3-6.ここに来る探索者の数、増えたよな
サリトスたちはドタバタしつつも、フロア4を順調に進んでいる。
別のモニターに視線を向ければ、バドたちも王様との戦いに決着を付けている。
城内を探索しているいくつかのチームも、宮殿エリアに到達し、四つの石を攻略中。
一見するとダンジョン運営的に順調――とは思うんだけど、どうにもなぁ……。
「明らかに探索の手を抜き始めた連中もいるな」
「そのうちフロア4へ行けるようになるって言われれば、こうなりませんか?」
「バドたちや、城を攻略中の連中はそうでもないみたいだけど」
ミツにそう言いつつも、俺の中で答えは出ていた。
ようするに、城の入り口を見つけられているかどうかが境目だ。
報酬が欲しくとも、城の入り口が見つからないから諦める。
苦労して城に入るよりも、フロア4の方がチャンスがある。
自分たちの能力を踏まえ、リスクとリターンを考慮してその結論を出しているのならばいざ知らず、その方がラクに稼げそうだから――って理由でやっている連中が多いってのが問題だ。
とはいえ、フロア4と5はそういう連中を篩に掛ける意味もあるわけで……まぁ精々がんばってくれ、ってところだ。
「オノ使いのリーンズさんが、なにやら仲間と揉めてるようですね」
「リーンズ……? ああ、コロナと握手してたやつか」
サリトスたちが城の中央玄関を解放した時に遭遇していた探索者だったか。
ミツが示すモニターに視線を向けて、そこの音声を拾うようにマイクを設定する。
『どうせ十日後にフロア4へ行けるんだぜ? 無理して城を攻略する理由はねぇだろ』
『バカいえ。攻略すれば確定でお宝が一つもらえるんだ。そんな美味い話を無視するのか?』
前者は仲間で、後者がリーンズの言葉だ。
『だが城への侵入方法が分からねぇだろ? 分かったとしても、中も中でかなり意地が悪いモンスターや仕掛けが多いらしいじゃねぇか!』
『それを乗り越えるのが探索者じゃないのか?』
腕を組みながら仲間の言葉を聞いていたリーンズが、静かに問いかける。
それに良い反応がないと見ると、軽く嘆息して首を左右に振った。
『俺はそう思ってんだけどな。強いモンスターや、厄介な道や仕掛けを乗り越えてお宝を得る……探索者ってのはそういう仕事じゃないのか?
ましてやここは、《死なずのダンジョン》なのだろう? 挑戦してみる価値はあるんじゃないか?』
うん。
正直、俺もそう思う。
だけど、リーンズの仲間はどうにもそれに納得できないらしい。
『そんな泥臭い探索者、今時じゃないんだッ! わかれよッ、リーンズッ!』
『……そうか。それがお前たちの総意か』
フロア3の探索を続けたがっているのが自分だけだと知ったリーンズは、大きく息を吐いた。
『ならば、俺はリーダーとして、現時点をもって、チーム《幻想の首長獣》の解散を宣言する……』
『リーンズ……ッ!?』
それがどれだけの思いを込めて口にしたのか――俺には想像ができない。
だが、両手斧を背負った探索者、リーンズ=キーングランドとっては、それを選択するだけのやりとりだったのだろう。
『知っているか、お前ら――臆病者の探索者ってのはさ、商人たちの間じゃ蔑称じゃなく名誉ある称号らしいぜ? なら、お前らはどうなんだろうな?』
組んでいた腕をほどいてそう告げると、リーンズは使用人小屋へと向かっていく。
脱出をして、ギルドへ解散届を提出しに行くのだろう。
仲間たちは突然の解散宣言に驚いているのか、動かず固まっている。
『……これで俺もはぐれモノか……』
脱出間際、リーンズがそう独りごちる声を、ダンジョンのマイクは拾っていた。
「勢い余って……という感じでは、ないですよね?」
「そうだな。
仲間とどういう出会いをし、どんな探索を続けてきたのかは知らないけれど……リーンズは、今回の言い合いをキッカケに自分が進みたい道を選んだ。それだけだろ」
これが正しかったかどうかなんてのは、リーンズ本人にも分からないだろうけど……。
それでも、俺個人としては、リーンズの道行きに祝福あれ――と、祈らずにはいられない。
そうして一人の男の背中を見送り終えた頃、サリトスたちがグリーンヴォルフのねぐらとなっているクロバーエリアから脱出していた。
「サリトスさんたちは本当に順調ですね」
「ツリーフォークとグリーンヴォルフのコンビネーションは結構いけると思ったんだけどな」
「余裕を保ちつつも、油断はしない――そんな立ち回りをしてますよね」
ミツの言う通りだ。
サリトスたちはだいぶこのラヴュリントスのルールに馴染んできたと言えるだろう。
『緑の狼、厄介だな』
『クロバーの木には気をつけないとね』
『気をつけるべきモノ、何とかしなきゃいけないモノ――ちょっと増えてきたねぇ……』
フレッドが後ろ頭を掻きながらうめく。
サリトスやディアリナも、それに苦笑を浮かべた。
『この廊下の先に見える扉。あれを開けた先を調べて、今日は帰るとしよう』
そう告げてサリトスが歩き始めるのを、フレッドが制した。
『待ってくれ旦那……。
この廊下、一見するとただの直線の廊下だが、ところどころの壁にクロバーの木が含まれている』
『狼注意ってコトかい』
さすがフレッドだな。
しかし、あのおっさんの注意力――徐々に高まって来てる気がするんだよな。
探索によってその手のルーマがパワーアップしたりしてるのかな?
三人の警戒通り、いくつかのクロバーの木から飛び降りてくるグリーンヴォルフたち。
しかし、最初から警戒されているのであれば、スペック的にグレイヴォルフと変わらないグリーンヴォルフは、モノの数ではない相手だ。
サリトスたちは危なげなく、次の扉の前までたどり着く――そんな光景を見ていたミツがしみじみと呟く。
「つくづくチカラ押しをさせない構成にしてあるのですね」
「ギミックや謎解きは、フロア3よりも簡単だからな。その分、習性や特性、保有ルーマが特徴的なモンスターを多く配置してみた」
あの三人は持ち前の能力で何とか捌いて進んでるけど、ただのチカラ押し戦法だけだったら、こうも簡単にはいかないはずだ。
そしてサリトスたちが次の扉を開くと――
『またクロバーの群生エリアか』
すまないな。そういう構成にしたんだ。
もっとも、さっきよりも密集率が低いから、視界はそこまで悪くないはずだぞ。
『それだけじゃないな。部屋の中央に、フラフラフライが集ってる木がある』
『つまり、黄色い熊のナワバリの可能性があるってコトかい……』
フレッドとディアリナはこれまでの状況から、この部屋で起き得ることを想像して、うんざりしている。
うむ、その表情は実に正しい。
『退こう。探索してある程度疲れている今の状態で、フラフラフライ、緑の狼、ツリーフォーク、黄熊……これらをまとめて相手をするのは、逃げるコトを前提としても厳しすぎる』
ディアリナとフレッドも、サリトスの提案に異論はないらしい。
フレッドは腕輪から、アリアドネロープを取り出すと手早く設置する。
「あー……あいつらも帰っちゃうのかー」
「注目株がダンジョンからいなくなっちゃいますねぇ……」
ロープで作った輪の中に入って帰還するサリトスたちを見送りながら、俺とミツは小さく口を尖らせあった。
とはいえ、口を尖らせてても何も変わらないので、てきとうにモニターを見て回る。
こうやって見ると、本当に探索者増えたなーと思う。
サリトスたちはいないけれど、探索者が途切れることはない。
おかげでDPは増え続けている。
元々一定値を下回ったら気にしようと考えてはいたけれど、もはや気にする必要がないくらいだ。
そんな探索者たちだけど、フロア3の攻略を諦めても、フロア4に向けていばらソルジャー狩りをしてアリアドネロープを集め始めたり、酔いどれ鳥狩りをして肉を集めたりし始めてる連中は、見込みがある。
とはいえ、今日はともかく、この連中がいつまで稼ぎを続けてるかにもよるなぁ……。
途中で休息日を挟むにしても、常にこうして事前準備の為の狩りや、金策の狩りを続けられてる連中ならいいんだけど。
――そんなことを考えながら、俺がモニターを梯子していると、ミツがとあるモニタを指さした。
「あ、コロナさんがソロで来てますよ」
「お?」
それはまた珍しいこともある――と思いながら、ミツの指さすモニターを見る。
「骸骨商会にいるのか」
地下牢を抜けた先の骸骨商会に、コロナはいた。
確かにあそこなら、地下牢をアドレス登録してあれば、モンスターと遭遇することなく行けるしな。
『――そんなワケで、商業ギルドの用意したこれを買い取って欲しいんですが』
コロナがスケスケの目の前に置いたのは、色んな金属のインゴットや宝石類。
それを見て、スケスケはうなずいた。
『ええ、構いませんよ。
そちらから来ないのであれば、サリトスさんやバドさんたちを通じて、同じコトを提案するつもりでしたから』
コロナとスケスケのやりとりを聞きながら、俺はひとりうなずいた。
「ああ――骸骨商会で、ペルエール王国の貨幣循環を止めてしまうかもしれないってやつか」
「どういうことですか?」
「んー……そうだなぁ……」
ミツに問われて、俺は少し思案してから答える。
「今はまだともかく、フロア4にも骸骨商会の入り口がある。
そうなると、利用者は増えるはずだ。
職人軽視の世情や、物事を難しく考えない探索者たちのコトだから、ここで大量に買い込む可能性がある。
探索者たちが街で得たお金を骸骨商会で消費されてしまうと、ペルエール王国内を循環するお金の総額が減ってしまうワケだ」
ましてや今はラヴュリントスに傾倒してる探索者が増えてるせいで、ダンジョンでのドロップ品をメインに生活してるこの国では、あまりよろしくないインフレとか始まってそうだし。
「本来であれば、俺たちが稼いだお金をペルエール王国で使えれば循環は止まらないんだが――俺たちは、ダンジョンの外に出られない。
金は天下の回りモノって言うくらいだしな。回ってくれるのが理想なんだが……」
まぁ俺もそこまで経済に詳しいわけじゃないから、漠然としか理解してないんだけどね。
それでも、お金が天下を回って巡る速度が速いと景気が良く、遅いと景気が悪いくらいの知識はある。
「そこで、コロナさんがペルエール王国内にあるモノを持ち込んで、お金に換えようとしてるんですね」
「そういうコトだ。正しくはコロナではなく、コロナのバックにいる商業ギルドだろうけど」
そう考えると、少なくともペルエール王国の商人たちは経済に関して多少は理解があるというのが分かる。
「その懸念があったから、多少は手を打っておこうと思ったワケだ」
手を打つ前に、商業ギルドが動いたというのは大きい。
サリトスたちの様子を考えるに、貴族も同じくらい考える頭がありそうだ。
「アユム様は本当に色々お考えなのですね」
ミツは目を輝かせているが、俺は軽く苦笑して肩を竦めた。
「んー……ミツはいつもそう言うけど、神の目線で人間を変えようとするか、人間の目線で人間を変えようとするか――その差ってだけだと思うけどな」
国ごとの経済事情とか、国ごとの政治事情とか、国ごとの探索事情だとか――そういうのって、神様から見たらすごいミクロな話なのだろう。
「人間からすれば、人間をいきなり変えるって難しいんだ。
だから、段階を踏んで経験していけて、段階を踏んで学習していけるようにダンジョンを調整してるし、それによって生じる様々な問題のうち、先読みして予防や対策が取れるものはしているってだけだよ」
ミツはよく分からないという顔をしているけど……まぁ神の御使いであると考えると仕方ないところもあるよな。
そんなミツの顔を見ながら、俺は続ける。
「だからこそ、予防や対策の外側から起こるイレギュラーの発生が怖いんだけどな。
そういうのが起きるかもしれないっていう覚悟以外には、準備のしようがないからなー……」
「起きちゃったらどうするんですか?」
「そりゃあ、ミツ。その時に考えるしかないだろ?
なんたって、想定外なんだからさ」
即座に対策が可能だったら嬉しいね――ってだけだよな。
ミツ「ところで、ちょっと前回のあとがきを思うと予告詐欺だった気がしません?」
アユム「サリトスたちの帰還が想定外早かったからなぁ……」
……なんかそんなカンジで申し訳ない。
次回は、例の井戸が解禁になる予定です。