2-27.手の早い臆病者 - ラピーデ・ラッツォ -
二章のラストエピソードです。
うまい区切り方が思いつかなかったので、いつもより気持ち長めです。
『クソ野郎がッ! あたしが今ッ、ラクにしてやるよォ――……ッ!!』
目の前に迫るディアリナを見、王様は慌ててその場から離れようとするものの、そのステータスはそんなに高くない。
ゆえに、今のディアリナから逃げるのは不可能だろう。
逃げようとする王様へ向けて、ディアリナが右手だけで横一文字に大剣を薙ぐ。
赤い斬光をたなびかせて振るわれる一閃。
『!?!?』
身体を切り裂かれ目を見開く王様。
だが、ディアリナはそんな王様へと容赦なく踏み込んでいき、左手を伸ばすと、強化されたその手で乱暴に掴む。
『喰らいなッ!』
そして、無造作に真上へ放り投げた。
左手が空くと即座に剣を両手持ちして、真上に真っ直ぐ掲げる。
ディアリナの纏っていたオーラが全て剣に集まり、光り輝く真っ赤な刀身が伸びていく。
天井へ突き刺さるほどに長くなったものの、ディアリナは気にした様子もなく、全身へとチカラを込めた。
『これがあたしの大技だッ!
押し潰しッ!』
天井を削り取りながら、ディアリナは振りかぶり――
『斬り潰すァァァ――……ッッ!!』
――天井を斬り砕きながら振り下ろしたッ!
赤く巨大な光刃は、空中に投げ出されて何もできず慌てている王様を捉えると、そのまま地面に叩きつけ押しつぶす。
だが、赤い刃はそこで止まらず、大きく振り抜かれて王様を両断した。
おおッ!
やっぱ剣といえば、ビームだして大切断とかやらかしてくれないとなッ!
ミツやミーカに呆れられるレベルでテンションあげているうちに、床に長く深い斬痕を刻んだ赤い光は収まっていく。
やがて赤い光が完全に消えてなくなると、ディアリナは大剣を地面に突き刺し、膝を折った。
『はぁ……はぁ……ほんと、オーバーレッドと組み合わせてこれをやると、シンドいねぇ……』
膝を付き、肩で息をしながら、剣で身体を支えるような状態であっても、ディアリナの視線は些かも鋭さを失わない。
王様が黒いモヤとなり、きっちりと消えてなくなっていくのを確認しているんだろう。
『ピンク色のスケルトンどもは動きを止め、ピンクの砂に変わっていった。
今ので決着だ。ディアリナ嬢ちゃん』
『そうかい。そりゃあ良かった』
フレッドにそう返しながら、ディアリナは視線をコロナへと向ける。
コロナにはサリトスが近寄っていた。
『コロナ、俺を認識できるな?』
『うん……っていうか、わたし……身体が動かないんだけど……』
『動かれると困ったので、フレッドのルーマで動きを制させていた』
『解除してくれないの?』
『してやりたいのはやまやまなのだが……。
まずはその状態で、現状とそうなった経緯を考えるといい』
『あー……それだけのコトをしでかしかけてたんだ、わたし……』
サリトスと言葉を交わしあうことで、漠然とでも状況が理解できたんだろう。さすがはコロナといったところか。
『あのピンクの津波を思い切り飲んじゃって、ゲホゲホしてたところまではハッキリと覚えてるんだけど、その後が曖昧というかぼんやりというか……』
うーん……と唸りながら、コロナは首を捻る。
『曖昧なままでも良いので、ハッキリと目が覚めるまでの間がどんな状態だったか思い出せるか?』
サリトスに問われ、コロナはぽつりぽつりと思い返しながら言葉を紡ぎはじめた。
『視界にピンク色に霞がかったようになって、頭の回転が鈍くなっていくのも実感してて、こりゃあマズいってみんなに助けてもらおうと思ったんだけど、うまく舌が回らなくて……。
焦ってるうちに、ぼやけた視界の中でハッキリと王様が手招きしてるのだけは見えて……。
その手招きを見てたら、鈍くなった頭が、あそこへ行ってひざまづかないと……って回りはじめて、それ以外のことが考えられなくなってるというか……。
覚束ない足で歩きだし始めると、周囲を見た目だけなら好みの美男美女に囲まれ始めてて、その人たちに促されてると、抗えなくて……。
みんなが戦ってる気配みたいなのは何となく感じてたんだけど、どこか遠くて他人事みたいな気分で……。
身体が動かなくなった辺りから、すごい焦燥感があったかな……。
はやく、王様のところいかないと――はやく、ひざまづかないと……って。
王様に背徳と退廃を胸に、思うがまま欲望に溺れる許可を貰いたい……みたいな……っていうか、冷静になって思い返してみると、なんか怖いコト考えてないわたしッ!?』
『落ち着け』
最後の方で顔を真っ赤にして慌て出すコロナに、サリトスが静かな声色でそう告げる。
そのあと、コロナの背後に回って、影に刺さっていた矢を抜いた。
『わっ、と……!』
固定されていた身体が急に動くようになったからか、コロナがバランスを崩して転びそうになる。
『大丈夫か?』
サリトスはそんなコロナの手を引いて抱き寄せ、顔をのぞき込む。
『うん。ありがと、リト兄』
礼を告げたあとも、しばらくサリトスの顔を見続けていたコロナはにへらっと笑って、一人うなずいた。
『幻覚の中の美男美女たちより、リト兄とディア姉の方がよっぽど美男美女だよね。なんであんなに抗えなかったんだろ?』
サリトスから離れつつ首を傾げるコロナに、様子を見てたフレッドが答える。
『それ典型的な魅了の症状よ、コロナちゃん。
精神に一目惚れやトキメキ、あるいは深い愛欲のようなモノを強制的に刻み込まれちゃうワケよ。
そうすると愛する人に盲目な恋する乙女のように、《術者の為なら私は何をされてもどうなってもいいわ》――みたいな状態になっちゃうってのが、魅了って精神異常状態なワケだ』
ある程度回復したのか、剣を背負い直したディアリナもコロナのところへやってきて、フレッドの解説に続いた。
『付け加えるなら、コロナの場合は、王様そのものよりも、背徳と退廃に堕落することへ魅了されてたんじゃないか?
一言で言えば《魅了状態》であっても、バリエーションが色々あるらしいしね。
望むまま堕落するには王様の許可が必要――そういう思考というか意志そのものを強制的に精神へ書き込まれたんだろうさ』
『うへー……』
うんざりとした顔で、コロナはうめく。
『何がうへーって、思い返してみるとわりとハッキリとそういう思考に染まっていくコトに疑問を思わない自分を思い出せるのが、すっごいうへー……って感じ』
『まぁまぁ、無事だったんだ。それで良かったじゃないか、コロナ』
『うん……』
ディアリナがコロナを落ち着かせるように頭を撫でると、コロナも珍しく甘えるようにディアリナに抱きついた。
そして、ディアリナに抱きついたまま、顔だけみんなに向けて告げる。
『ごめんね、みんな。迷惑かけちゃった』
『気にしちゃ負けさ、コロナちゃん。魅了で同士討ちってのは探索者の間じゃ珍しくないしね』
『ラヴュリントスであれば、最悪それでも迷神の沼へ招かれるコトはないのだからな。次からは気をつければいい』
『……うん、ありがと』
小さくそう返してから、コロナはディアリナへと強く抱きつく。
『どうしたんだい?』
『……色々思い返してたら、自分が自分らしくない思考に染まっていくのに、それを疑問に思うどころか、好んで突き進んで、自分以外の何かに変わってくって感覚が怖くなってきちゃって……』
『そうかい』
コロナの気持ちを落ち着けるようにディアリナは微笑み、その頭を優しく撫でる。
その顔は、探索中のカッコいい女の顔ではなく、間違いなく妹を気遣う姉の顔だ。
普段とのギャップある表情に、モニタ越しとはいえ不覚にもちょっと見惚れてしまったぞ。
『しかし、本気で無事で良かったなコロナ。
もしそのまま王に頭を撫でられていたら、アンデッド等のモンスターとなってこのダンジョンの住人となっていたかもしれない。
もっともアユムのコトだから、しばらくしたら解放してくれるだろうが……ん、どうした?
ディアリナはオーバーレッドに加え、押し潰し、斬り潰すを使い疲弊しているんだ、あまり強く抱きしめるものではないぞ、コロナ』
『アンタのせいだよッ!』
『旦那のせいだよッ!』
首を傾げるサリトスに、ディアリナとフレッドのツッコミが唱和した。
『……解せぬ』
そうして、サリトスたちはコロナが落ち着くまで休んでから、玉座に現れた黒い箱を開く。
『薄汚れた王冠か……だが、この形は薔薇園の台座の窪みと一致するな』
『このまま行くかい?』
『皆が問題ないのであれば』
それに、否を唱えるものはいなかった。
サリトスたちは謁見の間から出ると、階段裏の青い扉で一度エントランスに戻ってから、エントランスから使用人小屋へと転移した。
使用人小屋からは一直線に薔薇園を目指し、中央の台座のところへとやってくる。
『すまない。少し退いてもらえないか?』
台座の前で唸っている探索者にそう一声掛けて、サリトスは腕輪から王冠を取り出した。
『お前ら……それッ!?』
『城の中で見つけた』
驚く周囲の探索者たちにそれだけ告げて、サリトスは手にした王冠を台座の窪みにあわせてはめ込んだ。
他の人の目には台座にセットした王冠が中に吸い込まれていったように見えるかもしれないけど、サリトスの目にはしっかりと台座に収まって見えている。
台座を中心に魔法陣が展開し、魔法陣を構成する線の数本が地面を走って伸びていく。
その先は――
『サリトス?』
『お前たちも、ここにはめ込んでくれ。
この薔薇園の隅にあった廃屋へ光が向かっていった』
ディアリナたちはうなずき、それぞれにその光景を見た後で、廃屋へと向かう。
『あの人たち、ついてきてるよ?』
『放っておいても問題ないだろう』
コロナが小さく告げると、サリトスは気にした様子もなく答える。
それに、ディアリナとフレッドも同意した。
『このダンジョンの特性上、おこぼれってのは難しいさね』
『そうそう。ついてきたって先には行けないのよってね』
小声で雑談をしながら、サリトスたちが薔薇園の隅にある廃屋までやってきた。
『ドアノブが光っているね』
『ああ――開けるぞ』
廃屋の中は、完全に廃屋って感じにしてある。
中もボロボロで、瓦礫と埃が散らばっているようなやつだ。
かろうじて、元々は物置だったと分かるような内装。
だけど、一点だけ――そんな物置の中で、異質なものがある。
『いつもの古木の虚さね』
『何か変な感じだねぇ……まぁダンジョンなんてそんなものかな?』
『よし。確認はできた。一度アジトに戻るぞ』
ここがフロア3のゴールだと判断したサリトスがそう告げると、踵を返す。
『な、なぁ……中には何があったんだ?』
サリトスが廃屋の外へと出ると、外で待っていた探索者たちが訊ねてくる。それにサリトスは少し考える素振りをしてから、答えた。
『下への階段だ』
『降りなかったのか?』
『さっきの王冠を手に入れるのに、強敵と戦ったばかりだからな』
まぁそうだよな。
俺がサリトスの立場でも、一度は帰って立て直そうって思うわ。
『それがどうしたんだよ?
今ならライバルもいないんだし……』
『下の階に何があるか分からないから万全を期しておきたいだけだ』
相手の言葉を遮り、それ以上は話をする気はないとばかりに、サリトスがピシャリと告げる。すると、話しかけてきた探索者の一人が、眉を顰めながら毒づく。
『手の早い臆病者め……』
それが聞こえていたサリトスは、表情を変えることなく肩を竦めた。
『好きに呼べ。何を言われようが俺は……俺たちは、自分たちのやり方を貫くだけだ』
歩き始めるサリトスに、ディアリナたちも続く。
一番後ろを歩いていたコロナだけが、一度足を止めて、振り返った。
そして、花が咲くような笑顔と、飴を転がすような声で告げる。
『わたしたちを見下すのは構いませんけれど、お兄さんたちは廃屋の扉を開けられていない以上、わたしたち以下ってコトですよね?
わたしたちを見下すことで遠回しに自分たちを貶めるなんて、高度なセルフマゾプレイか何かですか?』
顔と声に対する内容のギャップがすごいけど。
つくづく、コロナはサリトスやディアリナを認めない相手が嫌いなんだなぁ……。
コロナの態度に鼻白む探索者たち。
だが、すぐに気を取り直した探索者たちは、殺気立ちながらコロナに向かって一歩踏み込んだところで――
『……うっ……』
サリトス、フレッド、ディアリナが放つ、自分たちを上回る殺気に足を止めた。
『そろそろ、俺たちの為に怒ってくれるコロナに申し訳なくなってきたな』
『そうだね。名声とか噂とかはどうでも良いからって、流してたけど、こういう連中を調子づかせる原因になってたのは確かさね』
『こんなおっさんの為に、わざわざ天才商人少女が怒ってくれるんだもんね。ちょっとは周囲に本気を見せて、黙らせるくらいはしといた方がいいわよな』
サリトスたちは構えていない。
武器も抜いていなければ、ルーマの準備もしていない。
ただ殺気を込めて、連中を一瞥しただけだ。
それだけで、コロナに対して怒りを覚えていた連中は、前に進めなくなっている。
『なんだい、あれだけ殺気立てておいて、来ないのかい?
あたしらを臆病者呼ばわりするわりには、アンタたちも随分と臆病じゃないのさ』
『若人たちよ。若気の至りは存分に楽しめよー。
痛い目みるのも、その楽しみのうちだと思ってさ。今回の件も、その一環だ』
威圧感を高めていくディアリナとフレッド。
二人に挟まれていたコロナも、華やかな作り笑いから一転、目を眇めて殺気を高めた。
声のトーンもかなり低くしながら、コロナは告げる。
『あなたたちみたいな探索者はみんなそう。
わたしたちをバカにしておきながら、自分たちの実力を棚上げしているの。
自分たちがわたしたち以下だって認めたくないから。自分たちと違うやり方で上手く行ってる人を認めたくないから。
そうやって相手を貶めるコトでしか自分の価値を計れないだなんて、とっても惨めよね?』
言うだけ言ってコロナが殺気を霧散させると、他の三人も纏っていた殺気を消し去って、ゆっくりと彼らに背を向け歩き出す。
『覚えておいた方がいいよ。
今の多くの探索者たちの在り方がこのまま続くなら、近い未来――この世界は、この城と同じように背徳と退廃の末に滅びる運命を辿るから。
このダンジョン……特にこの城のあるフロアは、ダンジョンマスターからのそういうメッセージだって、早く気づいた方がいいわよ』
まじでッ!?
ダンマスの俺も知らなかった、ダンマスからのメッセージがあったなんてッ!?
ノリと勢いだけで作ったこのフロアを、コロナはそんな風に受け止めていたなんて……ッ!
あー……うん。
……ちょっとメモしておいて、今後に生かそう。生かせるハズだ。
生かせないと、ちょっとコロナに申し訳ないのでがんばろう。
「ダンマスはそこまで考えてないと思うよ――ってやつだね。マスター☆」
「真顔でなんてコト言うのッ、ミーカさん!? までがワンセットでしょうか?」
「お前ら、俺の記憶から余計なモノばっかり読み取ってないかッ!?」
何はともあれ、コロナは言うだけ言ってスッキリしたのか、晴れやかな顔で先を歩くサリトスたちの元へと駆けていく。
コロナにやり込められた連中は、何とも言えない顔で立ち尽くしている。
だけどまぁ、コロナの言うとおりなんだよな。
アサヒやゼーロスのような正当派の脳筋以外は、脳筋であること以上に嫉妬と怠惰が目立つ。
恐らくこの世界の、発展レベルの低さのせいもあるんだろうけど、ちょっと頂けないところでもある。
とはいえ、俺からできるアプローチにも限界があるから、もう少し様子を見るしかないだろうけどな。
他の探索者たちとのやりとりの後、サリトスたちは薔薇園を出て使用人小屋へと戻っていく。
『それにしても、手の早い臆病者か……いつの間にそんな二つ名がついたのやら……』
帰り道の途中、ディアリナが肩を竦めるものの、むしろサリトスは楽しそうな笑みを浮かべている。
『ちょうど良いとは思うがな』
『リト兄、何が?』
『フレッドが良ければ、一時協力ではなく正式なチームとしての加入をお願いしたい』
『おう。いいぜ。オレも近々旦那と嬢ちゃんに聞くつもりだったしな』
四人以上のチームをギルドに登録することで、個人用の依頼だけでなくチーム単位の依頼を受けられるようになったりするらしい。
ギルドが管理しているダンジョンによっては、ギルドに登録されている正式チームしか潜れないところもあるのだとか。
俺には詳細が分かっていないので、それにどれだけのメリットがあるかは分からないけど、サリトスとフレッドが互いにそれを望んでいたのだから、何かしら大きなメリットがあるんだろう。
『チーム名はなんて登録するのさ?』
ディアリナもチーム登録は賛成らしく、その先の話をする。
それに、コロナが何かに気づいたように手を叩いた。
『そっか。それで丁度良いって言ったんだね、リト兄は』
『ああ』
コロナの予想通りだと、サリトスはうなずいて、そのチーム名を口にする。
『チーム名は《手の早い臆病者》だ』
サリトスの提案に、チームメイトたちが異を唱えることはなかった。
アユム「さて、《手の早い臆病者》がフロア4に踏み込んだ時用にラヴュリントス全域に流すアナウンスの脚本でも作っておくか」
ミツ「それ、私は読みませんからね?」
ミーカ「はいはーい☆ 御使いサマがやらないなら、アタシやりたーい☆」
そんなワケで、これにて二章は終わりです。
ここまでおつきあいくださった皆様、
ブクマ、評価、感想、レビュー等をくださった皆様、
本当にありがとうございます。
思いつきの行き当たりばったりから始まった作品が、ここまで続けていけてるのも、多くの人に読んで貰えてこそです。
改めて、みなさんありがとうございます。
なんて謝辞のあとに言うコトではないかもですが、
最近、プライベートがまたバタバタしてますので、三章の準備を兼ねて少しお休みさせていただきます。
連載再開まで少々お待ちいただければと思います。
では、またしばらく後にダンジョンでお会いしましょう。





