2-26.背徳と退廃の王 と 堕ちた側近たち(後編)
『おっさん、猫じゃないわよォ――……ッ!?』
『うるさいッ! 口を開くと舌を噛むよッ!!』
帯電した金貨が降り注ぐ中を駆け抜けていたディアリナとフレッド。
だけど、ディアリナはこのままじゃ逃げきれないと判断したのか、身体強化のルーマを全力で発動して、フレッドの首根っこを掴んで走る。
フレッドの首を掴んだまま丁度良い形をしていた逆氷柱に足を駆けて一気に跳躍してみせた。
そのまま金貨の効果範囲を抜け出すのに成功する。
だが、それを見ていた女騎士がディアリナの着地を狙うべく剣を構え――
『嬢ちゃんッ!? オレたちやばくないッ!?』
『まったくもってこれっぽっちもやばくないさね。あの剣士、目の前にいる相手が誰かわかっちゃいないよ』
ディアリナがまったく意に介さず、着地だけに神経を集中してみせる。
『俺たちから目を離すとは余裕だな』
――瞬間、サリトスの鋭い斬撃が放たれた。
女騎士は咄嗟にスモールシールドで受け止めるが、同時にサリトスの姿がブレ、消える。
サリトスが消えると同時に、コロナが放つ風の刃が女騎士の目の前まで迫っていた。
風の刃を防ぎきれず両腕を切り裂かれ、女騎士の手から剣と盾がこぼれ落ちる。
即座に彼女の背後へ回っていたサリトスの剣が閃いた。
『幻影挟旋刃――いくぞ』
素早い横薙ぎの二連撃から、続けざまに鋭い突きを繰り出す。
背後からの攻撃に、女騎士は咄嗟に振り返るものの、防御する術もなく、二度斬りに切り裂かれた。
続く突きが女騎士を捉えると、サリトスの姿は影と消え、彼女の背後に出現すると裏拳のような旋回斬りを繰り出す。
『AAAaaaa……』
背後からの斬撃に深々と胴を切り裂かれると、女騎士は両足ごと膝を付き、そのまま前へと倒れながら黒いモヤへと変わっていった。
同時に、ディアリナがサリトスの横へと着地する。
『ほらね。問題なかっただろう?』
『オレの寿命が縮みそうっていう問題はあった気がするけど』
『それのどこが問題なんだい?』
言いながら、ディアリナはパっと手を離すと、受け身を取り損ねたフレッドが顔から落ちた。
「ああいう信頼関係ってカッコいいよな」
「え? マスター、首を掴まれて顔から落ちたいの?」
「そっちじゃねぇよ」
サリトスがいる限り、女騎士が自分の着地を邪魔することはないと信じ切っているディアリナのことを言ったのに、どういうワケかミーカはディアリナとフレッドのことを考えたみたいである。
「あとは、重騎士と王様ですね」
視線をモニタから外さずに、ミツが独りごちた。
それを聞いていたミーカが横でうなずく。
「フレッドくんとコロナちゃんの遠距離攻撃は、全部受け止めちゃってるねー☆ やるね☆ あの騎士☆」
「そういうルーマを持たせてるからな」
あの騎士に持たせたルーマは、RPGではお馴染みの、いわゆる《かばう》。
あの重騎士が、王様の正面に立って大盾を構えている限り、ほとんど瞬間移動じみた動きで、その攻撃の全てを受け止める。そんなルーマだ。
『フルプレートに大盾なんて重そうなものを持ってるのに、的確に動くんだから、まったくッ!』
『多少の変化球もまったく迷わずに防ぎきるってどういうコトなんだろ?』
さすがに、フレッドとコロナの二人も毒づいている。
何度か試した攻撃の全てが簡単に防がれ続ければ、そういう気持ちにもなるだろうけどさ。
『ここから削りきるには、手も威力も足りないみたいだね』
『ならば俺たちが前にでるしかあるまい』
玉座の前に立ったまま動かない王様と、王様を守って動かない重騎士を遠距離から片づけようと思っていたんだろうけど、さすがにそこまで簡単にやらせるような設定はしていない。
『王の前に騎士を斬り伏せる』
『了解だサリトス。
でも、王様の変なルーマには気を付けておくれよ』
『ああ』
二人は、コロナとフレッドに、王を狙い続けるように指示をだして、走り出す。
『あいつには、大剣より片手斧さね』
走りながらディアリナは大剣を背中へ戻し、腕輪の中から青白い彩りの片手斧を取り出した。
やや装飾過多なその斧は、フレッドの緑の賢弓と一緒に入手したレアアイテム。
名前は、パワーイレイザー。
その銘の通り、時々相手に掛かっている防御系バフや、相手の身に纏っている魔具の持つ特殊効果なんかを無視してダメージを与える場合があるというシロモノだ。
さらに、持ち主の攻撃系アーツの威力を高めるチカラもあるので、この世界の脳筋たちからすれば垂涎の逸品だと思われる。
さらに、もう一つ――パワーイレイザーには、フレイムタンのような呪文効果まで持っているのだ。
「マスターマスター☆
ちょーっと、あの斧のスペック高すぎじゃない?」
「そうですね。そこのところどうなんでしょう、アユム様?」
「レア武器だから強くていいんだよ。
最初に花園にたどり着いたから運良く手に入っただけで、ふつうにあそこの箱を開けても排出率0.03%くらいだ。
別にリンゴ審査とかナンタラ法とかあるわけじゃないから、排出率とか表に出さないけどな」
ミツとミーカはイマイチ納得できてないみたいだけど、別に俺は問題ないと思ってる。
スペックが高かろうと、武具は使いこなせなければ意味がない。
そんなアイテム群の中で、パワーイレイザーが、脳筋にも使いやすいというだけの話だ。
使い易いだけで、使いこなせるかは別問題。
「それに、あれの呪文効果は、脳筋からすると無駄スキル扱いだと思うぞ」
「確かにまぁ……あれを強いと思えるのは、サリトスさんたちくらいではないかとは思いますが」
「ミーカもそこは同意しちゃうかなー☆」
遠距離から王様を狙って繰り出されるコロナとフレッドの攻撃に、重騎士はひたすらに《かばう》を続ける。
その後ろで、王様がやる気なく欠伸をしてるものだから、サリトスたちは余計に気合いが入ったようだ。
『その無駄に堅い盾――ちょっと見極めさせてもらうよッ!』
ディアリナは走りながらパワーイレイザーの先端を重騎士へと向ける
『イレイズッ!』
そして、パワーイレイザーに付与されている呪文効果を解き放つ。
先端から眩くも青白く寒々しい色の光が放たれる。
それは一切の攻撃力を持たない一見するとただの光。
だが、その光を浴びた重騎士から、何かが砕け散るような音が響いた。
『やっぱり、何か防御系の効果があったみたいだねッ!』
今のこそが、パワーイレイザーの真骨頂。
対象単体に掛かっている全バフを解除し、身につけてる魔具の持つ特殊効果を一時的に無効化してしまうという強力な呪文効果だ。
これにより、重騎士は《かばう》を解除され、盾の持つ防御力アップの特殊効果も一時的に消え失せてしまう。
その効果を知っていたのだろう。
解除と同時に、フレッドとコロナの放った攻撃が弧を描いて、重騎士の背後にいる王様へと襲いかかる。
だけど、《かばう》が解除されてしまっているので、瞬間移動して防ぐようなことを重騎士ができず、王様へと直撃した。
悲鳴を上げる王様に動揺したのか、重騎士が背後を見た。
そこへ――それぞれが手にした得物にルーマを込めた、サリトスとディアリナの声が唱和する。
『『轟破走牙刃ッ!!』』
ミツによれば、その技はチカラを込める密度を高め、射程を犠牲に威力を高めた走牙刃。
極限まで極まった武芸の担い手二人が繰り出す強烈なその斬撃が、重騎士を鎧ごと断ち斬った。
地面に倒れ伏し、黒いモヤに変わっていく重騎士。
『ディアリナッ、押し切るぞッ!』
『分かってるッ!』
二人は残心もそこそこに、武器を構え直して王様へと踏み込む。
その時――
『押し流せ……邪淫の津波……』
王様がそう口にすると同時に、どこからともなくラメが混じっているかのようにキラキラ輝く桃色の水が大量に生まれ、玉座の近くにいたサリトスとディアリナを飲み込み、続けてその後ろのコロナとフレッドも巻き込んだ。
そのまま四人を扉のところまで押し流して壁へと叩きつける。
『げほ、げほ……っ』
四人は噎せながらも、素早く立ち上がる。
『クソッ、大して痛くはなかったけど、やられちまったね』
『すぐに間合いを詰めるぞ、コロナ、フレッド!』
『援護はお任せあれってなッ!』
フレッドからは威勢の良い返事があったものの、コロナからの反応がない。
『コロナ? もしかして、どこか打ち所が悪かったのかい?』
ディアリナがやや心配したようにコロナを見やる。
『コロナ?』
呼びかけるが、まったく反応のないコロナにディアリナが訝しげに目を眇めた。
当のコロナは、やや肌を上気させ、瞳の光が翳り、ぼんやりとした様子でゆっくりと、玉座へ向かって歩き出していた。
『コロナッ!』
何度呼びかけてもコロナは反応しないまま、ゆっくりと歩いていく。
『フレッド、コロナを止めるぞッ!』
『もしかして、さっきの津波の効果かね?』
だが、三人がコロナを止めようと動き始めると、ピンク色ベースのスケルトンが多数姿を見せた。
スケルトンたちは、コロナに見向きもせずに、サリトスたちだけに襲いかかる。
『くッ、弱いが数が多い……ッ!』
『このッ、邪魔をするんじゃないよッ!』
『あのクソ野郎……コロナちゃんを手招きしてやがるッ!』
フレッドが王様の動きに気づいて毒づくのと同時に、コロナの状態をサリトスは理解したらしい。
『みんなコロナを止めるか、王を仕留めるぞッ!
コロナが王のところへ到達したら、恐らくこちらの負けだッ!』
それだけで、即座に思考を切り替えられるのが、このチームのすごいところだと俺は思う。
ディアリナは片手斧を腕輪の中へとしまい、背中の大剣を手に取る。
『旦那ッ、嬢ちゃんッ! コロナちゃんの足下への射線を通してくれッ!』
『射線は俺が通すッ! ディアリナは近寄ってくるのを蹴散らしてくれッ!』
サリトスは腕を引き、突きを繰り出すように剣を構え、ルーマを込めた。
『散れッ、有象無象ッ! 穿旋走牙刃ッ!!』
言葉とともに鋭く突き出された剣の先端から、螺旋を描くようなドリルのような衝撃波は放たれる。
無数のスケルトンを巻き込み、文字通りに群れの中に開いた穴へ、フレッドが素早く一矢を放つ。
『シャドウスナップッ!』
フレッドの放った矢は、スケルトンたちの間を縫って、見事にコロナの影に突き刺さった。
すると、コロナの動きが止まる。
シャドウスナップ――要するに影縫いってやつか。
そんな技もこの世界にあるんだなぁ……。
しかし、あの技――どういう理屈で、身体を縛るんだろうな?
まぁ、それはともかくとして――
本来であれば、もがくなり状況を理解しようとする素振りがあるだろうコロナだが、今は何かするわけでもなく、動かない身体を強引に前に進めようとしているだけだ。
だが、それで充分とでも言うように、ディアリナは全身のルーマを高めていく。
『今のあたしは機嫌が悪いよ。雑魚どもだけで止められると思うなッ!』
瞬間――赤いオーラをディアリナが纏った。
『使うと疲れるんだけどね……オーバーレッド。ここがキメ時と見たよッ!』
ミツの解説によると、ゲームで例えるなら全ステータスを大幅に上昇させる代わりに、発動中は常にHPが減少し続けるような技だそうだ。
無茶をする――とは思うが、俺の設定した王様の能力的には正解だ。
三人の側近がいなくなると魅了と幻惑の効果を持つ津波で相手を押し流し、あとは無限湧きするスケルトンの物量で近づけさせないという戦い方に移行するからな。
一番安全で手っ取り早いのは、側近の誰か一人を残して、王様をボコることだけど、まぁ気づける奴はいないだろう。
津波後の行動パターンは、基本的には思い出したように、魅了と幻惑の効果を持つ金貨の雷雨と、同じく魅了と幻惑の効果を持つ宝石の嵐舞という二種類の広範囲ブレスを使うだけ。
もっとも、魅了と幻惑で正気を失ったやつらは、コロナのように王様へと吸い寄せられる。
王様の元へとたどり着き、ひざまづいたあとでその頭を王様に撫でられたら、この戦闘中は解除不能の洗脳状態となるというのが、王様の持つルーマだ。
「でもそれだと、全滅にはならないよね☆」
「魅了されたやつだけ生き残ったら、その場で王様が自害を命ずるからな」
「アユム様、やっぱり結構エグいの好きですよね?」
どうにもミツの中で、俺はエグいのが好きな奴になってる気がするけど、そんなつもりはないんだけどなー……。
「もしかして、魅了中の記憶って残っちゃうのかな☆」
「そうだな。ちょっと考えたが正気に戻った時、魅了中にしでかしたコトはちゃんと記憶に残ってる方がおもしろいかなぁって」
「やっぱりマスターは、エグいの好きだよね。エグイスキー……いやエグイストかな☆」
「そこまでか……?」
変な言葉作ってまで俺をエグみの強い奴扱いしおってからに……解せぬ。
そんなやりとりをしていると、赤いオーラを纏ったディアリナが、文字通りの無双状態で、スケルトンを蹴散らしながら王様へと向かっていく。
途中で色とりどりの宝石が出現し、色に応じて炎や氷、電気を纏いながら嵐のように渦巻いて、ディアリナに立ちふさがったものの、彼女はそれを気にもとめずに、どうどうと嵐の中を突っ切っていく。
「いやいやいやッ! 無茶しすぎだろディアリナッ!?」
「ダメージ無視で、直進してますね。むしろ宝石の嵐がスケルトンを吹き飛ばしてるのでラク――とか思ってそうです」
「幻惑も魅了も、精神の昂揚と確固たる目標のおかげで、まったく影響がないみたい☆」
俺たちが驚く中でも、ディアリナはガンガン突き進んで、王様へと肉薄するッ!
『クソ野郎がッ! あたしが今ッ、ラクにしてやるよォ――……ッ!!』
叫びながら、ディアリナは大剣を構えて、大地を踏みしめるように強く蹴って飛び上がった。
ミツ「ハッ!? そういえば私のポップコーンが空になってますッ!」
アユム「何を言ってるんだミツ。お前、画面を見入りながらひたすらパクついてたろ?」
ミーカ「そうそう。御使いサマは自分で食べてたよー☆」
ミツ「そうでしたか……無意識に食べていたんですね。そういえば美味しかったような気がします」
アユム(チョロい)
ミーカ(チョロい)
次回は、決着を兼ねた今章のエピローグの予定です





