3-12.『キーラ:いつもの酒場の悲喜交々』
今月から年末に掛けて、本業の仕事量が増えたり、書籍化作業が本格化していく予定なので、いつもよりも更新間隔が開いてしまうかもしれません。ご了承をば。
からんからん……
入り口のドアに付けられているベルが揺れて音を立てた。
その音は意識を一瞬だけそちらへと向けさせる。
そう広くない店内で飲んでた客たちの多くは、一瞬だけ入り口を一瞥した。
それは、俺――キーラ=テランも例外ではない。
店に入ってきたのは、やや場違いにも見える一人の少女。だが、俺からすれば見慣れた顔であり、この店の常連の一人でもあった。
この店に通い詰めてる連中からすれば珍しくもない顔なんだが、そうでない上に、ややこしい連中ってのは、往々にしているワケで……。
「おいおい嬢ちゃん。ここはアンタのようなのが来る店じゃないんだぜ。
俺のような優しい常連さんからの忠告だ」
馬鹿にするように声を掛ける男を無視して、彼女はカウンター席にいる俺の横へとやってきた。
「こんにちはキーラさん。横いいですか?」
「ああ、もちろん」
俺がうなずくと、彼女――コロナは横へと腰掛ける。
そこへマスターがやってきて、彼女に話しかけた。
「久しぶりだな、コロナ。注文は?」
「いつものやつを。それと、そろそろ試作品ができる頃かなって」
「あいよ……ったく、抜け目がねぇな」
コロナの注文にマスターが厳つい面をすこし緩めて笑う。
その姿にコロナの動向を見守っていた者たちは苦笑して、元よりコロナのことを知っていた常連は笑いを堪えた。
「あ、マスター」
注文を受けて厨房へ向かおうとするマスターを呼び止めて、コロナは女神の腕輪の中からワインボトルを二本取り出し、そこへ置いた。
「おみやげ。ラヴュリントス産の果実酒」
「ありがたく貰っとくぜ。一本だけな」
「一本だけ?」
コロナが首を傾げると、マスターはクイっと顎で俺を示した。
「かなり飲みたそうな顔をしてるやつがいるからよ」
「そりゃあ、かなり飲みたいからなッ!」
その気持ちに偽りなんてありゃしない。
「マスターがいいなら、一つはキーラさんどうぞ」
「ありがたくいただくッ! ありがとうッ、マスター、コロナ」
以前サリトスから貰ったワインはせっかく持って帰ったのに、すぐ飲み干しちゃったからね。
今度は、もうちょっと大事に飲むとしよう。
そんなやりとりをしていると、背後で何やら大きな声のやりとりが聞こえてくる。
「おう、兄ちゃん。
あの嬢ちゃんのコトは、ここに通ってる連中の間じゃ有名なんだ。通ぶるなら、そこんとこ押さえておかないといけないぜ。
優しい常連からの忠告だ」
「そうそう。ラヴュリントスに財布の中身全部盗られた腹いせをどこかでしたいってのはわかるんだけどよ」
煽るのは構わないんだけど、是非ともこちらは巻き込まない方向でやっていただきたい。
コロナちゃんをからかった探索者ってば、顔が真っ赤になってるじゃないか。
「余りにうるさいようなら、まとめて凍らせるけど」
そう呟くコロナに、マスターは厨房から顔だけだしたあと、親指を立ててみせた。
必要ならやっても構わない――ということなのだろう。
探索者ってのは血の気の多いやつが多い。
いくらここが他の酒場に比べれば大人しい探索者が集まる店だと言っても、こういうことがゼロというわけではないからな。
「ところで、何であいつ金がないんだ?」
「何でもラヴュリントスに大量のお金が落ちている部屋? みたいのがあったそうです」
「なおさら理由がわからんのだけど」
「その部屋に出てくるモンスターに殺されると、拾った分だけでなく、有り金全部没収されるそうです。しかもとんでもない強さだとか」
「……つくづく良くできたダンジョンだな……」
思わず嘆息する。
きっと、大量のお金に目がくらみ漁っている間に退路が塞がれて、強制的に強敵と戦わされる仕組みになってるんだろう。
コロナちゃんと雑談をしていると、マスターが厨房から戻ってきた。
そして手に持っていた皿を俺とコロナの間に置く。
「そら、試作品だ。二人の感想を聞かせて欲しい」
マスターが差し出してきた皿には、何らかの味付けがされた肉が乗っている。
「酔いどれ鶏を使った鶏チャーシューという料理だ。
サリトスから渡されたレシピを元に作った試作品だ」
「なるほど。これがそうか」
サリトスが普及にチカラを入れようとするほど美味しい料理を作るオークより手渡されたというレシピ。
職場の料理人たちに頼んでみたが、レシピ通りに作るのに苦心していた。
……そう思うと、ここのマスターは非常に優秀な料理人なのだろう。
「では実食といこうか」
「マスターが、セブンスさんにどこまで迫れているのか……いざ!」
俺とコロナちゃんはチャーシューのひとかけらを口に運ぶ。
「美味い」
思わず声が漏れた。
ただ焼いただけの肉とはことなり、肉の味をしっかり残したまま舌の上でとろけるかのように柔らかい。
茹でた肉に近いしっとりとした口当たり。味付けに使っているらしい調味料の味がほどよく広がる風味。
「美味しいですけど、セブンスさんのものと比べると一段落ちますねぇ……」
「これより上なのか」
「はい。機会があれば是非とも味わって欲しいですねぇマスターにも」
「なるほどな。いや、サリトスのやつが料理ギルドを立ち上げてでも広めたいという理由が分かった」
「同感だ、マスター」
この味をダンジョンの外でも食べたい――その衝動というか本能というか、欲求というか……本当によく理解できた。
この試作品の時点で、普段職場で食べている高い食事よりも美味しいし、なによりそんな高級料理よりも、味が洗練されているように感じる。
「本当に面白いダンジョンだな、ラヴュリントスは……」
「どういう意味で言ってます?」
「色んな意味でさ」
コロナちゃんの問いに、俺が笑う。
鶏チャーシューに舌鼓を打ちながらコロナちゃんと雑談を続けていると、見慣れない女性が声を掛けてきた。
雰囲気からすると、探索者のようだが――
「あの、すみません……」
「なんでしょう?」
「あなたもラヴュリントスを探索してるんですよね?」
「はい。そうですけど……?」
問われたコロナちゃんはうなずきながら、首を傾げる。
「もし、可能でしたらアリアドネロープを分けていただけないかと」
「フロア3の薔薇園でいばら狩りでもすれば?」
素っ気なく返すコロナちゃんに、女性はやや泣きそうな表情を浮かべた。
見るに見かねて――というよりも、多分に好奇心が湧いて、俺は席を一つズレた。
そして開いた俺とコロナの間の席へ座るよう彼女を促す。
「座って少し話を聞かせてくれ。
君がアリアドネロープを欲しがる理由が面白ければ、俺がコロナちゃんを説得しよう」
俺の言葉に希望を見いだしたのか、彼女は一つうなずくと、話をし始めた。
彼女の話を要約すると――仔猫が怖い……という話になる。
「鑑定はしてみた?」
コロナも興味が湧いたのか、彼女にそんな質問を投げた。それに彼女はうなずく。
「通常鑑定と、スペクタクルズ――両方でやってみました。
どちらの結果でも、『ダンジョン産であるコト以外はふつうの猫』となっていたんです。
ダンジョン産の特性として、猫に触れると涙やくしゃみが止まらなくなる病気の人も、安心して触れるとのコトでした……」
「その鑑定結果から、ちょっと撫でたり可愛がったりしたら、腕輪の中にあったアリアドネロープを盗って逃げていった……と」
「はい」
チームのみんなで可愛がってたのに、盗まれた彼女だけが責められてるらしい。
なんともまぁ可哀想な話だ。
「コロナちゃん」
「わたしは売りませんよ」
「……そうですよね……」
しょんぼりする彼女に対して、コロナちゃんは嘆息混じりに、言葉を付け加える。
「でも、ダンジョン産アイテムを色々取り扱ってる『雷金の閃光』ってお店でなら、やや割高ですけど買えますよ」
コロナちゃんの言葉に、彼女はハッと顔を上げた。
「ラヴュリントス内でお店をやっているスケルトンのスケスケさんに会えればかなり安く買えますけど、急ぎでしたらそっちのお店に行くしかないですよね?
今後、そういう仔猫と遭遇した時の為、一つではなく二つ以上用意しておくのをオススメしますよ」
そう言ってコロナちゃんは、彼女にお店の場所を教える。
彼女は嬉しそうに頭を下げると、足早にこの店を出ていった。
「……で、そのアリアドネロープの出所は?」
彼女が完全にお店から出ていったのを確認してから、俺は眇めた目をコロナちゃんに向ける。
するとコロナちゃんは悪びれもない様子で、ジュースの入ったコップを軽く傾けた。
「私ですよ?
スケスケさんと契約を結んで定期的に大量購入できるようになったので、それを『雷金の閃光』と契約を取って、卸しているんですよ」
「そんなコトだろうと思ったよ」
「仔猫のお陰で需要がさらに増えそうで、笑いが止まらなそうです」
「……君の支払ったお金はどうなってるんだ?」
「スケスケさんがわたしを通じて定期的に宝石や金属、食材とか買うってコトになってますよ」
「それならまぁ……循環はするから、良い……のかなぁ……?」
商業ギルドがそれで問題ないってしてるのであれば、一応は大丈夫だと思うけど……
「あ、そうだ。雑談ばっかしてましたけど、ここでキーラさんと会えたのは好都合です。そちらの職場よりも、ここの方がお話しやすいですから」
「お? 何か報告かい?」
「ええ、まぁ……」
歯切れの悪さを見るに、あまりよろしくない内容のようだ。
「お酒がマズくなる話じゃないコトを祈るよ」
「じゃあ最初に謝っとかないといけませんね」
「勘弁してくれ」
いや、ほんと、わりと切実に。
お忍び休暇の出先で、そんな話はあんまり聞きたくないってのが人情だと思わない?
改まって聞いて欲しそうなコロナちゃんの姿を見ちゃってる以上、聞くけどさ。
嘆息をして、俺は鶏チャーシューを一切れ口へと放り込む。
「長々前置くのもどうかと思うので単刀直入に行きますね」
「貴族たちにも知って欲しいよね、そういう単刀直入さ」
「それは思いますね。物事を素直に伝えず婉曲な言い回しを使いこなすコトで、平民たちにはない教養の高さを優雅に示す――でしたっけ?」
「個人的には馬鹿らしいと思うんだけどねぇ……」
日常会話ならいざ知らず、重要な伝達事項までそういうやり方をするの、本当どうかと思うんだ。
教養の高さとやらを示したいなら、教養の無い平民たちにも分かりやすく伝えられた方が、よっぽど示せると思うんだけどなー。
「貴族への愚痴は置いておくとして、本題いきますね」
「ああ」
俺がうなずき、本題を口にするよう促すと、コロナちゃんはやや疲れ混じりに告げる。
「近々、ベアノフがラヴュリントス入りするようですよ」
「……ついにか」
「ええ、ついにです」
ベアノフ=イング。
現在の探索者ギルドのマスター。
元A級探索者であり、デスクワークの能力も低くはない。
ただ……俺個人の印象としては、些か野心と驕りが強く――自分のことを、貴族や大店の店主たちとやり合える猛者と思いこんでいるフシがある問題児。
我が国ペルエール王国で生まれ、ペルエール王国のみで活躍する探索者たちの憧れであり、汚点。
怠惰ながら上昇指向の強い、扱いづらい探索者が多く生まれた原因の一端である人物だ――と、そう個人的には思っている。
「うちのチームを出し抜き、蹴落とし、手柄を立てる気まんまんですよ」
「ギルマス権限つかって、平気で妨害するらしいからな、アイツ」
「だからリト兄は、女神の腕輪をギルドに提出しないで、陛下に献上したんですけどね」
「分かってるさ」
サリトスたちを筆頭に、頭の回る探索者たちからは毛嫌いされているギルドマスターでもあり、信頼と信用はお世辞にも高くない。
曰く、重要な物事でもベアノフを通すと話がややこしくなり、進まなくなる……なのだとか。
同時に、ベアノフもそういう探索者たちを良くは思っていないそうだ。
特に、サリトスとディアリナのコンビに対しては敵視しているといってもいい。
最近はそこに、フレッドとコロナちゃんも加わっていそうだが。
とはいえ、探索者というのは国を運営する上で、欠かせない存在だ。
だから貴族はおろか王族でさえ、おいそれとギルマスにクビを言い渡すことはできない。
世界で初めて興った始まりの国と、それに伴い立ち上げられた始まりの探索者ギルドが交わした取り決めが今も生きているのだ。
「国と探索者は個別であり相互に協力しあうべき――理屈は分かるのだがな」
探索者ギルドは国の政治に介入せず、国は探索者ギルドのやり方に介入しない。
互いにそう約束し、始まりの国が生まれ、その国内に始まりの探索者ギルドが生まれた――とされているわけだが、事実かどうかは分からない。
「探索者たちの気質を考えるとそれがちょうど良いんだと思いますけど」
「否定はしないよ。それに、王がギルドへの介入権を持っていた場合、王がベアノフみたいな人柄だった時、大問題だ」
俺はコロナちゃんの言葉に苦笑しながらグラスを傾けた。
「しかし、このタイミングでベアノフ自ら潜り出すのなら好都合でもあるか……だが、少し予定を変更する必要があるかもしれないな……」
コロナちゃんにも聞こえないような声でひとりごちると、俺はグラスに少しだけ残った酒を一気に呷った。
キーラ「マスター、鶏叉焼はいつかレギュラーメニューに入るのかい?」
マスター「ベーシュ諸島特有の調味料が必要でなぁ……それの調達が難しい」
コロナ「…………その調味料の話詳しくッ! 美味しいご飯と儲け話の匂いがするッ!!」
次回はまたダンジョン内の視点に戻る予定です。





