2-24.サリトスたちの快進撃
サリトスたちが続けて入ったのは、手前右の扉。
こちらも、手前左と同じく迷路構造になっている廊下だ。
ただこちらは、左側のようなモンスターの徘徊するただの迷路ではなく、道幅がむこうよりやや広い。
そんな廊下に、一メートル四方サイズの四角いタイルが敷き詰められた廊下が続いているところ。
モンスターはあまり多く配置していない。
してないわけでもないんだけど、配置しすぎるとちょっと難易度あがりすぎるかな、なんて思ったりもして。
『部屋に入ってすぐ、下への階段か。
まっすぐ進むか、降りてみるか……どうする?』
『さっきと同じような迷路だが……先ほどのに比べると散らかってないのが気になるな』
サリトスたちはしばらく相談して、下に降りることにしてみたらしい。
「アユム様、どっちが正解なんですか?」
「真っ直ぐ。ぶっちゃけ下に降りる理由はほとんどないんだよ、ここ。
一応、宝箱はあるけどあの階段から降りると遠いしな」
「別に階段があるんですか?」
「ないよ?」
「???」
混乱しているミツが面白いので、答えを口に出さずに、俺はモニタへと視線を向ける。
階段を降りきると、やや薄暗い大部屋だ。
地面を見れば、上と同じように四角いタイルが敷き詰められたような場所で、白いタイルと黄色いタイルの二つが存在している。
ちなみにこの部屋の面積は、手前左側の扉の先にあった迷路廊下とまったく同じ。
外周の形も同一だ。
床の白い部分は、向こうの迷路の廊下の壁と同じ配置になっている。
そして、サリトスたちが今、立っているのは白いタイルだ。
『なんだいこれ?』
黄色いタイルに触れないギリギリのところまで近づいたディアリナが首を傾げている。
『規則性はなさそうだが……』
同じようにサリトスが首を傾げる横で、好奇心に負けたのか、コロナがつま先でちょんと黄色い床に触った。
『きゃ……!』
瞬間、彼女は悲鳴を上げて飛び退いた。
下がりすぎて背後の黄色い床に触れないよう、途中でフレッドが受け止める。
『どうしたんだい?』
『黄色い床に触れたら、ビリっと来た……』
大きく息を吐きながら、そう告げるコロナ。
それを聞き、他の三人は周囲を見渡す。
コロナの反応を見ればわかると思うけど、RPGではそれなりにお馴染みのダメージ床ってやつだ。
ここのは、電気がビリビリくる仕様。
そうは言っても、身体が感じる衝撃は大きめながら、ダメージ的には一歩につき最大HPの1%ダメージくらいのイメージに設定してあるので、威力は控えめだ。
『なるほど。壁はないが、そういう迷路になっているのか』
『強引に突き進めるかね?』
『やめといた方がいいと思うよ、ディア姉』
受け止めてくれたフレッドにお礼を告げて、フレッドから離れながらコロナは軽く息を吐いた。
『今のでもちょっとした雷属性の攻撃が掠ったような気分になったから……』
『モンスターも徘徊しているようだが――あー……あいつらは影響受けてなさそうだな。どうする旦那?』
フレッドに問われて、サリトスは小さく首を振った。
『一度上に戻ろう。
上の階で行く道がなかったら、改めて調べた方が良いかもしれないな』
『お宝があるかもしれないよ?』
『それならそれで、あとからでも問題ないだろう。
このような床が配置されている広く薄暗い迷路を進むのはリスクが高すぎるからな』
サリトスの言葉に、異を唱えるやつはなく、四人は上の階へと戻っていく。
「まぁ正しい判断だわな」
「薄暗くて広くて壁がないというコトは、夜目の効くモンスターの得意な環境ですよね」
「おう」
俺は元気よくうなずいてから、ニヤリと口角を上げた。
「ミツは、ビックバットってモンスター知ってるか?」
「大きなコウモリ型のモンスターですよね……って、もしかして……?」
「あの薄暗い部屋の天井にはそれなりの数いるんだな、これが」
ネタ晴らしすると、ミツの顔が露骨にひきつった。
まぁビッグバットそのものは、大して強いモンスターじゃない。
単純な強さだったら、いばらソルジャーと大差はないからだ。
ただこいつら……普段は天井や木にぶら下がって寝てるくせに、近くで大きな物音が立つと、そこに集まってくる習性がある。
つまり、戦いの音を聞きつけると集まってくるわけだ。
薄暗く、足場にダメージ床が広がるあの空間で戦うには最悪の相手だと言えるだろうな。
「リスクとリターンをちゃんと考えられるサリトスみたいな奴はかわせるだろうけど、脳筋にゃ厳しいエリアではあるわな」
「いずれ、あの部屋は死屍累々になるのでは……?」
「ありえるありえる」
なんて会話をミツとしていると、サリトスたちは、上の迷路を進み始めていた。
『みんな、気をつけてくれ。
そんで良く床を見ながら進んでくれよ』
『どういうコトだい? フレッド』
首を傾げるディアリナに、フレッドは神妙な顔で告げる。
『かなり分かり辛いが、ここも床の色が二色に分かれてる。
薄い灰色と、濃い灰色だ。濃い灰色は疎らに点在しててな……下の階のビリビリ来る床のコトを考えると、踏むのはヤバそうだ』
そう、フレッドの言う通りだ。
あの廊下の床のタイルは、灰色濃度15%のやつと、50%のやつが二つある。
「アユム様、濃い方の床はどんな仕掛けがあるんですか?」
「落とし穴。下の階に落ちる」
ミツがなにやら、うわぁ――と言いたげな眼差しを向けてくるのはなんでだろうね。
「ちなみにあそこダメージ床の部屋には宝箱を五つ配置してあるけど、どれも中身はアリアドネロープ。親切だろ?」
「心折の間違いでは?」
「失敬な」
この程度で心が折れてたら、某大樹を巡るダンジョンRPGとかやってらんないぜ?
『ねぇねぇ、みんな……この濃い床……見た目タイルだけど、タイルじゃないみたいだよ』
『どういうコトだ、コロナ?』
『ほら』
コロナは腕輪から、トランプ兵の紙片を取り出してくしゃっと丸めると、色の濃い床へと放り投げる。
すると、紙は床に当たらず、まるで何もないかのように、すり抜けていった。
『なるほど……。油断していると、あのビリビリするエリアへと放り出されるってことか……』
サリトスたち四人は顔も、ミツみたいに顔をひきつらせたものの、タネが分かれば問題ないとばかりに、本格攻略を開始した。
攻略開始したあとは危なげなく濃い床を躱し、出てくるモンスターを瞬殺し、スルスルと廊下を抜けて行く。
そして、見事二つ目の黒い球を破壊するのだった。
「あのエリアは下に落ちたやつを困らせるだけってのがバレたみたいだな」
「だから、下の階を気にも掛けずにサリトスさんたちは突き進んでいったんですね」
黒い球を破壊し、中央へと戻ってきた四人は、自分たちの仮説が正しいと気づいただろう。
彼らは謁見の間の扉の封石の右下にヒビが入ったのを確認し、今度は左奥の扉をくぐった。
左奥の扉の先にあるのは、使用人の廊下よりもやや狭い、細い廊下だ。
ここは迷路にはなっておらず、ちょっと進むと直角に曲がり、そのままストレートに大きめの部屋に繋がっている。
その部屋には扉がないものの、なぜか遠目からだと真っ暗に見える仕様だ。
『あの真っ暗な空間以外、進む道はないか……。
フレッド、頼む』
『あいよ。警戒だけはしててくれよ』
そろそろとフレッドが先行し、警戒しながら廊下と部屋の境界線を越えた……その瞬間――
『……ッ!』
部屋に明かりが灯り、暗がりに潜んでいた全てのモンスターが一斉に入り口に視線を向けた。
「モンスターハウスだ! ってな」
「また恐ろしいコトを……」
『おいおいおいおいッ!
モンスターの巣かよッ!』
思わず声を上げるフレッドの元へ、すぐさまサリトスたちが駆けつける。
『フレッドッ!』
『全員、この通路を死守して戦えッ!
やばいと思ったらここを駆け抜けて退くぞッ!』
ジェルラビ、フロラビ、盗賊ゴブリン、親方ゴブリン、コカヒナス、酔いどれ鳥、へべれけ鳥、いばらソルジャー、ビックバット……フロア1~3に出てきたモンスターが大きな部屋の中に、総勢五十匹は配置してある。
それらが一斉に、サリトスたちに襲いかかるワケだ。
「ローグエリアでやらなかったからな。やりたかったんだ」
「酔いどれ鳥とへべれけ鳥は、襲いかかろうとして関係ないところをフラフラしてますけど」
「アイツ等は仕方ない……」
だって、そういう連中だもの。
ここで活躍したのはサリトスとコロナだ。
あの二人の持つ攻撃系のルーマには範囲攻撃がある。
とにかく二人がそれを連発し、打ち漏らしをフレッドが射抜き、それすら潜り抜けてくる奴をディアリナが切り捨てていく。
そうして、十分ほどの死闘の末、地面には大量のドロップ品が転がるだけになった。
「お、乗り切ったか」
「モンスター自体は強くありませんからね。数の暴力がすごかったですけど」
肩で息をしながら、四人はドロップ品を厳選しながら回収していく。
『美味しかったって言うべきかなぁ……』
『おっさん、疲れたわぁ……』
『弱い相手でも、数が多いってのはシンドいねぇ……』
『この先の黒い球を壊したら、今日は一度戻るか?』
リーダーの言葉に三人は少し悩んだものの、結論は同じだったみたいだ。
『せっかくだし、四つ目の球も壊していきたいね。
そうすれば次来るときは、謁見の間に入れるからね』
『おっさんも、ディアリナ嬢ちゃんに賛成』
『うん。わたしも、それでいいと思う』
『了解した』
そうして、ドロップ品の回収を終えた四人は、先へと進んでいく。
同じように細い廊下を抜けると、同じような部屋があり、中央には黒い球が浮かんでいる。
そのまま流れ作業のように黒い球へ触れようとしたディアリナへ、フレッドがストップを掛けた。
『ディアリナ嬢ちゃん、ちょい待ち。
黒い球を壊す前に、部屋の隅っこ見てちょうだい』
『何かが青く光ってる……あれは小箱かい?』
四人が黒い球にぶつからないように、その封石付きの小箱に触れてから開けば、毎度お馴染みになった青いカギがこんにちわ。
「アユム様、あれって他の人は気づけるんですか?」
「さぁ?」
「さぁ……って」
「ダンジョンなんてそんなもんだろ。
ディアリナみたいにうっかりしてれば見つからないし、フレッドみたいに常に周囲への注意を忘れなければ見つけられるんだしな」
「それもそうでしたね。
アユム様のダンジョンを見てると、なんだかその辺りが混乱してきてしまうモノですから」
「そうか? この世界のダンジョンがこれまで単純なのが多すぎただけだと思うけどなぁ……」
作る側も作る側で、適当な通路をドン! 強い敵をドンドンドン! 美味しいお宝ドドンドン! って配置が多かっただろうし、多少工夫や志向を凝らしたところで、チカラisパワーで突き抜けていっちまうような連中ばっかりだろうし。
そんなこんなで、モニタに視線を戻せば、サリトスたちは残った右奥の扉を潜っていくのが見えた。
まぁ、あの扉の奥の構造は左奥と同じだ。
廊下があって、暗がりの広い部屋がある。
『またか』
『二度目となると、心の準備ができてるから、気が楽さね』
そうして、フレッドが踏み込めば、中に居たトランプ兵たちが一斉にサリトスたちへと向き直る。
『総員ッ、奮闘せよッ!』
部屋の奥から、そんな叫びが聞こえると、トランプ兵たちが動き出す。
『はッ! トランプ兵どもが群れたところでねぇッ!』
『ディアリナの言うとおりだ。蹴散らして奥に進むぞッ!』
『おうッ!』
『うんッ!』
もはや虐殺とか蹂躙とか鏖殺、そういうレベルのトランプ兵たちが可愛そうになる無双っぷりでサリトスたちが、ランク2~10の各トランプ兵が一匹づつ、合計三十六匹を倒しきる。
直後、奥で控えていたトランプ兵のエース――つまり隊長たちが、四匹現れた。
『あれが、ランク1のトランプ兵ってやつかね』
『向こうもちょうど四人だし、一人一殺でいい?』
『コロナの案に乗ったよ』
『俺もだ』
『えー……おっさん、弓で白兵特化の兵隊とタイマンするのは――って……みんなッ、聞いてちょうだいよーッ!』
コロナの提案に一人だけ渋っていたフレッドを三人が華麗に無視して、走り出す。
それを見て、フレッドもやれやれと嘆息混じりに動き出した。
ぶつぶつ文句を口にしながらも、危なげなく弓矢で槍兵を倒してるんだから、フレッドも大概だ。
もちろん、他のメンバーだって負けるわけがなく――
「まさに快進撃ですねぇ……。
サリトスさんたち、あっという間に、四つの球を壊しちゃいましたよ」
「サリトスのチームや、バドのチームは、この程度でどうこうなるとは思っちゃいないさ。
そもそも、フロア1の頃から、あいつらはこんな感じだろ?」
「そういえばそうですね。ここの道中で苦戦していたくらいですか」
「それだって、無理に地下牢パズルを突き進まなければ、もうちょっとラクそうに見えたと思うしな」
何はともあれ、これでサリトスたちは謁見の間への扉を開けた。
開けるだけ開けて、素直に青い扉へと向かうあたり、サリトスたちはやっぱ好奇心と警戒心の天秤がしっかりしてる。
あの扉の向こうを好奇心だけで進むと痛い目を見かねないと判断しているわけだからな。
そうして、サリトスたちは階段裏の青い扉から脱出して、今日の探索を無事に終えたのだった。
アユム「さて、そろそろこの城も大詰めか」
ミツ「お手伝いはザックリとしたものばかりだったので、何が待ちかまえているかワクワクしますね」
次回、退廃と背徳の王登場の巻――の予定です。