2-23.『ディアリナ:城内探索後半戦開始!』
ようやっと、堂々と正面から入れるようになったって感じだね。
入り口の前でたむろしてる連中からは羨ましがられたり、僻まれたりしたけど、知ったこっちゃないッ!
ここを解放したのはあたしたちだし、ラヴュリントスというダンジョンの性質上、解放したやつにしか使えないんだから、文句言う前に自分たちで開けられるようになりゃいいさね。
「サリトス、まずはどこに行くんだい?」
「そうだな……」
エントランスを見渡し、サリトスは入り口から見て左奥の扉を示した。
「まずはあの扉の開放だな。赤い封石が付いている」
あたしたちは異論なく、その扉を開放して開けてみる。
そこは、地下牢迷宮前に開かないと言っていた扉だった。
「あの時は廊下に出るのかと思ったが、直接エントランスに出るものだったのか」
「でもこれで、地下牢以外の廊下に挑戦しやすくなったね」
コロナの言うとおりだ。
バドたちとの情報と、こっちの手持ちの情報を組み合わせると、二階、一階、地下のいずれかの廊下から、大きな絵のある廊下へ行けるようになってるみたいだしね。
挑戦してない廊下にだってお宝はあるかもしれないし、余力がある時に挑戦しやすくなるのは良いことさね。
「どこに繋がってるのかがわかったのであれば、今は用はないな。別のところへ行くぞ」
一階は一通りまわり、開けることができたのはだいたい見知った廊下にでる扉だけだった。
なので、あたしたちは階段を登り、踊り場にある悪趣味な絵の前を通り過ぎて二階へと向かった。
登った先には正面玄関と同じくらい大きな扉がある。
「ここより先に、あっちの扉だな」
サリトスが示すところには、使用人用っぽい小さい扉があった。
そこを開けると、目の前に階段がある。
登っていくとまた扉があって、開けると、例の大きな絵があった廊下だ。
「ここに通じていたんだね」
「あの絵って無視して通り過ぎれたのかね?」
フレッドの疑問に、そう言えば――と思って、廊下をちょっと歩いていくと、突然目の前にバケツが現れ、黒い絵の具がぶちまけられた。
「うわっと……」
そして、その絵の具の中から黒い壁がせり上がってくる。
「なるほど。無視して進もうとすると、これに遮られるか」
「どっちにしろ、ヴェルテーヌは避けられなかったんだね」
サリトスとコロナは納得したように言っているが、あたしは少し首を傾げた。
「コロナが絵の具に捕まらなかった場合って、あの絵に入れるって気づけるのかね?」
「あー……そういう意味じゃ、お手柄だったのかもね」
アユムのことだから、そういう場合用のヒントとかも用意しててくれそうだけど……ま、終わったことだし、いいか。
「リト兄。あの黒い壁の中央に、四角いくぼみがあるよ」
「そのようだが……それがどうかしたのか?」
「ヴェルテーヌからもらった、自画像と同じサイズだなーって」
「お?」
コロナの言葉に、フレッドは自分の腕輪から儚い自画像を取り出して、率先してくぼみにはめた。
「お。壁が消えたし――絵も、手元に戻ってきたぜ」
それを聞いて、あたしも儚い自画像を壁にセットしてみた。
すると、黒かった壁は白くなっていき、ゆっくりと絵の具の中に沈んでいく。
壁と一緒に絵も沈んでいっちゃったけど、すぐに中から少しだけ姿を変えて戻ってきた。
調べてみれば、絵の名称が《儚い自画像》から《麗しき自画像》に変化している。
「これは――壁を取り除くだけじゃなくて、絵そのものを変化させる意味もあるっぽいね。
サリトスとコロナも、やっておいた方がいいと思うよ」
「カンか?」
「確信さね」
きっぱりと告げてやれば、サリトスとコロナも納得したようにうなずいて、壁を取り除く。
「ここの廊下は進んでも仕方がないし、エントランスに戻るとしよう」
ひとしきり周辺を調べ、何もないことを確認してから、あたしたちはエントランスへと戻ることにした。
そうして、改めてエントランス二階の大扉の前にやってくる。
「フレッド」
「ああ」
その扉の前にくると同時に、サリトスが名前を呼ぶと、フレッドは意を汲んで先行した。
「カギは掛かってないな」
ゆっくりと扉を開けて、隙間から奥を覗く。
そうして扉の先を確認したフレッドは、問題なさそうだとジェスチャーをするので、あたしたちは扉をあけて、その先へと出た。
「広くて長い廊下だねぇ……」
「みんな気を引き締めろ。
ダンジョン故か、利便性を無視した形をしている城だが、基本は押さえてあった。
ならば、この廊下を抜けた先は……」
「廊下の先は?」
「王族などの上位貴族がメインで使っているエリア……だよね。リト兄?」
コロナの確認に、サリトスがうなずく。
なるほど。
つまり、警備が厳重かもしれないってワケか。
とはいえ、ここは見通しの良い廊下でモンスターの気配もないので、雑談を交わしながら、やや長めの廊下を歩いていく。
「なんていうか、先のエリアに近づくにつれて、どんどん寂れていってないかい?」
あたしの言葉に、みんながうなずく。
奥に行くに連れて、燭台が倒れていたり、絨毯が破けていたりというのが目立つようになってきた。
それだけでなく、壁に掛かっている絵が傾いていたり、卑猥な石像は倒れて砕けていたり――どう考えても、荒れてるようにしか見えない。
「考えてみれば、使用人小屋もこんな感じではあったか」
「確かに。あそこも、無事な場所と荒れた場所があったな」
「瓦礫の影にモンスターが……とかありそうだから、気をつけないとね」
あげくの果てに柱がまるまる一本倒れてて、行く手を遮って――いるように見えるけど、隙間を越えて先へ行けるね。
乗り越えたら乗り越えたで、また折れた柱の大きな破片があったけど、これは迂回すれば問題ないみたいだね。
そんなこんなで、廊下も最後までやってきて、目の前には入ってきた時と同じような大きな扉がある。
城の扉だけあって立派は立派だけど、エントランス側の扉と比べると、どうにもボロっちい。
「ディアリナ。扉を開ける前にこっちだ。
倒れた柱の影にアドレス・クリスタルがあった」
「了解だ」
クリスタルの情報を腕輪に登録して、念のために他の破片の周辺などを調べて、何もないものを確認した。
こういう状況で、アユムは扉に罠などは設置もしてないだろう――と、結論づけた。
そんなわけで……
「それでは、行くぞ」
サリトスがそう告げて、両手で一気に扉を押して蝶番を開け放つ。
扉の先は、また別の形のエントランスだった。
だけど、入り口とは違って随分とボロボロだ。
使用人小屋の荒れた部屋にそっくりで、ふつうに歩くだけでも、瓦礫などに気をつけないと危なそうさね。
「正面の階段を登った先が謁見の間のようだが……」
「扉に黒い封石が付いているみたいだね」
扉を見ながら、あたしとサリトスが話をしていると、フレッドとコロナがさっさと扉の前にいって、腕輪を石に当てている。
「開かないね」
「これは、青い扉と同じパターンかもしれないな」
「ならばまずは入れる扉に入るしかないか」
そうして周辺を探ってみると、入れる扉は四つあった。
このエントランスに入ってきた時の扉を背にした時、左右に一つずつ。
さらに、左奥と右奥に一つずつだ。
それともう一つ。正面の階段の裏側。
ここは青い扉だったので、どこかで青いカギを手に入れる必要がある。
そんなワケで、とりあえず入れるところから入ろうということになって、あたしたちは左側の手前の扉に入ってみることにした。
「これは……」
「ここへ来て急にダンジョンらしさ出されてもね」
見た目はただの荒れた城の廊下。
だけど、パッと見える範囲で、廊下は直角に曲がりくねり、複雑な形を描いている。
「巡回の兵士も多そうだな。多数の気配を感じる」
「それで、どうするの?」
コロナのどうするの?――というのは、ここを進むのか、他の扉の先を確認するか、という意味だ。
あたしは視線をサリトスに向ける。
最終的に、判断を下すのはサリトスだ。
「全員、アリアドネロープの在庫はあるな?」
もちろんだ――と、三人でうなずくと、サリトスはうなずき返してきた。
「ならば、進むぞ。
どの扉から調べようが、最終的にはここも調べる必要があるだろうからな」
そうしてあたしたちは、迷路のような廊下を進み出した。
こういうところで先頭を進むのは当然、フレッドだ。
続いてサリトス、あたし、殿がコロナ。
ふつうならあたしが殿を勤めるべきなんだろうけど、今回はマッピングもするからね。
サリトスはリーダーとして、フレッドとやりとりすることが多いので、殿にいると不都合が多い。
あたしは歩きながらマッピングしているので、警戒が疎かになりやすい。
そんなワケで、消去法でコロナが殿だ。
別にコロナも後方警戒ができないワケじゃないしね。
そうしてあたしたちは廊下の迷路を進んでいく。
ただ、ここが結構クセモノの廊下だった。
道幅は、使用人の廊下と同じくらい。
大荷物を抱えた使用人同士が余裕を持ってすれ違える程度にはある。それは探索前半の区域の使用人用廊下と同じだ。
でもね。こっちの区域は、城内が荒れているわけだ。
調度品なんかは倒れているし、酷いところは柱や壁が壊れて、巨大な瓦礫が転がっていたりする。
しかも迷路のように道が曲がりくねっているんだから、いやらしい。
物陰から何度も親方ゴブリンが奇声をあげて襲いかかってくる。
奇声をあげるまで気配を感じないってだけで厄介なんだけど、こいつが騒ぐせいで、黒騎士やトランプ兵たちが増援としてやってくるわけだ。
「フレッドでも見落としちまうってのが、厄介さね」
「悪い。ほんと、そのスモールゴブリンは、物陰で息を潜めてると気配が薄くてなぁ……」
申し訳なさそうに頭を掻くフレッド。
別にあたしだって、嫌味で言ってるわけじゃないんだけどね。
「そういうルーマだって分かってはいるんだけど、心臓にも体力やルーマの節約的にも悪い相手なのは確かだよね」
「だが倒せぬ敵ではないし、遅れを取るほどではない。
素材は拾えるだけ拾ってスケスケのところへ持って行けば儲けになる。
何より、別にそれで完全に足が止まっているわけではないからな」
「確かに、そのくらい前向きの方がいいか」
黒騎士の中身は、ジェルラビの尻尾が花になったようなフロラビ、親方ゴブリン、いばらソルジャーと見慣れた連中だ。
トランプ兵もランクは2~5と、上位の連中は出てくるものの、あたしたちにとっては決して手強いとはいえない相手。
そう考えると、サリトスの言う通りだ。
びっくりはするけど、冷静に対処すればどうにでもなる相手だし、増援だってそこまで強くはない。
素材を集めておけば、スケスケに換金してもらうなりなんなりができる。
「この調子のまま油断せずに進めば、それなりに先へは行けるだろう」
サリトスはそう言うと、フレッドに再び進むように声を掛けた。
リーダーがこの調子なんだから、一緒にいるあたしらも、ウダウダ言ってるワケには行かないさね。
そのままの調子であたしたちは、迷路を進んでいき、どうやら終点だと思われる扉の前までやってきた。
「いくぜ?」
そう言ってフレッドが慎重に扉を開け、中に入っていく。
彼は後ろ手に問題ないと合図をしてきたので、あたしたちもゆっくりと中に入っていく。
中は奇妙な黒い球が浮かんでいるだけで、他には何もない部屋だった。
「謁見の間の扉の封石に似ているが……」
「触ってみようか?」
「頼む。慎重にな」
コロナの提案に、サリトスは許可を出し、コロナはうなずき返す。
「あ。触った途端、腕輪と反応して崩れた」
そう言った直後――コロナの姿は光に包まれ消えてしまった。
「え? コロナ?」
「球に触れれば追えるか?」
「やってみなければわからん」
あたしが驚いていると、すぐにフレッドが黒い球に触れる。
そこに、サリトスも続いた。
二人の姿も消えていくのを見て、あたしも慌てて黒い球に触れた。
コロナが口にした通り、触ると同時に黒い球はボロボロと崩れ去り、その姿が消えてなくなると、あたしも光に包まれた。
次の瞬間、あたしは謁見の間の前にいた。
「え? え?」
周辺にはコロナたちも居て――そして、謁見の間の大扉からパキリという音が響く。
「あの黒い球を壊すと、連動してこの扉の封石にヒビが入るようだ」
サリトスが指さす先を見てみれば、確かに大きな黒い封石にヒビが入っている。
「よく見れば、ヒビは左下だし……これ、出入りできる四つの扉に連動してるのかも」
「なるほど、ならば他の扉の先にもああいう黒い球があるというわけだ」
「わたしの推測通りならね」
コロナの仮説が正しいとするならば、自ずとやるべきことは明確になる。
「ならば、次の扉の先へ行ってみるとしよう。
二つ目の黒い球があれば、その仮説が正しいと証明できる」
サリトスがそう告げると、階段を降りていくので、あたしたちはそれを追いかけた。
――なんていうか、この城の探索も大詰めって感じで、ワクワクしてきたよッ!
アユム「まぁ、今更迷路程度じゃ、サリトスたちは止まらないわな」
ミツ「親方ゴブリンなどはかなりエグい配置でしたけど、危なげありませんでしたしね」
次回は探索の続きの予定です。