3-18.『サリトス:樹海を進み征く』
熊が飛び出してくる廊下を抜けて、扉を開く。
その先にも廊下が広がっているが、正面と左とに道が別れている。
「どっちか希望はあるか?」
俺は自分以外の六人に問いかけるが、特に希望はないようだ。
「ならば、左だ――と言っても何か理由があるわけでもないが」
六人ともそれを否定しなかったので、フレッドに目配せして左の道を先行させる。
「お……っと」
ややして、フレッドから小さな驚きの声があがり、足を早めた。
「どうした?」
「いや、草陰からダンジョン豚が飛び出してきたのよ。
油断してたわけじゃないけど、ちょっと反応が遅れてね」
こちらが追いつくまでにどうやら倒し終わっていたようで、ダンジョン豚はフレッドの前で倒れている。
「こりゃあ、旨そうに肥えたブートンだわいな」
フレッドが倒したブートンを見て、解体して良いかとゼーロスが聞いてくる。
それに、俺は血抜きだけで良いと答えた。
「ん? じゃが、持ち運びが大変になるわいな」
「本来であればな」
首を傾げるゼーロスに、俺はそう答えた。
ブートン――通称ダンジョン豚。
モウカウ――通称ダンジョン牛。
この二種のモンスターに関しては、通常のダンジョンモンスターと異なり、倒しても黒いモヤに変わることはない。
なので、その場で血を抜き解体をすれば、食肉として持ち運べる。
味は非常に良く、食料として重宝される。
攻略中のダンジョン内にこいつらが生息しているかどうかで、生存率が大幅にかわるほどだ。
もちろん、黒いモヤとして消えないということは、ダンジョンの外のモンスターと扱いは変わらない。
放っておけば腐るし、血の匂いを嗅ぎつけて、別のモンスターが来ることだってある。
だから、血を抜き、解体することで、持ち運びやすくするのだが――
「……そうか。ここでは女神の腕輪があるのか」
「そういうコトだ」
バドがポンと手を打って理解を示す。
「どういうコトわいな?」
「実演してやるから、ゼーロスのおっさんは血抜きを頼むぜ」
「よく分からんのじゃが、まぁ見せてくれるなら構わんわい」
首を傾げながらも、テキパキとゼーロスは血抜きを始めた。
ダンジョン豚を手頃な木にぶら下げ、豚の足下に穴を掘って首を切る。
首から流れ出る血が穴へと流れ落ちていく。
「内臓はどうするわいな」
「今回は内臓の処理もしなくていいぜ。食肉の確保ではなく、探索が優先だからさ」
「なんじゃい。ケーンもサリトスの言葉の意味が分かっておるわいか」
「まぁな」
ズルいわい――とぼやきながらも、ゼーロスはバドに水のブレスをお願いする。
「川の代わりは出来るかの?」
「ああ」
バドは口早に呪文を唱えると、豚の首の切り口を覆うような水球を作り出す。
水球の中は水が渦巻き、そこに血が乗る。
血を乗せた水流は水球の外へと排出されて、穴の中へと落ちていく。
「傷口から内部へ入り込んで洗浄もできるぜ」
「器用な使い方をするね」
ブレスをコントロールしながら得意げに笑うバドに、ディアリナが関心したように褒める。
それに気を良くしたのか、バドは笑いながら告げた。
「ディア姉ちゃんたちのおかげだよ」
「どういうコトだい?」
聞き返されて、バドはやや思案してから答える。
「初めてフレッドのおっさんに助けられてから、サリトスやディア姉ちゃんたちへの見方が変わったんだ。
臆病であるコトは悪くない――ってね。
今までは欲しい技能を増やすのに人数を増やすって考え方だったけど、それだと分け前は減るし、そいつの性格次第じゃむしろ足手まといの可能性もある。
そうして臆病者の視点でモノを見てみるとさ、安心して命を預けられる相手じゃないと、人に頼り任せるコトってかなり怖いって気づいたんだ。
だから安易に、人を増やすコトで手を増やす気になれなくなった。
なので、ブレスで出来るコト――自分に出来るコトを可能な限り増やそうとあれこれしてたら、こういうコトも出来るようになったんだ」
ブレスを使う時に、ただ使うのではなく細やかにルーマをコントロールすることで、威力だけでなく効果範囲などに影響を与える方法を見つけたそうだ。
それからは、ブレスの集束と拡散、そして流動の三種類を訓練し、初級の技でも上級並の効力を生み出せると気づいたという。
「その一つの極地が、リトルメアとの戦いで見せた、すげー技か?」
「極地なのかどうかは分からないけど、まぁそうかな」
ケーンの言葉に、バドがうなずく。
どれほどのものかは分からないが、ゼーロスも納得した様子を見せていることから、かなりの大技なのは間違いなさそうだ。
「……っと、洗浄終わりかな」
「喋りながらも精度を保てていたのか」
「まぁ、多少は」
俺が感心すると、バドはどこか照れたように頭を掻く。
意外と、褒められなれていないのかもしれないな。
そんなバドを横目に、俺はフレッドに視線を向ける。
その意図に気づいたフレッドは一つうなずいて、自分の腕輪をブートンへと近づけた。
すると、ブートンが腕輪に吸い込まれて収納される。
「血抜きしたブートンって名称で、腕輪に入ったぜ」
中に入った情報を確認しながらフレッドがそう告げれば、ゼーロスもアサヒも合点いったような顔をした。
「解体してしまうと、肉の部位ごとに個別に収納されてしまうかもしれないからな。それが目的でないなら、これが一番だろう」
付け加えるなら、倒した死体をそのまま収納して、血抜きもダンジョンの外に出てからどこか適当な場所でやるというのもアリだろう。
女神の腕輪に収納していると、腐ったり劣化したりしないというのに気づけたからこその発想だとは思うが。
「フロア4と5にはブートンとモウカウが時々でてくるわいな」
「遭遇数は少ないけどな」
ゼーロスとケーンが笑いあうのを見るに、二人は肉狙いでの探索も考え始めているのだろう。
特にこの二人は、食料調達系の依頼を良く引き受けているからな。
自分たちが食べることが好き――というのもあるのだろうが。
「本当に皆様は、色々とお考えになられて……。
それに比べて私ときたら、斬るコト以外は何もできないのですね」
「何を言ってるんだいアサヒ。
その斬るコトに特化してるコトこそが、アンタの真骨頂さね。
戦闘面でアンタほど頼りになる剣の使い手を、あたしは知らないよ」
「ふふ、ありがとうございます。ディア」
ディアリナの言うとおりだ。
アサヒはよく剣以外のことが不得手であることを卑下することがあるが、その剣の冴えが味方として振るわれることを思えば、それ以外が苦手というのも大したデメリットではない。
「さて、やや時間を食ってしまったからな。先へ進むとしよう」
「ブートンやモウカウに遭遇したら、次から血抜きせず腕輪に放り込む方向でいいのか?」
ケーンの言葉に俺はうなずく。
「食料の確保が目的ではないしな。
今回の探索でできる限り、腕輪の地図とディアリナの地図を埋めておきたい。
理想としては、階段近くのモノ以外のアドレス・クリスタルを見つけたい」
フロア4から降りてきてすぐのところにアドレス・クリスタルと青い扉があった。
だが、これまでのパターンを思えば、フロアの中間と終盤にも、アドレス・クリスタルや青い扉が設置してあることだろう。
「それじゃあ、行くか」
バドのその一声で、俺たちは再び歩き出す。
ややしてすぐにまた新しい扉が姿を見せた。
左右にも道があったが、皆で相談し、扉の先を見に行くこととする。
「すぐそこに赤熊の塒があるようだが、さっきの廊下と同じように回避できるようにはなってるな」
先行して様子を見てきてくれたフレッドの報告を受けて、俺たちは赤熊を避けるように、迂回していくことにした。
そこを抜けると十字路のようになっていたので、フレッド、バド、ケーンがそれぞれに偵察に向かってくれた。
「左はすぐそこに赤熊の巣があった。回避は不可能っぽいけど、先に道があったぞ」
「正面は赤熊の巣だけだな。起こすと面倒そうだから、引き返してきたぜ」
「右は恐らく正面の巣を避ける為の迂回路だわな。
ただ、その迂回路も途中で左に入る道があったわよ。どうにも、そこも迂回路な気がするぜ。そのまま真っ直ぐ進んでた場合、塒があるんでしょうよ」
無駄な戦闘を避ける為、俺たちはフレッドが偵察してきた迂回路を進むことにする。
途中、左へ行ける道のところで、フレッドが全員に待ったを掛けた。
そうして、正面を調べてくると、駆けていく。
ややして戻ってくると、やはり正面の曲がり角の先に熊の塒があるそうだ。
「ならばここを曲がっていくとしよう」
フレッドの報告の元、俺たちは左に広がるわき道を進んでいく。
そのわき道の先は左右に道が分かれているが、右の道の正面には扉が見える。
「まずはあの扉でいいのかい?」
ディアリナの問いにうなずいて、俺は先へと進もうとした時――
「サリトス様ッ!」
アサヒが鋭い声を上げて、俺を押しのけた。
瞬間、その刀が閃く。
アサヒによって斬られた何かが地面に落ちた。
「硬皮胡桃……?」
ヘタな金属よりも硬い皮を持つダンジョン産のクルミ……どこから、こんなものが?
そう訝しんでいると、フレッドの声が響く。
「そこッ!」
フレッドによって速射された矢が何かを捉え、その何かが小さな悲鳴を上げながら、樹上から落ちてきた。
「モンキーインプか」
イタズラ好きの小柄な猿型モンスターだ。
主に洞窟型のダンジョンに生息していることが多いモンスターなのだが……?
「洞窟ではなく森林にすむユニーク種といったところか?」
「確かにモノを投げるのが好きなモンスターだったはずだけど……樹上から、硬皮胡桃を投げつけてくるのは厄介だね」
「結構な速度でしたからね。当たれば痛いではすまないかもしれません」
なるほど、なかなかに厄介そうだ。
「グリーンヴォルフは、クロバー樹林帯でのみ気をつければ良かったんじゃが……こいつらの場合、常に気をつけておかねばならんわいな」
「硬皮胡桃ならまだマシじゃないか?
もしかしたら、毒キノコとか、毒を持った木の実とかも投げつけてくる可能性があるぜ?」
「確かにそっちだったら尚更厄介だわね」
ケーンの言う可能性も、危険なものだ。
「今回は俺が油断していた。礼を言うぞ、アサヒ」
「いえいえ。これくらいしか、お手伝いできませんから」
「アサヒ。謙遜も過ぎるとそれはそれで嫌味になるものだ。素直な気持ちから出た礼は、素直に受け取ってくれた方がいい」
「はい。今後は気をつけますね」
そうして、俺たちは周囲だけでなく、頭上も気をつけながら廊下を進み正面の扉を開く。
「お、アドクリじゃないか」
すると、扉の先の小部屋の中央に、アドレス・クリスタルが浮いていた。
皆がアドレス・クリスタルを腕輪に登録している間に、俺は部屋の中を見渡す。
入ってきた扉のすぐ横に扉が一つ。
入ってきた扉から見て、左側の壁に扉が一つ。
「フレッド」
「どうしたよ、旦那?」
気になったのは、その左側の壁にある扉だ。
「あの扉の先を見てきてもらってもいいか?」
「あれがどうかしたのかい?」
「カンだ。何かある気がする。どちらかというと危険な気配かもしれないが」
「りょーかい」
こちらから全てを口にせずとも、何かを察したらしいフレッドが指定した扉を少しだけ開いて、するりと扉の隙間に滑り込むように先へ行く。
その間、俺はアドレス・クリスタルを腕輪に登録する。
時間にして一分にも満たないところで、フレッドが帰ってきた。
「どうだった?」
「扉の先には、もう一つ扉があった」
ふつうの扉とは違う、装飾のされたゴテゴテした扉だったそうだが――
「扉の奥から、動物やモンスター特有の殺気と威圧を感じたぞ。
あれは、並のモンスターじゃなさそうだったわよ。群れのボスとかが放ちそうなヤバイ奴だったわ」
フレッドの言葉で、俺はとあることが脳裏に過ぎった。
「恐らくは、階層ボスだろう」
「階層ボス? フロアボスとは違うのですか?」
「似たようなモノだと思っていいだろうが……」
以前、アユムが言っていた言葉を思い返す。
「このダンジョンは、いくつかの層に分かれていて、層は5つのフロアで構成されているらしい」
「なんでサリトスはそれを知ってるんだ?」
バドのもっともな質問にディアリナとフレッドが苦笑する。
「直接ダンジョンマスターのアユムに聞いたコトだからね」
「どうやって聞いたんだよ?」
ケーンがそう問うと、フレッドはわざとらしく肩を竦めて見せた。
「その場でサリトスが大声張り上げたら、向こうから声を掛けてきた」
「まずその場で大声張り上げて問いかけようという発想が出てきたのが不思議だわいな」
ゼーロスの言葉に皆がうなずいている中、俺は首を傾げた。
そんなに変なことだろうか?
「知った経緯はともかく、そこから導き出されるのが、階層最後のボスだろうというコトだ」
「なるほど。それでしたら、背徳の王よりも斬りごたえがあるコトでしょうね」
アサヒの言葉に俺はうなずく。
それは間違いないはずだ。
「個人的には、すぐに挑むよりももう少しフロア5を見て回りたい。
挑むのは、フロア5の地図が完成してからでも遅くないと、俺は思う」
「それはつまり、フロア5の攻略はそっちとこっちの合同チームのまま行くってコトでいいんだな?」
バドの確認に、首肯する。
「そうだ。
熊の塒の多さも考えると、お互いにそっちの方が安全だろう?」
口に出さずに付け加えるのであれば――俺たちの手柄を横取りする為に、近々突入してくるだろうベアノフには、このフロア5で失態を演じてもらわないと困るからな。
バドたちが変に気を利かせて、ベアノフへ手を伸ばされると困る。
「おれに異論はないな。
ゼーロスのおっさんたちは?」
「ワシも異論はないわい」
「俺もないな」
「私もそれで良いかと」
こちらのディアリナとフレッドも異論はないようだ。
「では、今回はここで一度、探索を終了したい。
そろそろ日が暮れるだろうからな。
グリーンヴォルフや、モンキーインプの存在を思うと、夜にこの森を探索するのは自殺行為だろう」
それにも特に異論はなく、俺たちはアリアドネロープを使って、ラヴュリントスを脱出するのだった。
アユム「バドの水属性ブレスのコントロール、アレってヘタしたら即死効果もってないか……?」
ミツ「本人は気づいてないようですけどねぇ……」
ミーカ「それでいくと……潜在能力だけなら、今のラヴュリントス探索者の中で一番カモ☆」
次回は都のお話の予定です。





