3-5.『フレッド:放浪する赤の獣、飛びかかる緑の獣』
いつもお読み頂きまして、ありがとうございます。
数日前に活動報告にも書きましたが、本作の書籍化が決定しました。
講談社さんの新レーベル、レジェンドノベルスより発刊予定となっております。発売日等の詳細はまた決まり次第報告したいと思います。
書籍化作業にあたり、更新ペースダウンもあるかもしれませんが、今後ともマイペースにやっていく予定ですのでよろしくお願いします。
「ちょいと待っておくれよフレッド、サリトス。たぶん足を止めて平気さね」
「嬢ちゃん?」
飛び込んだ廊下は少し行くと左右に道が分かれていた。
ちょうどその分かれ道のところで、ディアリナ嬢ちゃんが、待ったをかける。
「後ろ見てごらんよ」
言われて、背後を見ると廊下の入り口で、黄色い熊は佇んでいる。
相変わらずおっかない目で睨んで来ているものの、これ以上追いかけてくる気はなさそうだ。
「急にどうしたんだ、あいつ……?」
オレが訝しむと、旦那が左手で首を撫でながら目を眇める。
「恐らくだが、縄張りから出る気がないのではないか?」
旦那の推察に、オレは下顎を撫でながらうなずく。
「なるほど……そうかもしれないな。
騒がずここから離れれば、向こうも諦めるんじゃないかね」
「ならとりあえず、ほとぼり冷めるまでは、木のあった部屋へ近づかないってコトにしようか」
オレとサリトスの旦那は、ディアリナ嬢ちゃんの言葉に異論はない。
「まずはどっちに進むか、だな。
どっちかを調べてくるかい?」
「いや……熊があの一匹だけとは限らない。
フレッドだけを先行させるのは危険だと判断する。三人で行こう」
こうして、オレたちは別れ道を右へと曲がり、探索を続ける。
廊下を数歩先行して歩きながら、オレは下顎を撫でた。
「あのフラフラフライが集ってた木……。
機会があったら調べておきたいよな」
「封石が付いていたしな。意味のない木などというコトはあるまい」
調べようという考えに、旦那も同意はしてくれる。
だが――
「その機会ってのが、いつ来るのかって話さね」
「嬢ちゃんの言う通りなんだよなぁ……」
黄色い熊のおかげでフラフラフライは散っていったものの、あの熊がいては調べるのが難しい。
「誰かが足止めでもしてる間に、他が調べるかい?」
ディアリナ嬢ちゃんはそう言うが、正直それはどうかと思う。
どうやらサリトスも同じ考えのようだ。
「強さが未知すぎる。
仮にモルティオと同程度であったとしたら、一人で足止めはディアリナでも難しいだろう?」
「足止めに徹すればいけるだろうけどね。
まぁ、確かに強さが分からない以上は手を出しづらいか」
つまり何らかの別の手段を講じて、あの熊を足止めするか、真っ向勝負で倒すしかないというワケだ。
「考えていても仕方がないだろう。
道を塞ぐ丸太も、縄張りを主張する熊も、必要な時に考えるしかない」
「そうさね。答えがすぐ出ないなら、とりあえず歩いて行けるところは全部行っとくべきだよ」
「それはまぁそうなんだがね」
おっさん……時々、二人の切り替えの早さについていけない時あるわよ――とは、敢えて口にしないけどね。
そのまましばらく廊下を進むと、また扉が現れる。
オレたちは警戒しながらその扉を開くと――
「……ッ!?」
目の前に、真っ赤な毛に覆われた大型の熊が待ちかまえていた。
咄嗟に弓を構えるが、サリトスがこちらを制してくる。
「落ち着け。恐らくは襲ってこない」
「……どういうコトだ、旦那?」
「川だ」
言われて冷静になってみれば、オレたちと赤熊の間には川が流れている。
割と深い。だが熊なら渡れそうな深さに見えるが――
目の前の熊は川を渡ってくる様子はない。
ただこちらを見つめているだけだ。
「目の前の赤熊はこの川は渡れないみたいだね」
ディアリナは小さく安堵しながら、そう言った。
「心臓に悪いぜ、まったく……」
「同感さね」
オレとディアリナの嬢ちゃんがうめいている横で、サリトスの旦那はスペクタクルズを赤熊めがけて投げていた。
「ふむ。便利だな」
「よく思いついたわね旦那……」
短い言葉だが、恐らくは――こういう状況であれば川は便利だ……という意味だろう。
===《血毛の放浪熊 ランクC》===
グリズルベアの亜種。ラヴュリントス固有種。
縄張りはとくに持たず、ラヴュリントスのフロア4~5を歩き回っている。
獲物と定めた相手をどこまでも追いかけてくる。
走るのは苦手な為、走って追いかけることは滅多になく、歩いて追いかけてくるので振り切るのは容易。
血染め爪の黄熊とはウマがあわず、顔を合わせると殺し合いを始めてしまうので、お互いにお互いを避けるように生活している。
肉食獣ではあるが、ビーケン樹の樹液は別。彼らの好物であり、獲物よりも優先するコトがある。
固有ルーマ:血死の咆哮
短時間、自身の各種能力を高める。特に攻撃力が大幅に上昇。
自身が追いつめられていればいるほど、能力の上昇値が高くなり、効果持続時間も伸びる。
ドロップ
通常:血赤色の剛毛
レア:?????
クラスランクルート:
特殊なモンスターの為、クラスランクは存在しません。
===================
大きさは黄熊と同じくらい。
両手の爪は真っ黒ながら凶悪で、全身の毛の色は赤――というよりも、まるで血そのもののような色。
両目は真っ赤に爛々と輝いている。
「おっかねぇツラだねぇ……」
「同感だが、ランクもCという鑑定結果が出た。怖いのは顔だけではなさそうだ。
黄熊と殺し合いに発展することもあるそうだから、先の黄色い熊も同ランクと見ていいだろう」
ランクC――このレベルの敵になると、オレたちでもタイマンは厳しい相手が増えてくる。
以前戦ったモルティオが、限りなくCに近いBといったところだろう。
相手によってはチームプレイか数の暴力が必要になってくる。
「戦わず逃げ回れば探索は続けられる――なんとも絶妙な配置をしてくるね。アユムは」
「この状況もまた、知恵の使い方を求めている試練なのかもしれないな」
「なるほど。倒さずに進むコトを求めてるわけね」
あるいは、フラフラフライを散らすように強敵を利用して進め――ということかもしれないが。
なんとも回りくどいことを仕掛けてくるもんだ。
「さて、いつまでも赤熊と睨めっこしていても仕方があるまい。
すぐそこに別の扉がある。あちらが開くなら、先へ進もう」
こちらをじっと見つめてくる熊を尻目に、オレたちは次の扉を開けた。
やはりそこには廊下が伸びていたので、そこを進んでいくと、新しい扉が姿を見せた。
こうも何度も扉が出てくると、警戒心はあれど戸惑うこともなくなってくる。
オレたちは躊躇うことなく扉を開けてみた。
「ここは、大部屋――と呼ぶべきか?」
「かもしれないねぇ……」
扉の先は、かなり広い空間だった。
「部屋内のあちこちに生えてる木は……クロバーか」
周囲を見渡しながらオレが呟く。
クロバーの木っていうのは、そこらに生えてることも多い、一般的な木だ。
大工なんかがよく建物に使ったりする程度には需要のある木でもある。
樹皮が緑色なのと葉っぱの三つ葉と呼ばれる形状なのが特徴の木だ。
葉っぱは時折、四つ葉になってる葉が混ざってるって話もある。
この四つ葉を綺麗な形で手に入れると幸運が訪れるなんて言われているけど、本当なのかね。
「確かにクロバーだね。でも、ペルエールじゃあ珍しくともなんともない木さ」
「だが、このダンジョンの樹海のような壁に含まれている木ではないな」
ディアリナの嬢ちゃんに対する旦那の言葉で、この部屋の不気味さに気づいた。
「さっきの黄熊のところの木以外で、ここまではっきりと木が生えてることは珍しいよな?」
「……確かにな。この木にも、何かあるのか?」
オレたちは木を見上げてから、うなずきあうとやや警戒を強めながら、歩き出す。
手近なクロバーの木に近づき、旦那がそれに触れる。
オレと嬢ちゃんは周囲の警戒だ。
「……何の変哲もないクロバーの木のようだが……」
旦那が訝しむ気持ちも分かる。
この状況で、ただのクロバーの木の群生地と言われても納得ができるわけがない。
「封石が付いている様子もない。
警戒をしたままこの部屋を進もう」
「だったら、壁沿いにいきたいわね。
真ん中突っ切ってくのは、何かあった時、道が分からなくなりそうだ」
オレが提案すると、サリトスとディアリナは納得して、壁際へ寄っていく。
そして、壁に沿って歩き始めてしばらく――
「ん?」
「どうしたんだい、フレッド?」
「いや……今、木が動いたような……?」
目を眇めて周囲を見渡す。
動いた木がどれかは分からない。
だが、違和感だけは変わらずそこにある。
動いたのは何か。自分が何に対して違和感を覚えているのか。
それを考えた時、漠然とアユムの目的に気が付いた。
なるほど、わざわざこんなエリアを作った理由はそれか……ッ!
「気をつけてくれ、旦那たち。
恐らく、木に擬態するタイプのモンスターが混じってるぞ」
「そういうコトか」
「油断しないで進まないとね」
そうして他の木に比べると、半分くらいの高さの木の近くに通りかかった時だ。
その木が突然動き出したッ!
「事前に警戒してて正解さねッ!」
根っこを蠢かせ足の代わりにして動き始めたのは、案の定ツリーフォークというモンスターだ。
自分の生息する森の中に存在する木の葉っぱを生やしたり、樹皮を模したりすることのできる能力を持っていて、こうやって擬態しながら何も知らず近づく獲物に襲いかかる。
もっとも、今回はディアリナの嬢ちゃんの警戒を上回れなかったようだ。
クロバーの木に擬態していたツリーフォークが正体を見せた途端、ディアリナ嬢ちゃんは手にしているフレイムタンを突き立てた。
「ブリッツ!」
突き刺したまま火炎を放つ呪文を唱えれば、ツリーフォークの内側で大きな音を立てながら炎が弾ける。
ツリーフォークはそのままグラリと傾くと、横に倒れて黒いモヤへと変化していった。
「フレイムタンによる突き刺しブリッツ……安定した必勝法になってないかい?」
「それで簡単に敵を倒せるんだ。いいことだろう?」
ぺろりと舌なめずりするように答えるディアリナの嬢ちゃんは実に心強い。
「待て。二人とも、まだ何かいるぞ……ッ!」
サリトスの旦那が鋭く声をあげる。
言われて周囲への警戒を強めると、確かに急に殺気が現れた。
「グるるるるる……」
どこからともなく、狼たちが威嚇する声が聞こえてくる。
「どこだ……?」
気配はある。
だが――その気配のありかが、はっきりと分からない。
「うなり声は近場にあるっていうのに……」
旦那と嬢ちゃんも、オレと同じように戸惑っている。
その時、オレはふと気が付いた。
気づけたのは偶然だ。カンのようなものだ。
だが、気づけたのだから、すぐに対応しなければならない……ッ!
「二人とも上だッ!!」
瞬間――クロバーの木から、葉っぱを思わせるような緑色で、鱗を思わせるような形状の毛を纏った狼たちが三匹飛び降りてくる。
「狼が頭上から襲ってくるだとッ!?」
「その為のクロバーってワケかいッ!」
驚きつつも、素早くその場から飛び退くのだから、さすがお二人さん。
事前に気づけたオレも飛び退きながら、弓に矢を番えている。
「トランプリングモールッ!」
緑色の狼のうちの一匹――その足下めがけて、ルーマを込めた一矢を放つ。
ちょうど着地地点に着弾した矢は、地面をめくりあげる。めくりあがった地面は細かく砕けて飛礫となり、そこへ降り立った一匹を蹂躙するように襲いかかった。
それで完全に倒せなかったのか、押しつぶされた緑色の狼は、何とか土の隙間から顔を出して見せるが――
「あばよッ!」
続けて撃ったオレの矢が、土から顔を出した狼の眉間を捉えた。
旦那は襲いかかってくる緑色の狼を素早く数度斬りつけていた。
倒せはしなかったものの、狼が怯んだ為、好機と見た旦那が踏み込んで両断する。
嬢ちゃんは喉元めがけて飛びついてくる狼をギリギリまで引きつけて躱すと、すれ違い様にフレイムタンを突き立てる。
そしてきっちりと呪文を唱えて狼を吹き飛ばした。
火球の炸裂によって吹き飛んだ狼は、クロバーの木に叩きつけられ、力なく地面へと落っこちた。
使い方がすっかり、突き刺して燃やす武器になってるな……。
それはともかくとして――
「旦那たち、すぐに移動するぞ。
この緑色の狼は樹上で寝てるんだ。それを起こすようなコトをすると上から襲ってくる」
「げ、あたし……ハデにやっちまったかい?」
「今後気をつければいい。まずは逃げるぞ」
入ってきたのとは別の扉を見つけるまで、ツリーフォークや緑色の狼――途中で鑑定してグリーンヴォルフという名前だと分かった――に数度奇襲され、交戦した。
なんとかたどり着くことができたけど、ちょっとシンドいわよ、おっさん。
アユムくんさぁ……フロア4になってから、性格悪くなってないッ!?
ミツ「モンスターの種類が急に増えましたね」
アユム「強くないけど、チカラ押しじゃ厳しいタイプを揃えてみたんだ」
スケスケ「どんな敵であろうと何かされる前に剣の届く間合いまで近づいて斬れば終わりますよ」
アユム「どこの達人の話だそれは……」
次回もサリトスたちの探索の続きの予定です。
それはそれとして、気がつくと普通に『ダンはぐ』と呼んでいる自分に気づいたので、暫定的を外して、今後は『ダンはぐ』と略していこうと思います。
それと……
前書きでも書きましたが、改めて――
本作の書籍化が決定しました。
講談社さんの新レーベル、レジェンドノベルスより発刊予定となっております。発売日等の詳細はまた決まり次第報告したいと思います。
これからも、『ダンはぐ』をよろしくお願いします。