3-16.『ベアノフ:俺という男』
俺の名はベアノフ=イング。
ペルエール王国の王都サンクトガーレンにある探索者ギルドのギルドマスターをしてるモンだ。
俺は今――最近、新しく生まれたっていうダンジョン・ラヴュリントスってとこにいる。
今までにないダンジョンということで、多くの探索者たちが苦戦している中、忌々しくも鬱陶しい臆病者連中がズンズンと先に進んで行きやがる。
まったくもって情けねぇ。情けねぇが仕方がねぇ。
臆病者に進めて、俺が目を掛けてやってる連中が進めないなんてのは面白くねぇからな。
フロア1と2はとっとと先へと進む。
途中で挟まれるエクストラエリアとやらは面倒な説明書きばかりが多くて鬱陶しかったから無視して先へ進んだ。
封石とかいうやつに、女神の腕輪を当てて進んでいく――それを理解してるんだから、必要ねぇってワケよ。
もちろん。エクストラエリアで貰えるもんはちゃんと貰ったぜ。スペクタクルズとやらは、鑑定の使えないここじゃ重要なモンだしな。
フロア3の城の中には良い酒が手に入る宝箱があるって話だが、今は寄り道するつもりはねぇ。
これまで集めた情報から察するに、俺はフロア5で一区切りだろうと睨んでる。もちろんフロア6がないわけじゃねぇだろうけどな。
ダンジョンの中には門番のいる階段があって、そこを越えて先へ進むようなのもある。
ラヴュリントスでは、それが5つのフロアごとになってるんじゃないかと思ったわけだ。
フロア3の王様も門番的な役割をしてるみたいだが、誰かが倒せば古井戸が解禁されるようになっている以上、違うだろう。
そうして、俺はフロア3のほとんどのエリアを無視して古井戸まで進んでいく。
仕掛けの都合、かなりの数の探索者たちが看板の前に並んでいるが、俺には関係なかった。
「邪魔だ」
看板の封石にちょうど腕輪を近づけようとしていた男を押し退けて、俺は自分の腕輪を近づける。
封石の色が変わったのを確認し、古井戸を見れば、そのフタは開いていた。
なるほど。
こうやって進んでいくわけか。
他の連中には開いているようには見えないわけだな。
並んでる連中から不満そうな視線や気配を感じるが、負け犬の遠吠えだ。
悔しければ、俺のいるところまで来ればいい。
もっとも、探索しか脳のねぇバカどもに、偉そうにふんぞりかえってるだけの貴族やら、金を数えるしか脳のねぇ商人どもとやりあえるとは思えねぇけどな。
俺だからこそ、貴族や商人とやり合えるってモンだ。
古井戸をのぞき込むと、ご丁寧にも縄梯子が掛かっている。だがチマチマとそんなモンで降りるつもりはねぇ。
ルーマを身に纏い、俺はそのまま飛び降りる。
井戸の底は少し広い空間となっていて、片隅には上のフロアにもあった、古木と根本の虚につくられた階段があった。
「ここからが本番か」
階段を下り、魔法陣の上でネクストと口にすれば、次のフロアだ。
フロア4――
何やらグリズルベアの亜種が二種類ほどうろつくフロアだそうだが……。
俺は目の前に現れた黄色い熊を三連斬で斬り伏せた。
「俺の敵ではないな」
確かに並の探索者なら苦戦するだろう強さはありそうだ。だが動きはそこまで速くない。例え雑魚探索者でもうまく立ち回れば逃げられるだろうよ。
一息吐いてから、俺は荷物袋から大きめの木札を一枚取り出した。
腕輪にマッピング機能とやらが付いてるっていうのに、律儀にもマッピングしながら攻略してるという話をしてたチームから、貰ってきたこの辺りの地図だ。
俺がありがたく使ってやると取り上げたら、泣いて喜んでたな。
ギルマスの……しかもギルマスの中じゃあ上位にいる俺の役に立つんだから、そりゃあ喜ぶだろう。
このマップのおかげで俺が今よりも偉くなった時にゃ、礼ぐらいは言ってやってもいい。俺が覚えていりゃな。
とはいえ、この手のマッピングってのは完全じゃねぇことが多い。
信用しすぎずに行くとするか。
地図を見ながら歩いていると、二足歩行するデカいニンジンみてぇなモンスターが二匹、姿を見せた。
いちいち相手にするのも面倒なので、向こうが襲いかかってくるよりも先に、ルーマを込めた投げナイフをそれぞれに投げつける。
ナイフによって頭部に当たる部分が粉砕された二匹はその場に倒れ込み、黒いモヤへと変わっていく。
「どんな能力を持ってたかは知らんが、雑魚だな」
そう――どんな能力だろうと、使わせる前に倒せばみんな雑魚だ。
それが通用しない相手になってから、相手の能力を考えればいい。
「それにしても――」
手元の木札地図を見て歩きながら、俺は独りごちる。
「見つかった直後は、このダンジョンがここまで話題になるとは思わなかったんだがな」
国の調査で何も分からず、鑑定が通用しないダンジョン。
国の連中の目を盗んで手駒の探索者に探らせてみたが、結局何もなかった。
とはいえ、国からの依頼である以上は調査しなければならず、面倒くさいことこの上ない。そんな気持ちで、依頼書を作り暇人に押しつけるつもり満々だった。
それを引き受けたのが、あの忌々しき臆病者であるサリトス=サボテニアとディアリナ=ジオールのコンビだ。
何も見つからないと恥を晒す結果であったなら、何か見つけるまで他のダンジョンを探索させないという指示を出せたものを……。
これほどまでに世間を騒がせるダンジョンを解放し、攻略の最前線に立ちやがって……。
あいつらは、慎重に慎重を重ねる臆病者のクセに、最奥に到達したダンジョンの数は並の探索者より多い。
あんなオドオドした攻略方法で、俺に迫るだけの成果を出していることが許せねぇ。
探索者は臆病者じゃいけねぇんだよ。
あいつらに台頭されると、俺の積み上げてきたものが崩され兼ねない。
俺はギルマスで収まる男じゃねぇんだ。
いずれは貴族や商人よりも上に立つ。
下から金を巻き上げて生活している貴族よりも、探索者の成果を安く買いたたいて高額で他に売りつける商人よりも、だ。
探索者としての能力はもちろん、戦闘でも腕が立ち、貴族や商人相手に立ち回れる頭もある。
どれかしか出来ない連中とは違うんだ。
貴族も商人も、俺以外の一山いくらみてぇな探索者も、みんな俺の為に働けばいい。
そういう男に、俺はなれるだけの実力があるんだ。
だからこそ、ギルドマスターにまで昇ってきた。だがここで終わるわけにはいかない。終わるつもりもない。
だからこそのラヴュリントスだ。
これだけ話題になっているダンジョンの攻略に成功するとなれば、俺の評価も大きくあがるだろうさ。
「ぐるるるるるる……ッ!」
「雑魚狼如きが邪魔をするなッ!」
飛びかかってくるグレイヴォルフを殴り飛ばしながら、俺は息を吐く。
臆病者予備軍のバドとかいう小僧のチームが、フロア4の階段を見つけたと話をしていたという噂は聞いている。
それに合わせるように、サリトスたちは、朝早くにラヴュリントスに向かった。
サリトスとバドの二チームは、恐らく階段を見つけている。
今日はその階段へ迫る方法を探っていることだろう。
「チッ」
別に連中が下の階へ降りる分にはいい。
大事なのは、俺が最初にフロア5を攻略することだ。
だというのに――
「走れッ! 赤熊の足は速くないッ! 振り切るぞッ!」
赤熊に追われた雑魚チームが、俺の行く手を阻みやがる。
「ギルマスッ!?」
先頭を走っていた槍使いが俺の顔を見て驚く。
わざわざ驚かれることすら煩わしい。
「邪魔だ」
熊も邪魔だが、まずは前を走るこいつらが邪魔だ。
何で俺がこいつらが逃げる為に、道を開けてやらないといけねぇんだ。
俺は背中から剣を抜くと、こちらへ向かって走ってくる槍使いの首を刎ねた。
「え?」
続く、チームメイトたちが呆然としているが、判断が遅い。
邪魔をしたことを詫びながらとっととどけばいいものを。
「邪魔だと言ったぞ」
続けて数度、剣を閃かせてチーム全員の首を刎ねてやった。
どうせここは、死なずのダンジョン。死んだところで外へ追い出されるだけだから問題ない。
そして迫りくる赤熊に左手を向け、剣を持った右手を大きく引き――
「斬瞬」
高速突きを繰り出す。
刃は赤熊に突き刺さるものの、面倒くさいことに、赤熊は耐えきりやがった。
俺は素早く剣を引き抜き、構え直す。
「斬月ッ!」
下からすくい上げるように、剣が三日月の軌跡を描かせる。
その一刀で、赤熊の股から脳天まで裂いて両断した。
剣に付いた血を乱暴に振り払い、俺は唾を吐き捨てる。
「どいつもこいつも、雑魚や無能が俺の邪魔ばかりしやがって」
俺はベアノフ=イングだぞ。
ギルマス業をメインにするため、表向き引退はしているが、A級の探索者だぞ。
なんでこんな雑魚チームと、雑魚モンスターばかりを相手にしなきゃいけねぇんだ。
「面白くねぇ」
剣を納め、再び俺は歩き始めた。
本当に面白くねぇダンジョンだ。
……俺は常々思っている。
この世界の連中は、探索者がいなけりゃ、まともな生活はままならねぇんだって。
だから臆病ネズミの連中みてぇに、貴族や商人に媚びへつらう必要なんざねぇんだと。
貴族・商人だって、探索者の恩恵を受けている。
探索者に逆らえば生活なんてできなくなるって分かってんのに偉そうにしやがって。
探索者としてスゴ腕なら、偉いんだよ。
その上、机の上の面倒な仕事もできりゃ、怖いものなしだ。俺にできないことはねぇ。
そんな俺の手を煩わせるんじゃねーよって話だ。
俺が出張ればどんなダンジョンも攻略できちまうんだ。だが面倒なことはしたくねぇ。
だから、攻略は俺以外の連中に任せる。
ハズレダンジョンなら最奥のボスだけを。
マスターがいるなら、マスターとお宝を。
それは、俺が手にするもので雑魚どもは、俺の為に道を拓けたことを喜べばいい。
このダンジョンだってそうだ。
臆病者どもは、俺の為に面倒事を解決し、隠れた道を拓けばいい。
すべての探索者は俺の為に手柄を譲るべきなんだ。
こんな有名になったダンジョンのマスターと対峙するのは俺こそが相応しい。
いや――俺でなければッ、ダメだろうがよッ!
ミツ(アユム様が険しいお顔に……)ヒソヒソ
ミーカ(あの男に思うところあるじゃないかな☆)ヒソヒソ
次回、前に何かやってたデュンケルさんのその後の様子の予定です。