話の分かる奴だとは思っちゃいねぇし、立場が立場だから、いつ道を踏み外してもおかしくはねぇってのは分かってる。

 その上で、フレッドはそういうの無さそうだから安心だ」

「踏み外したやつに知り合いでもいるわけ?」

「……まぁな」


 肩を竦めて、タリーチの旦那は歩き出す。


「ちょいと聞いちゃいけないコト聞いちゃった?」

「いや、そうだな……踏み外したと、儂は思ってる。だが本人は案外、はぐれモンから元の道へと戻れたと考えてるのかもしれねぇと、そう思った」

「そうかい」

「はぐれモンとしてずっとバカにされ続けてたからな。

 臆病なやり方で認めてもらえないならと、他の連中と同じように力任せの攻略に成功してチヤホヤされてから、ちょいと変わっちまった奴だった」

「そいつだけじゃないさ。

 タリーチの旦那の知らないところで、そういう連中ってのは少なからずいると思うわよ。

 それでも、チヤホヤされれば大成功だ。だけどさ、テメェのやり方を曲げちまった結果、悲惨な結果を迎えちまった奴らの方が、きっと多い」

「だな……。

 だがなぁ……それをバカだな――とは言えねぇんだ。職人(わし)らはな……」

はぐれモノ(オレ)たちもさ」


 明日は我が身――とならないのは、きっと認めてくれる奴と出会えたからなんだろうね。

 オレにしてもタリーチの旦那にしても、さ。


「とはいえね、これはオレのカンに近いモノなんだけども」


 だけど、これは言っておく必要はあると思うんだ。


「変わるぜ、これから。

 ラヴュリントスを探索してると、そう思うんだ」

「そうなのか?」

「あそこはね、それこそ力任せじゃどうにもならない仕掛けが多いのよ。

 それこそ、臆病者であるコトが求められる――そんな場所でね。

 アイテムがアイテムの形のまま落ちるコトの方が少ないワケ。宝箱はいざ知らず、モンスターからのドロップ品なんて、ほとんどが素材なのよ。

 だから、ダンジョン内でお店を出してるスケルトンの旦那に素材を買い取ってもらうか、職人エリアで拾った素材を使って自分で作って調達する必要があるんだわ」

「ほう。コロナ嬢ちゃんから多少は聞いてたが、実感籠もった探索者(シーカー)から聞くとワクワクしてくるな」

「コロナちゃんだって、探索者(シーカー)として有能よ?」

「分かってはいるんだが、どうにも嬢ちゃんは商人のイメージが強くてなぁ……」


 そう言って、タリーチの旦那は頭を掻いた。


「そこはオレと旦那で、どっちの顔と接してる時間が長いかってだけだろうね」

「おう。なるほど」

「誰かがフロアを攻略すると、他の探索者(シーカー)も次へ進めるような構造だけどね。きっと、下に行けば行くほど儲けは増えるけど臆病者以外は進めなくなりそうな予感してるわ」

「そうすれば、ますます職人エリアでのアイテムを作り出すコトが必要となる……か」


 それは、面白くなりそうだ――とタリーチの旦那が笑う。


「あのダンジョンは、今の世の有り様を変えちまうかもしれない。そういう何かがあるんだよ」

探索者(シーカー)ギルドに加入してなくとも付き添いは出来るんだったか?」

「ん? ああ。三人以上のギルド加入者と一緒にならね」

「ちょいとラヴュリントスの中を見て見たくなってきたぜ」

「うちのチームメイトに聞いておくよ。

 ただ――今は、ちょいと山場なんで、すぐには許可はでないだろうけども」

「構いやしねぇよ。本業の邪魔をする気はねぇんだ。余裕ある時に頼むぜ」

「はいよ。期待しないで待っててちょうだい」


 そう告げると、タリーチの旦那は機嫌良さそうに笑って見せた。





 その後、タリーチの旦那に、融合職人と顔を繋がせてもらい、日が暮れるまでそこで色々と話をしたり、融合をさせてもらったりした。


 そんで、日が暮れた頃にアジトに戻ると、サリトスの旦那たちから、ベアノフのやつが探索を始めてるって話を聞いて、思わず顔を(しか)めちまったが、嫌がってても仕方がない。


「明日からの探索は嫌がらせも考慮にいれないと……か。面倒ねぇ……」

「そう思われちまうようなギルマスってどうよ――って思うけどね。仕方ないさね」

「なに、結局はやるコトは変わらない。ベアノフの思惑も、アユムの仕掛けも、そのすべてを踏み越えていくだけだ」


 オレたちは決意も新たに、コロナちゃんの美味しい夕飯に舌鼓を打つ。


 途中からバドくんたちも加わり、ささやかながらも賑やかな宴会なんぞに発展しちゃったりもしたけれど、英気を養うという名目で楽しみまくった。





 いつの間にか夜も更け、みんな寝静まり、やがて夜が明けた――


フレッド「――そんなワケで、機会があったらタリーチの旦那を連れて行きたいんだわ」

ディアリナ「あたしは構わないよ」

サリトス「俺もだ。探索者以外の視点で見たダンジョンというのも気になるしな」


次回はダンジョン探索再開です。


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