3-8.樹海の迷廊と探索者たち
昨日、古井戸が解禁されてから、様々な探索者たちが新たなる樹海に足を踏み入れてきている。
そんなフロア4の構造をちょっとだけ、解説しよう。
――と、言ってもそこまで特徴のあるフロアでもない。
すでにサリトスたちが経験してる、道をふさぐ倒木、蝶の群がる木、徘徊してる熊、クロバーの木の群生地が存在しているという点以外に目立つ点のない樹海型迷路。
強いて言えば、正規ルートと、古井戸ルートで、スタート地点が異なるくらいだ。
この二つのスタート地点の位置とか説明するにあたって、見開きのノートとかイメージしてもらえるとわかりやすいかもしれない。
右ページ……東エリアに正規ルートのスタートと、フロア5への階段がある。
左ページ……西エリアに古井戸ルートのスタートがある感じ。
もちろん二つのページは完全に隔たれているわけもなく。
ちゃんと行き来できる廊下がある。
正規ルートからスタートした場合、左ページに行く必要もなく、フロア5へ進めるというのがメリットだ。
古井戸ルートは当然、左ページをある程度歩き回り、右ページへ行く為の道を見つけだし、そこから右ページの攻略をする必要がある。
とはいえ、左右それぞれに宝箱とか仕掛けとかアレコレ設置もしてあるので、マップ埋めが好きな人にはシンドイかもしれないけどね。
ゲームではないので、その辺りをどう思うかはまだちょっと未知数かな。
「そんな左ページからスタートした人たちなんですけど……」
ミツが指で指し示すところを見遣ると――
「あー……」
ある程度進むと遭遇するようになっている赤熊にケンカを売り、あっという間に全滅して金の粒子になっているチームがいた。合掌。
「半数くらいのチームが、赤熊を見るなり攻撃を仕掛けて返り討ちにされてますね……」
「でも返り討ちにされてもメゲずに再挑戦してる連中の半分くらいは、逃げるコトを覚えたな」
死に覚えの効果がでてるじゃないかッ! やったーッ!
「でもふつうのダンジョンでは通用しない手段ですので、その辺りをちゃんと理解しててくれればいいのですけれど」
「さすがにそこまでバカじゃないと思いたいけどなぁ……」
実際にどうなのかが確認しにくいのが残念だ。
これが別のダンジョンであれば自分たちは死んでいた。モンスターの強さを見極めるのは、死なない為に重要なのである――ということを理解してくれてればよいんだけど……。
とりあえず、赤熊の出没する区画の物陰で相談をしている五人組のチームにフォーカスを当ててみることにしよう。
『あの赤熊、できれば倒したいが、手強いな』
『この近辺は一周して同じ場所に戻ってくるような廊下が多い。遭遇したら上手く撒いて逃げるしかないな』
『倒さなくても進めるなら、まずは避けようか。今は先に進むべきだろう』
『残念だが仕方ないか。だが強さは理解した。もっと強くなった頃に挑もう』
『所持金や所持品を失うけど、沼に沈んでもすくい上げてくれるこのダンジョンに感謝だな』
『そうだなッ! 何度でもああいう強敵に挑めるんだもんなッ!』
これは理解していると言えるのかどうか……。
まぁ――とりあえず避けようって発想がでてるからいいか。
『グるるるるるるゥ……』
『あ、ヤベッ!?』
『見つかったッ!?』
『大声出すから……ッ!』
『いいから逃げるぞッ! 勝てないのは分かってんだからさッ!』
この五人組は特にケンカしたりせずに逃げ出しているので、チーム仲は良好そうだな。
赤熊から慌てて逃げる彼らを横目に、俺は別のモニタに目を移す。
目に止まったのは、フラフラフライが集まる樹――ビーケンの樹が中央にある部屋にたどり着いたチームだ。
サリトスたちの時と同様に、この部屋も、黄熊のナワバリになっている。
さてさて――
『あの木、封石が付いてるよな?』
『井戸の前の看板と同じで、腕輪で触れれば何か起こるってコトか』
『でも、フラフラフライが集ってるのが邪魔よね?』
その三人組のチームは、それでも強引に試してみることにしたらしい。
紅一点の女性が、火の玉を作り出すブレスを解き放ち、ビーケンの足下手前で炸裂させた。
それに驚いたフラフラフライたちが一度一斉にビーケンの周囲から離れる。
ややして、彼らを驚かせた元凶と見定めたのか一斉に襲いかかっていく。
それを見据えながら、リーダーらしき男が叫んだ。
『いけッ!』
『おうッ!』
もう一人の男は威勢良くうなずいて、一気にビーケンへと駆け寄っていく。
リーダーは、走り出した男の道行きを邪魔するフラフラフライを切り裂いていく。
女性の方は遠距離にいるフラフラフライに氷のブレスで作り出したニードルを放って、牽制を繰り返す。
「悪くない連携ですね」
「ただ、あいつらが羽ばたくだけで鱗粉は舞うだろうからな。大丈夫かな?」
感心しているミツに、俺は独りごちるように答えた。
走り出した男は、あっという間にビーケンの根元へとたどり着くと、幹についている封石に自分の腕輪を当てる。
「……息を止めてるのかな?」
「恐らくは」
封石は一度瞬くように光ると、その内側から、ゆっくりと小瓶がでてくる。
焦らすように顔を見せる小瓶の中には、粘度の高い琥珀色の液体が詰まっている。
あの液体の正体は、フラフラフライが楽しんでいたビーケンの樹液だ。
ビーケンの前にいる男も、近づいてくるフラフラフライを手にしたナイフで振り払い、小瓶が完全に出てくるのを待っている。
だけど、その表情はかなり焦っているようだ。
『どうしたッ!? 何かあったのかッ!?』
息を止めてるからだろう。
リーダーの問いかけに言葉では答えず、彼はうなずく。
『もう少し時間を稼いで欲しいのね?』
ブレシアスの女性の問いにもうなずけば、リーダーが即座に了解を示す。
そうして、リーダーと女性が、より気合いを入れたその時だ。
Guooooooooo――ッ!!
その咆哮が、部屋の中に響きわたった。
同時に、フラフラフライたちが一斉に、上空へと飛び立って散り散りに逃げていく。
『なんだ……?』
『やばいのが来たってコトでしょ? そっちはまだなのッ!?』
『ヨシッ! 手に取れたッ! 動けるぞッ!』
『何が手には入ったかはあとで聞く』
リーダーが言いながら、ビーケンの背後にあった通路を示す。
その道からは、黄色の熊が出てきて、ゆっくりと彼らの元へと向かっている。
『まずは逃げるぞッ!』
走ろうとしてふらついた男に、リーダーが肩を貸して走り出す。
「黄熊からだったら、あれでも逃げきれるな」
「ビーケンの樹液入手の最初のチームが出ましたねぇ」
あれが本格的に必要になるのは、フロア5からだけど、フロア4でも十分使い道のあるアイテムだ。腕輪の貴重品欄にしまわれるくらいの重要アイテムが、あの樹液である。
「あとは、使い方に気づければ……ですねぇ」
「どっちかの熊を鑑定してれば、気づけるとは思うんだが……」
こればっかりは、探索者たちの能力次第だな。
俺はさらにモニタをいくつか眺め――
「おお?」
「どうしました?」
「ミツ、これだ。
こっちの最初のクロバーの林を越えた先の部屋」
指し示した部屋にいるのは、どことなくダメなタイプの脳筋の集まりみたいな六人組のチームだ。
そいつらが、その部屋に用意しておいた隠し通路用の封石見つけたらしく、集まっている。
「ああいう細かいの見つけられるタイプの連中じゃなさそうだけど……」
「アユム様。隠し通路の先です。すでに先行されてる方がいるようですよ」
「ああ、それを見たのか」
納得し、その先行している奴に視線を向けると――
「あの先行している人……何なんでしょう、あの人?」
「ソロっぽいけど……ほんと、何なんだろうな?」
俺とミツが揃って首を傾げる男は、なんというか……目立つ――悪目立ちする出で立ちをしていた。
フード付きのマントを羽織り、フードは目深に被って怪しい男だ。
全体的に黒ずくめな格好と、身に纏っている骨や血を思わせる装飾品の数々、そして色白の肌にどこか陰鬱そうな雰囲気のせいで、世が世なら魔王扱いとかされても仕方なさそうな男だ。
『くっくっくっく……』
何やら喉の奥で笑いながら、隠し通路の先で足を止めている。
通路を抜けた先はフロア4を流れる川の合流地点のようなところ。
細い川には狭く小さいながら橋が渡してあり、対岸――というより中州のようなところへと渡れるようになっている。
隠し通路を抜けてすぐ右手に、小さな橋が架かっていて、中州へ行くにはそれを渡るしかないのだが、男はそれを無視して川岸を進んでいく。
途中で一度左に曲がるものの、その先は行き止まりだ。
特に何も配置してないのだが――
『はははははは……』
何やら笑いながら、その曲がり角の影で男は身を潜めた。
ややして、隠し通路を開く封石を見つけたらしい探索者チームたちがこの場所へと姿を見せる。
『さっきの黒ずくめ……』
『何か知ってるのか?』
『デュンケル……掠奪鴉のデュンケルだ』
『あいつがそうなのか……』
『俺は全く知らないな……有名なのか?』
『ペルエールのダンジョンに挑戦したって話は聞かないからな。この国を中心にしてるやつは知らないかもしれないが……他の地域じゃわりと有名なソロ探索者だぜ?
ただ、討伐中のモンスターを横からトドメを刺した上に、部位とかを強引に持ち去っていったり、手を組んでいたのに背後からブレスを打ち込んできて、お宝を全部持って行方を眩ましたり――そういう噂の絶えないやつだ。
そうして付いたあだ名が掠奪鴉ってワケだ』
『有能にして優秀。敵対すると恐ろしいが味方にすると敵より怖い――なんて話さ』
「ロクな噂ではないですね」
「色んな意味で見込みはあるけどな」
「そうなんですか?」
「噂通りのやり方をして生き延びてきているなら、単純な実力は高いってワケだしな」
そんなやつが、どうしてあんな場所に身を隠しているのか――そこはちょっと気になるところだが……。
『……で、そのカラスさんはどこだ?』
『川ばっかりで見晴らしがいいのに見当たらないな……』
『何かにやられてお帰りなさったのかね』
六人組はそんな話をしながら最初の橋を渡って小さな中州へと渡り、そこから次の橋を目指す。
そんな時――
『臆病ネズミの連中だ』
対岸の廊下をサリトスたちが歩いているのを六人組が見つけた。
『相変わらずスカしたツラした野郎だな』
『だがディアリナが良い女なのは間違いない』
『そうか? 結構キツくないか、あいつ』
『そこがいいんだろ?』
雑談しながら、彼らは小さな中州から橋を渡って大きな中州へとたどり着く。
そこは、地面のあちこちに金色の封石が埋められた場所だ。
ちなみに、サリトスたちのいる対岸からだとその封石が認識できないようになっている。
隠し通路を見つけたやつの特権ってやつだな。
当然、六人組はそれに気づく。
『これも封石ってやつか。いっぱい埋まってるぞ?』
『誰か触って見ろよ』
『よし、やってみるか』
一人が埋まっている金の封石に触れると――
『おっと……』
『どうした?』
『1ドゥース銅貨だ。飛び出してきた』
『何だよ、たったそれだけかよ』
ガッカリする他のメンバーをよそに、1ドゥースを手に入れた男は二つ目の金の封石に触れる。
一度触れた封石は黒くなっているのを見て、ひとつの封石につき一回だけだと理解してくれたっぽいか?
『おお?』
『なんだよ、1ドゥースがそんなに欲しいのか?』
『今度は1ドゥース銅貨が二枚だ』
『結局それっぽっちかよ!』
チームメイトたちが笑うのを余所に、そいつはさらに次の金の封石に触れる。
『……今度は四枚だ』
次は銅貨八枚。
続いて10ドゥース中銅貨一枚と銅貨六枚。
……中銅貨三枚と銅貨二枚……中銅貨六枚と銅貨四枚。
こうなってくると、さすがに他のメンバーも黙っていられなくなっていく。
『マジか! これ、触れば触るほど、貰える金が増えるってコトかよッ!』
『俺もやるぞッ!』
『俺もだッ!』
100ドゥース大銅貨一枚と中銅貨二枚と銅貨八枚。
大銅貨二枚と中銅貨五枚と銅貨六枚……。
もちろん、まだまだ続くぞ。
256ドゥース……512ドゥース……1024ドゥース……2048ドゥース……。
「あの、アユム様? さすがにちょっと隠し通路の発見のプレゼントにしては多すぎるのでは……?」
「いいか、ミツ。世の中、美味い話には裏があるもんだ」
ほどほどで切り上げておけば、裏に遭遇しなくても済んだはずなんだけどな。
トラップの発動は、1024以上の金額を手に入れる時にランダム。
もちろん、額が増えれば増えるほど、確率はあがる。
ちなみに、ここで貰える最高額は524,288ドゥースだ。すべての金の封石に触れた場合、総額で1,048,575ドゥースが手に入る計算になる。
この世界の一般探索者たちにとってのちょっとお高めランチが1000ドゥースって話なので、結構な高額だ。
……ちゃんと持ち帰れるのなら、って話だけどな。
「来るぞ、ミツ」
「え?」
「苦難の末のお宝ばっかりだったからな。お宝のあとに苦難があってもいいだろう?」
お金を拾ってるやつらの一人が、4096ドゥースを得ると同時に――今いる大きな中州と、帰り道である小さな中州をつなぐ橋の近くに、巨大な影が現れた。
――最終幻想第五弾を参考にしたトラップ大成功であるッ!
アユム「そういえば、ドゥース通貨ってどんなのがあるんだ?」
ミツ「全部で九種類です。1ドゥース銅貨からスタートして、10枚ごとに一つ上の1枚と等価です。銅貨→中銅貨→大銅貨→銀貨→中銀貨→大銀貨→金貨→中金貨→大金貨となります。もっとも、金貨ともなると、商人や貴族以外が使うことはあまりないようですけど」
次回は、サリトスたちの視点で、中州の探索者とトラップを観察する予定です。