3-10.『サリトス:蝶のいない木』
デュンケルが金の粒子と消え、ゼニタラスクも再び姿を消したところで、俺たちは探索に戻る。
すぐそこの扉を開ければ、その先はクロバーの木の生えている廊下だ。
頭上から強襲してくるグリーンヴォルフを気をつけながら、進んでいく。
そして、廊下の終端にある扉をあけると、かなり広いクロバー群生地帯が広がっている。
「さて、ここからだ。フレッド、警戒を頼む」
「任せとけって。でも、オレの警戒の隙間からやってくるモンもあるかもしれないから、そっちも気をつけてよ?」
フレッドの言葉に、俺とディアリナがうなずく。
扉を開けてすぐ正面に何となく見え隠れする、フラフラフライの集る木は無視して、俺たちは壁沿いに歩き始める。
壁を右手進んでいくと、クロバーではない木が一つ見える。
フラフラフライが集っている木と同じようだが、不思議なことにあの木には集っていない。
「フレッド」
「ああ」
俺が名前を呼ぶだけで意図を察してくれたらしい。実に頼りがいがある。
フレッドは俺たちから少し先行して木に近づいていく。
俺とディアリナも、ゆっくりとフレッドを追いかける。
「大丈夫そうだ。フラフラフライの影はない。
これなら、この木を調べられそうだ」
「油断しちゃダメさね。そのうち飛んでくるかもしれないよ」
「それならそれで、その瞬間まで調べればいい」
目の前の木が、甘い香りのする樹液を樹皮の隙間から滲ませているのを見るに、フラフラフライはこれを啜りに来ているのだろう。
「さて、封石は……」
この木にも封石が付いている。
俺は僅かな逡巡のあとで、自分の腕輪をそれに当てた。
すると、封石は一度瞬くと、その内側からゆっくりと小瓶のようなものがせり出し始める。
「これは?」
「どうしたのさ、サリトス」
「封石から小瓶が出てきている。それもかなり遅い速度で」
指で示すが、二人には小瓶が見えないらしい。
ラヴュリントスらしいといえば、らしい仕掛けではあるか。
「ようやく出てきたな」
待つことしばし。
ようやく手の中に落ちてきた、中に液体を湛えた小瓶に、俺は通常の鑑定をかける。
===《ビーケンの樹液 稀少度☆☆☆☆》===
貴重品。売却可。
ビーケンという名の木の樹液。
甘みが強く、職人スキルで濃縮することでビーケンシロップという甘味料となる。
独特の風味があり多少好みは分かれるが、パンなどに掛けると美味しい。
これを好む生き物も多い。
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「どうしたんだい、サリトス?」
「樹液が手に入った。美味しいらしい」
完全に封石から出てきたものはやはり二人にも見えるらしく、俺はそれを見せる。
「コロナが喜びそうな樹液だね」
ディアリナが嬉しそうにそう口にする横で、フレッドが下顎を撫でながら何かを考えている。
「どうした?」
「旦那、旦那。
この間の熊の鑑定内容、ちょっと呼び出してもらっても?」
「ん? 構わないが」
===《血毛の放浪熊 ランクC》===
グリズルベアの亜種。ラヴュリントス固有種。
ラヴュリントスのフロア4~5を歩き回っている熊。
獲物と定めた相手をどこまでも追いかけてくる。
走って追いかけることは滅多になく、歩いて追いかけてくるので振り切るのは容易。
血染め爪の黄熊とはウマがあわず、顔を合わせると殺し合いを始めてしまうので、お互いにお互いを避けるように生活している。
肉食獣ではあるが、ビーケン樹の樹液は別。彼らの好物であり、獲物よりも優先するコトがある。
固有ルーマ:血死の咆哮
短時間、自身の各種能力を高める。特に攻撃力が大幅に上昇。
自身が追いつめられていればいるほど、能力の上昇値が高くなり、効果持続時間も伸びる。
ドロップ
通常:血赤色の剛毛
レア:?????
クラスランクルート:
特殊なモンスターの為、クラスランクは存在しません。
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「好物――この樹液か」
「追いかけられてる時、気を逸らすのに使えるかもしれないねぇ……。
オレと嬢ちゃんも、取れそうなら取っておいた方がいいかもよ」
フレッドとディアリナはうなずきあって、小瓶が出てくるのを待つ。
「しかし……これはフラフラフライを捌きながら待つとなると大変だ」
「まったくだ。蝶たちのいないこの木であっても、いつヴォルフや熊たちに襲われるか分からないしな」
俺の何気ない言葉に、フレッドとディアリナは顔を見合わせて強ばらせた。
「どうした、二人とも?」
「熊のコト忘れてたよ……」
「おっさんもだ……」
「…………」
フラフラフライがいないので、無意識に熊のことも除外していたが、考えてみたら、巡回している黄色い熊が、あの蝶を追い払った直後かもしれないのだ。
「……無事に回収できるのを祈るしかあるまい……。
とはいえ、さすがに退路は探っておきたいが」
俺がそううめくと、
「なら、おっさんが」
――と、フレッドが名乗りを上げた。周囲を見て回ってくるらしい。
「もしオレがいない間に熊が来たら、小瓶を一つ、分かるように置いて逃げてくれ」
「あいよ。頼むよ、フレッド」
フレッドは後ろ手に手を振って、軽い足取りでここから離れていった。
それからほどなく、さして時間が経たないうちにフレッドは戻ってきた。
「ただいま」
「ああ、おかえり」
「おかえりさん。どうだった?」
「この木から見て、北側やや西よりに扉が一つあったわよ。
逃げるにしても先に行くにしても、そこの先に行ってみない?」
こちらとしても異論はない。
ディアリナもそれで構わないとうなずき、二人が樹液を手に入れるまで待ってから、そこを目指すことにした。
フレッドとディアリナが樹液の入った小瓶を手に入れたあと、フレッドの見つけてきた扉から先へと進む。
扉の先は廊下が直線と右とに伸びてるような場所だった。
真っ直ぐ伸びる方の廊下すぐ左手には、ゼニタラスクのいた川の合流地点から流れでているだろう小さな川と、そこに架かる小さな橋がある。
「橋を渡る場合、この廊下は進む必要はなさそうだけど?」
「だがまずはここの探索だ」
俺が告げれば、ディアリナとフレッドは、そうこなくては――と笑った。
「旦那、嬢ちゃん。進む前に一つ警告だ。
分かりづらいが、熊っぽい足跡がそこかしこにある。
恐らく赤熊の方が、この廊下を闊歩してるから、注意して進んでくれ」
赤熊は、川の対岸にいるものしか見たことはないが、あの黄色い熊と互角の殺し合いをできるというのは、図鑑に書いてあった。
「分かった。警戒は密にして進むとしよう」
そうして、俺たちは川沿いに道を進む。
川とは反対方向へ伸びる廊下もあるが、そちらはやや見通しが悪かったので、こちらを選んだ。
橋を無視して、直線の道を歩いていると、突き当たりやや右手にすぐに扉を見つけた。
――と、その時だ。
「Guoooooo――……ッ!!」
その突き当たりから右へ伸びる廊下の奥で、赤い熊が咆哮をあげてから、ズンズンとこちらへ向かって歩いてくる。
「フレッドッ、ディアリナッ、そこの扉へ飛び込めッ!
これまでのパターンを思えば、モンスターは扉を越えて追いかけてはこないッ!!」
二人は即座に扉をくぐり、俺も二人を追いかける。
扉の先はゼニタラスクのいた中州も見える川岸だった。
右手を見れば、俺たちが中州の戦いを見ていた廊下も見える。
さらに――
「アドレスクリスタルか」
「何か趣味の悪い――色んな骨を組み合わせて作り上げたような骨の扉もあるみたいだけど」
川岸のやや広めのこの廊下には、その二つが設置されていた。
「その骨の扉だけどね。よく見ると『骸骨商店』って書かれてるわよ」
「なるほど。スケスケの店に繋がっているのか」
俺たちは腕輪にアドレスクリスタルを登録すると、骨の扉へと視線を向ける。
しかし、この骨の扉――側面から見ると板が直立してるだけにしか見えないのだが、どういう原理なのだろうな。
「補給はしておくべきだろうが……二人はどうだ?」
「あたしも異論はないよ。この樹海で手に入れた素材も少し減らしたいしね」
「おっさんも賛成。新しく手に入れた素材でおもしろいもの作れないか試してみたいしね」
満場一致で俺たちは骨の扉をくぐることにする。
扉を開けると、その先には城の中で見たような内装の店内が広がっていた。
扉の反対側の樹海が見えるわけではないのが不思議なところだ。
「ダンジョンなんだ、こういう不思議もあるんだろうさ」
「そうそう。ディアリナ嬢ちゃんの言う通り、難しく考えずに入りましょうや」
「そうだな」
中へはいると、いつもスケスケがいるはずの高座には、誰もおらず代わりに看板だけが立っていた。
《只今、店主不在です。ご用件のある方はまた後日お尋ね頂くか、別のフロアの店舗をお尋ねください。
なお店内の施設は開放してありますのでご自由にお使いください》
「スケスケがいないのは残念だが、買い物や職人施設は使えるようだ。
一息つくついでに、利用させてもらうとしよう」
そうして、俺たちはここで一休みすることにした。
スケスケ「不在とか言いつつも、管理室で甘味を頂いてるだけなんですけども」
アユム「適度な休憩ってのは大事だし、休憩に食べる甘味も大事だからな」
ミツ「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ」
そういえば、前回……次回予告してませんでしたね。
それはともかく、次回は、バドたちが樹海の迷廊で子猫と出会う予定です。
ちょっとした新作読み切りを書きました。
「スノウ・ホワイトはゆったりのんびり旅をしたい」
という作品です。10分くらいで読み終わる短いやつですので、もしよければ、よろしくどうぞ。
https://ncode.syosetu.com/n9910ez/