3-17.どう評価していいかわからない
首を刎ねられた探索者が、おっさんをギルマスと呼んでいた。
つまり、あの大剣を持ったおっさんが探索者ギルドの長――ギルドマスターなのだろう。
「そんな奴が問答無用に探索者の首を刎ねるってどうなんだ?」
「どちらかというと、そんな奴だからかもしれないねー☆」
「どういう意味だ?」
ミーカに訊ねると、彼女は少し考える素振りをし、言葉を選ぶようにして答える。
「画面越しでもお腹の奥底にある欲望をビシバシ感じるからねー☆
今の状態でも多少は欲望が満たされている……でも、足りない。満たされなければならない――そういう欲望による飢餓感? みたいなのがすごい強いんだよね☆
そして、自分以外の存在はその欲望を満たすための踏み台でしかない……そんな風に考えてるんじゃないかなーって☆」
「ふむ」
さすがはサキュバス。
相手の心を絡め捕る為に僅かな情報から相手を知ろうとする手管を、単純に情報収集能力として使えるわけか。
「欲望の強い人間の生命力ほど、濃くてドロドロしてるんだよ☆
それが美味しいかっていうと別問題なんだけどネ☆ ネバっこくて無駄に口に残る濃さって、それはしつこい味ってやつでしょー?」
「その情報はいらなかったな」
それはそれで好きだけど――と、余計な情報もプラスされる。
さすがはサキュバス。
表現の仕方がとにかくアレだ。
……やっぱ俺の理性を試してるよな、こいつ……。
「どうするのですか、アユム様。さすがに暴挙がすぎると思いますが?」
ミツもキッシュを食べていた手を止めて、モニタを見ている。
だが、ミツの言葉に俺は首を横に振った。
「暴挙は暴挙だが、別に何かするつもりはないよ」
最初の頃は、死に戻りがあるとはいえ、人の死ぬ瞬間ってのは結構精神的に多少はキツかったけど、今は割と馴れちまったところがある。
だから、これといって感情が波立ってはいない。
「他のダンジョンでも、探索者同士の諍いってのは少なからずあるんだろう? だったら、それをどうこう言うつもりはないさ。
ダンジョン内における、いかなる行動に対しても、責任ってやつを持つのは探索者たち自身だ。違うか?」
そう。
これは、ダンジョン探索者同士による諍いで、俺が介入するような問題じゃあない。
「そう言われると……そうですね」
ミツは少し考えるように、視線を下げる。
それを横目に見ながら、俺は「とはいえ――」と口にして頭を掻く。
「正直、あのギルマスが他のダンジョンでもこういうコトをしているのかと思うと面白くないな」
ラヴュリントスだから、外へ放り出されるだけで済んでるんだぞ。
モンスターやトラップにやられたり、探索者のミスが原因とかじゃあない。
出会い頭に、理不尽に、本来探索者たちの後ろ盾になるべきギルドマスターがいきなり刃を振るうんだ。
「探索者として迷神の沼に沈む栄誉――その言葉で自分の行いを隠してたりしねぇだろうな、あいつ……」
ふと脳裏に過ぎり、俺は思わず目を眇めた。
「まぁそれでも探索者同士のトラブルの範疇なら見逃してもいいけどな……」
「マスター? ちょっと怖い顔してるぞ☆」
「だろうな」
ミーカの言葉に肯定しながら、俺は小さく嘆息した。
「ミツ、ミーカ。ギルマスに関してはしばらく静観だ」
ダンジョン運営をするに辺り、個人的に決めたマイルールがある。
今まで口に出すこともなかったし、出すつもりもなかったものなんだけど。
その一つが――
『重大なあるいは大事になりそうな物事は感情で判断しない』
――だ。
ノリと勢いで面白おかしくダンジョンを構築はしているけど、今回のように、個人を排除したいと考えてしまった時、何も考えず排除を選ばない――みたいな話だ。
他人から見ればやりたい放題やってるようだけど、俺の中には俺なりの線引きってやつがあるって話。
だから様子を見る。
個人的な感情としては嫌いだが、それでダンジョン探索から排除するのは間違っていると、俺は考える。
だが、ダンジョン運営において、ギルマスの存在が明確に不利益を被るのだと判明した場合はその限りじゃない。
「ダンジョンマスターとしての俺の限界ラインを越えるような振る舞いをするのであれば、何か手を考えるさ」
例えば、自分のしでかしたことの責任を、ラヴュリントスのせいにする……とかな。
そうなったら、ミツやネームドの三人と意見をすり合わせた上で、排除を実行する。
単純にこのダンジョンに入れないようにするだけで問題ないならそうだけど――ダンジョン運営だけでなく、創造主から受けた依頼の邪魔にもなるようであれば、もう一歩踏み込んで考える予定だ。
「それこそ、ダンジョンの外へ大きく影響を与える手段を講じるのもやぶさかじゃないさ」
そう口にするけど、不安がないと言えば嘘になる。
外へ大きな影響を与える手段――それがどこまでの影響になるのか、それによってもしかしたら……誰か、無関係な人が死んだりしないか……そういうことを考えてしまう。
思えば――転生によるスペックアップは、肉体だけじゃなくて精神にも作用してるのかもしれない。
人死にを見てもそこまで精神への影響が少ないのは、この影響かもしれないな。
まぁ、なるようにしかならないだろう。
今から悩んでてもしかたない。
さて、モンスター相手に無双しながら突き進んでるギルマスはさておくとして――
ちょっと気になるのはデュンケルだ。
サリトスたちが倒木をすり抜けていくのを目撃していた彼は、倒木の手前にしゃがみ込んで、何かを調べていた。
ギルマスを見てるうちに、デュンケルは倒木の前から居なくなっていたけど、はてさて何をしているのやら……。
『くっくっくっくっく……。
はーっはっはっはっはっはっはっはッ!!』
……なんて考えていると、音声をオフにしていたはずのモニタから、高らかな笑い声が聞こえてきた。
「ミツ」
「え? え? 何も触ってませんよッ!?」
「ミーカ」
「アタシも触ってないってば☆」
「触ってないのに動いた……初心者の常套句だよな……」
「アユム様ッ、信じてませんねッ!?」
「本当に触ってないってばッ☆」
何はともあれ、高笑いの聞こえるモニタへと俺たちは視線を移す。
「デュンケルくんだね」
「デュンケルさんですね」
「デュンケルだな」
まぁあんな高笑いをあげそうなのは、デュンケルしかいないけどさ。
『そうだッ、俺についてくるがいいッ! 愚かなる肉食の愚者よッ!』
デュンケルは大声を上げ、チラチラと後ろを気にしながらゆっくりと走っている。
「頭良さそうな言い回しですけど、絶妙に頭悪い気がしますね」
「愚かと愚者で、愚かぶりしてるもんね☆」
「なんだよ、愚かぶりって。語呂がいいな。今度パクる」
「どーぞどーぞ☆」
「アユム様、使う場面ありますかそれ?」
ミツとミーカは呑気な感想に、呑気なツッコミを入れたり入れられたりしつつ、口元が笑みの形を作るのを止められない。
あいつ――明日になればこのエリアの赤熊はリポップするのにわざわざ別のエリアから連れてきてる。
つまり、どうしても思いついたことを試したい――あるいは、解答に自信があり成功すれば、先に進めると確信しているってことなんだろう。
「デュンケルも面白い存在になりそうだ」
「アユム様?」
「あいつ、言動や行動はバカだけど、地頭はコロナ並かもしれないぞ」
デュンケルが連れてきた赤熊は、あの倒木の壁を見て、サリトスたちの時と同じように破壊して、その場で座り込む。
『……ここに来るまでにあった倒木は壊さなかった。壊す倒木と壊さない倒木の差はどこだ……?』
小さく独りごちているデュンケルの言葉を、チートレベルの集音マイクが拾う。
そこに気づき、差を考えようとすること。それを行っているという事自体が、俺としては嬉しいことだ。
『まぁいい。まずは道を拓く』
思案をやめ、デュンケルは右手に青白い炎を灯した。
手刀の形を作る右手の周囲を、炎が螺旋を描きながら回っていく。
やがてデュンケルの右手は、炎で出来たドリルと化した。
『俺から気を逸らしたのが運の尽きだ』
腰を落とし、右手を引いて、ドリルに左手を添える。
『灼け砕けるがいいッ!』
地面に座り笹を食べるパンダのように、砕けた倒木の破片を噛んでいる赤熊に向かって、デュンケルは駆ける。
『蒼螺穿孔砕ッ!!』
突き出された炎のドリルは、熊の背中を抉りながら深々と突き刺さった。
だが、この技はそこで終わらない。
『解けて爆ぜろッ、我が蒼炎ッ!』
逆再生されるようにドリルが勢いよく解け、爆発するように炎へと戻る。
体に突き刺さったドリルがそのようになれば、当然赤熊が無事でいられるわけもなく――
最初にデュンケルがした宣告通り、赤熊はその内側から、灼き砕かれた。
「デュンケルも赤熊をソロで瞬殺できるのか」
「ミーカさん。デュンケルさんの能力ってわかります?」
ミツの問いに、ミーカは僅かな間、デュンケルを見つめる。
もしかしなくても、ミーカは人間相手に鑑定が使えるのか。
……いや、そもそも人間相手に鑑定するっていう発想が俺になかっただけか。
「単純な基本能力だけ見るなら、ギルマスくんの方が上だね☆
でも、アーツとブレスのどちらも高レベルで使いこなせるデュンケルくんは、基本能力の差を覆せるだけのものがあるかな☆」
「意外に好評価なんですね」
「でも、サキュバスのご飯として見るとデュンケルくんは論外だよ☆」
「え? そうなんですか? 色々な面で強い人が良いのでは?」
「もちろん。御使いサマの言う通り、強い欲望、強い信念――その他諸々、どんな理由であれ精神的にタフな人ほど、それが崩れ落ちる瞬間は極上の味になるけどね……デュンケルくんはム・リ☆」
「無理?」
俺は思わず首を傾げる。
美味しいとか不味いとかではなくて、無理ってのは食事に使うフレーズじゃないよな……?
「んー……人間のご飯で例えるなら……そうだね。壷。
壷の中に美味しいご飯が詰まってるので、壷を割って食べてください――っていうカンジのイメージできるかな?」
俺もミツもイメージできるので、うなずいて先を促す。
「サリトスくんとかコロナちゃんなんかは、がんばれば割れる。何とか割れる。割れさえすれば美味しいご飯にありつけるし、苦労して割った甲斐があったと思える味のはずなんだ☆
でもね、デュンケルくんは違う。そもそもあの人はね、割れないの☆
どんだけがんばっても割れないってわかるなら、最初から食べようとする必要はないよね☆
運良く割れても、デュンケルくんはきっと美味しくなさそうだしね☆」
味についてはただのカンだけど――とミーカは付け加えつつ、話を締めた。
「あんな奴だけど、奥底には固い信念と何者にも侵せないモンがあるのかもな」
人それぞれ、考えていることや抱えている事情なんぞがあるわけだ。
当たり前の話のハズなのに、何だか今更気づいたような気分だ。
そんなやりとりをしていると、デュンケルは倒木の破片を乗り越えて、階段のある部屋へと向かっていく。
階段の前には、偶然にもダンジョン牛こと猛牛がポップしていた。
モウカウはその名前の通り牛型のモンスターだ。
その肉が美味しいことから、ダンジョン牛と呼ばれ親しまれている。
薄紅色の体毛をした大型の牛で、色だけ見ると綺麗な体毛をしているが、その血走った目や凶悪な角などが、毛並みの美しさを台無しにしている奴だ。
実際、凶暴。
猛牛という名もまた伊達じゃない。
『ふ……。階段の番人を気取るか、ダンジョン牛よ』
別に番人ってわけではないけど……まぁいいか。
『だが、今の俺は機嫌が良い。解体し、ステーキにしてやるコトは勘弁してやる故、道を開けるがいいッ!』
高笑いをあげ、ビシっとポーズをキメて見せるデュンケル。
当然、モウカウにはそんな言葉が通じるわけもなく――
『この俺が喰わずにいてやるコトを光栄に思うが良いッ! はーっはっはっはっはっはッ!!』
前足で数度地面を蹴っていたモウカウが、弾かれたように突進する。
デュンケルの実力であれば造作もなく避けられるだろう突進に対し、ひたすら高笑いを上げていた彼は、何もすることなく吹き飛ばされた。
「え……?」
そう、吹き飛ばされたのだ。
さすがに我が目を疑う。
ポーンと弾かれたデュンケルは、くるくると縦回転をしながら、近くの池へと、頭からザブンと落っこちた。
ややして池から顔を出したデュンケルは、すぐに池から飛び出すこともなく、長々と喋りだす。
『やるではないか、モウカウ。だがこの程度の技で、俺は――……む?』
ところが、その言葉が突然とぎれた。
『くッ、この池……モンスターがいるのかッ!?』
しばらくの間、やたらと騒ぎながらバシャバシャと水しぶきを上げていたデュンケルだったが――
『ぐ……おのれッ、やめろッ!! やめないか……ッ!』
徐々に余裕が無くなって行き――
『このままでは……終わらんからな……』
そう言ってぐったりとすると、金の粒子となって消えていく。
「……あの、アユム様。ミーカさん……」
何ともいえない顔をこちらに向けてくるミツに、俺は小さくうなずきながら、ミーカへと視線を向けた。
「…………ミーカ、あいつ……本当にお前の評価通りなの?」
「いやー……そのハズ、なんだけどなー……★」
語尾が黒星になるほど、ミーカも戸惑っているようだった。
なんて恐ろしい男なんだ、デュンケル。
正直、どう評価していいかわからないぞ、おい……。
ミツ「あ、ミーカさん。キッシュおかわり!」
アユム「お前の腹の奥底はどこにあるんだ?」
ミーカ「まさに底なしなのかも☆」
次回は、サリトスたちの合同チームへと話題が戻る予定です。