3-11.森の子猫にご用心
9/21~9/25の間に、異世界転生・転移ファンタジーのデイリーランキングにランクインしていたようです。皆様ありがとうございます!
フロア4が全面的に解禁されて以降、スケスケは樹海店舗と、城内店舗をローテーションで回っている。
探索者たちがフロア5にたどり着いたら、セブンスのように、ダンジョン内を徘徊する行商もするように頼んである。
今回、樹海の骸骨商店にスケスケが不在なのは、単純に城の店番をしているというタイミングだっただけだ。
サリトスたちはそれでも構わないと判断したのか、勝手知ったる我が家のように、売却による換金や、商品の購入をテキパキ済ませた。
フレッドは、買い物中の二人から少し離れて融合壷で遊び始めている。
手元にあるいらない素材を使って、融合壷をかき混ぜているようだ。
前に完成度Bの剣を作り出せたことで、フレッドの中に何かが芽生えたのかもしれない。
『ぐおぉ……ッ』
――なんて思っていると、フレッドが何やら大声で呻いた。
『どうしたのさ、フレッド?』
『面白半分で融合した杖の完成度がDだった……』
フレッドの答えに、サリトスは苦笑する。
『融合券で作れば良かったのではないのか?』
『それじゃあCしか作れないでしょうよー、旦那。
おっさんはね、B以上のモノを融合で作りだしたいワケ。欲しいんじゃないの。作りたいの――その違い、分かってくれないかなぁ』
そのフレッドのぼやきに、俺は思わず拍手をしてしまった。
「ミツッ、聞いたかッ!?
この世界の住人の一人に、手製のこだわりに目覚めかけてる奴が生まれたぞッ!」
「はいッ! フレッドさんから、色々と広がってくれればいいのですけれど」
蒔いた種に芽吹きの気配が生まれたのは素直に嬉しい。
「あ。アユム様。バドさんたちも、フロア4にやってきましたよ」
「ふむ」
サリトスたちはしばらく骸骨商店に居そうな雰囲気だし、メインで見るのはバドたちにするか。
そうして、俺はバドたちが映るモニタへと視線を移す。
しばらく探索を続けていたバドたちだったが、とある通路の行き止まりのところで、ケーンがしゃがみ込んだ。
『どうした、ケーン?』
『あー……いや……』
歯切れの悪いケーンが見ていたのは、どこにでもいるような子猫だ。
『にー……』
どこか弱々しい鳴き声をあげてうずくまっている子猫を撫でているケーンを見て、バドが思わず苦笑した。
『ふむ? 猫系のモンスターをここらで見た記憶はないわいな』
『ですが、空に鳥が飛び、川に魚が泳ぐのが見えました。モンスターとは別に、そういった生き物も、この樹海では生息しているようですよ』
首を傾げるゼーロスに、アサヒが答える。
それに、ゼーロスはそういうものか――とうなずいた。
『なら、こいつもその手の野生の仔ってコトか』
『なんとなく可哀想だしな……』
そう言って、ケーンは自分の腕輪から、外から持ち込んできたらしい食料を取り出した。
見た目、鳥の薫製かジャーキーといった感じだ。
そのジャーキーを小さく裂いて、手に持った。
『ほれ。食えるか?』
ケーンは仔猫の鼻先で、それをぴこぴこと上下させる。
それに鼻を近づけ、ひくひく動かしていた仔猫は、ややしてそれに手を伸ばす。
ケーンは伸ばしてきた手に逆らわず、手放すと、仔猫はそれをたぐり寄せて、舌先で軽く舐める。
仔猫はそれで食べられると判断したんだろう。
前足で押さえたそれにパクリと噛みついて、グイっと引っ張り引き千切った。
欠片をもぐもぐと咀嚼し飲み込むと、顔を輝かせて残りに噛みつく。
勢いよく食べきると、次を催促するように、てしてしと前足でケーンを叩き始めた。
『仕方ねぇなぁ……』
苦笑したような言葉ながら、ケーンの表情は緩んでいる。
バドたち三人もそれを邪魔する気はなさそうだ。
和やかなバドたちの様子を伺っていると、横から「はわぁ……」とか「ふにゃぁ……」と言った奇声が聞こえてくる。
ふと横を見てみると、ミツがモニタを食い入るように見て――訂正。仔猫を食い入るように見ていた。
「はぁぁぁ……」
吐息を漏らすほどに見入ってるミツは無視して、俺はモニタへと視線を戻す。
ケーンが手に持っていた分、全部食べ終わっても満足しないのか、仔猫は再び、前足でケーンをてしてし叩く。
その姿にすっかり和んでいるバドたち一行。
ケーンも肩を竦めながら、腕輪に手をかざした。
その瞬間――
仔猫は鋭くケーンの腕輪を引っかいた。
『おいおい。そう急くなって』
ケーンの腕輪が猫のツメに反応して、腕輪の中から、アリアドネロープが出てきてポロリと落ちる。
仔猫はその落ちてきたロープを口にくわえると、脱兎の如く茂みの中へと消えていった。
『え?』
しばらく呆然としている四人だったが、すぐにバドが正気に戻る。
『おーい、ねこ~。お前が持ってたのは餌じゃないぞ~。返してくれ~』
呼びかけてみたところで、猫からの返事は当然ない。
『まぁ……なんだ……。
気を取り直して、探索の続きでもするわいな』
バイキングヘルムをズラして後ろ頭を掻きながら告げるゼーロスの言葉に、他の三人はうなずくと、改めて探索へと戻った。
探索に戻る四人の様子を見つつ、チラりとミツを見る。
表情はあまり大きく変化はないものの、明らかにガッカリした空気を纏っていた。
――面白いから、放っておこう。
あの仔猫――もちろん、ダンマスである俺の仕込みである。
発生条件は特になく、完全にランダムなイベントだ。
基本的にフロア4~5の袋小路で遭遇したりしなかったりする。
一度遭遇して餌をあげたり撫でたりすると、その階層中での遭遇率がアップ。
袋小路だけでなく廊下でも遭遇するようになる。
そこでさらに構ってしまうと、フロア1~3ですら遭遇するようになっているわけだ。
多種多様の仔猫たちは、遭遇した探索者に対して、可愛くあざとく様々な仕草やアピールをしてみせる。
そうやって油断させながら、狙うは腕輪の中のアリアドネロープ。
仔猫たちには、持ってきたアリアドネロープに応じて報酬を払う約束をしているので、みんな元気に可愛さアピールしてくれる。
さらに言えばダンジョン産の猫だからして、俺がちょっと能力をイジることも可能だった。
そこで俺がやったのは、アレルギー封印。
猫アレルギー持ちの探索者がモフっても、アレルギー症状が発生しない夢のような猫となったわけである。
猫好きたちよ、存分にモフることで汝が猫の奴隷と自覚せよ――って、何キャラだ俺。
さておき、猫についてはこのくらいにして――バドたちの探索の続きだ。
仔猫のいた袋小路から引き返し、バドたちは探索に戻っている。
引き返した先にあるちょっとした部屋から、まだ探索していない廊下へ入っていく。
そこは真っ直ぐ直線に伸びた道だ。
『正面は行き止まりのようだが、宝箱が見えるわいな』
『そりゃあいい。貰っていこうぜ』
四人がその道を歩いていると、
『にゃー』
どこからともなく仔猫が現れて、アサヒの足にじゃれつきはじめた。
……まさかこうも早く二匹目にエンカウントするとは……ちょっと驚きだ。
あんまり頻度を高くしすぎると、探索者たちが猫嫌いになりそうだから、1フロア辺りの猫の数はそうでもないはずなんだけど。
『今日は、猫に良く会うな』
バドが何ともいえない顔で苦笑すると、アサヒも同じような表情でうなずく。
とはいえ、いくら戦闘狂のアサヒといえども、自分の足に身体を擦り付けてくる仔猫まで邪険には扱えないらしい。
『さっきのとは柄が違うわいな』
『まぁ逃げてった方角とは違いすぎるしな』
ケーンがバツが悪そうなのは、アリアドネロープを仔猫に盗られてしまったからだろう。
『全く……どうされたんですか?』
自分の足にまとわりつかれて動きづらそうなアサヒは、嘆息を漏らしながらその場にしゃがんだ。
『にゃーぅー』
屈むアサヒの膝の上に、猫はピョンと飛び乗った。
それでも特にバランスを崩さないアサヒはさすがというべきか。
『あ、こら。私に乗ってはいけません』
アサヒは仔猫の前足の脇に手を差し込んで抱き上げ、自分の目線に合わせながら、ちょっと眦をつり上げた。
『メッ、ですよ』
『にゃー……』
分かっているのかいないのか、仔猫はそう返事をしたあとで、ジタバタとし始める。
『もう。手の中で暴れないでください』
スルリと、アサヒの手から抜け出すと、彼女の胸部の谷へとダイブした。
『『『こ、仔猫が、軽く埋まった……ッ!!』』』
「こ、仔猫が、軽く埋まった……ッ!!」
「ちょっとッ! バドさんたちはどこを見て――ってッ、アユム様もですかッ!?」
「いや、さすがに見るだろアレはッ!」
キッパリと告げると、ミツからガチのジト目で睨まれた。
ともかく――アサヒの胸の谷間でもがいてた仔猫に、彼女は慌てず騒がず、首根っこを掴んで冷静に引っ張り出した。
それから改めて仔猫を抱き直そうとした時、仔猫は再び暴れるとその手からするりと抜け出す。そのついでにアサヒの腕輪にツメを引っかけた。
同時に、そこからポロリとアリアドネロープが落っこちる。
『え?』
『あ』
あとは先ほどの光景と同じように、落ちたアリアドネロープを咥えた仔猫は脱兎の如く、森の茂みの中へと消えていった。
それを見たバドは、どうやら思い至ったようだ。
『あの仔猫たち……もしかして愛嬌振りまきながら、アリアドネロープを狙ってるんじゃないのか?』
『その意見に同感だわいな』
『な、なんと恐ろしい罠なのでしょう……あのように愛らしくモフモフと可愛い猫が、そのようなコトを……』
『全くだ……同じようなコトがあったらまた引っかかる自信があるぞッ!』
残念そうなアサヒと、胸を張るケーンに、バドとゼーロスは嘆息する。
『二人とも、少しは反省しておくように』
『とはいえ――ワシらも気をつけるわいな、バド』
『ああ。あの姿には、油断しちまうもんなぁ……』
そんなやりとりをしながら、四人は宝箱を回収して、一本道を引き返していった。
ちなみに、あの廊下――獣道が二つほどあったんだけど、四人は気づかなかったみたいだ。
さて――
バドたちのみならず、他の探索者からも奪ったアリアドネロープはどうなっているかというと……
「にゃー」
「お、戻ってきたな」
にゃんこトラップを作るにあたり新設した、管理室の猫用出入り口から仔猫たちが入ってくる。
「ア、アユム様……そ、その仔たちは……ッ!?」
なにやらワナワナ震えてるミツは、放置して、猫たちが持ってきたアリアドネロープを受け取った。
「お、お前すごいな。二本も持ってきたのか」
わしゃわしゃと撫でたあと、俺は猫に問いかける。
「何が欲しい? お刺身か? 鰹節か? 猫缶か? え? カリカリ? 自らカリカリを欲しがるのは珍しいな。いいぞ、何個欲しい? 四つ? 五つ? え? 六つか? このいやしいんぼうめ。ちゃんとキャッチしろよッ」
そうして俺がカリカリを六つ投げると、仔猫は華麗に口でキャッチしてご満悦顔だ。
だけど、それで満足してもらっては困る。
「なんてな。カリカリだってちゃんと一袋あるぞ。ほれ、部屋の片隅の餌皿を受け取ってこい」
「にゃー」
とまぁこんな感じで、仔猫たちに報酬を渡していく。
もってきたアリアドネロープの数に応じて貰える報酬の量が変わるので、仔猫たちもいっぱいがんばってきてくれるのである。
基本的に一匹につき一本ペースだけど。
「ず、ズルイですよ、アユム様! 私も……私にも撫でさせてください……ッ!」
「だそうだぞ?」
俺が仔猫にそう告げると、黒ぶちの仔猫がミツを見上げて首を傾げた。
「はわぁぁぁ……」
愛らしい仕草に悶えながら、ミツはゆっくりとその黒ぶちに手を伸ばし……
「にゃう」
てし――と前足でその手を払われた。
「……え?」
それでも諦めず、ミツが手を伸ばすと――
「にゃーう」
今度はツメを立てて手を引っかかれた。
「な……」
黒ぶちはそのまま何事もなかったかのように、管理室の隅の報酬受け取りスペースへと向かっていく。
しっぽをゆったり動かしながら歩むその後ろ姿を見ながら――
「何でなのですか――ッ!?」
涙目になったミツの嘆きが響きわたった。
ミツ「(´・ω・`)……」
アユム「えーっと、ミーカに何か作って貰うか?」
ミツ「アユム様。スイーツがあれば機嫌を取れると思ってます?」
アユム「すまん……」
ミツ「でもスイーツに罪はありませんので、あるなら食べます(`・ω・´)」
次回は、コロナかキーラ辺りの視点でダンジョンの外の話になる予定です