3-15.ちょっと変わり種みたいな人が入ってきた
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フロア5の基本的な構造はフロア4と大差ない。
規模がフロア4と比べると半分ほどでしかないというのが差と言えば差だろう。
それ以上の違いがあるとすれば、道中で本格的に道を塞ぐ倒木が現れることくらいだろうか。
先に進むには、倒木を処理していかなければならない箇所がある。
逆に言えば、それ以外の特徴というのは特にない。
強いてあげれば、いわゆるボス部屋ってやつを設置してあるくらいだ。
そして、次のフロアへの階段は、当然ボス部屋の先である。
そんな第一層最後のフロアへと、サリトスたちは辿り着いた。
サリトスたちは、階段を下り、うろから外へと出ると、目の前にある看板を読み上げる。
第一層 フロア5
誇り高き緑に集うは、樹上より来る試練の牙
『誇り高き緑?』
首を傾げるサリトス。
それに、ゼーロスが気楽に告げる。
『まぁ先に進んでみればわかるわいな。今までだってそうだったじゃろ?』
『……それもそうだな』
確かに――と、サリトスはうなずくと、みなに先へ行こうと告げて歩き始めた。
サリトスたちは、フロア5を進み始めて間もなくにある、西周りと北周りに分岐する道で、西ルートを選んだ。
西ルートの最初の廊下をぬけ、扉を開けて先へと進むと、真っ直ぐ行く道と左へ曲がる分岐路がある。
距離はあるものの見通しの良い廊下なので、正面の突き当たりの壁が見えてることだろう。
『フレッド。この道、どう思う?』
『見通しの良い廊下で、左側に倒木の壁があって、何もなさそうな横道が倒木を挟むように二本……と、その先にもう二本か。これで何もないってわけはないでしょうよ』
サリトスの問いに答えたフレッドがゆっくりと歩き出す。
『とはいえ、ビビってても仕方ないからね。おっさん、ちょいと先行するぜ』
そろそろと歩き出すフレッドから少し遅れて、六人も歩き出す。
そうして、フレッドが最初の倒木の壁にさしかかって、足を止める。
倒木の隙間から奥を伺うようにして、のぞき込み、フレッドはゆっくりと後退した。
『みんな、静かにしてくれ。
倒木の向こうは熊の塒だ』
フレッドが背後のサリトスたちへとそう告げると同時に、ハデな音を立てて、倒木の壁が吹き飛んだ。
『げッ!?』
思わずフレッドがうめいた時、のっしのっしと、赤熊が姿を現した。
『その為の横道だったようだな』
『サリトス。一人で納得してないで、ちゃんと説明しておくれよ』
『……いや、皆に分かるように言ったつもりだが……仕方あるまい。まずは切り抜けてからだ』
相変わらず、言葉が足りなさすぎるな、サリトスは。
あれで本人が通じてると思ってるから困る。
「アユム様は、サリトスさんが何を言っていたのか分かったのですか?」
「まぁな。あの廊下の形の意味に気づいたんだろ?」
赤熊はそれなりに強いモンスターではあるんだけど、さすがにあの七人相手だと分が悪い。
これといった見所もなく倒されてしまった。
「あれだけ強いメンツが揃ってると、強敵と戦わないように回避できる廊下の意味がないな……」
「えーっと、倒木の壁の前を通り過ぎようとすると、中の熊が倒木を破壊しながら襲いかかってくるってコトですか?」
「ああ。それであってる」
正確には通り過ぎようとするか、倒木の近くで一定時間過ごすと――だけど。
それ故に、手前の横道に入って遠回りして先へと進むような構造になってるわけだ。
「あのメンツはしばらく危なげないだろうなぁ……」
そんなワケで、俺は他のモニタを流し見していく。
「マスター☆ 探索者さんたちを見るのも良いけど、アタシがせっかく作ったランチも温かいうちに見て触って口にして欲しいな☆」
「おう。そうだな」
ちなみに、横を見るとすでにミツが食べ始めている。
うん……。
今日のミツはいつも以上に食べてばっかりだな。
「お昼はキッシュか」
「うん。スイーツに近い作り方で食事っぽくもできるでしょ☆」
キッシュ――パイ生地やタルト生地で器を作り、その中に卵・生クリーム、肉や野菜を入れ、たっぷりチーズを乗せてオーブンで焼き上げるフランス料理だ。
ちなみに語原はドイツ語のクーヘンらしいので、そういう意味じゃバームクーヘンの遠縁の料理かもしれない。しらんけど。
ミーカが作ってきたのは、恐らくフライパンで簡易に作れるタイプだ。
油を敷いたフライパンに小麦粉と水で作った生地を流し込み、軽く底面を焼いて固めたあと、生地の上に溶き卵と具材を混ぜたものを流し込みフタをして卵が固まるまで熱して作ったんだろう。
目の前には、ケーキのような見た目のキッシュが皿に載っている。
「一切れじゃ足りなかったら言ってね☆ おかわりあるから☆」
ミーカの言葉にうなずいて、まずは一口。
入っている具は、鶏の挽き肉とほうれん草。それと細切りのゴボウのようだ。
フライパンに敷いた油に、鶏油を含ませてあるのか、生地からも鶏の味がする。
鶏肉、卵、チーズ、ほうれん草の相性は言わずともがな。
そこに加わったゴボウのシャキシャキとした食感と、特有のうま味がより一層に味の次元を高めているようだ。
「うまい」
「良かったー☆」
「ところで、これってさ……」
「そのとーりだよ☆ マスターが召喚してくれた、日本のマンガに出てきた奴のミーカちゃんアレンジバージョン☆」
よもや、料理マンガの料理を再現しはじめるとは。
ミーカ恐るべし。
「おかわり、もらっていいか?」
「もっちろーん☆」
俺がおかわりを頼めば、明るく可愛くうなずいて、どこからともなく、キッシュが現れて、俺の皿の上に乗る。
そういえば、ミツはおかわりしてないな――と思って、横を見やって俺は気づいた。
「……もしかして、ミツは一皿目から……」
「うん☆ ホールだよー☆」
マジでどんだけ喰うんだよ、今日のミツは。
「アユム様も、セブンスさんも、ミーカさんも、作るご飯が美味しいのが悪いんですよ?」
「そうかい」
「悪い気はしないけど、食べ過ぎないようにね、御使いサマ☆」
なんてやりとりをしていると、ミーカがモニターの一つを指さした。
「マスター☆ なんか、ちょっと変わり種みたいな人が入ってきたよー☆」
「変わり種?」
訝しみながら、ミーカが示すモニタに視線を向ける。
すると、ちょうど大柄の男がフロア0のチュートリアルエリアのゴールで、ネクストと口にして、フロア1へと入るところだった。
「単純な人間の身体能力スペックだけなら、サリトスくんたちよりも上だね、あの男☆
ゼーロスくんやアサヒちゃんよりも、少し上くらいの戦闘力はありそうかなー☆」
「ほう」
ミーカの見立てが正しいなら、戦闘力だけならかなりのモノをもった男なんだろう。
二メートル近い長身で、筋肉ムキムキ――というほどではないが、筋肉質でガッチリとした体躯の男だ。
顔は厳つくて怖い。
年齢は四十くらいだろうか。
身につけているものはどれも年期の入った感じがするので、相当のベテランだろう。
その背中には、ぶっといカッターナイフのようにも鉄塊のようにも見える刃に、鉄の棒のような柄を付けただけの、ぶっきらぼうを極めたような剣を背負っている。
某最終幻想の七作目の主人公の初期装備のアレと似たような無骨なやつだ。
イケメンが装備するとギャップ萌え的なカッコ良さがあるけど、厳つい男が装備すると、盗賊とかマフィアとか世紀末な意味で似合っていて怖い。
奇声をあげながら背後から飛びかかる盗賊ゴブリンを、振り返ることなく雑なモーションの裏拳一発で沈めている。
「おいおい……剣を抜かずにあれかよ」
「ちょっと見立てを失敗しちゃったかも☆
あれ、ゼーロスくんやアサヒちゃんより、頭一つ分は強いかもよ?」
ミーカにそこまで言わせる奴か……。
『おい、テメェら。フロア1はロクなモンが手に入らねぇってコトでいいんだよな』
『はいッ! 本格的にドロップやお宝が出てくるのは、フロア2からですッ! トラップとかもですけど』
『ならとっとと階段を探すぞ。定期的に形を変えるなら地図なんぞ役にたたねぇだろ? 着いてこい』
言いながら、チームメイト――というより、部下や下僕といった方が正しい気もするけど――の返事を待たずに、ズンズンと進んでいく。
そのまま、迷うことなくフロア1の階段へとたどり着いてしまった。
『ボスは道順を分かってたんで?』
『ンなもん、カンだカン。
合ってようといまいと、このフロアを一周すりゃ階段はあるだろうとは思ってたしな』
考え方そのものは間違っちゃいないな。
続くフロア2も、良いモノが手には入ればラッキー程度の感覚で進んでいき、あっという間にフロア3だ。
『城の中にも良いモンがあるらしいが、今は後回しだな。
井戸の先にアドレス・クリスタルとか言うモンもあるらしいから、使用人小屋も無視する』
「ほう」
ボス――と呼ばれている男の言葉に、俺は小さく息を漏らした。
「事前の情報収集を怠ってないみたいだねー☆」
「だな」
なかなか期待できそうな奴だ――そう思ったのも束の間……
『どけッ、邪魔だッ!』
まだまだ井戸の看板のところに並んでるやつは多いのだが、そいつらを押しのけて、強引に先頭に入り込むと、看板に自分の腕輪を当ててさっさと井戸へと飛び込んでいった。
「……素行と人格に、問題ありそうだな……」
「でもさー、突き飛ばされた人、不満そうではあるけど文句言ったりしてないよね☆ なんでかな?」
「言われてみればそうだな」
血の気が多く喧嘩っ早そうな探索者にしては、大人しいというかなんというか……。
「もしかして、偉い人なのかな?」
「可能性はあるな」
ミーカの言葉にうなずいて、ボスとやらの様子をもう少し見ることにする。
ちなみに、ボスは部下を放置して、とっととフロア4を進み始めていた。
唯我独尊というか何というか、そんな感じのする奴だ。
「まぁ綺麗な奴ばかりなワケじゃないよな。サリトスたちを見てると忘れそうになるけど」
「むしろサリトスくんたちの方が珍しいタイプじゃないかな☆」
「違いない」
ミーカの言葉に、俺が肩を竦めていると、ボスは黄熊に遭遇した。
ボスは熊を一瞥して小さく息を吐く。
『そういえば、こんなのが徘徊していると言っていたか』
独りごちながら、ボスは背中の剣を抜いて構える。
『確かに強そうなモンスターだな。
だがな――』
襲いかかる黄色熊。
『毒斬ッ!』
ボスはその剣にルーマを込めて、踏み込みながら左から右へ振り抜いた。
『罪斬ッ!』
続けて、返す刀で刃を振り上げる。
『罰斬ッ!』
振り上げの勢いを殺さないよう地面を蹴って、空中からさらにもう一撃放つ。
スピードとパワーどちらも乗った三連撃。
その最後の一発を受けた黄熊は吹き飛ばされ、近くの茂みの木へと激突し、ぐったりと倒れ伏すと、黒いモヤとなって消えていく。
『――俺の敵じゃねーな』
消えゆく熊に吐き捨てるように告げると、ボスは剣を背に戻して歩き始める。
それを見ながら、俺は小さく息を吐いた。
「腕の立つ、プライドの高い悪人ってさー……タチ悪いと思わない?」
「あーゆー強い上にプライドの塊みたいな人をとことん惨めな目に遭わせて搾り取るのも楽しいんだよね☆」
「そうだよな。ミーカはそういうモンスターだもんな……」
ミツは二ホール目のキッシュを食べ始めているし、俺に同意してくれそうなやつは、この場所にいないようである。
アユム「普段から大食いだけど……」
ミーカ「うんうん。御使いサマって時々ギガ食いになるよね☆」
ミツ「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ……」