1-3.『サリトス:ダンジョンからのメッセージ』
魔法陣のある部屋は、ちょうど入り口の正面の壁に文字が彫られていた。
挑戦者の証を持つ者よ
我が迷宮に挑む覚悟がある者よ
転移の輪の中に立ち『チャレンジ』と呪文を口にせよ
しかして心せよ
ここは始まり 終わりにあらず
終わりから始まりへ移ろうことは許されぬ
「アンタたち、これには?」
ディアリナの言葉に、王国兵はうなずく。
「はい、気付きました。
ですが、何人もの兵が輪の中で呪文を唱えても、特に何も起きなかったのです」
「まぁそうだろうな」
「え?」
俺が呟くと、王国兵が目を瞬く。
挑戦者の証を持つ者よ――と、壁のメッセージは呼び掛けている。
それが何なのかはまだ分からないが、それが起動の為の前提条件であることは疑いようがないだろう。
「ここが本当の意味での入り口かね」
「そうだね。あたしはそう思う」
「俺もだ」
フレッドの言葉に、ディアリナと俺がうなずく。
そして、壁からのメッセージの後半。
あれはここから入ることはできても、出ることはできないのだと示しているのだろう。
「もしかしたら、あの壁のメッセージを正しく理解できない者は、挑戦させない方が良いかもしれないな……」
入れば出れなくなるかもしれないダンジョンだ。
覚悟のない者が気軽に入れてしまうのは問題になる可能性もある。
「そうかもしれないけどさ、サリトス。
まずは、入る方法を調べないと」
「そうだな。それを見つけねば杞憂にもならんか」
ディアリナの言葉にそう返してから俺は魔法陣の部屋から出た。他の面々も後について出てくる。
そうして、今度は左側の部屋へと向かう。
最初に言われた通り、小さな部屋の真ん中に、大きな宝箱が鎮座しているだけの場所だった。
「部屋に入った時点では、この宝箱は口が開いており、中が空でした」
王国兵の言葉に了解をしめし、俺たちは宝箱に触れずに、部屋の中を見て回る。
すると、魔法陣の部屋と同じように、部屋の入り口から見て正面の壁にメッセージが彫られていた。
空虚を閉ざし、閉ざされし刻を見よ
満たされること、都度十度
求めし存在が姿を見せることだろう
くりかえす刻は四つ
重なり合うは、四つまで
さらなる刻を求めし時は
閉ざされし刻に空虚に与えよ
「兵士のあんちゃん、こいつは見たかい?」
「ええ」
フレッドに問われ、王国兵は首肯する。
「ですが、よくわからないので、ダンジョンマスターの落書きの類だろうと判断されましたが」
「その判断を下した奴は、王国のダンジョン管理の仕事をクビにするべきさね」
ディアリナの言うことはもっともだ。
恐らくこの文章の意味を読み解けば、空の箱の中に挑戦者の証とやらが出現するのだろう。
つまり、あの魔法陣型の入り口を開ける為の手段が書かれた文章なのだ。
それをよく分からないから気にしないというのは――ほとほと呆れる。
「ほとんどの探索者はそういう対応するだろうがな」
「そういう意味じゃ、サリトスの旦那や、ディアリナのお嬢と組めたのは幸運だぜ」
バカと組むのには飽きてきたところだ――というニュアンスを滲ませて、フレッドが笑う。
その笑みを横目に、俺は宝箱に触れた。
その時、鍵穴の上の部分――蓋側に、奇妙なものがあるのに気付く。
太い緑色の一本のラインと、その横には丸い緑色の小さな灯りが四つ。
(四つ、か……)
先ほどの詩文にもそういう表現があった。
俺は手でディアリナとフレッドに下がるよう示し、ゆっくりと蓋を開けていく。
もちろん、何かあったら可能な限り被害を押さえられるよう警戒しながらだ。
そうして蓋を開け切ると、中には奇妙な形の腕輪が四つ入っていた。
(これも四つか)
ふと思い、一つだけ手に取って蓋を閉じた。
すると、四つあった緑の灯りの一つが赤になっている。
さらには、緑色のラインは青く変わっており、よく見れば左から徐々に緑に変化していっていた。
そのラインも、よくよく見てみれば縦に線が入り格子状になっている。
(時間とともに色が変わる十の区切り――そういうコトか)
言葉と仕掛けの意味を理解した俺は、今度は箱の蓋を僅かに開けた。
しばらくそれで様子を見ていたが、ラインの色が変わるのは止まってしまっている。
つまりは完全に閉まっている時にのみ、色が変化していくわけだ。
俺はそれを確認すると、箱の中から残り三つの腕輪も取り出す。
やはり、箱の灯りはすべて赤になっている。
まぁこれを口にするのは後でも良いな。
この王国兵は悪い男ではなさそうだが、それ以外の者まではどうか分からない。
俺は箱から離れると、ディアリナとフレッドに腕輪を手渡す。
最後の一つは王国兵に、だ。
「あの、自分も貰って良いのですか?」
「お前に渡すというよりも――それは、報告に使って欲しい」
「報告?」
戸惑う王国兵にうなずき、俺は説明を口にする。
「この腕輪が挑戦者の証だ。故に、これから俺たちはファーストアタックを開始する。
だが、あの魔法陣型の入り口は、一方通行のようなのだ。出口としては使えない。その為、無事に生き延びることができても、いつ帰ってこれるかの検討がつかない」
「ならば自分は――」
「手紙を一筆する。国王陛下と探索者ギルドのマスター宛にな。
腕輪は誰にも見せずに、手紙とともに国王陛下へとお届けしろ。
ギルドマスターにも、腕輪のコトは口にするな」
宝箱の仕掛けに気付かれると、考えナシの探索者や兵士たちが大量に挑戦しては、全員が迷神の沼に沈みそうだからな――保険は掛けておくべきだろう。
「可能ならば、俺たちが戻ってくるまでは、他の挑戦者をアタックさせないで欲しいぐらいだ」
だが、やりすぎれば同業者からやっかみを受けかねない。
未識別ダンジョンの挑戦者募集を無視してるくせに、鑑定の為にファーストアタックした探索者の判断で、安全を配慮した閉鎖をすれば、独り占めしてるだの何だのと文句を言ってくるやつらばかりだからな。
「自業自得のバカは、迷神の沼に沈んでも変わらないのかもしれないが……」
嘆息しながらも、俺たちは宝部屋を出た。
すると、なぜかホールの真ん中にテーブルと椅子が出てきている。
「これは……?」
「なんか丁寧に紙とペンが置いてあるんだけど……」
「木札や獣皮紙じゃないな……ダンジョン紙か。紙束なら結構良い値が付くんだがな」
俺たちが訝しみながら、テーブルを見ていると、紙やペンと一緒にメッセージが置いてあった。
挑戦を望む者への試練 突破 おめでとう
自力で挑戦者の証を得ることができぬ者は
我がダンジョンを突破できぬであろう
お前たちも、努々油断めさるな
このペンと紙はささやかな報奨である
受け取り、利用すると良いだろう
いつかお前たちが我が元へたどり着くこと
楽しみに待っている
「ダンジョンマスターからか。味なマネを」
自分でも口元が小さな笑みになっているのが分かる。
「はは、面白そうなダンジョンじゃないか。
こういう謎掛けや仕掛け――いろいろ期待したくなるね」
「まったくだ。魔物の群を倒して進んでくだけのダンジョンに、飽きてきた頃だしな」
ダンジョンは創造主からの試練であり慈悲だという伝説がある。
嘘か誠か――そんなこと、どうでも良いと思っていたのだが、この瞬間はそれを信じても良いと思った。
「ダンジョンの内容次第では、探索者の在り様に変化が現れるかもしれないな」
「良い変化になりゃいいけどね」
「それもまぁ、俺らが探索して、無事帰ってきたらの話だろ?」
ディアリナとフレッドも笑っている。
いや、これが笑わずにいられるか。
俺は笑みをこぼしながら、ダンジョンマスターから与えられた紙にペンを走らせる。
それらを丁寧に折り畳み、一緒に置いてあった封筒に入れた。
王国兵に封筒の中身は見ないようにと念押しし、俺は二人へと向き直る。
「では行こう、ディアリナ、フレッド。
ダンジョン探索に胸が高鳴るというのも久々だ」
ミツ「アユム様が目を輝かせて、探索者たちの様子を見ている……!?」
次回はアユム視点に戻ります