3-7.古井戸、解禁
サリトスたちが最初にフロア4に到達してから十日経った。
その間にも、サリトスたちはゆっくりと探索を続けていたし、バドたちがフロア4に入ってきたりしたものの、進展らしい進展はない。
基本的にサリトスたちは、ディアリナのマッピング範囲を広げていき、バドたちも腕輪のオートマッピングで確認できる範囲を増やすことに終始している。
これに関しては、フロア4からモンスターからの状態異常攻撃の頻度などが増していること。二種類の強敵熊の存在していること。この二つの理由があるんだろう。
臆病者の栄誉に相応しく、慎重に探索しているのが伺える。
まぁバドたちは、一度、血染め爪の黄熊とガチってはいたけどね。
ゼーロスとアサヒが嬉々として戦いを挑んでいったからな。
一応倒せはしたものの、探索中に何度も挑むのはシンドイって結論を出して、必要な時以外には戦わないようにするという方針になったようだ。
翌日、ナワバリに黄熊が復活していたのを見て、その方針は確固たるものとなったようだけど。
そんな先行する二組以外も、フロア4に挑めるようになるのが今日と言う日なわけである。
件の井戸へとカメラを向ければ、結構な数の探索者たちが集まっている。
井戸には木蓋がしてあるし、例によって条件を満たすまでは開かない。
その条件って言うのが、俺の許可なワケだから、開かずの井戸だ。
「しかし、ちょっと想定外な人数がいるな……」
パッと見だけでも三十人はいると見える……。
「どうしますか? あの井戸へ、我先にと入る人が溢れたら、事故が起きかねません……というか確実に起きると思いますが」
「うーむ……」
ミツの言うとおりの懸念はあるんだよな。
……となると、人数制限を上手いこと設けるしかないかな。
「よし」
「何か思い浮かびました?」
「ちょっと看板を一つ作ろう。井戸の近くに立てる」
「読んでくれるでしょうか?」
「そこまでは分からないけどなぁ……」
ここまで来て読まん奴なんぞ知らん――と、言いたいところなんだけれど……。
「まぁやってみるさ」
文面としてはこうだ。
【この看板の黄色の封石に己の女神の腕輪の石を重ねよ。
この看板の封石が青に見える者のみが井戸へと入れる。
この看板の封石が赤に見える者は、入ることは出来ぬ。
だが赤はやがて黄色に戻る。また腕輪を重ねるが良い。】
ようするに封石が青くなってる間、井戸は開く。誰かが青にしてる時は、他の人には赤く見える。そんな話だ。
基本的に一人ずつで、井戸へと入るか一定時間経つかした時、封石は元に戻る。
とはいえ、人数の話とか、赤から黄色に戻る条件は敢えて書かない。
「さて、久々にマイクで喋るか。
威厳を意識して、意識して……」
ダンジョン全体に響きわたるように設定して、俺は可能な限りの威厳を持って、静かに口を開いた。
「探索者の諸君。待たせたな。ダンジョンマスターのアユムだ。
古井戸に張り付いている者たちよ、まずは古井戸から離れよ。
これより、古井戸を開放する」
瞬間、井戸の周りだけでなく、ダンジョン中の探索者が沸いた。
……いや待って、なんでこんな盛り上がってるの……?
とりあえず、考えるの後回しにして俺は言葉を続けた。
「それにあたり、井戸の近くへと看板を設置する。
そこに書かれた内容を良く読んだ上で、井戸へと挑むが良い。
探索者たちの健闘を祈る」
そして、俺は先ほど作った看板を、井戸から五メートルほど離れた場所に設置した。
看板が生まれる瞬間を見ていた探索者たちが再び沸いた。
……いや、ほんと……何でそんな大騒ぎしてるんだ……?
『すげぇ……本当に何もないところに看板が出てきたぞッ!』
『つか、ダンジョンマスターの声とか初めて聞いたぜッ!』
『ダンジョンマスターはダンジョンを好きに変化させられるって噂は本当だったのかッ!』
『この間のサキュバスの声もそうだけど、ラヴュリントスって随分と親切よね』
『わざわざ色々知らせてくれるからな』
『逆に言えば、それだけ攻略されない自信があるってコトだろ?』
最後の人、違いますよ。
丁寧に攻略してもらいたいので、アレコレやってるんですよ?
まぁそのあたりは気づける人だけ気づけばいいんだけどさ。
「アユム様が声を掛けたのに、まだ井戸の周りから離れない人多いですねぇ……」
「ほっとけばいいんだよ、ミツ。
そのコトでトラブルが起きても、俺たちには関係ないんだから」
揉めた結果、先に進めなくなってもこちらはあまり問題はない。
『井戸の周りにいる人たち、ちょっとどいてくれ!
この看板の封石にさわると、井戸がどうなるか確認したいんだ!』
『触るなら触れよ。こっちは井戸が開いたら一番乗りしたいんだからなッ!』
『そうかよッ!』
看板から声を掛けた剣士は苛立ったように返して、チームメイトと思われる数人と言葉を交わしたあとで、封石に触れた。
『確かに色は変わった。青だ』
『俺の眼には赤に見えるぞ』
『触ったやつにしか青は見えないのか……?』
『とにかく、井戸へ行ってみる。開いてたらそのまま入るから、お前たちもあとから来てくれ』
仲間たちはそれにうなずき、剣士は井戸前でたむろしている連中を押し退けて、井戸の元へと進む。
『何も起きてねぇよ』
『なるほど。お前たちにはそう見えるのか』
『あぁン?』
井戸前のガラの悪そうな男が、チンピラっぽく凄むものの、剣士は返事代わりに肩を竦めた。
『先に失礼するぜ』
そう告げて、男は井戸へと飛び込んだ。
チンピラ風の男の目には、井戸の蓋をすり抜けているように見えたことだろう。
『なッ!?』
驚いている男をよそに、看板の前に集まっていた探索者たちはだいたいルールを把握できたらしい。
『それじゃあリーダーに続きますかね。
といっても、一人ずつしか許容されないみたいだけど』
『井戸に入れば色は戻るみたいだし、とっととやろうぜ。後がつかえてる』
脳筋ながら探索狂いだからこそ、正しい手順で開く仕掛けというのを理解できれば、正しい手順で開けていこうとするようだ。
もちろん、それは全員ではないようだけど。
――で、あれば、だ。
サリトスたちはぐれ者の立ち回りが臆病ではなく、探索として正しいものだと理解されれば、幾分かマシになるのかもしれない……と、淡くとも期待を抱きたいところ。
井戸へ飛び込んだ剣士とその仲間たちがさっさと井戸に飛び込んでいくのを見て、チンピラは大慌てで看板の元へと走っていく。
『おらッ、どけッ! オレが最初から井戸を陣取ってたんだぞッ!』
『知らないな。そんなのダンジョンじゃ通じないのは常識だろ』
『お前はダンジョンマスターの言葉を無視して井戸を張ってた。俺たちはダンジョンマスターの言葉通り看板を読んだ。それだけだ』
『順番と口にするなら、お前は看板待機列の最後尾だろう』
看板の前に並んでいる連中は、比較的まじめな感じだ。
ただチンピラを筆頭に井戸に張っていた連中は、ちょっと違う。
態度が悪いというか、楽する為なら努力もしたくない雰囲気がある。そのクセ、一番乗りのように肩書きや名誉のようなものを欲しがっているようだ。
こうなると脳筋ですらない。
恐らくは、この世界の気質がダメな方に現れた奴らなんだろうけど……。
『どけッ、ってんだろッ!
ギルマスのベアノフにそう言われたら、お前らだって開けるだろッ!
だからオレにも開けやがれよッ!』
『……まず大前提としてお前はベアノフか?』
『つーか、自分とギルマスが同じ扱いされると思ってるのか?』
『ギルマスだから仕方なく開けてやるけど、本当なら開けたくねぇけどなぁ』
口々に言われて鼻白むチンピラ。
まさにチンピラって感じ。
確かにまぁ、立場も威厳もゼロっぽいしなぁ……。
それはそれとして――
このチンピラの暴れっぷりみてると、ちょっと面倒くさい感じあるよな。
「んー……フロア4にちょっとアドレスクリスタル追加しとくか」
「急にどうしたんですか?」
「別に俺が気にすることじゃないんだろうけど、やっぱ気持ちよく探索してもらいたいじゃん?」
井戸に入ろうとする度にこれが発生するのかと思うと、なんか申し訳ないしね。
人数制限を設けた結果がこれだとするなら、フォローの意味を込めて、階段を降りた先に設置しておくべきだろう。
そんなワケで、井戸前を映しているモニタから、フロア4の井戸へと繋がる階段付近のモニタへと視線を移す。
さきの剣士たちがまだ合流が終わってないので、これ幸い。
階段から見て最初の廊下を抜けた先の小部屋の中央に、アドレスクリスタルを設置する。
「これでよし、と」
「アユム様、クリスタルは正規ルートの階段近くにも設置しませんか?」
「した方がいいと思う?」
「はい。せっかくの正規攻略された方々の方が、わざわざフロア3からスタートなのはどうかなと」
「一理あるな」
ミツの言葉にうなずいて、俺はフロア4の地図を開く。
……とはいえ、正規ルート側の入り口周辺はあまり設置しやすい構造じゃないんだよなぁ……。
「まぁいいか。
サリトスたちとバドたち以外は正規ルートからの出入りはしてないし」
そうして、俺は正規ルートの階段のある部屋にアドレスクリスタルを設置した。
「何はともあれ、古井戸解禁のおかげで、もうちょっと楽しくなりそうだな」
ミツ「あ、リーンズさん。女性二人と一緒にお城を攻略してますね」
アユム「話の合う仲間を見つけられたってんなら、良かった良かった」
次回も引き続き色んな探索者たちのフロア4探索風景の予定です。